5 生態観察(脚本)
〇教室
転校生、黒羽辰喜は、どうやらアホの子のようだ。
〇教室
辰喜「わかりません」
〇教室
辰喜「わかりません」
〇教室
辰喜「わかりません」
授業では『わかりません』一辺倒。
転入の際にテスト無かったのだろうか。
よく承諾されたな。
〇田舎の学校
体育では、
一成「黒羽ボール行ったぞ! トラップしろ!」
辰喜「あ、う、うりゃー!」
一成「っだあーどうしてスカるバカ野郎!」
辰喜「だから球技は出来ないって言ってんだろーがー!」
一成「クソ! 走るしか能がないとか・・・・・・」
一成「なら思いっきり走って撹乱しろ」
一成「オフェンスいけオフェンス!」
辰喜「それこそシュート蹴れねえよ」
一成「ディフェンスいたって安心して任せられねえよー」
一成「あとオレがお前のフォローしたくない」
一成「散々暴れて疲れてこい」
辰喜「ああちきしょーめ、なるようになれー」
辰喜「ぐへっ」
運動神経が悪いようで、なんともアクの濃い人物のようだ。
胸を抉る鋭いボールは痛そうだった。
なお足は並みより速いという本人の主張も疑わしい。ウラが取れていないので。
〇教室
初日にクラスメイトに囲まれてやいのやいのちやほやされていたのが彼のピークだった。そうに違いない。
なお自己紹介の際に何故か2回も顔が引きつっていた。
ヒトって瞬間に何度も血相が変わるんだね。ちょっと面白いかも。
そのうちの1回目は私に焦点が合ってたと思う。
きっと覚えてたんだろうね、コンビニ前でのこと。
そりゃそうか昨日の今日だし。
私はどんな顔をしていたのだろうか、
チョットヨクワカンナイ。
クラスメイトたちが新顔に興味津々だったのは最初だけで、すぐに人垣は退いた。
と言っても時代はITが発展しSNSが一般的に普及している現代。
みんな連絡先を交換して昼夜ダベっているのだろう。
お盛んなことで。
〇教室
そんな目視できない仲良しこよしよりも、注目しなくてはならない点がある。
彼のリアルでの交友についてだ。
そのいち。彼はよくパシられる。
美恵「ねえタツ。やきそばパン買ってきて」
辰喜「やだね。自分で行けよ」
美恵「いいから言って来い。うらうらうらうらー!」
辰喜「ええいうざったいわっ」
窓際後方2番目という最高位置を仰せつかって頬杖をついてボーッとしていた黒羽。
だが、背後からのボールペン刺突連打によって振り返らされていた。
辰喜「タツ言うのやめろや」
辰喜「このクラス他にもタツヤとかタツオミとかいるだろ。混同するだろうが」
美恵「じゃあ黒羽。おい黒羽、やきそばパン」
辰喜「いやイヤ嫌。行かねえよ」
『嫌』と顔にも書いてある。
でも彼の後ろの席の傲岸不遜な女の子――時倉美恵(ときくらみえ)には無意味。
美恵「買ってこないと授業中にお前のイスを蹴る」
辰喜「勘弁してください」
やはり黒羽は頭が低い。
美恵「ほら黒羽―。幼なじみのよしみでお願いー」
辰喜「その馴れ合いに双方の価値を見出すため、オレにもメリットをくれ」
美恵「間違えた幼なじみの奴隷」
辰喜「人権をおくれや! オレってやっぱ不遇な星の元に生まれたのかっ!」
美恵「さあ、ご主人様に仕えなさい。グズグズしない」
辰喜「お金は?」
美恵「ふっふーん。あと払い★」
辰喜「絶対あとで払えよ? ああもう不幸だなあ!」
黒羽は叫んでから俊敏な動きで教室から出ていった。
かなり律儀なのか、はたまた弱みでも握られているのだろうか?
〇教室
そのに。持ちつ持たれつな友人。
辰喜「授業ついてけねえよー」
一成「流石にどの教科でも『わかりません』なのはヤバいだろ」
辰喜「いやわかんねーし」
一成「うまく乗り切れよ~」
辰喜「そのためにも、ご指導、ご鞭撻のほど、お願いします!」
一成「あーはいはい」
このあきれているクラスメイトは遠鐘一成(とおがねかずなり)。黒羽の前の席だ。
辰喜「覚えること多すぎ謙信。つらたん」
一成「武田進言。がんばれ。ちょっとずつ何とかしてもろて」
辰喜「おう、ノリ合わせてくれてありがと、武田」
一成「俺は遠鐘だぞ」
よく分からないバカなやり取りをしている。
流石の男子学生クオリティ。さながら幸村だね。
〇教室
そのさん。
授業開始のチャイムが鳴ったあとすぐの事。
辰喜「なあ冬川。わり、教科書忘れたんだ。見せてくれね?」
莉々子「・・・・・・うん。いいけど、また忘れたの?」
辰喜「そだな。まだ転入一週目なのに連日すまない」
莉々子「もう。来週からはしっかりしてね。それじゃあ──」
辰喜「ああオレがそっちに寄せるよ」
机をずらし、くっつけてから椅子に座る黒羽。
辰喜「ホント助かるぜ」
莉々子「・・・・・・どういたしまして」
そのさん。彼はしょっちゅう隣の席の莉々子を頼るのだった。