白銀のモデル

千才森は準備中

朝焼け(脚本)

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〇路面電車
  格納庫の小さな窓から
  間延びしている夜明けを見てた。
  稜線の陰から覗いた朝が
  薄い雲を吐き出して、
  居座る夜を追い出しに掛かる。
  ふたつの宙(そら)が競り合って
  熱を生んだかのように、真っ赤に灼ける空。
  毎年変わらない景色だけど、
  ここから眺めるのが最後だと思うと
  何だか 神聖な心持ちになる。
  この天気は飛行船が出るまで持つのかな?
  薄曇りの朝は美しかった。
  けれど、ハッキリとした関係を好む
  主(あるじ)の出立には似合わない。
  むしろ、たっぷりと未練の残る
  私の別れに相応しいように思えた。

〇洋館の一室
  眠る必要の無い私だけど、
  充電という休息時間は必要になる。
  背中に差していた電源プラグを外し、
  1メートル四方の 格納庫の扉を開けた。
  ロボットメンテナンスルーム
  通称『格納庫』は玄関の壁に埋め込まれている。
  メンテナンスを終えたら すぐに仕事へ
  取りかかれるよう設計された間取りは、
  人型のロボットをよく理解している証拠。
  本当に、居心地の良いお屋敷だった。
  お屋敷の主人である “私の元の主” は、
  自分が旅行に行っている間、お屋敷を
  好きに使って構わないと仰っていたけど、
  とてもそんな気分になれない。
  ここには思い出が多すぎて、つらいから。
  10年分の記録データを解凍すれば、
  いつまででも浸っていられるぐらいの
  喜楽が溢れてくる。
  でも、そんな記録もここでお終いにしないと・・・。
  踏ん切りを付けなければと、
  お見送りを申し出たのは私からだった。
  今日、
  元の主は海外へと長期旅行へ出掛け、
  私はこのお屋敷から出る。

〇白い玄関
  今までとは違う生き方で歩んでいこう。
  そんな理由で新しい靴をおろす。
  質素な箱から取り出したのは、
  航海の晴れを祈願しての青いスニーカー。
  まだ紐を通されていない飾り物の姿に
  今の気持ちが重なって、不思議な愛着が湧いてくる。
ホノン(君にも広い世界を見せたいの)
ホノン(擦り切れるほどの痛みと 染みついていく汚れが、 生きていくことなんだって教えたい)
ホノン(私と一緒に素敵な世界を歩こう!)
  通し穴を丁寧に交差させてきた白い紐は
  頂点で出逢い、繋がり、
  蝶々へと変わった。
  遺伝子みたいに紐を編み込んだ靴は、
  まるで生きているみたいに両足を包み込んでくれる。
  この一足だけが、今の私のパートナー。
  新しい未来に余分な物は 全て処分した。
  見栄を張るためのバッグも、
  素性を暈(ぼ)かす帽子も、
  形容詞をぶら下げるための衣服も、
  この先の私には要らない。
(綺麗、だよね? この躰)
  玄関脇の姿見には私が映っていた。
  私らしさを纏う私じゃなくて、
  靴を履いただけで何も身につけていない私。
  キュッと爪先を鳴らしながら
  クルッと回ってみる。
  私に与えられた躰は、現行のモデルと比べても見劣りしないぐらい 美しいシルエットをしている、と思ってる。
  100年目になるこの躰。
  命を持った瞬間を、製作所の雰囲気を
  今でも鮮やかな音で思い出せる。

〇魔法陣のある研究室
  部屋の真ん中。
  椅子に座っている人形に貼り付けられた
  無数の計測機器が、生命反応を捉えて光り出すと、
  あちこちから
  オールグリーン、オールグリーンと
  叫ぶように報告が上がる。
  無機質で空虚な人形に
  人間の命の次に尊い生命が
  与えられた瞬間だった。

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