第一話 ふわふわたまごやき(脚本)
〇白い校舎
4月。
舞い散る桜の花びらを背に、少し大きな制服を身にまとった新入生がひとり、校舎を見上げていた。
???「やっと会える。・・・やっと、だ」
???「ふふっ、ふふふっ。待っていてくださいね? センパイ♪」
〇教室
教師「で、あるからして・・・」
2年B組 4時限目。
カリカリと黒板をチョークがひっかく。
午前最後の授業が古典なんて、苦行だ。
眠気を誘う先生の声に、
俺──松岡春斗(まつおかはると)はあくびを噛み殺した。
ブブッ
松岡春斗(ん・・・?)
不意にスマホが鳴って、画面を盗み見る。
たけ「『ねむ』」
松岡春斗(たけ、か)
松岡春斗(『真面目に授業受けとけ。また赤点なんぞ』)
たけ「『補修上等ばい。それよか、ねむ』」
たけ「『つかそっち、今古典の田中?』」
松岡春斗(『ん』)
たけ「『ヅラ、新しくしよったけんね』」
松岡春斗「んんっ!」
教師「どうした? 松岡」
松岡春斗「な、なんでもないっす・・・」
たけ「『たまにヅラがズレるばい右にかきあげるくせがあるけん』」
松岡春斗(・・・・・・)
たけ「『いっそハゲ散らかしたまま来たほうがよくね?』」
たけ「『だってどっちみち散らかってるばい』」
たけ「『ヅラ田中。略してヅラ中』」
松岡春斗「んん・・・コホン」
松岡春斗(もうそのくらいでやめ・・・ん?)
たけ「『つか、なんでおれとまっちゃん、クラス違うと? ありえん』」
松岡春斗「・・・っ」
突然のたけの一言に、思わず頬が緩む。
松岡春斗(それは、完全に同意。だけど・・・)
たけ「『腹減った』」
松岡春斗(ったく、授業中に送ってくる内容じゃないだろ)
たけ「『はらへり』」
たけ「『はらへりはらへりはらへりはらへりへり』」
松岡春斗(『まあ待っとれ』)
〇学校の屋上
昼休憩、いつもの屋上へとやってくる。
松岡春斗(まだ、たけは来てないみたいだな)
と、ドタバタと階段を駆け上がる音が聞こえてくる。
松岡春斗(噂をすれば、か)
竹田夏樹「まっちゃーんっ!」
大声を上げながら屋上へと走り込んできたのは、隣のクラスのたけこと竹田夏樹(たけだなつき)だ。
見るからに不良然としたたけは、正真正銘見た目も中身も田舎のヤンキー。
一見して、俺とは接点がなさそうだが、色々あってたけとは一年のときからよくつるんでいる。
特に、昼飯は毎日俺の弁当をたかるのが、たけの日課で・・・。
松岡春斗「腹減ったって言ってたわりに、元気じゃね?」
竹田夏樹「んなことねーって、空元気。めっちゃ腹減って死にそうばい」
竹田夏樹「待っとれって言ってたけど今日のおかず、なんなん?」
キラキラした目で俺を見つめるたけ。
その手は完全に俺の持っている弁当箱へと伸ばされていた。
松岡春斗「ほんっと、お前、食い意地張りすぎ」
竹田夏樹「餌付けされてっからな!」
松岡春斗「胸張って言うことか?」
竹田夏樹「なんでもいいばい! そんな細かいことより今は弁当!」
松岡春斗「はいはい」
テンションの上がっているたけをとりあえず座らせて、弁当の包みを開ける。
竹田夏樹「うっわぁ!」
松岡春斗「今日の弁当のメインのおかずは、卵焼きだ」
竹田夏樹「超うまそう! これ甘いやつ? いっただきまーす!」
松岡春斗「いや味付けは出汁。甘い卵焼きより、だし巻きのほうが個人的にメシには合うと思ってるからな」
竹田夏樹「へえ・・・んまっ!」
松岡春斗「だし汁で作るのが正統派だが、朝忙しいタイミングで作るなら顆粒のだしや液体の白だしを使ってもいいと思う」
松岡春斗「ちなみにこれは顆粒で時短。その場合は水と粉、バラで入れたほうが、味が均一になりやすい」
竹田夏樹「あむあむ! おっ、ふわふわ!」
松岡春斗「ふわっふわにしあげるコツは、巻き始める前に一度熱した卵焼き器を濡れた布巾で冷ますこと」
松岡春斗「そうすることによって、卵焼き器全体の熱が均一になるんだ」
竹田夏樹「ほへぇ・・・んぐ、もぐ」
松岡春斗「それから大事なことは弱火ではなく、中火でやること。 じゃないと上手く巻けないんだ」
松岡春斗「気持ち的には弱火で慎重にやりたくなるんだけどな」
竹田夏樹「ふぅん」
松岡春斗「ふうんってお前、聞いて・・・」
竹田夏樹「ごっくん!」
松岡春斗「えっ!? もう、食い切ったのか?」
あれだけあったおかずが、キレイになくなってしまっている。
竹田夏樹「おう!」
松岡春斗「人が・・・説明してやってる間に・・・」
思わず脱力する。
だが、たけはそんなことなんにも気にもとめずに笑って・・・。
竹田夏樹「まっちゃん、ごっそーさんっ!」
松岡春斗「・・・美味かった?」
竹田夏樹「おうっ、めっちゃ美味かった!」
松岡春斗「!」
竹田夏樹「なんかふわふわのじゅわじゅわだったばい!」
松岡春斗「ん、そっか」
松岡春斗(・・・ああ、俺、やっぱ好きだわ)
松岡春斗「はあ・・・」
竹田夏樹「んだよ! 溜め息つくとかひどっ」
松岡春斗「たけって、タチ悪いよなと思って」
竹田夏樹「ああん? まっちゃんの分まで食ったこと怒ってんの?」
松岡春斗「いいや。それについては、もう学習して俺の分は別に持ってきてる」
竹田夏樹「そんじゃ、なんだよ? あっ! まっちゃんまで俺のこと、ヤンキーだなんだって言うんか?」
松岡春斗「そーいう意味じゃない」
竹田夏樹「じゃあどういう意味だ?」
松岡春斗「・・・なんでもねーよ。 けど、ヤンキーなのは事実じゃね?」
竹田夏樹「いや、俺はヤンキーじゃねーって! ただ、よくケンカ売られるってだけだ」
松岡春斗「普通は売られねーし、売られても買わねえんだよ」
竹田夏樹「はあ!? なんで? 売られたらとりあえず買うだろ!?」
松岡春斗「はい、その発想がもろヤンキー」
竹田夏樹「っかー・・・ダチじゃなかったら、殴ってた! お前、ダチでよかったな!」
松岡春斗「くくっ、なんだよそれ」
松岡春斗(俺の気持ちをたけは知らない。だけど、今は別にそれでいい)
松岡春斗「あー・・・そのおやさしーいダチに、明日は何作ろっかね」
竹田夏樹「肉っ、肉肉!」
松岡春斗「たけは、いつもそれだな」
竹田夏樹「まっ、セーチョーキなんで」
松岡春斗「その割にはちんまいよな、背」
竹田夏樹「ああ!? お前バスケ部だろ!? バスケ部はでかくなんだ! だからずるいばい!」
松岡春斗「別にバスケやってたら、全員でかくなるわけじゃないぞ」
竹田夏樹「いや、バスケ部はみんなでけえ! きっと秘伝のなんかがあんだろ!」
松岡春斗「ねーよ。なんかってなんだよ」
竹田夏樹「なんかはなんかだ! 出せ、ゴルァ!」
松岡春斗「出さねーし、出せねーって!」
松岡春斗(今はこうやって昼飯を一緒に食うくらいが──)
竹田夏樹「ん、なんか聞こえねえ?」
松岡春斗「え?」
確かにたけの言う通り、ダダッと階段を誰かが駆け上がってくる音が聞こえる。
普段は誰もこの時間に屋上には来ない。
なぜなら、中学時代、ありとあらゆる暴力沙汰を起こしまくってきた伝説のヤンキー竹田夏樹、その人がここにいるからだ。
竹田夏樹「ああ? 誰ばい? なんも知らん一年坊ならシメてやろ」
松岡春斗「・・・ヤンキーめ」
竹田夏樹「なんか言ったか?」
松岡春斗「いや別に──」
???「セン、パーイっ!」
駆け上がってきたのは小柄な男子生徒。
大きな声で叫んだそいつは、その勢いのままに──たけに抱きついた。
???「あはっ、見つけちゃいましたっ♪ 竹田セーンパイ♪」
竹田夏樹「お?」
松岡春斗(は・・・?)
???「またお会いできて嬉しいですぅ」
竹田夏樹「あ、梅じゃん」
松岡春斗(はあああああああ!?)