赤とんぼリリウム

九重杏也

8 再び(脚本)

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〇コンビニ
???「ありがとうございました~」
  お財布の小銭がアイスに変換された。
  だって、暑いんだもの。
  これより、氷菓子を頂戴しながらの道中。
  至福の時間。暑さと疲労を差し引きしても幸福の時間。
  にぎやかな店内BGMと入口の開閉音が私の背後で別れを告げる。
辰喜「あっ」
いろみ「あっ」
  そして、我がクラスの新顔とご対面。わお。
いろみ「また会ったわね不審者!」
辰喜「ちょい待て何もしてないって!」
いろみ「問答無用よ今すぐスマホで警察呼んでやる」
辰喜「お願いしますシャレにならないことしないで!」
辰喜「あとボリュームも落として!」
辰喜「コンビニ店員が驚いてるから!」
いろみ「助けてーっ、この人ー、そうこの人ですー、この人ー」
辰喜「何もしてないから!」
  不審者――ではなく黒羽はコンビニ内に猛スピードで入っていき、レジにいた店員や他の客へと頭を下げる。
  それから、手を振ったり胸に当てたりとジェスチャーじみた動作を交え、(おそらく一方的)会話をしている。
  最後にまた頭を下げたかと思ったら、今度は私の方へと戻ってきた。
辰喜「頼むから出会い頭に不審者扱いするのもうやめてくれませんか」
いろみ「あらごめんなさい」
いろみ「えーと、そう、身の危険を察知したので」
いろみ「鳥肌が立ったので」
辰喜「どうしてオレと向き合うだけで異常をきたすんだよ」
辰喜「実は発作もちか? 病弱キャラなのか?」
いろみ「実は低血圧で気を抜くとふらつくんです」
いろみ「そして倒れそうになる私を、黒羽くんは咄嗟に受け止めるファインプレー」
いろみ「ただし下心で満ち満ちている黒羽くんは私のあらゆるところを故意にペタペタ触るのよ」
辰喜「オレの名前覚えてくれてたのか」
辰喜「・・・・・・じゃなくてだな、そんなことはしない」
いろみ「支えてくれないと?」
辰喜「本当にふらついたら支えるぞ」
いろみ「そして抵抗できない私の全身を好き勝手なぞるのね」
辰喜「しないっ」
いろみ「じゃあねぶる気ね? うわキモッ」
辰喜「犬じゃあるまいし、オレはそんな変態ではないからな」
いろみ「なら私のにおいをかいで、『ああ、甘くていい香りだ』って喜ぶのねこの駄犬」
辰喜「それは・・・・・・状況に余裕があったらそうなりそうだけど」
いろみ「やっぱり変態じゃん」
辰喜「その時は笹野を心配するから余裕なんてない」
辰喜「あともう一度言うが犬ではない人間だからな」
いろみ「既に私の苗字を覚えているなんて・・・・・・」
辰喜「ん? 笹乃いろみ、だろ?」
いろみ「フルネームで暗記している・・・・・・」
いろみ「まさか、既に私の近辺調査も済んでいて行動パターンも把握されている!?」
辰喜「まだこっち来て一週間しか経ってねえよクラスメイトの名前覚えるのに必死だぞこちとら!」
いろみ「めぼしい可愛い子の名前を全て暗記していくその強欲、やはり、変態なのだわ」
辰喜「ちがわい!」
辰喜「なあ頼むから俺の評価を再度査定してくれよ」
いろみ「・・・・・・と言ってもねえ」
  私から見たっこの転入生は、運動は出来ず、勉強も出来ない。
  そして、クラスに溶け込むのが早くて、何より莉々子と仲が良さそう。
いろみ「解せない」
辰喜「はあ? どういう意味だよ」
いろみ「ひとまず私の中の黒羽の得点は、まあレオとじゃれていた点だけを評価して5点にしておいてあげる」
辰喜「呼び捨てにスライドしてやがる・・・・・・」
辰喜「10点満点中?」
いろみ「そっちだって私のこと呼び捨てだったからお互い様よ」
いろみ「もちろん100点満点で」
辰喜「・・・・・・笹乃様、もう少し、100点と高望みはいたしません」
辰喜「せめて、80点くらい、いただけてもよろしいのではないでしょうか?」
いろみ「んー、」
いろみ「はい、」
いろみ「厳正なる抽選の結果、5点となりました」
辰喜「審議して!?」
いろみ「ふふん」
  黒羽の怪訝な顔に満足する私。
  学校で一度も話しかけに来ない罰ってものよ。
  ――でも同時に、前回も同じノリだったなと思い当たる。
  すると今度は罪悪感がせりあがってくる感じがあった。
  なんとも不快だった。
  少し、ほんの、少しだけ。
いろみ「まあ、でも」
辰喜「お、どうした再審結果か?」
いろみ「2度も不審者扱いしたのは、悪かった気がするわ」
いろみ「・・・・・・ごめんなさい」
辰喜「・・・・・・別にそれはどうでもいいよ」
  ばつが悪いためそっぽを向いて出た謝罪と、ぶっきらぼうに返ってくる返事。
  何となく、きまずい空気。
  でも、
辰喜「そう殊勝に応じてくれるのもありがたいけど、」
辰喜「気兼ねなく話せるほうが、楽ってもんだろ」
いろみ「・・・・・・うん」
辰喜「だから好きにしろよ」
辰喜「ったく、調子狂うな」
いろみ「・・・・・・そうする」
辰喜「はあ。なあ、笹乃」
いろみ「・・・・・・なによ」
辰喜「結局5点なのか。俺、けっこう良いところあるぜ」
辰喜「自分で言うのもなんだが、仲間想いだったりするからな」
辰喜「どうよ?」
いろみ「・・・・・・実に普通ね」
辰喜「くっ、ならこれでどうだ」
辰喜「いいか、視力ってのはな、目の筋トレをすることで回復するんだ」
辰喜「詳しく調べてみると効果的なトレーニング方法が出てくる。オススメだぞ」
いろみ「・・・・・・私、目は悪くないけど」
辰喜「裸眼か!?」
いろみ「もちろん」
辰喜「くっそー!!」
  やけにくやしがる黒羽。
  しかも肝心なところは自力で調べろとは、いい加減が過ぎると思う。
  ・・・・・・ただ、少しは努力として認めてあげよう。
いろみ「少し上方修正して10点にしといてあげる」
辰喜「マジかよよっしゃーーーー!」
いろみ「・・・・・・1000点満点中ね」
辰喜「待て・・・・・・ものすごく減ってるよなそれ!?」
  残念そうな顔をしている黒羽。
  しかし、評価については要検討議題として掲げておこう。
  最後のは冗談として。
いろみ「で、黒羽んちはこの近くなの?」
辰喜「おうそうだ。このコンビニが最寄り」
いろみ「じゃあ私の家とけっこう近いわ」
辰喜「そうかそれは・・・・・・」
辰喜「こんな不審者の近所だなんてとか言い出す気か!?」
いろみ「もう言わないわよ。それより」
  私はずっと疑問だったことを訊ねる。
いろみ「どうしてクラスが一緒になって一度も声を掛けないの」
いろみ「しかも初日に私の顔見てあからさまに嫌そうにしたよね?」
辰喜「・・・・・・いやほら忙しくてさ」
いろみ「忙しかったのなんて月曜だけでしょ。今日もう木曜よ」
辰喜「別に俺から声かける理由ってないと思ったから」
いろみ「はいぃ?」
辰喜「せわしなかったからです!」
辰喜「ほら時倉っているだろアイツ知り合いなんだよ昔俺こっち住んでたからさ幼なじみみたいな!」
いろみ「へえそうなの。じゃあ私とも面識があったのかもね家近いから」
いろみ「それで?」
辰喜「ほら時倉横暴じゃん? なにかとオレに面倒押し付けてきてさ」
  美恵がやけに黒羽をかまっているのは、これまで何度か目にしている。あながちウソというわけではない。
辰喜「昔からああだったし、そういう感じなんだよ」
  そういう感じってどんななんだよ!
  というのは、すんでのところで飲み込んだ。
辰喜「だからまあ、これ以上悩みの種を増やしたくなくて」
  ・・・・・・最後の言葉は聞かなかったことにしよう。
  そうだ、私は大人。広い心で受け止めてあげるべき。
辰喜「黙られるとおっかないんだが」
いろみ「あら失礼。理解いたしましたわ」
辰喜「俺の評価に影響しそうな内容だったか?」
いろみ「持ち帰って検討する」
辰喜「そうしてくれ」
  脳内シュレッダーで細切れにしてから脳内ゴミ箱に捨てるかもしれないが。
辰喜「で、笹乃は学校帰りだったんだよな? 制服だし」
いろみ「うん」
辰喜「こんな暗くなるまで部活だったのか。お疲れさま」
いろみ「違う、バイト」
辰喜「えっ、バイトしてるの?」
いろみ「そんな驚かなくても・・・・・・」
  おかしなことじゃないと思うけど。
辰喜「マジかと思うわ。じゃあ働いた後で、コンビニ寄って帰る途中だったのか」
いろみ「そう。暑くてね。アイス、買ったんだけど・・・・・・」
  気になってビニール袋の中を漁ってみると、やっぱり思った通りになっていた。
いろみ「溶けてる。最悪」
辰喜「・・・・・・なんか、わりい」
いろみ「・・・・・・もう帰る」
辰喜「お、おう。あーっと、送って行った方がいいか?」
いろみ「は? いらんし家近いし」
辰喜「そうか。じゃあまた明日な」
いろみ「うん」
  私はきびすを返して歩道を歩きだす。
  背後から、
辰喜「これからよろしくなー、笹乃ー」
  と、黒羽が叫ぶ声が聞こえてくるのであった。
  振り返って一瞥して、足早に遠ざかった。

次のエピソード:9 まどろみのかんげき

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