第四話 田舎温泉の女神、過去を回想する(脚本)
〇築地市場
前略、親父殿。
私、神谷竜司は温泉から家出した女神を説得し、無事帰ることができると思っておりました。ですが・・・。
会社員A「俺たちから温泉を、女神様を奪う気か!」
今、見てのとおり俺たちは『温泉ラヴァー』と呼ばれる人々に囲まれている。
どう考えても危険な状況だ。
ミコト「その、もう、東京で温泉うどんの宣伝をするのはやめたの。だから・・・」
会社員A「ふざけたことを言うな! 俺たちに温泉のすばらしさを教えたのはアンタじゃないか!」
警察官「女神様を連れていくなら、この場で銃殺してやる!」
ミコト「ひっ・・・!」
温泉ラヴァーはどんどん殺気立っている様子だ。
ミコトの表情を見ると、泣きそうな顔でこっちをチラチラと見ている。
かくなる上は──
神谷竜司「・・・逃げるぞ、ミコト!!」
ミコト「えっ、きゃあっ!!」
俺はとっさにミコトを抱え上げ、一目散に駆け出した!
〇開けた交差点
会社員A「逃げたぞ、捕まえろ!!」
温泉ラヴァーたちは女神を抱えた俺を全力で追いかけてくる!
正直、死ぬほど怖い。
会社員B「女神様を、温泉うどんを返せ!」
神谷竜司「欲しいのは温泉なのか、うどんなのか女神なのかはっきりしろよ!」
ツッコミを入れながら全力で走る。
が、全力ダッシュなど何年ぶりだろうか。
情けない話だが、あっというまに息が上がってきた・・・。
神谷竜司「ぜぇ、ぜぇ・・・」
一方、温泉ラヴァーズは血走った目でこちらに追いすがってくる。
うん、どう考えてもヤバい。
ミコト「もう! こんなの『あのとき』と一緒じゃない!」
神谷竜司「・・・あのとき?」
ミコト「仕方ないわね。・・・私のこと、離すんじゃないわよ!!」
神谷竜司「え!?」
次の瞬間。身体が暖かな光に包まれた。そして・・・
〇空
神谷竜司「と、飛んだぁ!?」
ミコト「ほら、暴れないの!」
神谷竜司「あ、ああ・・・」
さすがは女神。まさか、空を飛べるなんてな・・・。
ミコト「あまり長くは飛べないから、そこのビルの屋上まで行くわよ!」
神谷竜司「あ、ああ・・・あれ?」
気のせいか? 昔、似たような経験をしたような気がする。
確かあれは子どものころ──
〇ビルの屋上
温泉ラヴァーから逃れ、ビルの屋上に逃げ込んだ俺たちはようやく一息つくことができた。
ミコト「はぁ・・・やっぱりうまくいかないもんね・・・」
ミコトはしゅんとした表情を浮かべながら、座り込んで地面に『の』の字を書いている。
さすがに、こんな状態のミコトを責める気にはならない。
それに・・・少し聞きたいこともある。
神谷竜司「なぁ、ミコト」
ミコト「なによ」
神谷竜司「気のせいだったら悪いんだけどさ。もしかして・・・俺たち、会ったことある?」
ミコト「・・・やっと思い出したの?」
神谷竜司「!」
ミコト「でも、確か・・・あのときも逃げ回ってたっけ。あはは」
〇温泉街
──15年前、竜宮温泉郷
ひとりの女の子を探して、温泉街をひっくり返すような騒ぎになった。
旅館A主「探せ! まだ、そう遠くに行っていないはずじゃ!」
旅館B主「温泉はワシらの生命線! 女神様がいなくなって、温泉が出なくなったら、ワシらはのたれ死ぬしかない!」
神谷ヒロシ「竜司! お前は山のなかを探せ! 草の根わけても探し出すんだ!」
そうだ・・・だんだん思い出してきたぞ。たしか、それで俺は隣町へ行くバス停の前で──
〇田舎のバス停
ミコト「・・・誰よ、あんた」
でっかいリュックサックを背負った、家出しようとしているひとりの女の子と出会ったんだっけ。
神谷竜司「あんたじゃないよ。『温泉旅館かみや』の神谷竜司っていうんだ」
ミコト「ふぅん・・・『かみや』ってことは、次の湯守になる子ね」
神谷竜司「ああ! 偉いんだぞ!」
ミコト「・・・そう」
ミコト「で、私になんの用事?」
神谷竜司「君でしょ、みんなが探してるの。おねーさん、なにしたのさ?」
ミコト「別に。温泉出すのも疲れたから、ちょっと旅に出たくなっただけよ」
神谷竜司「おねーさんが温泉出してるの」
ミコト「そうよ。私が女神の加護を振りまくことで、温泉が沸くっていう奇跡が起こるのよ」
神谷竜司「ふぅん、偉いんだね」
ミコト「そうよ、全然嬉しくないけど」
神谷竜司「なんで? みんな遠くから温泉へ入りに来るんだよ! すごいじゃん」
ミコト「今は、ね」
神谷竜司「え?」
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