エピソード9.確執(脚本)
〇車内
福成教授の家へ向かう道中、
鎖衣はついに重い口を開く。
彼の心の大きな傷とは──
黒川鎖衣「僕が抱える一番のわだかまりは、 マゼンタが命を落とすことになった原因だ」
小牧穂多美「福成教授が無理な実験をした、 って言ってましたね」
黒川鎖衣「ああ。その実験というのは、生殖実験だ」
小牧穂多美「生殖・・・というと」
黒川鎖衣「マゼンタは、妊娠した」
小牧穂多美「・・・!!」
ま・・・まさか、福成教授が、マゼンタを?
黒川鎖衣「父親は、僕だ」
小牧穂多美「えっ」
黒川鎖衣「受精はサンプルを使って人工的に行われた。 僕への相談はなく、教授の独断だ」
小牧穂多美「そんな・・・!」
黒川鎖衣「僕はマゼンタの心とも体とも交わることなく、ただ、命を奪う種になった」
なんということだろう。当時のマゼンタは、
わたしと同じくらいの歳のはずだ。
明らかに、許されることではない。
黒川鎖衣「ただでさえ弱いクローンの体が妊娠に耐えきれないことなんて、わかりきっていたのに」
黒川鎖衣「僕がなじっても教授は冷静だった。 残念な結果になったが、胎児は研究上貴重な サンプルだと」
黒川鎖衣「・・・吐き気がした」
黒川鎖衣「僕は、クローンの体を人間以下に扱う真似などできない。 だが、シアンを残していくこともできない」
黒川鎖衣「そのうち、居心地が悪くなったのか、教授の方がマゼンタのサンプルを持って出て行った」
小牧穂多美「シアンを生かすために、 そのサンプルが必要なんですね」
黒川鎖衣「・・・ああ。でも、多分・・・ サンプルの活用は、僕の手に余る。 悔しいが、教授の技術も必要だ」
慕っていた教授は人の道を踏み外し、
恋した少女は命を落とした。
どれだけ傷ついただろう。
クールで無愛想だと思っていたけれど、それはこの人が必死で保っている平静だったのか。
小牧穂多美「鎖衣さん、話してくれてありがとう。 わたしにできることは少ないけど、心からあなたの味方をする」
黒川鎖衣「僕も話すまで、教授を連れ帰ることなど念頭になかった。 冷静になれてなかったらしい・・・ありがとう」
鎖衣さんはほっとしたように微笑んだ。
その笑顔は柔らかで清らかで、確かにシアンのオリジナルだった。
〇一戸建て
小牧穂多美「ここに福成教授がいるんですか」
黒川鎖衣「ああ。そのはずだ」
小牧穂多美「見た目は普通の家ですね」
黒川鎖衣「そうだな」
小牧穂多美「留守だったらどうしましょう」
黒川鎖衣「そうだな」
小牧穂多美「・・・鎖衣さん、緊張してます?」
黒川鎖衣「そうだな」
わあ、これは相当緊張してるな・・・
小牧穂多美「シアンのために、マゼンタのサンプルと、 福成教授の技術が必要なんですよね」
黒川鎖衣「そうだな」
黒川鎖衣「教授は独自の研究も進めているだろう。 経験も知識も豊富で、技術は一流だ」
小牧穂多美「最終目的は、福成教授にサンプルを持って 一緒に来て欲しいと頼むことですね」
黒川鎖衣「ああ」
小牧穂多美「わたし、家の中までついていってもいいですか」
黒川鎖衣「・・・ああ。そうしてくれると助かる」
緊張で青ざめた顔。落ち着かない呼吸。
地面がどこかもわからなくなっていそうだ。
ぎゅ
黒川鎖衣「!?」
鎖衣さんの手、冷たい・・・
小牧穂多美「大丈夫ですよ。 気まずくなったら、わたしがなんかやって 場を和ませますから」
黒川鎖衣「時夫の真似はしなくていい」
表情が緩んだ。時夫さんの和みパワーは偉大だ。やっぱり、一緒に来るのは時夫さんの方が良かったんじゃないかなぁ。
黒川鎖衣「穂多美はそばにいてくれるだけでいいよ」
えっと、わたし、なんで手なんか繋いだんだっけ。急に恥ずかしくなってきた。
黒川鎖衣「行くぞ」
小牧穂多美「わっ!急に引っ張らないで」
〇一軒家の玄関扉
???「『・・・はい』」
黒川鎖衣「あの・・・」
ガチャ
黒川鎖衣「!」
インターホンを切られた!?
福成章介「鎖衣・・・!」
黒川鎖衣「・・・教授。ご無沙汰しています」
この人が福成教授・・・? なんだか、聞いていた話から受けた印象とは随分違う。
福成章介「どうしたんだ、鎖衣」
福成章介「とにかく、よく来た。上がってくれ」
黒川鎖衣「失礼します」
温厚そうな人・・・。
鎖衣さんに対する態度も温かい。
福成章介「そちらのお嬢さんは?」
黒川鎖衣「節奈さんの姪です」
福成章介「! 節奈くんの・・・」
小牧穂多美「初めまして。小牧穂多美といいます」
福成章介「初めまして。福成章介です。 どうぞ、中へ」
小牧穂多美「はい」
〇おしゃれな居間
福成章介「久しぶりだね、鎖衣」
黒川鎖衣「・・・・・・」
福成章介「元気そうで安心した。シアンは、元気か」
黒川鎖衣「・・・どうして」
福成章介「ん?」
黒川鎖衣「どうしてあんたが、 マゼンタの写真を飾ってるんだ」
小牧穂多美「・・・!」
マゼンタ・・・
以前見た写真よりぐっと大人びている。
眼差しに優しさと芯を感じる。
なんて綺麗なんだろう。
福成章介「彼女は・・・大切な存在だからね」
黒川鎖衣「死んでまで、節奈さんの代わりにするつもりか」
福成章介「違う」
節奈おばちゃんの代わり・・・?
マゼンタを助手にしたこと?
黒川鎖衣「マゼンタがどれだけ苦しんだと思ってるんだ。 研究サンプルにするならするで徹底してくれ!」
いけない。鎖衣さんが冷静さを失いかけてる。
詰め寄ろうとする体を引き留めるように、
手を握った。
鎖衣さんの手は、強い力で握り返してきた。
黒川鎖衣「彼女はあんたを想っていたのに、 僕の子なんか身篭らされて・・・」
黒川鎖衣「・・・あんたは、 クローンの命を何だと思ってるんだ。 彼女をこれ以上辱めるな!!」
福成章介「・・・鎖衣。私は、マゼンタを尊敬している」
黒川鎖衣「なんだ、それは・・・・・・」
福成章介「懸命に生きた彼女のことを、節奈くんのクローンではなく、マゼンタとして刻み込んで忘れないために、写真を飾っている」
黒川鎖衣「あんな目に遭わせておいて、 今更何を言ってるんだ」
福成章介「彼女が、望んだんだよ。 君の精子サンプルによる受胎を」
黒川鎖衣「望んだ・・・?」
次回へ続く
福成教授が語るマゼンタの真実に
鎖衣は衝撃を受ける──
次回 エピソード10.マゼンタ
すごいなあ。
綿密な設定と細かい台詞回しに、ただすごい…!としかでてきません。自分が主人公になって追体験しているような気分になります。
そして、クローン人間を取り巻く周囲がみんな、優しすぎる。教授も教授なりの正義があったんですね〜。
もっとサイコパスな方を想像していました。
マゼンタ…彼女の決意が切ないです😢
マゼンター😭
鎖衣さんも辛すぎる😭