悪夢バイヤーのお仕事。ごく稀にこんな日もあります編。(脚本)
〇宇宙空間
渡川童夢「ふっふふーん♪ 夢とわかる前のパニック状態で、私まで助けようとしてくれる人がいるなんて・・・」
四方八方から阿鼻叫喚が響き渡る空間で、童夢は上機嫌でスキップする。
渡川童夢「ホラー映画好きではなかったみたいだけど」
渡川童夢「ああっ! しまった!あれを回収してない! 私のあんぽんたん!」
渡川童夢「まあ、仕方ない! 楽しみの種を蒔いたと思って、未練タラタラで諦めよう!!」
未練はあると言うが、童夢のスキップは軽やかなままである。
やがて、その足が小さな悲鳴の前で止まる。
渡川童夢「さて、次はこちらにお邪魔しようかな!」
童夢が歩みを止めそう呼び掛けると、たちまち叫びも闇も消えていく。
〇謎の扉
闇が晴れて現れた扉には『木村未可子』とネームプレートがかかっている。
童夢は全身を扉に密着させ、中の様子をうかがう。
渡川童夢「叫び声も枯れはて、啜り泣きのフェーズに入っていますね!? もはやなす術もなく絶望の世界! これぞまさしく悪夢!」
鼻息荒く分析を終えた童夢は扉から離れると、佇まいを正し恭しく頭を下げる。
渡川童夢「私夢食いバクの使いの者『童夢』と申します。 木村様の悪夢をお譲りいただきたく、参上した次第でございます」
頭を下げたまま数十秒。
泣き声ばかりで、未だ入室の許可が下りない。
渡川童夢(あれ? 相当参っておられる叫びだったから、すんなり譲ってくれるかと思ったんだけどなあ。 まあ、それなら──)
童夢は再び扉にベッタリと貼り付く。
渡川童夢「現金買取もできるのですが、超オススメコースがございまして! 悪夢バイヤーの名に懸け比較的マシな悪夢をチョイス&トリミ──」
童夢の言葉を遮るように扉が開く。
渡川童夢「ご利用ありがとうございます!! 失礼いたします!!」
〇美しい草原
渡川童夢「早速、御相談をあららららあああ!?」
嬉々として足を踏み入れた先には地面はなく、童夢は広々とした草原に落下する。
渡川童夢「寝心地抜群であろう新緑の絨毯ですねえ! 木村様、ぜひともこちらでゴロゴロしながらお話しませんか?」
木村未可子「なにも、いらない・・・・・・ とって、とって、これ、とって・・・・・・」
大地が微かに震え、木村未可子の声だけが響き渡る。
渡川童夢「この夢全てを切り取れば、木村様の御要望に添うことはできますか?」
童夢の問い掛けに、頭上にある太陽が瞬きをした。そこから大粒の涙が地上に降り注ぐ。
渡川童夢(大地を揺らす声、太陽が瞳。おそらく木村様はこの世界と一体化している)
渡川童夢(早急に切り取って次の悪夢へ行けばいいところだけど──何を”とって”なのかな? すごく気になるうぅう!)
木村未可子「ずっと、がまん、してる。 なんで、あたし、ばっかり」
〇美しい草原
草原を照らす瞳に怒気が宿ったかと思うと、たちまち世界は変貌する。
渡川童夢(木村様の覚醒の時は近かった。 この夢は閉じようとしていたはずなのに・・・これ以上干渉してはいけないね)
木村未可子「とって──って、いってるじゃん!!!!!! はやくしろよ、のろま、みんな、めいわくしてるんだぞ!! ごめん、なさい!?」
童夢はポケットから短剣を取り出す。
渡川童夢「こちらで悪夢を切り取ります。 木村様、この度はありがとうございます。 おやすみなさ──」
木村未可子「はやく、おなか、むし、とって」
渡川童夢「お腹の虫・・・ですか?」
「はて、お腹とは何処だろう?」童夢がそう思考を巡らせるより早く、眼前に広がる美しい草原がウゴウゴと身動ぐ。
渡川童夢「あは、は、私、木村様のお腹の上で、たい、へん、しつれい、を──」
渡川童夢「一面の、虫絨毯だあははははははは──」
ザクッっっっっっ。
ぼりぼりぼりぼりぼり。