第一話 華の罪(脚本)
〇繁華な通り
街角の横断歩道。貝沢華(かいざわはな)の前方から、若い男が歩いてくる。
その人は、身体全体が眩いほどに「発光」していた。
貝沢華「えっ?」
華は立ち止まり、光り輝くその姿を眺めてしまう。彼は横断歩道を渡ろうと歩みを進めた。
貝沢華(この人なんで光って──)
次の瞬間、耳を劈くようなクラクションの音が辺りに鳴り響く。
車にはね飛ばされた彼は、上空に投げ出され、鈍い音を立て地面に落下した。
それは、一瞬のできごとだった。
貝沢華「嘘でしょ・・・死んで、る・・・?」
スイッチが入ったように、辺りの空気が騒然としたものに変貌していく。
通行人1「早く救急車を!」
通行人2「危ないから下がって!」
緊張感を帯びた声が飛び交い、彼を取り囲むようにして大勢の人が集まっていく。
華はそのまま立ち尽くし、光が消えたその体を呆然と眺めていた。
貝沢華(疲れてんだよ、きっと・・・ただ、それだけのこと)
貝沢華(今日の動画撮ったら、さっさと寝よ)
華は、今見た一部始終を、頭の中で必死に打ち消しながら帰路を歩いていった。
〇シックな玄関
どうにか自宅に戻った華だったが、先ほどの発光人間が頭から離れない。
貝沢華(ほんとになんだったんだろ、あれ・・・気色悪い・・・)
藤堂雪「華ちゃん、おかえり・・・って、どうしたの? 顔色悪いよ? 大丈夫?」
華の同居人、藤堂雪(とうどうゆき)が華に駆け寄る。
貝沢華「さっき、交通事故見ちゃって・・・」
藤堂雪「そうだったんだ・・・大変だったね」
貝沢華「あのさ・・・あんた、光ってる人間なんて、見たことないよよね?」
藤堂雪「え? それ、どういうこと?」
貝沢華「ううん、なんでもない。 多分、見間違いだから」
藤堂雪「そっか・・・私、これから打ち合わせだからちょっと出てくるね」
貝沢華「うん」
藤堂雪「冷蔵後にグラタン入ってるから、良かったら食べて?」
藤堂雪「それじゃ、行ってきます」
貝沢華「・・・・・・」
〇女性の部屋
自室に入ると華は、持っていたスーパーの袋を投げ出し、ドレッサーに腰をかけた。
手早く化粧をすますと、カメラをセッティングする。
ネイルが施された指先で録画ボタンを押せば、途端に「華」は消える。
そして、登録者数30万人を抱える動画投稿者「ぽよまよ」が現れるのだ。
貝沢華「やっぽよー! ぽよまよだよー」
貝沢華「えっと、今日はですねぇ・・・こちらの! 超激甘カップ焼きそばを食したいと思いまーす!」
〇女性の部屋
貝沢華「あー、終わった! 編集は明日でいいや・・・」
大きなあくびをしながら、メイク落としのシートを手に取り、ごしごしと顔を拭く。
化粧を落とした後で、華はドレッサーの鏡を覗き込んだ。すると・・・。
貝沢華「え・・・なんで、あたしが光ってんの?」
先ほど見た光景が、自分自身に起きていた。
貝沢華「嘘、どうして・・・」
思わず立ち上がり自分の身体を見ると、身体全体からほのかな光が灯るように現れ出ている。
貝沢華「な、なんで、こんなことになってんのよっ!」
???「それは、あなたが24時間後に死ぬからです」
貝沢華「えっ!」
背後からの静かな声に振り向くと、ぴしっとした黒のスーツを身にまとった少年が立っていた。
貝沢華「ちょ、だ、誰よ、あんた! っていうか・・・なんで、なんで透けてんのよっ!」
その体は幽霊のように半透明で、少年の体越しに向こうの風景が見えていた。
タロスケ「うるさいですね・・・金切り声で叫ばないでくれませんか? 不快です、とても」
貝沢華「・・・ゆ、雪! 雪!」
貝沢華(は、いないんだった・・・さっき、出かけていったんだっけ)
震える手をスマホへと伸ばす華を見て、少年は妖艶な微笑みを浮かべている。
タロスケ「警察を呼んだって無駄ですよ。だって私は、あなたにしか見えてないんですから」
貝沢華「・・・え?」
タロスケ「私は死神のタロスケと申します」
タロスケ「いいですか? 頭の足りないあなたのために簡潔に説明してあげます。あなたは24時間後に死にます」
貝沢華「死ぬ・・・? あたしが?」
タロスケ「光っているのがその証拠。 つい先ほど、光る人間を見ましたよね?」
貝沢華「・・・み、見たけど」
タロスケ「あなたが見た通りです。 光る人間は24時間以内に死ぬんです」
タロスケ「そして、あなたの地獄行きはもう確定しています」
貝沢華「そ、そんな・・・あたしが地獄になんて、そんなわけない・・・っ」
タロスケ「思い当たる節はないと? 流石は人間ですね、脳組織が生ゴミ以下のようです」
貝沢華「なっ・・・」
タロスケ「だったら教えてさしあげます。 あなたが積み重ねてきた罪の重さを」
タロスケ「物心ついたときから、あなたは子役として活躍していましたね?」
貝沢華「・・・そうだよ」
タロスケ「子役時代、周りの人間からちやほやされていたせいか、あなたはどんどんクソ生意気な人間になっていった」
タロスケ「しかし、とある事故が原因で、あなたは役者としての仕事を続けられなくなった」
貝沢華「・・・・・・」
タロスケ「芸能界から姿を消したあなたは、人気子役だった『貝沢華』という名前は捨て、インフルエンサーとしての活動を始めた」
タロスケ「そしてあなたは、自身の立場を悪用し、たくさんの人を騙してきた」
貝沢華「騙す? なんのこと?」
タロスケ「普段は流行りの食べ物や場所を紹介する動画をあげているようですが・・・」
タロスケ「時折、得体の知れない化粧品やインチキ美容機器を動画内に投稿してますよね?」
タロスケ「そして、あなたの同居人と共同運営しているECサイトへとリスナーを誘導し、多額の紹介料を得ることで、私腹を肥やしている」
タロスケ「違いますか?」
貝沢華「・・・・・・」
タロスケ「紹介した商品がまがいものであることがバレそうになった時点で即座にアカウントは削除」
タロスケ「そしてほとぼりが冷めたころ、まったくの別人になって再び動画投稿サイトに現れる」
タロスケ「あなたはこの3年間、そんな生活をずっと続けていますよね?」
貝沢華「・・・ま、確かに褒められることはしてないよね」
タロスケ「あなたの行いのせいで、たくさんの人が傷つき涙を流し、そして今もあなたを恨んでいます」
タロスケ「どうせ死ぬんです。最期の時をその人達のために費やしてはみませんか?」
貝沢華「あたしだけが、悪いわけじゃないと思うんだけど・・・」
タロスケ「ふふふ、いかにも人間らしいクソ理論ですね」
タロスケ「ですが、あなたはとても恵まれているんですよ? 自分の行い一つで、地獄の苦しみから逃れることができるんですから」
貝沢華「それってどういうこと・・・?」
タロスケ「24時間以内に悔い改めることができれば、あなたは天国に行くことができるんですよ」
貝沢華「そうなの?」
タロスケ「ええ。ちなみに、あなたが行く予定の地獄は等喚受苦処(とうかんじゅくじょ)と言いまして・・・」
タロスケ「焼け焦げた縄で身体を拘束されたまま、剣山に突き落とされるという地獄のような地獄です」
貝沢華「うっわ、最悪・・・」
タロスケ「それだけの苦しみを、あなたは他人に与え続けてきたのです」
貝沢華「なるほどね。自分が思ってる以上に、あたしは色んな人を傷つけてきたんだね」
タロスケ「その通りです」
タロスケ「さぁ、私と一緒に悔い改めましょう!」
タロスケ「あなたが悔い改めてくだされば、私の評価は上がり私は天使に転職しやすくなります」
貝沢華「・・・何それ?」
タロスケ「天使の方が福利厚生整ってるんです。 死後の世界も世知辛いんですよ」
貝沢華「知らねぇよ」
貝沢華「でも、いいよ。わかった。あたしだって後悔残したまま死ぬなんて嫌」
貝沢華「死ぬまでの24時間を、悔い改めることに使う。天国行ってやろうじゃん」
タロスケ「ありがとうございます、華さん。私も、誠心誠意、お手伝いさせていただきます」
〇黒
・・・さて、この人間はどこまで自分の罪を認めることができるのだろうか。
心の中でほくそ笑みながら、死神は約千人もの名が連ねる「貝沢華が傷つけてきた人リスト」に手を伸ばすのだった。
《タイムリミットまであと24時間》