ガラスの目玉の涙

ウミウサギ。

エピソード4 綾の行方、こぼれる想い(脚本)

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〇明るいリビング
  それから1日たっても、2日たっても、綾の姿を見ることも綾に関する情報を得ることもなかった。
仙道 圭太「綾・・・・・・ どこに行っちまったんだよ・・・・・・」
  最悪の可能性が頭をよぎる。
  誘拐されたか、事件に巻き込まれたか、
  ────自殺か。
仙道 圭太「・・・・・・くそっ!! 何で綾が自殺なんかするんだよ!!」
仙道 圭太「変なこと考えてんじゃねぇよ俺・・・・・・!!」
圭太の母「圭太!!」
仙道 圭太「母さん」
圭太の母「手紙!!アンタ宛に、綾ちゃんから!!」
仙道 圭太「綾から!?」
  圭太はさっそく手紙を開封した。
  手が震えてうまく封を切れない。
  手紙を取り出す頃には、封筒はぐちゃぐちゃになっていた。
仙道 圭太「────『圭太さんへ』」
尾道 綾「圭太さんへ」
尾道 綾「突然姿を消してしまったこと、本当に申し訳なく思います」
尾道 綾「おばさまも、そしてお母さんも私のことを心配していることでしょう」
尾道 綾「・・・・・・本当に、ごめんなさい」
尾道 綾「でも、私が今こうしているのには目的があるんです」
尾道 綾「それは、私の時間を止めること」
尾道 綾「圭太さん、前に言ってましたよね」
尾道 綾「ヨボヨボになった私なんか見たくない、お断りだ、って」
尾道 綾「だから、私が今のままでいられるように、とある人にお願いをしたんです」
尾道 綾「その人は言いました」
尾道 綾「『あなたのその美貌と若さを、私なら時間の砂に巻き込まれてこぼれ落ちないようにすることが出来る』、と」
尾道 綾「私は喜んでその人の手を握りました」
尾道 綾「だって、私はずっと圭太さんのそばにいたいから」
尾道 綾「私が今の私のままでいれば、圭太さんはそばにおいてくれるでしょう・・・・・・?」
尾道 綾「今はまだ会えませんが、楽しみにしていてください」
尾道 綾「貴方のお望み通り、私は私の時間を止めてきます」
尾道 綾「綾より」
仙道 圭太「綾・・・・・・」
仙道 圭太(やっぱあれ、聞かれてたんだ)
仙道 圭太「・・・・・・っ、くそぉ!!」
圭太の母「・・・・・・綾ちゃん、何だって?」
  その時。
  圭太は封筒にまだ何か入っていることに気づいた。
仙道 圭太「これって・・・・・・」
  誰かの名刺。
  砂時計を背景に、英語の筆記体で名前が書いてある。
  裏には、住所と簡易な地図が書いてあった。
仙道 圭太「もしかして、綾はここに・・・・・・?」
  手紙と名刺を握りしめ、玄関へと走る。
圭太の母「圭太、どこ行くんだい!?」
仙道 圭太「綾の居場所が分かったかもしれねぇ!! 行ってくる!!」
  手紙と名刺をウエストポーチに入れて、圭太は傘もささずに外に飛び出した。

〇古い倉庫の中
  そこは、使われていない倉庫だった。
仙道 圭太「はぁっ、はぁっ、はぁっ・・・・・・!!」
  息を切らして、圭太は中に飛び込む。
仙道 圭太「真っ暗だな、ここ・・・・・・」
仙道 圭太「綾!!どこにいるんだ!!綾!!」
仙道 圭太「ん?何だこれ・・・・・・」
  目の前に垂れ下がるものを触ってみる。
  それは、シリコンのような肌触りがした。
  顔を上げると、そこには女の顔があった。
  女がこちらを見つめながら、腕を垂らして棚からはみ出ていた。
仙道 圭太「う、わぁ、わあああああああ!!!!!」
  圭太は絶叫し、その場で尻もちをつく。
  女はまばたき一つせずこちらをじっと見ている。
仙道 圭太「なな、なんだ、なんだよお前!! なんか言えよぉぉぉ!!!!!」
  女は何も答えない。
  半開きになった唇は少しも動かない。
仙道 圭太「綾ーーーー!!!!! どこにいるんだ!? 無事なのかーーーー!?!?!?」
  圭太は根性で立ち上がり、走った。
  すると、目の前が開けて、女達が一斉に圭太の前に現れた。
  正確には、元々女達がいたところに圭太が走って来た。
  和洋中古今東西の格好をさせられた女達が、椅子に座ったり立ったり思い思いのポーズをとっている。
  圭太の方を見ている女もいれば、天井や明後日の方向を見ている女もいる。
仙道 圭太「ああ、ああ・・・・・・ あああああああああ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」
  圭太は恐怖で絶叫した。
謎の男「おやおや、これは珍しいお客さんだ」
謎の男「ギャラリーを見にいらしたのですか? 灯りをつけますので、どうぞご堪能ください」

〇古い倉庫の中
  そう言って男は電気をつけた。
  一気に眩しくなり、圭太は目を細める。
  明るくなると同時に、目の前の異常性が増してくる。
仙道 圭太「な、な、なんだ、なんだこいつら・・・・・・」
謎の男「美しいでしょう 私の傑作の数々です」
仙道 圭太「何だよお前、誰なんだよ!!」
謎の男「そう怒らずとも自己紹介致しますので そうですねぇ、私のことは『人形師』とお呼びください」
仙道 圭太「人形師・・・・・・?」
人形師「えぇ、これらの美しい女性達は私の手によって素晴らしい人形へと生まれ変わったのです」
仙道 圭太「人形・・・・・・てことは、こいつら生きた人間じゃねぇのか?」
人形師「・・・・・・ふふ えぇ、そうなりますねぇ」
仙道 圭太「よかったー・・・・・・ いやぁマジでビビった」
仙道 圭太「しかしすげぇな、本物の人間みてぇ」
人形師「お褒めいただき恐悦至極でございます」
仙道 圭太「・・・・・・っ!! そうだ、綾!!」
人形師「綾?」
仙道 圭太「綾から手紙が来たんだ、それと一緒にこんなのが入ってて・・・・・・!!」
人形師「おやおやこれは、私の名刺でございますねぇ」
仙道 圭太「お前の名刺・・・・・・? 綾がどこにいるか知ってんのか!?」
仙道 圭太「綾は妙なことを手紙に書いてるんだ、時間を止めるだとか何とかって・・・・・・!!」
人形師「・・・・・・私はただいま複数の作品を並行して手がけているものでして、『綾』という名前だけでは・・・・・・」
人形師「・・・・・・ん? もしかして、『尾道 綾』様のことでは?」
仙道 圭太「綾を知ってるのか!?」
人形師「ええ、たった今思い出しましたよ」
人形師「あの華奢な肉体に宿る情熱的な瞳、何が何でも愛する人と生涯を共にしたいという儚くとも強い願い・・・・・・」
人形師「そうですか、あなたが『圭太さん』・・・・・・ ふ、ふふ、ふふふふふ・・・・・・」
仙道 圭太(何言ってるんだこいつ・・・・・・? 気持ちわりぃ・・・・・・)
仙道 圭太「ご、ごちゃごちゃ言ってねぇで、綾はどこにいるか教えろよ、」
人形師「『初対面の相手には敬語』、でしょう?」
仙道 圭太「・・・・・・は?」
人形師「最近の日本人はマナーがなっていません 互いが互いに対する尊敬の念を失っているんです 全く嘆かわしい」
仙道 圭太「い、今、そんなこと言ってる場合じゃ・・・・・・」
人形師「『綾さんを見せてください』」
人形師「ほら、復唱」
仙道 圭太「う、ぐ・・・・・・」
仙道 圭太「綾を・・・・・・ 尾道 綾を、どうか俺に見せてください お願いします」
人形師「Excellent!! 完璧です」
人形師「本来は制作途中の作品は人にお見せしたくないのですが・・・・・・ そこまでおっしゃるのなら仕方ありません」
人形師「特別にお披露目しましょう」
仙道 圭太(なんだこいつ・・・・・・)
仙道 圭太(めちゃくちゃムカつくけど、綾に会えるならなんでもいい)
仙道 圭太(綾に会って、一緒に帰るんだ)

〇地下倉庫
  圭太は奥に連れていかれた。
仙道 圭太「あ、綾っ!!」
  そこには、綾がいた。
  アンティーク風の椅子に座り、まばたきをせずどこか一点を見つめている。
仙道 圭太「綾!!」
人形師「おっと、あまり近づかないように まだあれこれ手を加えている最中です」
仙道 圭太「綾!!」
  人形師の静止を振り切り、圭太は綾に飛びついた。
仙道 圭太「綾、何があったんだ、何をされたんだ、教えてくれ、綾、」
仙道 圭太「・・・・・・綾?」
  綾の様子は、明らかにおかしい。
  まばたきをしないどころか、眼球や唇などが一切動かない。
  圭太は綾の目に触れるほどの距離で手をかざし、振ってみる。
  綾はそれに何の反応も示さなかった。
仙道 圭太「綾、どうしたんだよ、」
仙道 圭太「おい、綾!!」
人形師「語りかけても答えられませんよ 彼女は既に人形になりつつあるのですから」
仙道 圭太「何言って・・・・・・」
人形師「私は初めから嘘など申しておりませんよ」
人形師「貴方が先程目にした女性達は私の最高傑作の数々、 そしてこの女性も私のコレクションに加わるのです」
人形師「汚いものを生む内臓は溶かし、 粘膜をゴムに変える」
人形師「目玉は綺麗なガラスに、 肌は滑らかなシリコンに」
人形師「腐敗を捨てることにより、世の女性達は永遠の美貌を手に入れられる」
人形師「ふ、ふふ、ふふふ、ふはははははは!!」
人形師「どうです、素晴らしいでしょう!?」
仙道 圭太「てことは・・・・・・あの人形達は、元は生きてる人間で・・・・・・」
仙道 圭太「綾もいずれ『ああなる』ってことか・・・・・・!?」
人形師「私は最初からそう申していたじゃないですか」
仙道 圭太「分かるわけねぇだろ、あんな言い方で!!」
仙道 圭太「綾!! 綾!!!!! 頼む、聞こえてるんなら何か返事してくれ!!!!!」
仙道 圭太「あんなのになるのは絶対許さねぇ!!!!!」
仙道 圭太「俺も母さんも、そしておばさんも、お前がいなくなってから不安で仕方なかったんだぞ!!」
仙道 圭太「あのおばさんが、お前を探して息を切らして走って!! 泣いてたんだぞ!!」
仙道 圭太「泣くことも笑うこともしねぇあのおばさんが、だ!!」
仙道 圭太「俺はっ、俺は・・・・・・ お前がいなくなったことに気づくのが遅かったけどよ、」
仙道 圭太「それでも、いてもたってもいられなかったんだからな!?」
仙道 圭太「だから綾、頼むよ、考え直してくれよ・・・・・・」
仙道 圭太「人形になったらお前死ぬんだぞ・・・・・・」
仙道 圭太「やめろよ、人形になんてなるなよ・・・・・・!!」
人形師「無駄ですよ 彼女はもう既に人形になりかけているんです」
人形師「こうなったら私でもどうこうすることは出来ませんよ」
仙道 圭太「・・・・・・・・・・・・」
人形師「それに、若い姿のままで貴方と添い遂げるのが彼女の願いなのですから」
人形師「いくら貴方でも、その願いを踏みにじるような真似は許されませんよ」
仙道 圭太「うるせぇ、お前に何が分かるってんだ!!」
仙道 圭太「知ったような口を聞くんじゃねぇ!!」
人形師「ほう、では貴方はこの女性の何もかもを知っていると?」
人形師「過去も性格も、貴方に対する想いも、何もかも?」
人形師「そんなことが出来たなら、彼女はここには来なかったとは思いますがねぇ」
人形師「貴方は彼女をおざなりにした」
人形師「彼女の無垢で儚い心を踏みにじった」
人形師「だから彼女は私を頼った」
人形師「違いますかねぇ」
仙道 圭太「・・・・・・っ!!」
仙道 圭太「あああああ!!!!! うるせぇうるせぇうるせぇ!!!!!」
  ガシャン、パリン、とけたたましい音が響く。
  圭太はその辺にあるものを手当り次第投げたり落としたりしていた。
人形師「自分に都合の悪いことを言われたから破壊行動で悔しさを訴えるとは、まるで躾がなっていない子供だ」
  何とでも言いやがれ
  圭太は、何かの破片で切ってしまって血が出ている手のひらを握りしめる。
仙道 圭太(そうだ、確かに俺は綾を大切にはしていなかった)
仙道 圭太(綾が告白してきたから仕方なく付き合ってるってだけで)
仙道 圭太(イジメにあっている綾を見殺しにしたから無下にできないってだけで・・・・・・!!)
仙道 圭太「・・・・・・最低のクソ野郎だな、俺」
仙道 圭太「あの時、断ってれば綾は幸せになれただろうな」
仙道 圭太「俺なんかよりも綾を大切にしてくれる男に出会って、」
仙道 圭太「そして・・・・・・」
  圭太はうなだれ、糸が切れた操り人形のように膝から崩れ落ちた。
人形師「『自分では彼女を幸せにできない』」
人形師「気づくのがあまりにも遅すぎたんじゃないでしょうか」
人形師「今となっては覆水盆に返らず、もう手遅れですけどねぇ」
仙道 圭太「・・・・・・・・・・・・」
人形師「さぁ、お引き取り願いましょう 作品に支障が出ては困る」
  人形師は少し手荒に圭太の腕を掴んだ。
  圭太は動く気力がなく、その場を離れようとしない。
人形師「こいつ・・・・・・」
  その瞬間。
  ミシミシ、という音が、圭太の耳に入った。
  すぐさま顔を上げると、綾の右手が震えていた。
仙道 圭太「綾・・・・・・」
人形師「硬化が不完全とはいえ、自らの意思で動かそうとするとは」
仙道 圭太「綾!!!!!」
人形師「おい、もう作品には近づくんじゃない!!」
仙道 圭太「うるせぇ!!!!!」
  圭太は綾に飛びつく。
仙道 圭太「綾、まだ少しは動けるんだな、よかった、よかった・・・・・・」
  圭太は綾の右手にそっと触れた。
  すると、ギギギギギ・・・・・・と音を立て、綾の右手が動く。
  圭太の左手に自らの右手を重ね合わせると、指でツーッと圭太の肌をなぞった。
仙道 圭太「綾・・・・・・?」
  それは、文字だった。
  『け』『い』『た』『さ』『ん』
  たどたどしい動きではあるが、綾の指は圭太の肌に文字を書いていた。
仙道 圭太「っ、綾、待ってくれ、」
  圭太は手を返し、綾の指と自らの手のひらが触れるようにする。
仙道 圭太「こうすれば書きやすいだろ、なぁ、綾」
  『は』『い』
  『あ』『り』『が』『と』『う』
人形師「おい、何をしている、」
仙道 圭太「お前は黙ってろよ」
仙道 圭太「綾が俺に何かを伝えようとしてるんだ」
仙道 圭太「話をするくらいはいいだろ」
人形師「仕方ないですねぇ、では1分ですよ」
仙道 圭太「はぁ?1分?」
仙道 圭太「そんな短ぇ時間で綾が全てを伝えられるわけねぇだろが」
仙道 圭太「これは綾の最期の言葉なんだ」
仙道 圭太「綾が『もういい』というか、話が出来なくなるまで、だろうが」
人形師「・・・・・・チッ」
人形師「いいですよもう 勝手にしてください」
仙道 圭太「綾、待たせたな、話してくれ」
尾道 綾「・・・・・・・・・・・・」
尾道 綾「『け、い、た、さ、ん』」
尾道 綾「『圭太さん、来てくれてありがとう』」
尾道 綾「『まさかこんな大事になってるだなんて、思いもしませんでした』」
尾道 綾「『今、私は、体のあちこちが固まっています』」
尾道 綾「『首から上は、もう何も動きません』」
尾道 綾「『それでも、五感はまだ残っているようで』」
尾道 綾「『圭太さんと人形師さんのやり取りを、この目で見て、この耳で聞くことが出来ました』」
尾道 綾「『そうですか、あの母が、泣いたんですか・・・・・・』」
尾道 綾「『そうですね、母は滅多に笑いも泣きもしない人でした』」
尾道 綾「『躾に厳しい、というのではなくて、私が何かいいことをすると褒めてくれる人でしたが』」
尾道 綾「『・・・・・・父は数年に一度しか帰ってこないし、仕事と育児で忙しい日々を生きていくために、気が張っていたのだと思います』」
尾道 綾「『そういえば、私、母が泣いているところをこっそり見たことがあるんでした』」
尾道 綾「『あれは、小三の頃』」
尾道 綾「『教科書やノートを破られて帰ってきた私を見て、母はわずかに目に涙を滲ませていました』」
尾道 綾「『・・・・・・あれからも、イジメは止まらなくて』」
尾道 綾「『あの頃の私は青アザや生傷が絶えませんでしたね』」
尾道 綾「『逃げるように保健室登校を続けていましたが、しばらくして保健室の外から嫌がらせをされたり、』」
尾道 綾「『酷い時は中に入られてしまったこともありました』」
尾道 綾「『家と保健室を往復する日々』」
尾道 綾「『そんなある日の夜、誰かがすすり泣く声が聞こえてきたんです』」
尾道 綾「『私はそっと起きて、こっそりリビングを覗きました』」
尾道 綾「『そうしたら、母が泣いていたんです』」
尾道 綾「『綾がどうしてこんな目に、と』」
尾道 綾「『母は嘆いていました』」
尾道 綾「『己の不甲斐なさ、何もしてくれない人たちへの怒り、そしてあの子たちへの恨み』」
尾道 綾「『私はそんな母を見て、しばらく動けずにいました』」
尾道 綾「『足がようやく動くようになって、そっと自分の部屋に戻ったのです』」
仙道 圭太「・・・・・・綾」
仙道 圭太「俺のこと、恨んでるよな」
仙道 圭太「いや、恨んでいいんだ、お前は 俺のことを恨んでいい」
仙道 圭太「だって、俺は・・・・・・」
仙道 圭太「あの時のお前と目が合ったのに・・・・・・っ!!」
尾道 綾「『・・・・・・いいえ』」
尾道 綾「『いいえ、恨んでなんかいません』」
尾道 綾「『私は貴方を恨んでなんかいませんよ、圭太さん』」
尾道 綾「『もちろん、なぜ、どうして、とあの時は悲しくなりましたが』」
尾道 綾「『圭太さんは、なんだかんだ言ってずっと私のそばにいてくれたじゃないですか』」
尾道 綾「『勇気を出して告白をしたら、付き合ってくれたじゃないですか』」
仙道 圭太「・・・・・・いや、綾」
仙道 圭太「あれは、ほとんど罪滅ぼしのためなんだ」
仙道 圭太「俺はお前のこと、そんなに好きじゃなかったんだ」
仙道 圭太「俺は綾にひどいことをした」
仙道 圭太「だから償わねぇとって・・・・・・ そんな気持ちで付き合ってたんだよ」
仙道 圭太「お前の好意を断れなかったんだよ」
仙道 圭太「・・・・・・俺は、そんな最低なヤツなんだよ」
尾道 綾「『・・・・・・それでも』」
尾道 綾「『どんな理由があっても、圭太さんは私のそばにいてくれた』」
尾道 綾「『心がすっかり壊れてしまって、圭太さんにでさえ敬語でしか話せなくなってしまった私を』」
尾道 綾「『・・・・・・恋人にしてくれたじゃないですか』」
仙道 圭太「綾、」
尾道 綾「『圭太さん』」
尾道 綾「『それは私にとって、充分すぎるほどの幸せなんですよ』」
尾道 綾「『だから、そんなに自分を責めないで』」
尾道 綾「『圭太さんが自分を責めているのを見てると、悲しくなってしまいます』」
仙道 圭太「・・・・・・いや、俺は最低野郎だ」
仙道 圭太「綾がイジメにあってるのを見て見ぬふりをした」
仙道 圭太「何でお前が敬語でしか話さないのか、それを深く考えずに『ウザイからやめろ』って言っちまった」
仙道 圭太「『結婚なんかごめんだ』と言っちまった」
仙道 圭太「年老いた綾なんか見たくない、って」
仙道 圭太「手を繋ぐだとか、キスだとか」
仙道 圭太「そんな恋人らしいことさえしようとせずに」
仙道 圭太「・・・・・・お前は、してみたかっただろうに」
尾道 綾「『・・・・・・・・・・・・』」
尾道 綾「『そんなことしたら、恥ずかしすぎて煙になっちゃいそう』」
仙道 圭太「お前な・・・・・・」
尾道 綾「『フフ、ウフフ・・・・・・』」

〇水の中
尾道 綾「『あのね、圭太さん』」
尾道 綾「『私、圭太さんと一緒にいられるだけで幸せなんです』」
尾道 綾「『もうこれ以上の贅沢なんて望みません』」
仙道 圭太「綾・・・・・・」
尾道 綾「『・・・・・・だから、ですかね』」
尾道 綾「『圭太さんのあの言葉を聞いて、私はいてもたってもいられなかったんです』」
尾道 綾「『ああ、ずっと一緒にいてくれないのか、と』」
尾道 綾「『圭太さんは結局、私のわがままに付き合ってくれているだけなのか、と』」
尾道 綾「『そして、考えてしまったんです』」
尾道 綾「『私が今のままの姿でいれば、圭太さんはずっと一緒にいてくれるかもしれない』」
尾道 綾「『・・・・・・バカですよね』」
尾道 綾「『幸せを手放したくなくて』」
尾道 綾「『幸せが壊れてほしくなくて』」
尾道 綾「『・・・・・・結果的に、今その幸せが崩れ始めつつあるということも分からずに』」
仙道 圭太「・・・・・・あいつに、騙されたんだろ」
仙道 圭太「あの胡散臭い男に、あることないこと言われたんだろ」
尾道 綾「『・・・・・・言われたことはあの手紙に書いた通りです』」
尾道 綾「『私は、ただ時間を止められさえすればいいと思いこんでしまっていた』」
尾道 綾「『だから、冷静になれなかったんです』」
尾道 綾「『時間を止めるということは、己の命をなくすことだと』」
尾道 綾「『そんな簡単なことにさえ気づけなかったんです』」
仙道 圭太「綾・・・・・・」
仙道 圭太「俺の、俺のせいだ」
仙道 圭太「俺があんなことを言ったから、綾は・・・・・・」
仙道 圭太「・・・・・・ごめん」
仙道 圭太「今更謝ったって、どうにもならねぇけど・・・・・・っ!!」
仙道 圭太「それでも俺は、お前に謝らなくちゃいけねぇし・・・・・・!!」
仙道 圭太「謝りてぇんだよ・・・・・・!!」
尾道 綾「『・・・・・・』」
仙道 圭太「ごめん、ごめんなぁ、綾・・・・・・!!」
仙道 圭太「俺、お前にいっぱい酷いことしてきて・・・・・・!!」
仙道 圭太「お前の気持ちを踏みにじってばっかりで・・・・・・!!」
仙道 圭太「俺なんかより、綾を幸せに出来るやつはいくらでもいるってこと考えちまうし・・・・・・!!」
仙道 圭太「お前は、俺だけがいいのに・・・・・・!!」
仙道 圭太「俺がお前を幸せにできるよう変われれば済む話なのに・・・・・・!!」
仙道 圭太「今更っ、遅いけどっ・・・・・・!!」
仙道 圭太「う・・・・・・ううっ・・・・・・」
尾道 綾「『・・・・・・圭太さん』」
尾道 綾「『言ったじゃないですか』」
尾道 綾「『私、圭太さんと一緒にいるだけで幸せだって』」
尾道 綾「『それに・・・・・・』」
尾道 綾「『そこまで思ってくださるということは、圭太さんなんだかんだ言って私のこと好きなんじゃないですか?』」
仙道 圭太「あ・・・・・・」
尾道 綾「『どうでもいいと思う相手に対して、自分なんかよりもいい男がたくさんいる、なんてことは考えないと思いませんか?』」
仙道 圭太「そう、だな・・・・・・」
仙道 圭太「確かに、そうだ」
仙道 圭太「俺は綾のこと、好きなんだな」
尾道 綾「『フフ、私たちちゃんと両想いだったんですね』」
仙道 圭太「綾」
尾道 綾「『はい』」
仙道 圭太「好きだ」
尾道 綾「『私も、ですよ』」
仙道 圭太「知ってる」
仙道 圭太「それはもう、充分すぎるくらいにな」
仙道 圭太「好きだ、綾」
尾道 綾「『もっと言ってください』」
仙道 圭太「好きだよ、好きだ」
尾道 綾「『もっと』」
仙道 圭太「好きだ、好き・・・・・・愛してる」
  それは、はたから見れば異常な光景だ。
  人形になりかけている女と向き合い、男は目に涙を滲ませながら愛を囁いている。
  だけど、そこには確かに愛があった。
  今となっては遅すぎる自覚の、愛が。
尾道 綾「『・・・・・・圭太さん』」
尾道 綾「『私、もっとわがまま言っていいですか』」
仙道 圭太「・・・・・・ああ 何でも言ってくれ」
尾道 綾「『キス、してください』」
尾道 綾「『多分、私の唇にはまだ感覚が残っていると思います』」
  圭太は指でそっと綾の唇に触れる。
尾道 綾「『ああ、よかった・・・・・・感覚、残ってます』」
尾道 綾「『もう、指を動かすことすら辛くなってきました』」
尾道 綾「『もうすぐ私は、完全な人形になるのだと思います』」
尾道 綾「『その前に、最高の幸せを感じたい』」
尾道 綾「『どうせ命が消えてしまうのなら、幸せな気持ちでいたいのです』」
尾道 綾「『ね、圭太さん・・・・・・お願い』」
  圭太は、呼吸を整え、まず互いの額をくっつけた。
  目を開けると、綾の目がすぐ近くにある。
  ガラス玉となってしまった、綾の目が。
仙道 圭太「・・・・・・っ、綾、」
  圭太は綾に口づけた。
  感覚として飛び込んでくるのは、シリコンの感触と味。
  生きている人間の感触はどこにも感じられない。
尾道 綾「『・・・・・・けいくん』」
尾道 綾「『けいくん、ありがとう』」
尾道 綾「『私も、大好きだよ』」
尾道 綾「『幼稚園の頃からずっと、ずっと大好き』」
尾道 綾「『けいくん、けいくん・・・・・・』」
  ふと、圭太の唇に何かが降りてきた。
  それは、涙だった。
  動かぬガラスの目玉から、綾はとめどなく涙を流していた。
仙道 圭太「綾・・・・・・」
  ふと、綾が圭太の手を、きゅっと握った。
  圭太はそれを握り返した。
  手を繋いで、キスをする。
  してあげられなかったと悔やむ、圭太の後悔。
  してほしかったと心のどこかで願う、綾の儚き想い。
  それがとうとう、叶えられた。
  ────こんな形ではあるが。
尾道 綾「『け、い、く、ん、け・・・・・・い・・・・・・』」
  手を繋ぎながらも、綾は人差し指で圭太の手に懸命に文字を書いていたが。
  とん、と指を置いたところで、綾の動きが止まった。
  ミシミシと音を立てて動こうとする気配すらない。
  綾は、もう完全に人形に成り果ててしまったのだ。

〇地下倉庫
仙道 圭太「綾・・・・・・?」
仙道 圭太「綾、綾・・・・・・」
仙道 圭太「う、あ、・・・・・・あああああああああああああああああああっっっっ!!!!!」
謎の男「涙を流す人形・・・・・・」
謎の男「す・・・・・・」
謎の男「素晴らしいっっっっっ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」
謎の男「ああ、なんということだ、私はこんな簡単なことにすら気づけなかったのか・・・・・・!!」
謎の男「作品を至高の極みに近づけるには、『愛』が!! 『愛』が必要だったのだ!!!!!」
謎の男「ああ素晴らしい、実に素晴らしいっっっ!!!!!」
謎の男「尾道 綾、ありがとう!!!!! 気づかせてくれて!!!!!」
謎の男「これで私は更に、史上最高の傑作たちを 次々と生み出せるっ・・・・・・!!!!!!!!!!!!!!!」
謎の男「ふふっ、ははっ・・・・・・ あーーーっはっはっはっは!!!!!!!!!!」
  その時、外からサイレンの音がした。
謎の男「な、なんだ、こんな時にっ」
警察「両手を上げろ、須崎 正一!!」
警察「連続婦女失踪事件、及び、連続婦女殺害事件の犯人としてお前を逮捕する!!」
謎の男「私が、殺害事件の犯人・・・・・・? はははっ、そんなまさかぁ」
謎の男「あなた方は何か勘違いされているようだ」
謎の男「私が彼女たちにもたらしたのは永遠の美しさ!! 決して枯れることのない輝き!!」
謎の男「彼女たちは『人形』として生まれ変わったんだ!!」
警察「人形だと!?ふざけるな、これらはただの加工された死体だ!!」
警察「お前は女性たちの命を次々と奪った犯罪者だ!!」
  がちゃり、と人形師の腕に手錠がかけられる。
警察「連れて行け!!」
「はっ!!」
  警察官たちに連行されながらも、人形師は笑っていた。
謎の男「貴様ら後悔するがいい!! 今この瞬間、命の在り方が一つ潰されたのだ!!」
謎の男「『人形として永遠の時を彷徨う』という、一つの命の在り方が!!」
謎の男「これは自由と尊厳を踏みにじる行為だ!!」
謎の男「あとで泣いて喚いて許しを乞うても私は知らぬぞ!!」
謎の男「あーーーーーっはっはっは!!!!!!!!!!!!!!!」
警察「・・・・・・君、大丈夫かい」
  圭太は、現実と切り離された二人だけの世界にまだ沈んでいた。
  綾の手を強く握り、空いた片腕で綾を抱きしめ。
  命の温もりが感じられない綾の身体に顔をすりつけ、ひたすら嗚咽をするだけだった。
仙道 圭太「綾、綾、綾っ・・・・・・」
仙道 圭太「あああああ・・・・・・・・・ 綾ぁぁぁ・・・・・・・・・・・・」

次のエピソード:エピソード5 遺骨の代わりに

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