蒼穹の雫(脚本)
〇改札口前
柚樹実「ついにこの街ともお別れかぁ」
改札口を通る
晴れて怪人校を卒業した
校内の暴行騒ぎで連帯責任を負い苦労した
そして今旅に出る!(就職)
〇田舎の線路
流れゆく田園を眺めると、自然と未だ見ぬ世界に気持ちが高揚していく
〇電車の中
店先の写真を見る
のどかで優しい街だと聞いている
眠そうに俯く美少女が寄りかかる
今日は付いている
柚樹実「優しい店長さんだと良いな」
〇繁華な通り
店は駅から遠いが自然豊かだ
街を抜け木陰を通り暑さを凌ぐ
柚樹実「直絞りの桃を用意して正解だ」
水筒を開け一気に飲み干す
電車で寝てた女の子が僕の前を歩く
柚樹実「もしかしたらお店まで遊びに来たりして」
期待が多い方が人生を豊かにする
僕も後に続いて歩く
〇平屋の一戸建て
店先は広い陳列で瑞々しい果実が陽射しの照りにも負けず凛と輝いている
仄かに良い香りが店内を包み、柑橘の甘い匂いが僕を刺激する
〇部屋の扉
店先には人は居らず、下駄の置かれた扉の先へ声をかける
〇実家の居間
柚樹実「こんにちは、今日からお世話になる樹実です」
霧雨雫「あれ、新しいお客様?」
初夏にはまだ早い陽炎が見せる幻
深い水色に透き通る髪に見覚えがある
店先に佇む少女は朝に電車で僕に寄りかかった女の子だ
柚樹実「あ、僕は」
少女が曇りの無い瞳を僕に向ける
遮る陽射しと反比例して僕の背中にじわりと温い雫が滴り始める
霧雨雫「わかってる、今日からお店に来る、怪人」
その言葉を発して何故か三歩後ずさる、まだ何もしていないぞ
霧雨雫「フ―!フー!」
猫の様に分かりやすい警戒を今更始めだす
柚樹実「それで子猫さんがお店の店主さん?」
霧雨雫「ううん、あたしはお客さん」
やはり奥に居るのだろうか
不意に障子窓を開ける音がして颯爽とした雰囲気と蒼穹の蒼い髪を纏わせた美女が現れる
〇実家の居間
霧雨蒼「君が柚樹実くん?」
柚樹実「え!?あ、宜しくお願いします!」
霧雨蒼「ふふ、こちらこそお世話になります♪」
未知の情報が多くて頭が混乱する
何で水着を着てるんだ?
霧雨雫「はい、怪人」
新緑色の緑茶が並々と注がれちゃぶ台に盛大に零れ落ちてゆく
幾ら何でも注ぎ過ぎだろう
霧雨蒼「あはは、雫ったらお茶目さん♪」
柚樹実「所でお店のお仕事はいいんですか?」
霧雨蒼「あ~いいのいいの、どうせお客様は一人しか来ないから」
霧雨蒼「むむ、今からお客様が来る気配がする あたしの脳内に受信して伝わってる! さっそくお願いして良いかしら?」
柚樹実「え?は、はい!?」
頭の可笑しな店主に初日に接客を頼まれた
〇カフェのレジ
僕の後に子猫も付いて来る
店先には誰も居ない
件の客は来るのだろうか
すると子猫が長い髪を靡かせて麦わら帽子を落としたまま華麗に反転する
霧雨雫「あー、今日は桃が食べたいなー」
抑揚の無い棒読みな声で商品を僕に手渡し、柔らかでほんのりと温かい指先が手の平に触れる
急な不意打ちに熟れた桃のように頬を染めてしまう、不覚だ
柚樹実「まさかお客さんって」
霧雨雫「お会計、早く」
柚樹実「えーっと350円になりまーす」
霧雨雫「はい」
奥から見守る視線を感じながら、初めての接客を終える
霧雨蒼「はーい、よくできました♪」
柚樹実「カード払いとかは」
霧雨蒼「現金だけよ♪」
霧雨雫「無駄は省く、常識」
柚樹実「この後お客様来るかな」
霧雨蒼「でも本当にお客様来たでしょ?」
霧雨雫「信じる心が大事なの」
柚樹実「あはは」
不思議な会話が紡がれる
就職が決まり安寧を手にしたはずなのに
安心した瞬間に自転車で登った坂の途中から滑落した気分だ
〇田園風景
もうお客さんは来ないから~と言われ今子猫に観光案内されている
肝心の蒼さんは店の仕入れの為街へ出掛けた
柚樹実「子供だけで心配じゃないのか、あの人は」
霧雨雫「この星の治安は比較的安定している、だから心配無い」
柚樹実「こっちのほうはそうでもなかったけどね~」
霧雨雫「そんな過去の事、どうでもよくなる景色が此処に在る」
緩やかに続くのどかな田舎道と
どこまでも高く昇る蒼穹に染まる髪とワンピースの子猫が絵になる
運命的な出会いの割に、可愛げの無い口調のせいでときめきが足りていない
柚樹実「本当にそうだと良いけどね~」
霧雨雫「ふん!」
柚樹実「いたっ!」
霧雨雫「信じる心が足りない」
宗教かっ!愚痴を漏らす
あからさまな態度で反抗しつつ目的地へ歩み続ける
柚樹実「いたたっ!」
霧雨雫「丸聞こえ」
おい、今何も喋って無かったぞ!
朝の幸運との対比に気分が下がる
涼し気な風と程良い陽射しの熱で運ばれた甘い匂いで目的地が近い事を知る
〇大樹の下
柚樹実「良い所だね」
霧雨雫「おばあちゃんに育て方を教わったの」
柚樹実「何代継承したんだろう、樹も御神木のように立派だ」
霧雨雫「怪人のくせに、よくわかってる」
ん、初めて好印象が付いたようだ
霧雨雫「商品の味を知るのも怪人の役目」
怪人ではなく店員だ
と突っ込むや否や、もぎたての果実を投げた際に服は風に舞い上がり
太腿の先に見える薄い布が初夏の奇跡の産物として映り、僕の頬を染めさせる
柚樹実「ばっ、あーこれは落ちるな」
飛距離が足りない、脆弱な腕力がもたらす恩恵は自身の保護と零れ続けるお茶を注ぐ事しか叶わない
目を閉じあーあと言うポーズをすると不意に確かな質感が手の平に圧し掛かる
桃が乗り快挙を成し遂げた子猫は得意気だ
馬鹿な、果実は割れ落ちる定めのはずだ
霧雨雫「言ったでしょ、信じる心が大事なの」
〇森の中
木の葉は優しく囀り僅かに零れる木漏れ日の陽射しが二人を僅かに照らす
とっくに食べ終えた桃は肥料になるから~と適当な箇所へ置かれる
少し雑木が伸びた果樹園の端で枝葉を避ける為にスカートをあげる彼女のスラっとした色白の長く程良く肉付いた足が
桃に負けない成熟具合で目に焼き付いてしまう。
しっかりバレて王道の反応が来る
霧雨雫「! 怪人の分際であたしの負の琴線に触れようなんて、片腹痛いのっ」
柚樹実「いや、こっちからめくったわけじゃないし!」
苦しい言い訳を展開し再び僕の評価が下降しつつも、腰掛けて話を再開する。
〇大樹の下
柚樹実「あのさー、子猫のお母さんって」
霧雨雫「名前はすでに母から聞いているはず」
柚樹実「いや、いきなり名前で呼ぶのもどうかなって」
霧雨雫「話し方に羞恥を感じる、呼称で照れを意思表示するなんてまさか」
柚樹実「うっ」
霧雨雫「ちらっ」
柚樹実「おまっ!ばっか隠せっ!」
霧雨雫「居候に来た怪人の身分で店主の娘に売上の貢献と関係の無い感情を抱くなんて生産的でないの」
霧雨雫「あたしはまだ認めない」
恥ずかしい形でバレた好意は否定されたが何か腑に落ちない
柚樹実「ん、まだ?」
俯いて伏せた顔の火照りが冷めるまで待つ、お、復活した
〇実家の居間
霧雨雫「聞きたい事が他にあるはず、母の言動とか」
初対面に水着で登場したのは度肝を抜かしたが敢えて突っ込まなかった
話を聞くとあの姿は空の果ての啓示の受信に必須だとか
何時からそうなったんだ
柚樹実「いや、君も負けてないけどね~」
霧雨雫「ふん、あたしの銀河的売上貢献力に平伏す日は近い」
霧雨雫「あぁなった原因は母のせいじゃないの」
表情を沈ませ空も彼女の表情に応じて暗雲が広がり始める
〇実家の居間
霧雨雫「強盗に押し入られたの、幸い怪我は無かったんだけど」
無言で見守る、中途半端な覚悟で言葉は紡がない、まずは原因を確認する事が出来る男の条件だ
霧雨雫「暴れる怪人からお店を守れなかった事に自責の念をずっと抱き続けているの、悪いのはあの怪人なのに」
霧雨雫「今の問題点は人手と資金の不足 国家に承認されても怪人は怪人 あたしは明るく振舞う母が心配だから守るの」
〇大樹の下
霧雨雫「でも怪人はあたし達を支えるだけの力量はあるかもしれない、及第点を与えよう」
柚樹実「この短い時間で推し量れるのか?」
霧雨雫「怪人にはあたしの力の一端を幾度か見せたはず」
柚樹実「それはどういたしまして」
僕は非化学的な事は信じない
けど盲目的に懐疑するのではなく、もう少し運命的な出会いをしたこのお店で見定めても良いのかもしれない
〇大樹の下
突如雷鳴が迸る
〇田園風景
霧雨雫「そこの石を持って急いで付いて来て!」
柚樹実「なんだよ、雷にビビったのか?」
目を開けて見ると真剣な表情だ、落胆した表情を見せてからすぐに駆け出す
霧雨雫「もういい!」
柚樹実「ちょ、待てよ!」
あれだけ気にしていたワンピースが泥に汚れるのも構わず直走る
急いで手頃な石を拾い上げて彼女の後ろを追う
行きとまったく同じ道を通り続ける、家に何か起きたのか!?
すぐに疲れて追いつかれて見える瞳には涙が浮かび雫となって滴る
霧雨雫「だめ間に合わない、間に合わないよぉ~!」
顔をくしゃくしゃにして泣く女の子
見過ごす事など出来ない、何か打開策は無いのか!?
緊急事態なんだ、彼女の垣間見せた力を使っても良いはずだが
田舎ならではの無人駅から自転車を見つける、鍵は掛けっぱなしだ!
柚樹実「おい自称超能力者、こっちに来い!」
霧雨雫「!」
柚樹実「しっかり掴まれよ!」
霧雨雫「うんわかった♪」
〇田園風景
田舎の未舗装の道は振動が激しい
後ろに乗せればしがみつくように背中に柔らかで温かい感触が伝わる
柚樹実「うおおおおお!」
詳しい事はわからないけど、やるべき事は一つで明確だ
走るのとは少し違うけど、こっちも青春っぽくて良い
〇田園風景
霧雨雫「怪人頼もしい♪」
下り坂が体力の浪費を抑え、ハンドルのコントロールに集中する
朧げな記憶を彼女の的確な指示の元駆ける
確かに感じる圧倒的な密着度を感じつつ、あっという間に小さな冒険の時間は過ぎて
「よし、着いた!」
〇平屋の一戸建て
霧雨雫「あの奥にお母さんを脅してる人居るの!石!投げて!」
柚樹実「おいおい、僕は投手じゃないよ危なくないか!?」
霧雨雫「良いから!」
〇カフェのレジ
自転車を乗り捨て最低限視界に収まるまでは距離を縮める
居た、あの怪人、学校を中退した奴じゃねーか!
柚樹実「連帯責任押し付けやがって、食らえ!」
手頃な石は速度をあげて勢いを失う事無く垂直に怪人に向かう
霧雨雫「お母さんしゃがんで!」
霧雨蒼「雫ちゃん!?うん!」
急いでしゃがんだ直後、鈍い音と野太い悲鳴が聞こえて倒れたようだ
声で蒼さんでは無いとわかり安心する
〇カフェのレジ
霧雨雫「お母さん!」
泥だらけで縋り付いて泣く少女を温かい瞳で抱擁する母
霧雨蒼「雫ちゃんが助けてくれたの? もう雫ちゃんが見れないと覚悟したけど、ずっと見守って居られるのね♪」
雷雨に混じって僕の目から伝う雫に偽りの感情は何も無い
本当に無事で良かった
〇実家の居間
霧雨蒼「いやー、あの時はびっくりしたわよぉ~」
にやにやとした蒼さんの表情
霧雨雫「脅した人のせい?」
僕は恥ずかしそうに俯く
霧雨蒼「だってー、実くんったらー、お母さんの見てる前で―」
柚樹実「もう良いでしょう?何度目ですか!?」
霧雨雫「あたしももう一度聞きたい♪」
あーもう!もう!!良いさ、言ってやるよ、言えばいいんだろ!?
柚樹実「お母さんも、し、雫も俺がずっと守ってやるから安心しろ!」
顔を胸の圧力に押しつぶされ、閑古鳥の代わりに絶えない黄色い悲鳴を耳元で浴びせ続けられる
これからもなんともないけど掛け替えの無い日常は続いてゆくのだろう
霧雨雫「み、実くん・・・何ともなく無い!」
何でもお見通しな雫ちゃんに心の中で静かに肯定し心の底から笑う宇宙さんも加わり、今日も青果屋の一日が穏やかに過ぎるのだった
たしかにキュンとする怪人モノですね。
文学的で、読んでいて不思議な感覚になりました。
とても良かったです。
姿は怪人であっても心は人間のピュアな考え方や青春論、人に対する礼節、恥ずかし屋などが、もうどう見たって人間そのものじゃない。
作中に出てくる信じる心というのは私も大事だなあと感じました。
親子の愛ややりとりもとてもほっこりする感じで。
怪人の力の見せ所もすごくよかったです!