3話 王太子親衛騎士団(脚本)
〇貴族の応接間
富士丸葵「あの、こんな見た目ですけど、私、女なんです! だから騎士団長なんてできません! ごめんなさい!」
勢いよく頭を下げる。
レイルズ「・・・分かっている」
富士丸葵「えっ?」
レイルズ「最初に落馬した君を抱き止めたとき、その・・・」
レイルズは私から目をそらした。頬がかすかに赤らんでる。
富士丸葵(そうだ、あのときはテンパってたから意識してなかったけど、思いっきり密着してたから)
富士丸葵(こんな私にも、小さいながら胸はある。)
富士丸葵「じゃあ分かりますよね! たまたまレースで勝っちゃっただけで、私には騎士団長なんて務まらないです」
レイルズ「そんなことはない!」
富士丸葵「・・・!!」
初めて聞く強い口調だ。
レイルズ「ユルベールの騎士にとって、なにより大切な能力は馬術だ」
レイルズ「君とあの馬の走りは素晴らしかった。いままでに見てきたどんな騎士よりも」
正面から褒められて、思わず頬が熱くなる。
富士丸葵「あ、ありがとうございます・・・」
レイルズ「君の能力は十二分に、騎士団長に値する。僕の隣にいてくれたら、これほど心強いことはないよ」
そう言ってはにかむように微笑んでから、レイルズは少し表情を曇らせた。
レイルズ「このユベールはこれまで100年の間、他国と戦争をしていない平和な国だ」
レイルズ「しかしこの先は分からない。騎士団長となれば危険にさらされることも出てくるだろう」
レイルズの言葉で、前にテレビの歴史番組で見た、騎士たちが戦場で戦う光景が頭に浮かぶ。
富士丸葵(日本じゃ考えられないけど、この世界ではあれが現実なんだ)
レイルズ「それに君の言うとおり、今のこの国の法では、女の騎士は認められない」
レイルズ「騎士団長になるなら、君は男として暮らさないといけない」
富士丸葵「男として・・・」
男扱いされるのは慣れているけど、女ということを隠して生活するのはわけが違う。
レイルズ「無茶ばかり言ってすまない。マルクを納得させるためとはいえ、君を競技会に参加させたのは私の責任だ。無理強いはしないよ」
レイルズは寂しそうに微笑んだ。
レイルズ「君は、旅人? ずいぶん軽装だったし荷物もないようだけど、行くあてはあるの?」
富士丸葵「旅人、というか・・・」
私はレイルズに、自分の分かる範囲で状況を説明した。
ユルベールとは全く違う国から来たこと、着の身着のままで一文無しなこと、帰る方法は検討もつかないこと。
富士丸葵「というわけで、行くあてもなにもないんです」
レイルズ「なんてことだ」
レイルズは信じられないというようにつぶやくと、キリリと表情を引き締めて私に向き直った。
レイルズ「いいかい、これからあの競技場で君の騎士団長任命式が開かれる」
レイルズ「僕は君を騎士団長に任じるけど、君はその場でそれを辞退するんだ」
富士丸葵「辞退してもいいんですか?」
レイルズ「本来は許されないが、僕はそれを王太子の名において許可し、代わりに優勝の褒美として袋いっぱいの金貨を与える」
レイルズ「それだけあれば小さな家と農地が買える。旅を続けるにしても、しばらくの間は路銀に困らないだろう」
富士丸葵「そんな・・・お金なんて、受け取れないです」
レイルズ「素晴らしい走りを見せてくれたお礼だよ。君にとっては金貨を持ってここを去るのが1番だ」
そのとき、召使いがベルを鳴らした。
レイルズ「式典の時間だ。さあ、行こう」
〇闘技場
富士丸葵(女であることを隠して騎士団長になるか、大金をもらって自由に暮らすか・・・)
騎士団長任命式典には、競技会以上の観衆がつめかけていた。
みんな期待に満ちた目で私とシラカバを見つめている。
シラカバ「ブフゥ~」
シラカバは厩舎で念入りにブラシをかけてもらったうえ、飼い葉をお腹いっぱい食べさせてもらったらしい。
つやつやのたてがみをなびかせて、満足そうに目を細めている。
富士丸葵「ねえシラカバ。私、どうしたらいいのかな」
小さな声でそう話しかけると、シラカバは視線を玉座に座るレイルズに向け、ゆっくりと瞬きをした。
富士丸葵「王太子、レイルズ・・・」
〇貴族の応接間
レイルズ「君の能力は十二分に、騎士団長に値する。僕の隣にいてくれたら、これほど心強いことはないよ」
はにかみながらそう言った、レイルズの笑顔が脳裏に浮かぶ。
〇闘技場
富士丸葵(王太子は、きっと私より年下だ。なのに、病気のお父さんの代わりに国王の重圧を背負ってる)
シラカバ「ブルン!」
シラカバが発破をかけるように鼻を鳴らす。
富士丸葵「私、は・・・」
パララパッパパー!
ファンファーレが鳴り響く。先導の騎士に導かれ、私はシラカバを引いたままレイルズの待つ玉座に向かった。
レイルズ「アオイ・フジマル。汝を我が第一の騎士と認め――このたび新設する王太子親衛騎士団長に任命する」
私はレイルズにだけ聞こえるように、小さな声で尋ねる。
富士丸葵「王太子殿下・・・女の私が騎士団長で、本当にいいんですか?」
レイルズは驚いたように目を見開いた。
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