4人の顔(脚本)
〇雨の歓楽街
雨・・・。
コンビニの中から透けて見えてる。
行き交う人たちが遮るたびに
見えない飛沫は黒塗の土へと消えていく。
何か、今日は疲れた気がする。
朝の事はあまり覚えていないけど、
誰かと関わるのは億劫に思えるぐらい。
明日もきっとそんな日になる。
嫌じゃない。だけど嬉しくもない日に。
〇コンビニの店内
女A(もう、傘買っちゃおうかな・・。 コンビニの傘って高いんだよね・・・。 1本分でケーキ買えるよなぁ・・・)
女A(あぁあ・・・、さっきからコレ何回目? 別に濡れていくのも方法だけど。 降り方も微妙な感じなのが・・・)
「もしもし? 聴こえます?」
女A「え?」
傘を買おうかどうか悩んでいた時。
右耳の裏あたりから声がした気がした。
スリ硝子に錆びた鉄を混ぜた様な声だ。
女A「気の・・・せい?」
声が体から近すぎたため
その声の主が後ろにいないことは
何となくわかっている事だった。
耳の後ろ辺りからしたのだ。
もう、体が触れていないとおかしい。
声はそれぐらいの距離感だった。
(何・・・今の声。 キモチ悪っ・・・)
早く出よう。
そう、彼女は思い足先を出口を向けた。
と、その時だった。
親の顔より見た顔「もしもし? おかしいですね。 言語が間違えてますか?」
は・・・・っ?
悲鳴を上げようと言う思考に至らない。
目の前に何が居るのかがわからない。
ただ、声だけは覚えていた。
親の顔より見た顔「これ、あなた自身ですよ。 あぁ、私の姿でもあります。 何度目でしたか?」
何を言っているのかわからない。
言葉がわからないとかではない。
何を言ってるのかがわからない。
親の顔より見た顔「違いましたか? 傘は、買ったのですよ。 ですが、結果は交通事故でした」
言っている意味がわからないが
その目の前が呟く内容に心当たりがある。
いや、そうなると何故か直感する。
〇渋谷のスクランブル交差点
私は傘を持ってコンビニを出る。
行き交う人に押され、押し返して。
横断歩道を渡る。
ビル風だった。
辺りのゴミ箱はガンっと音を立てて飛び
「きゃぁ!」と言う悲鳴が幾つかした。
私はよろめいた。
視界のネオン街が霞んだ気がした。
たなびく服が体を叩くようだった。
光の中から車が現れて、歩道へ。
一瞬、運転席の老人と目が合った。
少し緑ががったような、薄茶色の目。
目じりについてる眼脂が薄黒く。
目元に重なるシワにまでついている。
そんな所まで、見えた気がした。
〇コンビニの店内
親の顔より見た顔「そうですね。 で、あればこうなる訳ですよ」
目の前のそれは
嬉しそうに口角を上げていた。
親の顔より見た顔「あなたのようになった人生は 既にあったと言う事ですよ」
親の顔より見た顔「で、あれば。 私はあなたであり、あなたは私ですね」
鏡を見れば、私はこのようなのか。
ゆっくりと、右へ顔を向ける。
雑誌類が置かれている棚を過ぎ
外がありありと広がる硝子の窓がある。
雨の雫がツツツと、下へ下へ。
そこに映る私は
私だった。
〇大きい交差点
明滅している歩行者用の信号機。
小走りになる人の足音が
降りしきる雨音に混ざっている。
もう、信号は変わるだろうと言うのに。
目がどこを見ているのかわからない。
自分の目が、自分の目なのに。
「おとおさん。 変わってますよ、信号が」
妻に言われて、はっと我に返る。
ハンドルを握り直すが、手は強張った。
口は歯もないのに力一杯閉じてしまう。
「おとおさん。 大丈夫ですか? 汗、汗が凄いですよ」
プ!プ!
後ろの車がクラクションを鳴らしてる。
自転車が我先にと、横から次々出ていく。
アクセルを踏んで、ようやく走り出す。
腕が固まったようだ。
私は一体、どうしたんだと言うのか。
「しっかりして下さいよ。 だから嫌だって言ったんですよ。 私は」
煩い。
ニチャニチャとした嫌な音
入れ歯のかみ合わせが悪いんだろう。
朝は良かった。
起きたてにしては、腰が痛くなかった。
膝もいつもより曲がった気がする。
ご飯もおいしく感じた。
減塩の醤油、ちょっと高かった卵。
炙った鮭は塩気の方が強かった。
孫からの動画を見ていた。
名前を言えるようになっていた。
字はまだ書けないようだった。
後部座席に、おもちゃがある。
人気アニメのキャラクターだとか。
少し大きめのぬいぐるみが揺れてる。
「ねぇ、どこへ行くんですか? 道はこっちなんですか? だから、嫌だって言ったんです」
煩い。
すぼめた口を戻せないようなたるみ。
そこから嫌だ嫌だと繰り返すな。
ゴォッ!という音と風がした。
咄嗟にハンドルを持つ手が滑る。
だ・・・れ・・だ?
逸れた目線の先にあったのは
ギラギラと輝くルームミラーだった。
そして、そのルームミラーには
私が映っている。
青く色ざめ、頬はこけて。
人とは思えぬ形相、容貌。
「あぁあぁああああぁあああっ!!」
とにかく逃げたかった。
嫌な事実を受け止めたくなかった。
いつだってそうだ。
やり直そうと思ったところで
してしまった事は元には戻らないんだ。
〇渋谷のスクランブル交差点
あぁ、カワイイなLINE知りたいな。
声をかけようかな。
キモイって言われるかな。
俺はさっきから、ここに居る。
コンビニの中を見たまま
時折、スマホを触るフリしながら。
あの子だって随分長くそこに居る。
傘、そうだろう?
持ってないから、そこに居るんだろ?
僕が買ってあげようか?
高いもんね。
でも、タダあげるんじゃ嫌なんだ。
LINEじゃなくたって良いよ。
フェイスブックでも良い。
連絡先をくれれば良いんだ。
(で、何て声かけたら良いんだろう)
まただ。
また、僕はこうしてるんだ。
中学生の頃だってそうだ。
好きな子が、一緒の班じゃなくて。
ただ、見てた。
一緒の班なら
落とした消しゴムを拾ったり
忘れた宿題を見せ合ったり
頭の中で描いた光景だけキレイで
実際、僕の目に映ってるのは
雨露のつたう薄汚れたガラスだけ。
その奥に見え隠れする彼女に
何度、こんな想像をぶつけても
現実は平行線。
何度も見てるだけ。
外で見てるだけ。
中に入る事すらなく、見てるだけ
鏡のようになったコンビニの硝子窓は
まどろみに溶かしたように彼女を映し
突っ立って何もしない僕も映す。
かっこつけてみても
そうか、こんな姿してんだな。
俺、今・・・こんな顔だったんだ。
親の顔より見た顔「でも、まだ何もしてませんよね?」
親の顔より見た顔「何かしたら、変わるかもしれません」
親の顔より見た顔「えぇ、私は結局見送りました。 何もせずに、想像の一葉すら散らさず」
親の顔より見た顔「通りすがった人と同じように 今まで出会った人と同じように」
僕が僕を変えたい。
でも、それは。
ここで、彼女に何かするって事じゃない。
親の顔より見た顔「私はそうしてきました。 故に、これからもそれは変わりません」
そうして来たことを
自分自身が一番知っている。
その先がどうなるかも。
確定された未来なんてないのに
わかりきってる展開はあるんだ。
だって・・・
自分がそうしたんだから。
〇コンビニの店内
「いらっしゃいませー」
たく、客入りが悪い。
さっきから居るあの女は何だ。
何も買う気ないなら、店出ろよな。
あー、雨だからか。
ヤバイな今日の促販。
また、廃棄しないといけないな。
つーか。
バイト何やってんだよ。
飲料の補充してから姿ねぇーぞ?
今日の売り上げキチーなぁ。
今の時期に苺フェスとか鬼かよ。
本部のヤツ頭沸いているな、コレ。
他店舗は・・・。
ウギャ!これは・・・酷い。
売れて無いにもほどがある。
でー。
ま、ウチも大いなる赤さんですね。
人件費すら怪しいな。
誰だよ。
最低賃金上げようとか言いだすヤツ。
それ、利益上がってから言ってよね。
物価高でこちとら原価も上がってんだよ。
原価と輸送費と人件費上がってんのよ。
粗利どんな具合かわかってんの?
何この社会。
儲けたらダメって事?
あー、なんでこんな仕事してんかな俺。
液晶のタブレットに
薄っすらそれは映し出されていた。
タブレットを見ているのは俺しか居ない。
酷い顔だ
知ってるけどな
そら、どこぞのイケメンだったら・・・
親の顔より見た顔「ではでは、そんな顔だったとして あなたの世界は変わったでしょうか?」
親の顔より見た顔「そんな時もありましたね。 ですが、それは一時の花」
いいや。
もっと有効活用すれば世界は違うさ。
女の子にキャーって言われるだけでも
親の顔より見た顔「そうですかね? ですが、その顔はあなただからです」
そんな事は百も知ってる。
そういう生き方をしてきたに違いない。
あぁ、こんな顔だったなて言う具合に。
親の顔より見た顔「それで、望んだものは? する。しない。 選ぶ。選ばないは?」
そんな事聞いたって知ってるだろ
自分の有様を
自分の・・・・
〇宇宙空間
私です。
私は時折姿を変えていたようです。
あぁ、ですが・・・。
それは、どれも私だったのです。
それは
例えば、コンビニで雨宿りした女の子で。
それは、
孫へのプレゼントを買いに出た老父で。
それは、
行き交う女性に一時の妄想を抱く青年で。
それは、
店で不満を述べながら働く中年の男で。
どれも、誰も。
今日もどこかに居るあなたでした。
違う?
そうです、あなたはあなたです。
それと同じように、私も私なのです。
あなたは、あなたの姿を
今、見る事ができるでしょうか?
その顔を
その姿を
お忘れなきようにして下さい。
そして、恐れず怯まず。
否定せず、否認せず。
そうです。
たとえ、こんな姿だったとしても。
あなたは、あなたの敵ではありません。
私は、私の敵になりたくはないです。
真実が歪んだ姿だったとしても、そう。
私が私と思っていなくても。
思ったものと違ったとしても。
誰もが溢れた存在に感じて
あなたも、私も、そう気づいた時でも
それを恐れなくて良いのです。
安心して下さい。
これは、物語ですから。
ですが・・・お忘れなきよう。
私が私でありつづけるように・・・。
あなたもあなたでしか
居られないと言う事を・・・。
では、さようなら・・・。
また、お会いしましょう。
あなたが、あなたを見るその時まで。
淡々と紡がれる文章表現が素敵で、イメージが広がりました。
思わず世界観に惹き込まれました。
怪人とは・・・考えさせられるお話でした。
とても良かったです。
この怪人は、どう捉えたらいいのか非常に難しいのですが、実はずっと昔からよく知っている。
いつも何処からともなく語りかけてくるものですが、この作品のように「こういう姿だったのか」とわかれば少しは楽なのにと思います。