8匹の猫(脚本)
〇繁華街の大通り
路上に転がる花束。
一人の女性が薄汚れたそれを拾いあげ
大事に抱えていた真新しい花束を
樹木の根元に手向けていた。
ホワイトスモークが充満する交差点。
砕けた側道に横たわる猫。
うつろな顔をした女性の前を、スカイブルーとオフグレーの改造車が疾走する。
けたたましいエンジン音がうなる。
タイヤがアスファルトを掻き毟る音は誰も魅了せずに、ただそれを好む者だけを恍惚の世界に招待するだけだった。
白杖をつく老婆が驚いた声を上げて
あたふたとよろめいた。
それをそ知らぬ顔で
店先で売り子は構わず
「いかがですか」を繰り返し唱える。
すてきな仕事服に身を包み、手には好奇心をそそられる商品が輝いていた。
老婆は誰の手も借りたりせずに、再びヒビ割れた舗装の歩道をゆっくり歩きだす。
この世には平等など存在はしない。
よしんばそれが存在すると言うなら、それは虚構でしかなく、本来の趣旨とは相容れないご都合的な平等でしかない。
たった一つ、平等があるとするならそれは「死」である。
どんな悪い人間にも富める人にも「死」は確実に訪れる。要因がどうであれ、その現実だけは平等である。
煽言に酔いしれる敗者。
自身は苦労をせずに、何かを得ようとする愚かな若者。
少し打ち解けただけで簡単に自分のアドレスを下心だけの男に教える厚化粧の少女。
人は何のために生きるのだろう。
そう言う無駄な問いかけをするのは珍しくは無いのだが、何の為に生きてもゆくゆくは「死」に辿りついてしまうのだ。
恐らくは、理不尽な理由によって「死」に辿りついた者を弔っていた女性だが・・・
生き残っている加害者にどれほどの懲罰を与えられたのだろうか。
それは、決して金額的なものではない。
人間として、その行為に対してどれほどの償いを提示したのだろうか。
この資本主義社会において失うものなど所詮は金だけでしかない。
だから、加害者の人間は想像せずとも
今日も普通に暮らしているのだろうと。
確かに金銭的な懲罰によって生活が困窮し、それが人間として行為の代償となる場合もあるのだろうが・・・
それは全ての人には起こらない。
財産は人により違い、許容度が変わる。
つまり、平等ではない。
「死」と言う結果がいくら平等でも、それは残された人にとっては時に理不尽で納得など到底できない不平等なものだとも言える。
「死」に辿りついた者は事後処理に携わることなどないのだが、その人の「死」は必ず誰かが処理をしなければならない。
我々は、本当に平等を望んでいるのだろうか。
私と障害者が同じにされる事が本当に良いのか、もしくは男と女が同じにされて良いのだろうか。
人は皆違うのは当たり前の話。
人として配慮し、その人の要望や意見に合わせる事は、当然の人間性ではないのだろうか。
つまり、それは平等に扱っているとは言えないのではないのだろうか。
各々に応えるのは、蔑視や差別につながるのだろうか?
死に行く我が眼に映るのは
そう言った人間たちの苦しみ。
あるいは、阿鼻叫喚。
誰もが不当に差別などされたくはない。
誰もが他の人より劣遇されたくない。
わかっているのに・・・。
知っているのに・・・。
な、人間たち。
〇商店街の飲食店
わたくし、今日もお昼は近所の奥様方と外食ですの。
ちょっと背伸びして、お値段高い目のランチとカフェをたしなみながら、あれこれ世間話するのが日々の楽しみですわ。
家事でございますか?あれは大変ですわ。部屋の掃除から洗濯に買い物、それに料理や子供の教育もありますから。
最近では、ようやく主人が朝のゴミ捨てと洗濯物の取り込みに夕飯の買い物・・・
それと、夕飯の支度とお風呂の用意をするようになって。
でも、大変さに変わりはないですのよ?
子供の面倒はちっとも見ませんし、近所づきあいは私に任せてばかりですの。
一番大変な事は、ちっとも手伝ってくれませんのよ。
そうだわ、この間買ったブランドの服。
まだ、袖を通していませんでしたわ。
結構前に買ったものだから、サイズはまだ合うかしら?
そうそう、わたくし最近になってジムに行き始めましたの。
優良会員制のスポーツジムですわ。
最新の流行ダイエット方法をインストラクターの人が丁寧に教えてくれるんですのよ。
通りで太らないって?
あら、インストラクターがイケメンで
そのせいかもしれないわね。
恋をすると女は美しくなるものですわ。
浮気ですって?いやぁね、ほんの遊びですわ。
それより聞きました?
また、増税するんですって。
この間も社会保障費がどうのって、上げたばっかりなのに。
ま、主人はIT企業の勤めですから。
薄給のサラリーマンに比べれば、大したことないんですけどね。
でも、国会議員って先生って呼ばれる割には役立たずですわよね?
あ、わたくしがこんな事を言ってたなんて口外なさらないでね、うちの子の進路に影響がでちゃうから。
ほら、見てみて。
あそこの道で座っている若い女の子達。まぁ、酷い化粧だこと。
眉毛はないし、髪の毛は汚らしい色だし。
服はなんだか下品な肌着みたい。
親の顔が見てみたいって気分になりません?
あんな子がいるから「最近の親は・・・」ってわたし達も同じように世間で言われるんですわ。
あんな子の親と一緒にされたら、たまったものじゃないですわよね。ねぇ?
いけない、ちょっとアプリで株価を見てもよろしいかしら?
最近、デイトレードで遊んでるんですの。
え?
そろそろ行かないかですって?
そう言えば、あなたのところは介護が必要なお母さんと、二人目の子が産まれたばかりでしたわね?大変ですわねぇ。
えっ?わたくし?
わたくしのところは私立の特別養護老人ホームに預けてますわ。医療体制も付いていて24時間安心ですの。
子供は一人で充分ですわ。
沢山産んだって、どうせお金がかかるばっかりでしょ?
わたくしだって、月に一度は海外旅行とかしたいのに。子供が二人も居たらどこにも行けなくなって、大変なだけだと思いますの。
そうそう、今晩のお夕飯はどうされます?あら、外食になさるの?
わたくしは今晩主人が残業だし、うちの子は自分でちゃんとご飯を食べれるし、勝手にしようかと思ってますわ。
出前?いえいえ。
高級ホテルのシェフがお料理を家まで来て作ってくれる予定ですの。
あ、そうそう。
子供のことですけど、ちょっとよろしいかしら?
うちの子はとても優しい子で、家に帰ってきても私の手伝いをしてくれるとても良い子なんです。
通わせている進学塾では、いつも上位5番以内に入るほど優秀ですの。
それをあのバカな学校の教師は・・・!
授業の邪魔をしているとか、授業中は席に着かないとか言うんですのよ?
学校の教師って、本当のところどんな仕事しているのかしら?
きっと、うちの子があまりに優秀だから僻んでいるんですわ。
うちの子は帰って来たら「学校の先生は頭が悪い」って、よく言ってますもの。
本当に最近の学校は、問題教師が多いんだとつくづく思いましたわ。
今考えますと、主人の『小学校は公立の方にした方が良い』と言う意見を聞いたのがそもそもの間違いですわ。
うちの子なら、確実に有名大学付属の私立小学校に行けましたのに。
公立学校の教師は、自分達が指導力もないくせに・・・
やれ躾がなっていないとか、家庭での教育が間違っているとか言って。
全部家庭のせいにしますでしょう?
学校でもいじめがなくならないのが、自分たちが原因ってわかってないと思いません?
それに、公立に来ている子なんてみんなバカでしょう?
うちの子がいじめられないか、心配で仕方ないですの。
バカがそのうち伝染するんじゃないかって!
いじめられてるんじゃないかって。
この頃思うんです。
ですから・・・。
うちの子には、中学こそは私立に行かせようと思っていますの。
学校でも試験はいつも一番ですし、成績表も主要教科はオール5ですから。
今度こそ、有名私立へ行かせますわ。
え?
私の教育方針は間違っているですって?
では、お伺いしますが、どのような教育が正しいとおっしゃるのかしら?
このご時勢に民間の企業なんて、例え一流でも信用できない社会でしょう?
やっぱり子供には、将来安定を約束されている公務員になって欲しいと言うのが今の風潮でしょ?
公務員になるなら、地方公務員より国家公務員だとわたくしは思います。
子供が安定した公務員になるためには、今が大切だとわたくし思いますの。
幸いわたくしの所は一人っ子ですから、進学塾や私立の学校に通わせるのは、もはや親として義務なんです。
やはり上級の公務員ほど、学歴は必要になるでしょう?
しかも、今の公立学校は教育方針も定まらない野蛮なところじゃありませんか?
ついこの前も「学力が低下した」とかで、頓挫しているのが現状でなくて?
ここまで解っていて子供を公立に通わせるのは、それこそ虐待だとわくし思うんです。
今の学校の体質は閉ざされているんです。
うちの子が人を殴ったこともないのに掃除道具入れを蹴り飛ばしたとか、制服をだらしなく着ていたとか・・・
わたくしが見ていないからって、話をどんどん大きくして。
こちらに責任があるかのように言ってきて、自分たちは何も変えないんです。
うちの子は、掃除道具入れに足がつっかかって転びそうになっただけと言ってますし。
制服はあまりに暑苦しくて、ちょっと涼もうとしただけなんです。
それを学校の教師は指導力がないのに、こちらが悪いように言ってくるんですの。
悪いのは学校だと私思いますわ。
絶対あの狭い教室や、汚くて整備されていない劣悪な環境が悪いんだと思うんです。
ひょっとしたら、教室にいる頭の悪い他の生徒がうちの子を唆したのではないかと、心配で仕方ないんですのよ?
・・・わたくし、何か間違ってます?
〇高級マンションの一室
ふと付けたプラズマTVに鮮明に映るしなやかな肢体。
つぶらな瞳に、くびれた腰。
足は白くスラリと長く、屈託のない笑顔が印象的。
女性はまさに美しいものの代表名詞である。
そう思う傍らで、悲観的なもうヒトリの私がささやく。
なぜ彼女らは、いとも簡単に裸体をさらせるのか?
やはり、金に勝るものなどこの世の中にはないと言うことなのだろうか?と。
そんな言葉をいまさら並べても、どこでも女性の麗しい姿を造作も無く見られるのが今の社会だ。
例え、不特定多数の人間にそれが流布され、自分の体や顔がどう使用されようと構いやしないのが、もはや普通のようにさえ見える。
幻惑されたひとりの男が面白いように札束を彼女に渡す。
女はブランドの服や高級な指輪を手にしていた。
ここにも一人、自分のまだ幼い体と引き換えにお金を手にした少女がいる。
だが、表情は激しい恐怖を乗り越えたかのようにうつろげで、前者の女性のような狡猾さに満ちたりはしていない。
苦労して彼女が手にしたお金は、前者の女性よりさらに醜悪で澱みきった顔をしている男がほとんど抜き去ってしまった。
その男は、後から出てきて何の労もせず。
彼女が握りしめた札束を抜き取って数え、
数枚捨てるように返していた。
喜んで服を脱ぐ女性がいる対極で、いたしかたなく服を脱ぐ女性がいる。
そのどちらもが真実で、きらびやかな世界の反対側に貧しい世界が存在しているのも事実だ。
色男に翻弄され、自分でも制御ができないほどそれにのめり込み、多額の金銭を彼らのために費やす。
そんな真実も存在している。
だが、いくら費やしたところで彼らには近づけないことも事実。
人が何にのめりこもうが自由なのだから。
彼女たちを軽蔑したり、哀れんだりしてはいけない。
例え正しくない行為だとしても、不幸の現況であっても受け止めるべきだ。
本人が良ければそれで良く、誰もがわがままを推し進めそれを咎めない。
今の日本は、そういった傍観社会の思想にあるのだから素直に従えばよいのだ。
もし、違うというのであれば
彼女らを誰が止められると言うのだろう。
それは、かの女性らは聞く耳を一切持たない愚鈍な者と言う事ではないはずだ。
現実社会がそんな事で回っているはずがない。
結局は傍観しているしかない。
そこに帰結していくだけの話だ。
我々は他のものに干渉しない。
社会と言う皿の上で、誰もが他人であり続け、見て見ぬふりを繰り返すだけだ。
今日も下着すら付けない女性が華々しくCMを彩り、その光景を見慣れたそぶりの若い男供が眼をやる。
美しいものは何度見ても悪い気なんてしないし、珍しくなくなっても美しいものであることに違いは無いだろう。
何が本当に大切なのか、誰も考えたりしないのか、ふと疑問に思ったのだった。
〇広い公園
良いわね、やっぱり紫陽花の香りは落ち着くわ。
あら、最近になって減ったと思ったけれど、まだ居るのね、外で遊ぶニンゲンの子が。
知ってるのよ、危ないんでしょ外は?
大丈夫なのかしら、大きい方のニンゲンの姿がないわよ?
私はあなた達を守れる程体おっきくないから、何かあっても知らないわよ。
でも、あのバカみたいに無邪気な顔。
私はあなた達のそう言う顔、嫌いじゃないわよ。
ほら、小難しい顔で下を見ながらセカセカ歩いているあんたらの友達より随分良い顔してるし。
ねぇ、あの子達はいつも嫌そうな顔でどこかに行っているけど、学校なのかしら?
夜遅くにも同じ感じの子を見かけるけど、学校ってそんな遅くまでやってないでしょ?
たまにね、この公園であの子らがコンビニ弁当を食べているのを見ているの私。
今度会ったら言っておいて、アレはマズクないけど変な科学調味料だっけ?
アレ使い過ぎだからやめときなって。
あ、ちょっと怪しげな男が来たわよ。
さすがにアンタらでも気にして注意してるようね。
でも大丈夫、あいつは怪しいけど顔馴染みだから。
それより問題は茂みの向こうの若い男だよ、あいつの顔はここらじゃ見たことないからさ、注意しときなよ。
それにしても、最近のこの国はおかしいわよ。
昔はあの危ない瞳したニンゲンなんかそれほど街にはいなかったけど、今じゃ子供でもあの濁った嫌な瞳してるんだよね。
まぁ私ら長く生きても4・5年だからニンゲンの気持ちはわかんないけど、街にでる時に仲間が襲ってくる気分ってのは嫌だろうね。
襲ってこなくても、街や外なんか出るたびに襲われる心配しなきゃいけないんだろ?
私らはボスがいるし、縄張り争いもちょくちょくあるけどさ。
殺される事なんてそうそうないからね。
同じ者同士でケンカはまだ良いけどさ、一方的にニンゲンは襲うんだろ?
それも、訳わからない理由でさ。
私、あんたらの食い物は好きだけど、ニンゲンじゃなくて良かったと思うよ。
ほら、日が暮れてきたよ。
そろそろ帰った方が良いんじゃない?
虫取りは私も好きさ、最近じゃぁバッタやカマキリなんかの人気ないみたいだけど。
希少品種なんかにかぶれてちゃ、虫取りの良さなんてわかんないってね。
心地良い風が吹いているうちに家に帰りな、長居はダメだよ。
あの機械の監視カメラってやつも、いざって言う時は見ているだけの木偶の棒なんだから。
それと、あんたの家ならちゃんとしたご飯出てそうだけど・・・
あの辛そうな顔で歩いて居る子らは、まともな物食べてないんじゃないかってさ。
ちょっと心配してんだよ。
あの子らの家の前、私もお寿司は大好きだけど、ピザやらインスタントやらばっかりはどうかと思うわ。
あそこの親は手でも怪我してるのかね?
子供の瞳が澱みきる前に、早いこと手を打った方が良いと思うけどね。
私らは自由な存在。
だからね、自由の怖さも良さもわかってるつもり。
あんたらは気ままに私らが生きていると考えてるだろうけど、私らの世界にもルールとか限度はちゃんとあるんだよ。
あんたらニンゲンはどうなのさ?
瞳の濁った子供が増えても
顔の曇った大人が溢れても
街がゴミで汚れても
空の色がどんどんと澱んでいっても
何とも思わないのかい?
心、痛まなくなって良いのかい?
〇ディベート会場(モニター無し)
何やら威勢のよさそうな若い男性が年老いた人たちを次々と連れ、建物の中へと入っていく。
白い曇りガラスにブラインドがかかっている窓。
ちらと見えた建物の中は紅白のど派手な幕が壁に飾られ、安物のパイプ椅子に何人も老人が座っていた。
腰が悪いのだろうか、いすも作りがよくないせいだろうか、
時折座り直しては、隣の同じ世代ぐらいの人と楽しそうに会話をしている。
椅子は全て前を向いている。
さきほどの男が立って話す卓へと向けられている。
あの男以外にも、建物の中には子供会でも始めそうな派手な法被を着た中年女性がいる。
しばらくして、周りの目を完全にシャットアウトするかのように入り口は閉鎖され、カチャという施錠の音さえした。
あれは一体何をしているのだろうか?
だが、しばらくして中から年寄りたちの歓声と言うか雄たけびというか異様な感嘆が漏れた。
微かに若い男性の活気盛んな声がした。
それを受け、再び老人達のどよめきが聞こえてくるのだ。
建物の中では手品大会でも行われているというのだろうか?
豊かな社会が産んだのは便利さだけだろうか、受けるはずのない不快を得るために老後が存在しているのか。
彼らのあぶく銭はカラスの餌にしておいたほうがよほどよいのか。
いくらかの金銭なら叩いてでも取って構わない。
やつらはありもしない「もしも」の為に余るほどの金を貯め込んでいる。
使い道がないのなら、悪意を持つ者を食わすために使って構わない。
そういう人間がいるから、愚劣なことが確かに建物の中で行われている。
人の良いお年寄りは、騙されているとも思わない。
だから、本来はそれほどの価値がないものでも信用し、言われた通りのお金を支払うのだ。いや、あげているに近い。
誰か守ってあげてください。
でも、厳粛にすれば悪魔のようなあの若い男や女性も路頭に迷うかもしれません。
認知症の方を食い物にする「リホーム詐欺」や子持ちの親を狙った「オレオレ詐欺」が最近では多発する問題としてあげられています
超高齢化社会で、団塊の世代が定年退職する最中。
悪意であろうが善意であろうが、彼らの持つ潤沢な財産は人の心を汚していく可能性が高いです。
彼らが財産をどのように使うかではなく、私たちがいかにして彼らから財産を奪うかが今後の注視点なような気さえします。
セカンドライフを楽しめるの、は豊かな証拠。
産まれて間もなく重労働を強いられ、安い賃金で食事もままならない人が反対側にいます。
誰か救ってあげてください。
しかし、私達は富めるが故に人間性を失い、悪意を心に宿し、敬うべき目上の方を食いものにしているのなら、
貧しい人に散財することが、決して喜ばしいことではないのかもしれません。
誰か教えてください。
この世から悪意をなくす術を、ヒト達が人間性を保つ方法を。
〇SHIBUYA109
三車線の国道にまたがるような交差点。
ふと、視点の端にどう見ても穿蔽な黒いマントのようなものに身を包んだ人が背を歪めて立っていた。
手には穴のあいたビニール袋がぶらさがり、足元には沢山の空き缶が詰まっている袋がおいてあった。
顔は薄汚れた髭が覆っていて光などなく、服とも呼べそうにないそれは久遠の歳月にさらされたかのようだった。
袖部分から露出している手は日に焼けているような黒さに、別のものを上塗りしたかのような醜黒色でした。
「格差はたいしたことない」と言った人がいます。
この国を一度は首相と言うかたちで担ったかの人物は、こういう状態とは無縁なのでこんなことが言えたのでしょう。
この日本には間違いなく衣食住が充足しておらず、職業も無く社会的にも良くないある種差別的に扱われている人がいます。
沢山の募金や支援金が災害の復興や飢饉に苦しむ途上国によせられますが・・・
彼らのための募金などは今のところ聞いたことがありません。
とかく議員や官僚は愚民を産むことばかりに気を配り・・・
彼らが自分の意思であぶれた状態にあると決め付けているようなところがあります。
確かにそう人がいないとは言い切れませんが、
本当に困窮し、明日を憂いながら日々をどうにか乗り越えている人の方が大半なのではないのでしょうか?
朽ちたコート、被服とも言えないほど汚れた服と靴。
頭を歩道橋の上にこすり付け、小刻みに震える手で空き缶を差し出している男性。
歩道橋の階段手前で、ビッグイシューと呼ばれる雑誌を必死で売る同じ境遇の女性。
しかし、どちらにも救いをさしのべたりせず風景を汚すなというような冷たい視線で多くの人が通り過ぎる。
大きな歩道橋の上では若い男たちがギター片手に夢を歌い、そこには多くの人だかりと楽しげな光景が溢れている。
数mしか離れていないのに、間逆の世界に彼らはいた。
世界に眼を向けずとも、こんな身近なところに救われない人達がいる。
世界に眼を向けずとも、こんな身近なところに救われない人達がいる。
たとえ彼らが自業自得でそういう境遇になっていたとしても、同じ人間ではないのでしょうか。
格差が「たいしたこ」とがないと言う事は、餓えて死に行く人がいることも大したことがないということでしょうか?
路上や駅のホームを寝床にし、社会からは軽蔑の眼で見られる人が増えることは「たいしたこと」では無いと言うことでしょうか。
最近では繁華街に行かなくても彼らのような方を見かけます。
私たちは恵まれた環境にいるのです。
そして、これからの社会はその状態でいられるのは一握りになり、残りは過酷な生活を余儀なく強いられるのです。
それは、権力者にとって「たいしたこと」ではないのです。
我々が求め続ける利益や権利は、誰かの犠牲の上でしか成り立たない非常に醜悪なものなのではないのでしょうか?
〇ハチ公前
食べ物ないかなぁ、街に出てきたのは良いが・・・、黒い袋の塊にはカラスのヤツが先に到着してるみたいだ。
仕方ないな、ちょっと脅かしてやろう。
・・・しっかし、ニンゲンってやつは何でも食べるのかい?
透明のブヨブヨした・・・。確かゲンロク翁さんがあれをプラスチックだか、そんな名前だったって言ってたが。
中に白いのがある時は注意しないとな、腐っていることが多いんだ。
マヨなんとかは・・・。
いやぁ、にしても・・・カラスのやつは行儀ってものを知らないのかね?
内の子の方が、まだきれいに食事できるよ。
つうかさ、掃除のおじさん早く来てよ。
カツコツ靴の女の人や、黒服の男のニンゲンは図体の割りにちっとも片付けないからさ。
それに、掃除のおじさんは優しいんだ。
食べれそうなやつは少しだけど、残してくれるからね。
でもマズイんだろなアレは・・・。
最近見ないからなぁ・・・。
おじさん元気かねぇ。
ちっ、つか、あんた片付けてよ。
いっつも気になってたんだ、他のニンゲンとあんたは臭いや雰囲気が違う。
今日はついていくよ、尾行は得意だかんね。
トコトコばれない間隔保ってついていくと、沢山同じ臭いを漂わせる人間がいた。
これは、お祭りとニンゲンが呼んでいるやつかね?
にしては、同じ様なニンゲンばかりだ。
祭りん時はもうちょっと、バラつきがあるからなぁ。
それに雰囲気が何かキモチわりぃ。
「それでは、今月の報告を・・・・・・バンザーイバンザーイ!」
あ、多分やつらは脳ミソってやつがおかしくなってんだろ。
にしても、何が楽しいかねアレの意味は理解できんわ。
帰ってゲンロク翁に聞こう。
街一番の物知りじいさんなら何か知ってるだろ。
んー、楽しそうな感じはするがマジで気味が悪い。
帰って俺はさっそくゲンロク翁に、今日の事を事細かく話した。
するとゲンロク翁言うに、僕が見たのは「シュウキョウ」と言うやつで、ニンゲンはそこで「シンジャ」になるらしい。
ある部類のニンゲンは「シンジャ」が増える事は「ナカマ」が増えるのと同じだから、それが楽しいのだそうだ。
さすが、ゲンロク翁は伊達に野良を十年やってないよ。
オイラみたいなペーペーとは格が違う。
ゲンロク翁が加えて教えてくれた。
ニンゲンとは急な不安や恐れに酷く悩まされやすくて、寂しい事や辛い事にどうしてよいかわからなくなる時があるのだと。
そんな時にある種のニンゲンは親や友人ではなく、超越的な存在である神様ってやつにすがるのだそうだ。
神様の言葉や教えは、普通の状態では何ともないらしいが・・・・。
頼ってそれらに触れた時は想像を絶する「救い」や「感激」を感じるのだとか。
その日の晩、昼間オイラに沢山ニンゲンの事とか教えてくれたゲンロク翁さんが静かに眠りについた。
そろそろ逝くかなって皆言ってたし、野良にしちゃ大往生に違いねぇ。
でも、今なんかニンゲンがはまってた「シュウキョウ」ってやつが少しわかる気がするんだよな。
あんなんで穴埋めしたかねぇけど、少し共感はできるぜ。
だからって、自分を見失うほど溺れたりはしねぇけどな。
〇事務所
私は使い捨ての駒ではありません。
納得できる訳ないであります。
今まで何の為に薄給で賞与も頂かず、それでも文句も言わずに懸命に働いたというのに。
なぜでしょうか、理由を聞かせてください。
同じところで働き続けると面倒な事になると言うのが理由ですか、正規の社員と私は同じ働きではないですか。
いえ、むしろ私達のように正規でない者の方が仕事はキツイではないですか。
私は納得できません。
知っています、ええ。
他の業者との競争があるんですよね。
利益の為や競争に勝ち抜くため。
では、その為なら私らは使い捨てられるのですか?
同じ生き物を道具のように扱える、そんな感覚を誰が許していると言うのですか。
いつからこの国は、そうなったのですか。
随分前ですか、今の国の代表もこれらを容認しておられると言うのはどう言う事でしょうか。
そもそも、この少ない収入で家族が養えるのですか。
最近はどこの地域でも、子供が不足していると聞きます。
えぇ、病気の流行や何かで流産も増えて、メスの晩婚化も増えたという話も聞いてはいます。
しかし、我々オスの稼ぎではもう妻も子も食わせられないのです。
私らが自分の生活を落とせば良いと話すお偉いさんも居ます、それではあんまりではありませんか。
こんなに働いても、自分の事も手一杯だと言うのに、あんまりであります。
話が突然ですが、そちらの魂胆は見え見えです。
だからこそ、余計に腹が立ちます。
今までの我慢に加えて、あなたらの長は贅沢な住まいに豪華な食事をしているという話も腹が立ちます。
私らは負け組みだと、そう笑っておられるのが本性でしょう?
あなたの事は、同じ血が通うものと思いたくありません。
それとも、私がおかしいのでしょうか?
私は使い捨てられるような物なのでしょうか?
違うと言いたいであります。
声を大にして、あなた方を責めるしかない小さな存在かもしれませんが、理不尽な上に心の荒んだこの対応に私は激しく怒ります。
解っています。
あなたの掌で、わかってながらも踊っていました。
それは他に迷惑をかけたくないが為であり、あなたの為では決してありません。
所詮あなたは存在せぬ者なのですから、信頼も尊敬もされず、それでもあなたは良いと言うお方なのでしょう?
心が腐り果てるとそうなるのでしょう。
それで満足なのですか、何か間違っておられませんか?
それでも、言葉は虚しいだけです。
結局、私は今も妻のわずかな稼ぎと周囲の援助で何とか生きております。
私は年齢も若くなく、それ故次の働き口も同じようなもの以外ありません。
前回は苦渋の決断をしましたが、さすがに同じ思いをしたくはありません。
この界隈は景気が良くなったと騒がれている方がたまにいますが、それはごく一部の話です。
加えて景気が良いのは、心が腐ることを躊躇わなくなった同種だと噂に聞きます。
いっそ、そちら側に行けばこの苦しい生活から抜け出せるかもしれないと、思うことも最近ではあります。
あぁ、誰か、
私がどうすれば良いのか・・・
導いて頂けませんか?
いろんな立場の視点からの考え方が垣間見えて、とても興味深かったです。同じ人間であれ、全く考え方や感じ方は違うのだから、そうじゃない何かが人間を見たらこんなふうに見えるのかなあと思うと面白いですね。
様々な社会風刺が効いていておもしろかったです。
みんなどこか狂ってておかしくて、それを隠して生きてるんだなぁと思いました。
動物の視点であれ、人間の視点であれ、思うことや考えることはどう違うのでしょうか、、、言葉が通じたらもっと違う、違った観点での世界があるんでしょうね。楽しく読ませて頂きました。