エピソード6 残されたもの(脚本)
〇水の中
尾道 綾「ねぇ、けいくん」
尾道 綾「私、あの時は大丈夫だったんだよ」
尾道 綾「身体が動かなくなって、まず先に触覚が消えたの」
尾道 綾「たくさんの人達に運ばれても、痛みも何も感じなかった」
尾道 綾「ああ、でも・・・・・・」
尾道 綾「私を壊す機械が迫ってくるのを見るのは、とても怖かったなぁ」
尾道 綾「私の身体が潰されてバラバラになっていく、」
尾道 綾「それを見るのは、そんな音を聞くのは、とても、とても怖かった」
尾道 綾「でもね、その業者の人は優しくて」
尾道 綾「私の目を、わざと残してくれていたの」
尾道 綾「頭を潰す前に目を抜いてくれて、こう言ったの」
尾道 綾「『君の身体は、もう何も残らない』」
尾道 綾「『だからせめて、この目玉だけでも残そう』」
尾道 綾「『君の目玉は、君が大切に思った人にちゃんと渡すからね』」
尾道 綾「・・・・・・って」
尾道 綾「だから私は、お母さんの元にちゃんと帰れた」
尾道 綾「・・・・・・けいくんの、ところにも」
尾道 綾「ただいまとは言えないし」
尾道 綾「この思いをもう誰にも伝えることは出来ないけどね」
尾道 綾「でも、それでも」
尾道 綾「私の視覚は、まだちゃんと残ってるよ」
尾道 綾「いつまで残るかは分からないけれど」
尾道 綾「でも、ちゃんと、見える」
尾道 綾「時々箱を開けてくれて、」
尾道 綾「真っ暗な世界から私を出してくれて、」
尾道 綾「私に語りかけてくれる、お母さんとけいくんの姿が」
尾道 綾「ちゃんと、ちゃんと、見えてるんだよ」
尾道 綾「・・・・・・でもね」
尾道 綾「私からは何も言えないのが、本当に本当に悲しいの」
尾道 綾「見えてるよ、分かってるよ、て伝えられないことが悲しくてたまらないの」
尾道 綾「・・・・・・本当に、」
尾道 綾「本当に私、馬鹿なことをしちゃったなぁ・・・・・・」
尾道 綾「ちゃんと、けいくんと話せばよかった」
尾道 綾「お母さんに、 『けいくんこんなこと言ってた』 って愚痴を言って慰めてもらえればよかった」
尾道 綾「だけど、あの時の私は・・・・・・」
尾道 綾「そんなことすら、出来なかったから」
尾道 綾「・・・・・・あのね、けいくん」
尾道 綾「何で私がけいくんのこと好きなのか、けいくん分からないでしょ」
尾道 綾「・・・・・・あのね」
尾道 綾「小さい時、私、公園で一人で遊んでたの」
尾道 綾「お母さんの帰りをずっと待ってて」
尾道 綾「でもその日のお母さんは帰ってこなくて」
尾道 綾「もうすっかり夕焼け空で」
尾道 綾「私は不安になって、とうとう泣き出してしまった」
尾道 綾「その時、けいくんが現れたの」
尾道 綾「そしてけいくんは、一緒にお母さんの帰りを待ってくれた」
尾道 綾「『さびしいならいっしょにあそんでやるよ』」
尾道 綾「そう、言って」
尾道 綾「真っ暗になるまで遊んでたら、おばさんが下に降りてきちゃって」
尾道 綾「『いつまで遊んでるんだい!!』 って、けいくんの頭をゲンコツで殴ったよね」
尾道 綾「そしたらけいくん、」
尾道 綾「だってこいつ、かあちゃんかえってくるのずっとまってるんだもん」
尾道 綾「その言葉を聞いたおばさんは、私の家の事情を知ってたみたいで」
尾道 綾「可哀想に、と、私を家に上げてくれたよね」
尾道 綾「『お母さんにはアタシから連絡しておくから大丈夫だよ、いっぱいお食べ』 って夕飯をごちそうしてくれた」
尾道 綾「あの頃、私のお母さんはすごく忙しそうで」
尾道 綾「私のご飯なんか作る余裕なかったみたいで、いつもコンビニのおにぎりを食べてたから」
尾道 綾「手作りのご飯ってこんなにあったかいんだって」
尾道 綾「そう思ったら、涙がボロボロこぼれてきて」
尾道 綾「すると、それを見たけいくんがね」
尾道 綾「無言で私の頬にティッシュを押し付けてきたの」
尾道 綾「ああ、優しいんだなぁ」
尾道 綾「そう思うと同時に、」
尾道 綾「・・・・・・好きになったみたいなの」
尾道 綾「けいくん、もうあの時のこと覚えてないでしょ」
尾道 綾「でもね、私ははっきりと覚えてるよ」
尾道 綾「ちょっと怖い顔でティッシュを押し付けてきた、あのけいくんの顔・・・・・・」
尾道 綾「今でも思い出せるし、思い出すとちょっと笑えてきちゃうの」
尾道 綾「それからね、私はけいくんのこと、ずっとずっと好きだった」
尾道 綾「今でも、大好きだよ」
尾道 綾「・・・・・・ねぇ、けいくん」
尾道 綾「私の目が見えなくなるまで、けいくんのこと見守ってていいかな」
尾道 綾「箱を開けて、 おはよう、行ってきます、ただいま、おやすみ、 そう話しかけてくれるけいくんのこと、」
尾道 綾「箱の中から見つめてて、いいかな」
尾道 綾「・・・・・・もちろん、お母さんのことも見てるよ」
尾道 綾「お母さんとけいくんを、私はずっと見てる」
尾道 綾「いつまでになるかは分からないけれど・・・・・・」
尾道 綾「だから、ね」
尾道 綾「いっぱい、箱を開けて」
尾道 綾「私に、話しかけて」
尾道 綾「・・・・・・私からは、何も返せないけれど」
〇シックなリビング
綾の母「おはよう、綾」
綾の母「今日はいい天気ね」
綾の母「綾、私今日も残業になりそうなの・・・・・・」
綾の母「いつもいつも一人で留守番させて、ごめんね」
綾の母「・・・・・・じゃあ、行ってきます」
〇シックなリビング
綾の母「ただいま、綾・・・・・・」
綾の母「お母さんさすがにちょっと疲れちゃったわ」
綾の母「・・・・・・思えば、帰ってきてこうしてあなたに色々と話すことってあったかしら」
綾の母「もっとあなたとちゃんとお話をすればよかった・・・・・・」
綾の母「今となっては、もう出来ないことだけど」
綾の母「・・・・・・綾」
綾の母「お母さん、そろそろ寝るわ」
綾の母「あなたもゆっくり休みなさいね」
綾の母「・・・・・・おやすみ、綾」
〇簡素な一人部屋
仙道 圭太「おはよう、綾」
仙道 圭太「ふわ〜あ、まだちょっとねみぃや・・・・・・」
仙道 圭太「まぁ、さすがに今日も出ねぇと単位がそろそろヤベぇからな・・・・・・」
仙道 圭太「ああいや、俺はちゃんと真面目にやるって決めたんだ、単位がどうこうの話じゃねぇよな」
30分後
仙道 圭太「んじゃ、今日2 限からだからゆっくり行くか・・・・・・」
仙道 圭太「ん?あっ、今日火曜日か!!」
仙道 圭太「やべぇ、1限から始まる!! 急がねぇと!!」
仙道 圭太「ああもう、行ってきます、綾!!」
〇簡素な一人部屋
仙道 圭太「ただいま〜〜・・・・・・」
仙道 圭太「なぁ綾、聞いてくれよ」
仙道 圭太「バイト先にすんげぇ嫌な客が来てさぁ・・・・・・」
「圭太!!ご飯出来たわよ!!」
仙道 圭太「やべっ、母さんに呼ばれちまった」
仙道 圭太「またあとでな、綾」
しばらくして
仙道 圭太「・・・・・・それでさ、店長も全然助け舟出さねぇの!!」
仙道 圭太「バイトにクレーマー対応やらせるか、普通!?」
その時、箱の中でガラス玉がコロコロと転がった。
仙道 圭太「うおっ、あぶねっ!!」
仙道 圭太「綾、大丈夫か!?」
仙道 圭太「・・・・・・大丈夫そうだな、よかった」
仙道 圭太「おっと、もうこんな時間か」
仙道 圭太「そろそろ寝なきゃな・・・・・・ って、綾が教えてくれたのか?」
仙道 圭太「・・・・・・まさか そんなわけない、よな」
仙道 圭太「おやすみ、綾」
仙道 圭太「・・・・・・また明日な」