エピソード19-朱色の刻-(脚本)
〇風流な庭園
南田「さよう・・・・・・でございますね」
南田「秋川氏が心血を注いで管理していた庭が荒れていくのが忍びなかったとでも申せば、」
南田「存外、疑われることなどないのかも知れませんね」
南田「私、このように見えて、造園技能士を有しておりますし」
黒野すみれ「造園・・・・・・?」
南田「ああ、造園技能士というのはそうでございますね・・・・・・」
南田「庭師として就業されるなら有していて、重宝する資格であるという認識で問題ないかと」
黒野すみれ「(うわー、本当に人間、やめてます人間だったよ。この人)」
私は場違いにも思うと、
他にも色んな資格の名称を聞いた。
南田「執事の学校であるBBAも卒業いたしましたし、UTAのティーディプロマに」
南田「JCAのキャンドルアーティストも取得いたしましたか?」
そして、南田さんは内ポケットから何かを取り出す。
南田「あとは、執務には関係ございませんが、BHIの時計技師の認定も受けました」
南田「こちらの維持は腕にするものに特化した日本の時計技師の資格だと対応し切れない」
南田「そのような考えに至りましたので」
黒野すみれ「それが南田さんの時計・・・・・・?」
南田さんの手には月の光を浴びて、
鈍く光る懐中時計が載っている。
そのチェーンは無惨にも切れていて、まるで、
完璧な宝石に大きな傷が入ってしまったような様だった。
南田「しかし、それが何であるというのでございましょう?」
南田「貴方様は私がこの時計を大切にしてはいけない、」
南田「とおっしゃるおつもりなのでございましょうか?」
南田「生計は立てていないにしても、時計技師として時計を大切にする」
南田「何ら、不思議ではない筈でございませんか?」
黒野すみれ「・・・・・・でも、貴方がその資格をとったのはこの家から来てからですよね?」
黒野すみれ「その技師の資格をとったのは余程、重要な理由があったのでは?」
〇東京全景
明石東刻「いつも色々、無茶苦茶言ってすまないな・・・・・・南田」
明石東刻「今回も色々と大変だっただろう」
南田「いいえ、東刻様のお傍でお仕えできたこと、それ以上に私の僥倖はございませんでした」
明石東刻「・・・・・・。まるで、今日が最後の日みたいだな・・・・・・」
明石東刻「今の僕はまだ大学に通う傍ら、事業を手伝っているに過ぎないが、」
明石東刻「大学時代なんてあっという間に終わるし、社会に出るのにあと数年もない」
明石東刻「その時は・・・・・・僕を支えてくれないのか?」
東刻が9歳になる年の冬。
そこから、喜多井・・・・・・
いや、彼は南田譲三郎として
10年間、明石東刻に仕えてきた。
南田「いいえ、この南田・・・・・・身体が動く限り、東刻様のお傍におります」
南田「東刻様の望みを1つでも叶えられるよう、尽くしましょう」
明石東刻「・・・・・・」
南田「・・・・・・」
〇黒
本当のことを言えば、
南田は東刻の本当の望みを叶えることはできていないと
感じていた。
〇銀閣寺
南田「こちらにおいででしたか、東刻様」
南田「食事会へは行かれないのでございますか?」
南田「あんなに母上様に会いたいと願われていたのに」
明石東刻(小学生)「み、なみ田さん・・・・・・」
明石東刻(小学生)「だって、南田さんは火が・・・・・・」
明石東刻(小学生)「それなのに、僕の食事の世話なんてさせたくなくて・・・・・・」
明石東刻(小学生)「それに、もうすぐ、ここを明け渡さないといけなくなる。ここは僕の、家なのに」
南田「・・・・・・。南田で結構でございますよ。東刻様。貴方様は主人」
南田「他者を慮る優しさ。確かな実力、弛まぬ努力。そして、適度な威厳」
南田「どれが欠けても、良き当主にはなれぬでしょう」
明石東刻(小学生)「当主・・・・・・でも、もう兄上もいますし、」
明石東刻(小学生)「春刻さんや青刻さんも生まれたばかりですが、います」
南田「いいえ、この明石家では出生順や出自は不問でございましょう」
出自・・・・・・実は、東刻は
当主・明石刻世の子ではあったが、
〇山の展望台
東刻より先に生まれた朝刻や
〇英国風の部屋
東刻より後に生まれた春刻、
〇宮殿の門
青刻とは父親が違っていた。
〇銀閣寺
南田「1番、優秀な者が統べることができる・・・・・・」
南田「可能性があるのでございますよ。そして、それに相応しいのは貴方様でございます」
明石東刻(小学生)「相応しい?」
南田「えぇ、東刻様の日々の振る舞い、積まれて行く全て。南田はずっと拝見しておりました」
南田「大丈夫でございます。この日向かし庵も当主になった貴方様に返ってきますよ」
南田「東刻様が望むなら、この屋敷の全てが東刻様のものでございます」
〇東京全景
明石東刻「南田、どうした?」
南田「あ、東刻様」
明石東刻「大丈夫か? 疲れてしまったんじゃないか?」
南田「いえ、疲れてなどございません。あまりにもこのデセールが美味しゅうございまして」
南田「感動しておりました」
明石東刻「デセール。ああ、さくらんぼとアーモンドのクラフティか・・・・・・」
明石東刻「まぁ、悪くはないけど、うちのシェフが作ったのとそう差があるとは思えないが?」
南田「ええ、でも、今日の日にいただくものは特に美味しゅうございますよ」
明石東刻「そうか・・・・・・あ、そうだ。もう1つ、プレゼントがあったんだった」
明石東刻「少し思ったものとは違ったが、1番、南田に合うものを選んだつもりだ」
南田「これは・・・・・・懐中時計でございますか?」
明石東刻「ああ、受け取ってもらえるか? 南田」
〇風流な庭園
南田「黒野様、貴方様は私の全てをご存じのようでございますね」
南田「まるで、見てきたかのように・・・・・・しかしながら、資料か何かのような文字の羅列」
南田「そこから、導き出された結論。それは事実かも知れませんし、そうでないかも知れません」
南田「大変遺憾ではございますが、言ってしまえば、憶測のようなものでございますよ」
南田「ただ・・・・・・ではございますが、」
南田「貴方様を生かしておくことは得策ではない気もいたしております」
次の瞬間、南田さんはあの時のように
俊敏な動きをして、去っていく。
黒野すみれ「あっ・・・・・・!」
私は南田さんにすっかり、武器を捨てさせて、
油断していた。
それは、かつて幾度にも渡って暗殺を繰り返してきた
暗殺者を逃してしまったのと同じことだった。
黒野すみれ「(やばい・・・・・・)」
黒野すみれ「(やばい・・・・・・)」
黒野すみれ「(どこにいる!?)」
人の気配はあるのに、姿は見えない。
黒野すみれ「(胴体をナイフで刺されても、大丈夫。でも、頭を狙ってきたら?)」
しかも、銃も考えられる。
防刃チョッキと同じ素材で作られたドレスでは、
銃弾は防げない。
しかも、相手は現役を退いたとは言え、暗殺者。
頭を撃ち抜くこと等、紅茶を上手に淹れることより
簡単にやってのけるかも知れない。
黒野すみれ「(やっぱり、死なんて回避できない)」
〇書斎
やっぱり、私に真相を解いて、犯人を追い詰める
なんてことはできない。
〇風流な庭園
秋川さんの最期の真相も分からない。
〇地下室
春刻を助けることも・・・・・・できない。
〇黒
パァーン!!
全てを諦めて、目を閉じたその時。
私はいつまでも訪れない感覚に戸惑い、目を開けた。
〇風流な庭園
黒野すみれ「(どうして、私、現在に戻らない? いや、どうして、無事なんだろう?)」
私は目を開けると、そこには消えた筈の南田さんと
東刻さんがいた。
南田「ひ、東刻様・・・・・・」
南田「東刻様!!」
黒野すみれ「そんな、どうして・・・・・・どうして、彼が?」
黒いスーツ姿に、月明かりはあるとはいえ、
暗がりなのもあって、よくは見えないが、
彼は銃弾を受けて、倒れているようだった。
明石東刻「ダメ、だ・・・・・・っ。僕の、為に・・・・・・て、手を、汚す、な」
南田「東刻様!!」
黒野すみれ「僕の為?」
明石東刻「あぁ、確かに、ぼ、僕は・・・・・・春、刻さ・・・・・・んを殺そう、と、した」
明石東刻「む、なし・・・・・・かった。彼が、当主・・・・・・なんて、」
明石東刻「よりに、よって・・・・・・彼が・・・・・・」
ゆっくりとした東刻さんの独白。
なんとあの月見櫓の窓枠がはずれるように
細工していたのは東刻さんだったらしい。
明石東刻「最しょは・・・・・・いやに、リア・・・・・・ルな夢、だと思った」
明石東刻「でも、僕は・・・・・・窓わくを、壊してた。それ、を知った南田、は・・・・・・」
南田「東刻様、それ以上はなりません」
南田さんは指を必死に動かして、東刻さんの止血をする。
でも、白いハンカチや布類は無情なくらい
瞬く間に赤く染まっていった。