#2:僕の心の中だけに(脚本)
〇男の子の一人部屋
ペリペリペリ・・・
浅井 貢(あさい みつぐ)「うそ、履歴書って写真も必要なの? 今から撮りに行かなきゃいけないじゃん!」
浅井 貢(あさい みつぐ)「自分、ほんっと何も知らないな・・・」
明日バイト先に持っていく、履歴書。
書くのは人生で初めてだ。
多分、同級生たち―バイトしたり、そのお金で趣味を楽しんだりしている普通の子からは、2年分くらい後れを取っているんだろう。
浅井 貢(あさい みつぐ)(親の言いなりで、勉強や習い事ばっかりだったしね・・・)
でもいい、明日から知っていく。
新しい世界を。
そして・・・あわよくば・・・叶えたい。
10年越しの「咲也お兄さん」への気持ちを。
浅井 貢(あさい みつぐ)「いや、叶えるなんて傲慢過ぎ。 近くであの笑顔を見るだけで・・・」
浅井 貢(あさい みつぐ)(でもさ、「咲也お兄さん」って長いし、某幼児番組っぽくない?)
よし、「咲兄(さくにい)」にしよ!
僕の心の中だけで。
リュックから、教科書類を全部机にぶちまけた。
浅井 貢(あさい みつぐ)(よし、書きたてほやほやの履歴書に、財布・・・メモ帳にボールペンっと)
浅井 貢(あさい みつぐ)(そうそう、汗かくだろうから、着替えのシャツとかタオルもだ)
よし、準備OK。あとは早く寝るのみだね!
17年の人生で、明日がこんなに楽しみなのは、いつ以来だろう。
〇広い厨房
浅井 貢(あさい みつぐ)「咲兄おはようございます! 今日からよろしくお願いします!」
西野 咲也(にしの さくや)「おはよう浅井君。来てくれてありがとう。 こちらこそよろしくね」
浅井 貢(あさい みつぐ)「僕、咲兄のご命令だったら何でも聞きます!何でもやらせて下さい!」
西野 咲也(にしの さくや)「そう? ああ、そうだ、ちょうど卵白を泡立ててた所なんだけど、腕が疲れちゃって」
西野 咲也(にしの さくや)「浅井君、かき混ぜてくれない?」
浅井 貢(あさい みつぐ)「ああっ・・・でも僕、初めてで・・・」
西野 咲也(にしの さくや)「教えるから安心して。 とりあえず、泡立器を優しく握ってごらん」
浅井 貢(あさい みつぐ)「こう・・・ですか? わっ、うわっ!!」
西野 咲也(にしの さくや)「どうしたの。 私がこうやって、上から手を重ねて一緒に混ぜるから。力抜いていいよ」
浅井 貢(あさい みつぐ)「はっ、はい・・・」
西野 咲也(にしの さくや)「さ、タイミング合わせて、動かすよ。 せーの!」
カシャッ、カシャッ、カシャッ、カシャッ、カシャ、カシャ、カシャカシャカシャカシャ・・・
浅井 貢(あさい みつぐ)「咲兄、速くなってますけど?」
西野 咲也(にしの さくや)「大丈夫、ほら、手首のスナップを利かせれば楽にイけるんだ!」
浅井 貢(あさい みつぐ)「え?咲兄!?なぜそんな格好を―!?」
西野 咲也(にしの さくや)「ごめん。汗かいちゃってさ。 汗まみれの服じゃお菓子作れないから」
浅井 貢(あさい みつぐ)「そんな!そんな姿で後ろに立たれたら!」
西野 咲也(にしの さくや)「ふぅ~っ み・つ・ぐ・・・」
西野 咲也(にしの さくや)「大丈夫。可愛いよ」
西野 咲也(にしの さくや)「初めての・・・共同作業だね♥」
浅井 貢(あさい みつぐ)「そんな!脱がせるなんて! 咲兄意外と強引なんですね?」
浅井 貢(あさい みつぐ)「そこは、咲兄だめ、 ああんっ、だめえええーーー!」
〇男の子の一人部屋
ハッ!
浅井 貢(あさい みつぐ)「ゆっ―――夢!?」
浅井 貢(あさい みつぐ)「どどどどういう夢見ちゃってんの僕!」
ヤバい。
夢は深層心理の反映だと言うけれど、これはあまりにも、あまりにも不純すぎる・・・
浅井 貢(あさい みつぐ)「やばい・・・ 寝汗で布団がぐっしょり・・・」
浅井 貢(あさい みつぐ)(咲兄が実はドSだったら僕・・・ どうしよう! これ、正夢になってほしい!)
〇大きいマンション
朝も9時前から、アブラゼミの大合唱。
いつもなら体感温度が上がってうんざりさせられる声も、今日は気にならない。
浅井 貢(あさい みつぐ)「既に僕の身も心も熱いからね!」
店は、家から徒歩で約10分。
10時って言われたけれど、咲兄に会えると思ったら、居ても立ってもいられない。
そして、ニヤニヤも止まらない。
こんな顔、誰にも見せちゃいけないし、こんな気持ちは誰にもバレちゃいけない。
浅井 貢(あさい みつぐ)「僕の心の中だけに留めておかないと・・・」
〇店の入口
2022年8月8日、9時7分、店着。
浅井 貢(あさい みつぐ)(我ながらほっぺた痛っ)
ニヤニヤはここまで。
人生の、新たなページをめくる瞬間だ。
浅井 貢(あさい みつぐ)「おはようございますっ」
浅井 貢(あさい みつぐ)(あっ―)
〇ケーキ屋
浅井 貢(あさい みつぐ)「咲兄だ!」
カウンターでノートをめくっていた咲兄が、目をぱちくりさせている。
西野 咲也(にしの さくや)「浅井君?早すぎない?ご飯食べたの?」
浅井 貢(あさい みつぐ)「はい、初日なので早めに来たかったから・・・ あ、これ、履歴書です」
西野 咲也(にしの さくや)「ありがとう。お預かりします。 そうそう!私、昨日大事な事を聞き忘れてしまって」
西野 咲也(にしの さくや)「柊也に聞いたんだけど、浅井君すごく勉強できるし、進学志望なんだって?」
西野 咲也(にしの さくや)「夏期講習とかあったんじゃない?」
浅井 貢(あさい みつぐ)「あ、ええ、まあ・・・」
西野 咲也(にしの さくや)「昨日ちゃんと聞かなくてごめんね」
西野 咲也(にしの さくや)「私、アルバイトさんが見つかってほっとしすぎて、採用即決しちゃって・・・」
西野 咲也(にしの さくや)「言い出しづらい雰囲気にしてしまったね」
西野 咲也(にしの さくや)「うちのバイトので浅井君の進路、というか人生に影響が出るなんて絶対だめ」
西野 咲也(にしの さくや)「親御さんにも申し訳ないし・・・」
僕の人生への影響だったら、10年前の咲兄こそ―
浅井 貢(あさい みつぐ)「いえ、大丈夫です! 僕は、自分の意志でこっちを選んだんで!」
西野 咲也(にしの さくや)「そう・・・なの? 大変な時はいつでも言ってね。何とかする」
咲兄は、履歴書に目を通しながら声を上げた。
西野 咲也(にしの さくや)「ん・・・あれ? 希望勤務日数「週6」で「フルタイム」って?」
西野 咲也(にしの さくや)「週6って定休日以外毎日だよ?」
浅井 貢(あさい みつぐ)「はい! ご迷惑じゃなければ頑張らせて下さい!」
西野 咲也(にしの さくや)「ほんとに大丈夫?」
浅井 貢(あさい みつぐ)「勿論です!」
西野 咲也(にしの さくや)「そこまで、言ってくれるなんて。 普通の子はできないよ」
西野 咲也(にしの さくや)「10時から17時まで働いて、 帰って勉強なんて・・・」
西野 咲也(にしの さくや)「少なくとも、うちの柊也には絶対無理」
西野 咲也(にしの さくや)「すごいねぇ浅井君」
西野 咲也(にしの さくや)「弟のケツ、叩いてやって! もっとやれるだろって!」
浅井 貢(あさい みつぐ)「んふふッ! 柊也君のお尻・・・結構硬そうですよね!」
浅井 貢(あさい みつぐ)「体育の着替えの時チラッと」
西野 咲也(にしの さくや)「あはははっ、」
西野 咲也(にしの さくや)「浅井君面白い! 確かに~!」
ああ、僕・・・今咲兄と笑ってる。
一緒にいるだけで、気持ちが和らいでる。
でも、この気持ちはバレてはいけない。
変に思われて嫌わたくないしね。
浅井 貢(あさい みつぐ)「僕、何でもやります!教えて下さい!」
浅井 貢(あさい みつぐ)(一言一句、漏らさずメモ!)
西野 咲也(にしの さくや)「じゃあ、着替え場所とか案内するね」
西野 咲也(にしの さくや)「柊也―?いるでしょ~? カウンター来て~」
浅井 貢(あさい みつぐ)「―!? 柊・・・也?」
西野 咲也(にしの さくや)「浅井君が早めに来てくれたから、教えてあげて~ 荷物置くとことトイレの場所も~」
スタ、スタ、スタ、スタ・・・
西野 柊也(にしの しゅうや)「あぁん? ったく朝から世話焼かせやがって。 このあちい中よぉ?」
浅井 貢(あさい みつぐ)「これは・・・ま、まさか・・・」
西野 柊也(にしの しゅうや)「いいか? 今日からこの俺が、お前の指導係だ!」
西野 柊也(にしの しゅうや)「今日からお前は俺の犬― 「柊也様」って呼べ!」
浅井 貢(あさい みつぐ)「はああああああ!」
浅井 貢(あさい みつぐ)「咲兄が手取り足取り教えてくれるのではなかったの!?」
浅井 貢(あさい みつぐ)「僕の手を握って、泡立て方を教えてくれたあの夢は!?」
浅井 貢(あさい みつぐ)「最悪!うわぁ最悪~~~!」
秘密にしたはずの不純さが・・・神様にはバレてたってこと?
最悪な天罰と共に、僕の波乱のバイト生活が幕を開けた―!