6 イライラ(脚本)
〇学校の廊下
いろみ「といった具合なんだよえにし!」
廊下に連なるフリースペースで、私は感情を露わにする。
えにし「へーへー」
いろみ「あいつ一体なんなん?」
えにし「人間だよ。男子転校生」
いろみ「あんなヤツじゃがいもでいいよ」
いろみ「えにしがかじって消化してくれていいよ」
えにし「いやーカニバリズムは勘弁」
いろみ「ああー無性に暴れたい」
いろみ「地に伏した頭を踏みつけてやりたいわ」
えにし「いろみイライラしすぎなんだが?」
いろみ「人をコケにしてああもうっ! ご立腹ですとも!」
いろみ「避けてないでとっとと謝罪に来い」
えにし「そこはいろみの先入観強すぎなのでは?」
えにし「色々と自意識過剰なのでは?」
いろみ「いいや絶対避けられてるね」
いろみ「自己紹介の際に私を見て嫌な顔してたし」
そのくせ、また会いましたねのひと言すらない。
いやアイツの生意気さからすれば、
『ようまた会ったな』
程度のフランクさだろうか。
ところがどっこい三日間全く接触がない。
私自身も積極的に関わろうとはしてないのだけど。
でも避けるつもりはない。
普通だ。普通にしている。
えにし「三日でクラスに溶け込めるわけないし」
えにし「なおかつ異性だし、大目に見るべきでは?」
いろみ「クラスメイト全員に挨拶するくらいの器量を見せてみろっての」
いろみ「それにその、美恵や莉々・・・・・・冬川さんと仲いいし」
えにし「『りり』って誰よ」
いろみ「だーかーらー、ふーゆーかーわーさーんー」
えにし「どーどー静まり給えよいろみ」
いろみ「落ち着いてられるかうがー」
えにし「まぁまぁ。ぺーぺー、ぺーぺー」
それなんかの鳴き真似なの?
ちなみに、私と莉々子が付き合っているというのは前に説明している。
ピンと来てはいないようだ。いや、何より当事者の私もピンと来てない。
えにし「生活圏内の人とは仲良くするでしょうに」
えにし「物理的に距離が近い人は接点できるものだし」
いろみ「それでも一応因縁があるから、一言あるのが礼儀でしょ!」
えにし「最初コンビニで会ったって言ってたね」
えにし「ほーほーそれで好きになっちゃったのねあの転校生を」
いろみ「断じてそれはない!!」
軽く会話しただけだ。そうそれだけ。
えにし「気になるなら自分から声掛けてみればいいのでは」
いろみ「それはなんか負けた気がしてやだ」
えにし「実は戦ってたんかい」
いろみ「既に土下座までさせたわ」
えにし「うわ、さっきそんなの言ってなかったじゃん」
いろみ「・・・・・・ただし冤罪で」
私が勝手に言いがかりつけたのだけど、会話の弾みってだけだ、うん。
えにし「なんか、すごいね、転校生」
いろみ「言っとくけど指示したとか強制したとかじゃないから。自主的なものだから」
えにし「いろみ、記憶はね、本人の都合の良い形に美化されるものなんだ」
えにしが私の肩に軽く手を置いた。
えにし「いろみも乙女ね。しかも浮気」
いろみ「だから好きとかじゃないから」
しかしずっと黒羽のことでうだうだ悩んでいる気はする。
いろみ「ああーほんとイライラするー」
えにし「やれやれ。もうなににキレてるのやら」
いろみ「ヤツの存在が私を煽ってくる」
いろみ「諸悪の権化め、遠巻きに私を観察して楽しんでいるのだわあの不審者め」
えにし「ヤツ呼ばわりから諸悪の権化で、不審者とは、メジャーな大盛りラーメン屋並みのマシマシ具合ね」
いろみ「そんな店! 行ったこと! ない!」
えにし「はいはい。あー、転校生が美恵や冬川さんと仲がいいのが疎ましいのか、」
えにし「いろみに寄ってこないのが癪に障るのか、怒髪天のワケこれいかに~」
呆れながら、えにしはスマホの画面に目を落とす。
隣でその様子を見ている私は、静かにまじまじとえにしのある一点に注目する。
くちびる。
紅くて形の整ったそれは、しかし、莉々子のものとは違う
夏休み最終日。私は、あのくちびるに触れることはなかった。
くちびる同士はおろか、指で触れすらもしてない。
もし、もしも、あのまま、キスしていたら、どうだったのかな。
えにし「――おーい、いろみさんや、聞こえているのかい?」
いろみ「あ・・・・・・えにしどうしたの? てかなんだったっけ?」
えにし「おとぼけになりなすって」
えにし「話題の転校生はさておき、ほれ見てみ」
えにしは手に持っていたスマホの画面を私に見せてきた。
夕暮れの町並み風景と、現在時刻が表示されていた。
えにし「さてさてそれなりの時間になってきたけど、どっか寄って帰る?」
気づけば放課後になってから結構時間が経っていたようだ。
いろみ「あっもうそんな時間!?」
いろみ「ごめんこれからバイトだから行くね」
えにし「え、バイトあるの?」
いろみ「んー、9月は忙しいからって言ったんだけど、木曜と土日は入って欲しいって」
えにし「大変だ。ほどほどにしなね」
いろみ「平気っしょ」
時期が悪いというのはあるけど、部活もバイトもしてるって超人に比べればマシだと思う。
えにし「明日の放課後はクラスのほう進めるからね」
いろみ「りょうかいりょうかい」
えにし「いろみメインなんだから絶対空けといてね」
えにし「休んだら迎えに行って無理矢理たたき起こすから」
いろみ「役どころとしては的を射ているよね」
いろみ「そん時はよろしく。じゃあね~」
えにし「余裕でいられんのも今のうちよっ。 じゃあねいってら」
鞄を持って立ち上がった私の背中をえにしが両手で押す。
勢いづいた私は、そのまま廊下を飄々と進んだ。
でも、ふと思い至った私は途中で振り返る。
いろみ「えにしー、転校生は、黒羽って名前だかんね」
えにし「知ってる。やっぱ好きなんじゃないの?」
いろみ「・・・・・・」
私は無視して階段を駆け下りるのだった。