5話 騎士団長の器(脚本)
〇ヨーロッパの街並み
マルク「あの店が騎士団員の溜まり場になっている酒場だ」
富士丸葵「酒樽の看板ですね。分かりました!」
人混みをかき分けて通りをずんずん進む私の肩を、マルクが慌てたように掴む。
マルク「おい待て、店に乗り込むつもりか?」
富士丸葵「だって、今日は休みじゃないですよ。マルクは自分の部下が訓練せずに酒盛りしてても、注意しないんですか?」
マルク「騎兵隊員は決して訓練をサボったりしない。俺が見習い兵から育て上げたからな」
マルク「しかし騎士団は違う。お前以外の16人の隊員は、先日の競技会の参加者から選抜された名のある騎士だ」
マルク「そんな連中が、お前のような軟弱な男に、ホイホイと従うものか」
富士丸葵「私は王太子殿下に認められた騎士団長です。 未熟でも、その責任は果たして見せます!」
マルクの制止を振り切って、私は酒場の扉を勢いよく開いた。
〇怪しげな酒場
酒場は昼だというのに薄暗く、お酒と肉のにおいが充満している。
富士丸葵(これが、この世界の「酒場」・・・)
マルク「大見得を切った割に、もう怖じ気づいたのか?」
マルクが冷ややかな目でこちらを見据える。
富士丸葵「違いますよ! ただ、こういうお店は初めてなので」
マルク「初めて? 行きつけの酒場のひとつやふたつ持っているのが、男の嗜みというものだぞ」
富士丸葵「男の嗜み・・・そう言えば、お客さんは男の人ばっかりですね」
マルク「当然だろう。女がウロウロ出歩くのもはしたないことだ。 まして酒場に出入りするなぞありえない」
心底呆れたようにマルクが断言した。
富士丸葵(この世界では、女の人は現代ほど自由じゃないんだ)
富士丸葵(私が女だってバレたら、想像よりもっと大騒ぎになりそう)
気をつけないと、と気合いを入れ直す。
不審げにこちらをにらむ店員をキッと見返した勢いで、店内を見渡すと。
富士丸葵(騎士団員がいた!)
店の一番奥の席で、騒がしくお酒を酌み交わす一団。
セージ「どこの誰かも分からん若造が騎士団長とはな。 王太子殿下の世間知らずには愛想が尽きる」
タラゴン「全くだ、騎士は顔じゃねえ、腕っ節だっての!」
チャイブ「ま、競技会でアイツに惨敗したアンタにゃ、言えた義理ないけどな」
タラゴン「なんだとォ!?」
彼らはこちらに気付かないまま、酔いに任せて喋り続けている。
マルク「酒の肴はお前の悪口のようだな」
マルクが挑発するように笑みを浮かべる。
富士丸葵「言いたいことがあるなら、直接言ってもらいます」
意を決した私は、店の奥へと歩を進めた。
タラゴン「だいたい、寝間着みたいな格好で馬に乗るなんて、恥知らずもいいところ──」
富士丸葵「寝間着みたいな格好で悪かったね」
突然現れた話題の主に、騎士団員たちの表情が一瞬でこわばる。
富士丸葵「だけど、馬にとって荷物は軽い方がいい。重たい鎧に無駄な飾りをじゃらじゃらと付けて、負担を増やすのはどうかと思うよ」
タラゴン「む、無駄な飾りだとぉ!? あれは爺ちゃんがホーラム5世から賜った由緒ある勲章なんだぞ!」
富士丸葵「馬には勲章なんて関係ないでしょ。実際、あなたの馬は最後の一周バテバテで、決勝戦は最下位だった」
タラゴン「ぬぅ」
富士丸葵「見境なく鞭を当てるのも良くないよ。馬を混乱させるだけだから」
セージ「何を言っている、叩かなければ走らんだろう!」
富士丸葵「普段から馬と意思疎通できてたら、叩かなくても走ってくれる。 鞭はここぞというときだけで十分」
セージ「むぐっ」
一気に言うとひとつ息をつく。
富士丸葵「こんな時間からガブガブお酒飲んでたら太っちゃうよ?」
富士丸葵「馬の故障の原因になるし、もうちょっと絞らなきゃね」
ぐるりと一同を見回しながらそう言うと、私は表情を緩めて微笑んだ。
富士丸葵「で、みんなが私に言いたいことは?」
騎士団員たちは口をへの字に曲げて黙り込んでいる。
富士丸葵「騎士団が発足して1週間、団長の私がバタバタしてて、ちゃんと指揮できなかったことは悪かった」
富士丸葵「だけど、これからはちゃんと騎士団長として、みんなと一緒に頑張るから」
そこまで言って、私は一同をぐるりと見回した。
富士丸葵「さて、それじゃあ城に戻ろう。まずは厩舎掃除、その後、ブラシがけと蹄鉄の手入れ。徹底的に叩き込むよ!」
〇厩舎
チャイブ「確かに、サボって酒盛りしてたノは悪かったよ! でも、だからって馬糞拾いはねえだろ~!?」
騎士団員が情けない声を上げる。
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