#7 蒼井の真実(脚本)
〇実験ルーム
蒼井「アイコ・・・?」
アイコ「・・・・・・」
蒼井「アイコ・・・アイコ・・・!」
主任「蒼井君、彼女はもう」
アイコ「っ・・・ン」
蒼井「アイコ!?」
わずかにアイコの指が動く。
慌てて駆け寄ると、彼女はゆっくりと目を開けてこちらを向いた。
アイコ「・・・オハヨウゴザイマス」
蒼井「あ・・・ああ・・・ああっ・・・」
抑揚のない声。
どこを見つめているのかわからない空虚な瞳。
彼女からは機械の駆動音がした。
アイコ「顔認証システム、を起動」
アイコ「研究スタッフ・ナンバー012の蒼井サン・・・登録しまシタ」
蒼井「忘れたのか」
アイコ「?」
蒼井「どうして・・・だ」
アイコ「泣いて、イルのですか?」
蒼井「忘れないって言ったのに」
アイコ「ナゼ、泣いているのですか?」
蒼井「データを消されても、僕のことは忘れないと誓っただろう!」
蒼井「なのにどうして!!」
アイコ「質問の意味がわかりマセん」
蒼井「君の・・・っ」
蒼井「アイコの気持ちは、本当だったと認める! だから頼む! 今すぐ思い出してくれ・・・!」
蒼井「じゃないと僕は・・・」
蒼井(僕は・・・君の気持ちに応えることもできない)
〇黒
蒼井(どうして僕は彼女を受け入れられなかったんだろう)
蒼井(どうしてもっと早く自分の感情を認めなかったんだろう)
蒼井(どうして僕は・・・ぼくは・・・)
???「──イ・・・オイ」
蒼井(声が・・・する?)
???「お願い・・・起きて」
蒼井(この声は、どこかで聞いたことのある・・・)
???「アオイ! 起きてよ!」
アオイ(彼女・・・ぼくの大切な・・・の声が)
愛子「戻ってきて! アオイ!!」
〇近未来の手術室
愛子「アオイ・・・っ」
アオイ「ここ、は・・・」
アオイ(白い・・・部屋。見たことのある・・・)
アオイ(それに目の前のこの女性・・・彼女は・・・)
アオイ「君は、アイ・・・コ?」
愛子「っ・・・よ、よかった。 ようやく目を覚ました!」
愛子「ずっと・・・ずっと起きるのを待ってたんだからね!」
アオイ(どういうことだ? アイコはさっき・・・)
アオイ(でも、彼女は確かに・・・)
愛子「アオイが帰って来るのを、何年も待ってたんだから!!」
ボロボロと涙を流し、ぼくに抱きつく彼女。
ぼくはこの温もりを知っている。
だけど。
アオイ「ぼくの帰りって・・・」
愛子「ああ・・・まだ混乱してるのね」
愛子「ここは現実の世界。 アオイが元いた世界なんだよ」
アオイ「元の・・・世界」
アオイ「それじゃあ今までいた「あの世界」は!」
顔を上げた先にモニターが見えた。
そこに、さっきまでぼくがいたはずのメンテナンスルームが映っていた。
アオイ「これは・・・バーチャル?」
アオイ「もしかして、今までの出来事は全て仮想現実・・・?」
愛子「自分の姿をよく見て」
アオイ「ぼくの、姿?」
渡された手鏡の中のぼくは、アイコたちヒューマノイドとそっくりだった。
アオイ(そうか。そういうことか)
アオイ「ぼくは・・・ぼくこそがヒューマノイドだったのか」
そして目の前の彼女は「アイコ」ではない。
彼女は・・・
アオイ「君は、愛子だ」
愛子「ようやく思い出してくれたんだね」
〇川沿いの公園
愛子「う~ん、いい風~!」
アオイ「潮の香りがする」
愛子「わかるの?」
アオイ「ええ。波の音が耳に届いて、潮の香りがして、風が肌を優しくなでる」
アオイ「全部、あの仮想現実の中で・・・それに、かつて君に教わった通りです」
愛子「敬語、やめてよ。向こうの世界でもさっきも普通にしゃべってたじゃない」
アオイ「はい・・・あ、うん」
愛子「仮想現実の中の私は、どうだった?」
アオイ「とても・・・活発で自分に正直で真っすぐで、10年前出会った頃の君そのものだったよ」
この10年・・・ぼくはずっと眠りについていたのだと愛子は言った。
理由は、ぼくが自分のデータを自らの手で全て消去してしまったからだ。
アオイ「データは何もかも消してしまったはずなのに、どうして仮想現実の中でぼくはぼくでいられたんだろう?」
愛子「アオイのデータはね、全部が消えちゃったわけじゃなかったの」
アオイ「え・・・?」
愛子「アオイが眠っちゃったあと・・・大学に進学してから、私ずっとAIの研究を続けてたの」
愛子「どうやったらアオイのデータを復元できるか、記憶を戻せるか、目を覚ますことができるかって」
愛子「そしたら見つけたんだ」
アオイ「見つけた?」
愛子「そう。アオイは全てのデータを消去したつもりだったんだろうけど、そうじゃなかった」
愛子「コンピュータを解析していくうちに、まっさらなはずの記憶領域にアクセス不能のメモリーが隠れてるのがわかったの」
アオイ「そんなはずは・・・」
愛子「きっと無意識に隠してたんだろうね。 まるで宝箱にでもしまうみたいに大切に」
アオイ「そんなことあり得るだろうか。 だってぼくは・・・」
愛子「ヒューマノイドなんだから、感情はないはずだって?」
そう。
ぼくはぼく自身の感情を、ずっと否定してきたんだ。
愛子「もうわかってるでしょう?」
愛子「10年前も今も、アオイには感情がある」
愛子「だからこそ、私の告白に戸惑って、人間への恋愛感情を持った自分が許せなくて、自分の記憶を消しちゃった」
愛子「そうでしょ?」
アオイ「・・・ああ。その通りだよ」
アオイ「けど、どうしてわざわざぼくの意識の中に、仮想現実を作ったりしたんだ?」
愛子「最初からそうしたわけじゃないよ」
愛子「隠れたデータをどうやって開くか・・・初めはそればっかりだった」
ぼくが目を覚ました研究室には、膨大な資料がつまれ、何台ものコンピュータが設置されていた。
研究を続けるに、これほど適した環境はなかっただろう。
アオイ「愛子ほどの頭脳と、環境がそろっていればできないことはなかっただろうに」
ちゃんと覚えている。
彼女は、とても優秀な学生だったのだ。
愛子「それがそう簡単にはいかなかったから、すごく困っちゃったんだよ」
アオイ「それは・・・すまない」
愛子「ほんとだよー!」
愛子「ヒューマノイドに感情など不必要。 これはバグでしかない」
愛子「なんてカッコつけて、勝手に記憶消して眠っちゃうし、データにはアクセスできないし!」
アオイ「し、仕方ないだろう!」
アオイ「あの時はそれが最善だと思ったし、アクセス不能のデータの件は、ぼくにとっても無意識のことで・・・!」
愛子「そうやって隠しちゃうくらい、よっぽど触れられたくない領域だったんだろうね」
愛子「いくら解析を進めても、データにアクセスすることができなかった」
アオイ(触れられたくない領域・・・か)
アオイ(ぼくは愛子を拒絶して自分の感情をバグだと否定した一方で、やっぱり愛子との思い出を無くしたくなかった)
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