1話 白馬の女子高生(脚本)
〇古い競技場
降り注ぐ花びらと鳴り響くファンファーレ。客席の大観衆と居並ぶ騎士たちが、固唾を呑んでこちらを見つめている。
私は玉座の前にひざまずき美しい少年を見上げた。
レイルズ「アオイ・フジマル。汝を我が第一の騎士と認め、このたび新設する王太子親衛騎士団長に任命する」
堂々と宣言する少年にだけ聞こえるように、私は口ごもりながらささやいた。
富士丸葵「王太子殿下。女の私が騎士団長で、本当にいいんですか!?」
そう、私は女で、しかも突然この世界に転送されてきただけの、ごく普通の女子高生だ。
なのになぜいま騎士団長に任命されているのかというと──
〇城の回廊
富士丸葵「ここは、どこ・・・?」
気がつくと、目の前におとぎ話に出てくるようなお城がそそり立っていた。
反対側には昔のコロッセオのような石造りの巨大な建造物も見える。
富士丸葵「ねえ、シラカバ。私たち、乗馬クラブにいたんじゃないっけ?」
シラカバ「ブルルン!」
背に乗せた私をチラリと横目で見て、シラカバは不機嫌そうに同意した。
富士丸葵「だよね。今日はパパに新しい遠乗り体験コースの下見を頼まれてたんだ」
慣れ親しんだ乗馬クラブ周辺とは似ても似つかない光景を見回しながら、ゆっくりと記憶をたどっていく。
富士丸葵「えっと、たしか昨日の雨のせいで並木道はかなりぬかるんでた」
シラカバがブルルッと体を震わせる。
富士丸葵「もしかして、私たち土砂崩れに巻き込まれたの?」
富士丸葵「わ、た、大変だよ! シラカバ、ケガは!?」
???「おい、貴様! そこで何をしている!?」
回廊の向こうから、険しい顔をした黒髪の男性が近付いてきた。
マルク「志願者なら、競技場は反対側だぞ」
目の前の男の人は、着ている物も顔立ちも、明らかにフツーの日本人じゃない。
富士丸葵「なにこれ、映画の撮影!?」
シラカバ「ヒィン!」
そのとき、シラカバが突然、きびすを返して駆け出した。
富士丸葵「ちょ、ちょっと!? 急にどうしたの!」
慌てて手綱を引くがシラカバは止まらない。
後ろを振り返ると、さっきの男の人の手には抜き身の剣が握られている。
富士丸葵(シラカバはアレを見て逃げ出したんだ! すごく良くできた剣だけど、まさか本物じゃないよね?)
マルク「待て、貴様! そこは王太子殿下の──」
シラカバは男の声を振り切るように、回廊の角を勢いよく曲がった。
その瞬間。
レイルズ「・・・!?」
シラカバ「ヒヒヒィーーン!!」
目の前に現れた少年を避けようとして、蹄を滑らせたシラカバが大きく体勢を崩す。
富士丸葵「わあああッ!!」
〇黒
シラカバの背中から放り出された私は、地面に叩き付けられる衝撃に備えて頭をかばい、ぎゅっと目をつぶった。
けれど──
レイルズ「ふぅ・・・危ないところだったね」
優しい声に導かれ恐る恐るまぶたを開く。
〇城の回廊
レイルズ「ケガはなさそうだ。君も、馬も」
私をしっかりと抱き留め、心配そうにのぞき込んでいたのは、緑がかった青色の大きな目。
透き通るような白い肌に、日の光に輝く金色の髪。
富士丸葵「お、王子様、だ・・・」
レイルズ「一応、僕は王子ではない。王太子レイルズ・ローザ・ドラモント。今日の競技会の主催者だよ」
おかしそうにクスリと笑う少年。
富士丸葵(王太子とか競技会とか、いったいなんの話?)
そこに、さっきの黒髪の男がやってきた。私は慌てて立ち上がり、姿勢を正す。
マルク「王太子殿下! ご無事ですか!?」
レイルズ「ああ、マルク。私はなんともない」
マルク「それは何よりです」
マルクと呼ばれた男はホッと息をつき、レイルズと名乗った少年を助け起こした。
レイルズ「君、名前は?」
富士丸葵「アオイ。富士丸葵(ふじまる あおい)です」
レイルズ「アオイ・・・いい名前だ。異国の響きだね」
穏やかに言うレイルズに、マルクが口を挟む。
マルク「こやつについては、私が徹底的に取調べます。おい、お前。付いてこい!」
富士丸葵「取調べって、私は何もしてません!」
マルク「城内への無断侵入と王太子殿下に対しての非礼。敵国の刺客として切り捨てられていないだけマシだと思え」
男はにべもなく言い捨てる。
レイルズ「待ってくれ、マルク。この者は志願者なんだ」
マルク「なぜ志願者がこんな所にいるのです」
レイルズ「道に迷ったらしい。そうだよね、アオイ」
王太子殿下、と呼ばれる少年はそう言いながら私に顔を寄せた。
レイルズ「話を合わせて!」
小声でささやかれて、私は慌ててうなずいた。
富士丸葵「そ、そうです! 道に迷って気付いたらここに!」
マルク「確かに馬はなかなか良い馬だが・・・お前のような装備もろくに揃わぬ者が、競技会に?」
マルクは疑わしげに私をジロジロと見る。
富士丸葵「馬術の競技会なら何度も出たことがあります!」
レイルズ「競技場はあそこに見える」
レイルズが指さした先には、あの巨大なコロッセオのような建物が見える。
レイルズ「行けば集合場所が分かるはずだ。もう刻限だから、急いで行ったほうがいい」
富士丸葵「わ、分かりました!」
急いでシラカバにまたがり、手綱を握る。
マルク「お待ちください、王太子殿下。こやつのように貧弱な者を、大事な競技会に参加させると?」
レイルズ「身のこなしを見る限り、アオイの馬術の心得は十分だ」
私とシラカバを見上げて、レイルズは穏やかな微笑みを浮かべる。
レイルズ「君たちの走り、楽しみにしているよ」
シラカバ「ヒヒィン!」
シラカバは自信満々と言った様子でいななくと、競技場に向かって駆け出した。
富士丸葵「ちょ、ちょっと待ってシラカバ。なんかおかしいよ。早く家に帰ろうよ・・・って言っても、ここがどこだかわかんないけど」
泣きそうな私を叱咤するように、シラカバが鼻を鳴らす。
シラカバ「ブルゥ!」
富士丸葵「ごめん、騎手が弱気になっちゃダメだよね。それに・・・」
自分をかばってくれた、レイルズの笑顔を思い出す。
富士丸葵「私がこのまま逃げたら、あの子に迷惑がかかっちゃうかもしれない」
思い直すと、私は手綱を握る手にぎゅっと力を込めた。
富士丸葵「よし、決めた。やるならやる! 全力で行こう!」
シラカバの首筋を叩き、たくさんの志願者が集まる馬場への入場口へと向かう。
だけどそのときの私は知らなかった。
その競技会の持つ意味を。私とシラカバがとんでもない運命に巻き込まれていたことを──