『紐糸渡り(アンバランス)』

透水

中編(脚本)

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透水

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〇黒
  出血性ショック死。
  圓磨学院の体育教師、梶田三郎の死因である。
  要は『血を流し過ぎて死んだ』のだ。
  ……その死に様を目の当たりにした真樹菜にしてみれば、ある意味で納得の死因でもあった。

〇血しぶき
  酷い死に様だった、と言って良いだろう。
  惨い死に様だった、と言い換えても良い。
  腹が引き裂かれ。
  内臓が吹き飛び。
  撒き散らした血肉で生徒指導室を真っ赤に染め上げて、体育教師・梶田三郎は死んでいた。
  自殺とも事故死とも、はたまた殺人ともつかぬ凄惨かつ奇態な死に様ではあったが――
  生きている可能性は皆無だと、それは一目で知れた。

〇綺麗な会議室
真樹菜「はい――はい、そうです。 生徒指導室に入ったら、梶田先生が死んでいて。」
真樹菜「いえ、触ってはいません。 現場の保全を優先するのでしょう、こういう時は。」
刑事「ふむ。……うん、成程成程。」
  事件発生から数時間。
  学校は急遽休校となり、生徒たちは既に家、或いは寮へと帰されている。
  ただ、第一発見者である真樹菜はそうはいかない。
  職員用の会議室を使い、警察からの事情聴取を受けることになった。
  生徒指導室へ赴く理由。
  梶田の死体を見つけるまでの経緯。
  事件に遭遇するまでの流れを、微に入り細を穿って聞き出される。
  無論、チュパカブラ云々は伏せておく。
  信用してもらえないだけならまだしも、変な疑いを向けられかねない。
刑事「ふむ。 ……ずいぶん落ち着いてるねえ、君は。 こういう事件は、初めてじゃないのかな?」
  淡々と答えたのが、逆にまずかったのだろうか。
  聴取を担当する老刑事から、何かを探るような眼差しが向けられる。
真樹菜「見た目ほど落ち着いてる訳ではないですよ。 これでも、けっこう混乱してます。」
刑事「そうかい。いや、失礼したね。気を悪くしないでおくれ。」
刑事「そうそう、梶田先生についてだがね。 うん、はっきり言ってしまうと、警察は君が何かしたとは思っていないんだよ。」
刑事「事件性があるかないかについては、まだはっきりとは言えないんだけどね。」
真樹菜「……へえ?」
刑事「女の子にこれ言って良いもんかは判らないんだがねえ…… 先生の死に方、憶えているかい?」
真樹菜「ちょっと、忘れられそうにないですね。」
  充満する血肉の臭い。
  臓物を失って転がる身体。
  悪い夢のような現実感――
  真樹菜の言葉は、紛れもない本音だった。
刑事「うん。 あれなんだが、どうも内臓の飛び散り方を見るに、お腹が内側から破裂したと、そんな感じらしいんだね。」
真樹菜「内側……?」
刑事「そう。梶田先生に爆弾か何かを呑み込ませて、それがお腹の中で爆発した――で、あんな死に方。」
刑事「こりゃあ一介の女子高生にできることじゃないぞ、と。 そんな訳で君と、君の後輩かな、君達への疑いはほぼ晴れているんだね。」
真樹菜「…………」
  不信感を、覚える。
  どうしてそんなことを、自分に伝える?
  少なくともそれは、事件性が判断できないという状況では、伏せるべき情報ではないのか。
刑事「うん? どうかしたかな?」
真樹菜「……いえ。なんでもありません。」
  そこで真樹菜は、老刑事の意図を悟った。
  表に出ない情報をあえて与えることで、真樹菜の反応を観ようというのだろう。
真樹菜「ええ、疑いが晴れて何よりです。 事件が早く解決されるといいのですけど――よろしくお願いしますね、刑事さん。」
  そんな優等生然とした台詞も、或いは老刑事が望むリアクションかと思うと、何とも言えない不安があった。

〇名門の学校

〇立派な洋館
  寮に戻ってきた時には既に日が暮れていた。
  そう遅い時間ではないが、洋館を思わせる佇まいの圓磨学院女子寮は不思議なほどひっそりと静まり返っている。
  普段は談話室から漏れ聞こえてくる話し声も、今日は何も聞こえない。
  事件のショックはよほど大きかったのだろう。

〇部屋のベッド
真樹菜「……ふう。」
  寮の自室に戻り、窓を開け放して淀んだ空気を入れ換えて、そこでようやく真樹菜は一息つくことができた。
  犯人扱いされて取り調べられたという訳でもないのに、不思議なほど疲れが残っている。
  今日はもう夕食も要らないから、このまま寝てしまおう――と、制服のままベッドに横たわった、その時。
真樹菜「……ん……」
  窓の外で、足音がした。
  真樹菜の部屋は寮の一階。
  窓は庭に面していて、あまり褒められたことではないが、ここからの出入りもできる。
  今、窓の外から庭の芝生を踏む足音が聞こえたのだ。
  寮の門限は過ぎている。いったい誰だと思いながら、真樹菜は外を見た。

〇華やかな裏庭
真樹菜「……日向野? どうしたの貴方、こんな時間に。」
ひより「あ、真樹菜せんぱい。戻ったんですねー。」
真樹菜「ええ、たった今ね。 貴方は早々に解放されたみたいだけれど。」
  真樹菜と同じく死体の第一発見者であるひよりだが、しかし彼女の事情聴取は早々に終わったと、老刑事から聞かされていた。
  ひよりの実家から圧力でもかかったのか、それともひよりから何かを聞き出す困難を悟ったのか。恐らくはその両方だろう。
ひより「そーなんですよ。なんか刑事さんがうんざりしたみたいな顔で「もういい」ってゆーんで。」
真樹菜「でしょうね。容易に想像できるわ。」
真樹菜「それより貴方、こんな時間にどこへ行くの? 門限はとっくに過ぎてるわよ。」
ひより「あー、それなんですけど。ちょっとこの子をお届けにですね。」
  そういうひよりの後ろで、何かがもぞりと動いた。
真樹菜「! 日向野、それ……」
  ひよりの後ろに居たのは、一匹のチュパカブラだった。
  ただ、ぷよ子やぽろ助に比べるとだいぶ小さい。背丈は精々ひよりの膝くらいだ。
真樹菜「それ、チュパカブラの子供……?」
ひより「です。産まれたばかりの赤ちゃんチュパカブラですよ。生後数日ってとこです。」
真樹菜「う、産まれたばかりって…… ここで産まれたの? 親は?」
ひより「本人に確認してないからたぶんですけど、ぽろ助くんとぷよ子ちゃんですね。」
ひより「やー、なんだかんだでヤることヤってたんですね、あの二人。 青少年の性の乱れは深刻ですねー。」
真樹菜「どの口が言うのよ。」
  話を聞けば、どうもぷよ子がひよりに会いに来る途中、学院の敷地内のどこだかで卵を産み落としていたらしい。
  卵が孵った後に迎えに来るつもりだったらしいのだが、諸事情から先にぷよ子はぽろ助とチュパカブラ村に戻ることになり。
  産まれた子供はひよりが後から村へ連れていく――という段取りになっていたのだとか。
真樹菜「それ先に言っておきなさいよ……」
ひより「にゃはは、ごめんなさいですよ。」
  ……いや、だが、しかし。
  ふと、真樹菜の脳裏を、一つの仮説が過ぎる。
真樹菜「ねえ、日向野。 ちょっと訊きたいんだけど――チュパカブラの子供って、どうやって産まれるの?」
ひより「え、興味あるんですかせんぱい? なんかやらしー。このむっつり女子め。」
真樹菜「真面目に答えて。」
ひより「んー。わたしも別に詳しいワケじゃないですけど。」
ひより「爬虫類のそれに近いですかねー。 卵産んで、そこから孵って。 後はまあ、エサ食べながらおっきくなっていって……」
ひより「あと、あったかいトコに潜り込む習性があるみたいです。 元が南米の生き物ですし、そこに近い温度が好みなんでしょーね。」
真樹菜「……餌……? ……あたたかいところ……?」
  チュパカブラの餌――血。動物の血液。
  この季節、周囲よりも温かく、かつ血液の摂取に事欠かないところ。
  ――まさか。
ひより「ええ。生き物のお腹の中ですね。」
  真樹菜の仮説を、ひよりはいとも簡単に肯定した。
  真樹菜が口に出すことすらできなかったそれを、平然とした顔で言葉に紡いだ。
ひより「産まれたてのチュパカブラって、だいたい人の親指くらいなんですが。 これが口とかお尻の穴から体内に潜り込むんですね。」
ひより「後はお腹の中で血を啜りながらおっきくなっていって。 で、ある程度まで育ったら外に出てくると。」
  思い出すのは、先日の梶田の転落事故。
  脚立から落ちた際に傷を負い、そのまま数時間、屋外で気絶していた――
  合わせて、もう一つ思い出す。
  ……以前、真樹菜はひよりに、ぷよ子は人を襲って血を吸ったりしないのか、と訊ねた。
  その時の答えは『人の血は不味いから吸わない』というものだった。
  ――『人の血は吸えない』とは、言っていなかったのだ。
  だとしたら。
  チュパカブラの幼体が寄生する先として、人間の体内は、なるほど理想的だろう。
  そして。
  腹の中に居る生物が、外に出てくる、とは。
真樹菜「ちょ、ちょっと待って。それ、それってつまり、梶田先生を『殺した』のは――」
ひより「はい。この子ですね。」
  またも簡単に、ひよりは真樹菜の仮説を肯定した。
真樹菜「…………っ!」
  次の瞬間、真樹菜はひよりの胸倉を掴んでいた。
ひより「わわわ! ど、どーしたんですかせんぱい! 暴力はんたい!」
真樹菜「貴方……! 貴方、その子どうする気……!?」
ひより「ど、どこって、だからチュパカブラ村ですよう。 後から連れてくって約束したですから……!」
真樹菜「そいつが梶田先生を殺したのよ!? それを放って、逃がすっていうの!?」
ひより「へ? 逃がす……?」
  まるで異国の言語でも耳にしたかのように怪訝な顔のひよりだったが、すぐに「ああ」とその意味に気付いて頷いた。
ひより「真樹菜せんぱい。梶田せんせいが死んだのは、『事故』ですよ。 良く言っても『過失致死』ですね。」
真樹菜「は……!?」
ひより「毒蛇に噛まれて死ぬことを殺人とは言わないでしょ? 蜂に刺された場合も、象に踏まれても熊に襲われても。」
ひより「『殺す』って意思が無いところに『殺した』って結果は出ないと思うんですよ。」
真樹菜「……でも、そのチュパカブラのせいで人が死ぬのは――死んだのは、事実じゃない。」
ひより「だから、親元に戻すんですよ。 今ならまだ、お互い平和的に、内緒のままで事を収められますから。」
ひより「ここでチュパカブラの正体明かして、人の腹食い破る危険生物だって広めて、それでこの子を研究材料にして解剖して――」
ひより「そこまでやったら向こうも黙ってないでしょうし、村の全員でこっち乗り込んできますよ。 人間とチュパカブラの大戦争ですよ。」
ひより「だったらこの子帰して、ぷよ子ちゃんやぽろ助くんに事情話して、『今後はこっちに近付くな』って釘刺したほうがましかなって。」
真樹菜「それは……そうかも、しれないけど。」
  感情はともかく、真樹菜の理性はひよりの論理に頷いていた。
  納得はできないが、理解はしていたのだ。
  少なくとも。
  舞洲真樹菜の正義感は、誰の得にもならない『真相』ならば、闇に葬ってしまおうと考える程度でしかなかった。
真樹菜「……いいわ、行きなさい。 その代わり、連中にはしっかり言っておいて。 二度とこっちに出て来るなって。」
ひより「りょーかいです。 そんじゃ行ってきますね。休校解けるまでにゃ戻れると思いますんで。」
  そう言って、ひよりはチュパカブラの子供を連れ、寮の庭を出て行った。
  その姿が夜の闇に消えていくまで見送って、そうして真樹菜も踵を返し、部屋へと戻る。

〇部屋のベッド
  乱雑に服を脱ぎ散らかし、ベッドに潜り込む。
  もう何も考えたくなかった。
  目を閉じれば、あっという間に真樹菜の意識は眠りの中へと落ちていった――

〇黒
  それから三日後。
  梶田の『事故死』に伴う休校措置は解除される。
  そして同日。
  解除されたばかりの休校措置は、すぐさま再発令される。

〇血しぶき
  休校が明けたばかりの圓磨学院で、再び死体が発見されたからだ。
  梶田と同様に腹が破られ、内臓を周囲に撒き散らした死体が、一度に三人。

〇部屋のベッド
真樹菜「死んだのはバスケ部の副部長にバレー部の部長、それと三年生の学年主任――か。」
真樹菜「死因はどれも腹部破裂に伴う出血多量のショック死。 梶田先生と同じ死に方ね。」
  タブレットに表示されているのは、文字通りの死体写真。
  休校明けに見つかった死体の画像、警察が入る前の現場写真だった。
  当然ながら無修正、食事前に見ようものなら肉やら刺身やらが食べられなくなること必至の代物である。
真樹菜「……ほんと、よくこんな画像見つけたものね。 どうせろくでもないやり方で手に入れたんでしょうけど。」
  ぽい、とタブレットをベッドの上に放り投げる。
ひより「あ、駄目ですよ真樹菜せんぱい。 タブレットは精密機器なんですから、もっと大事に扱ってくれないと。」
真樹菜「はいはい。ごめんごめん。 貴方の私物だと思うと大事にする気がおきなくて。」
ひより「さらっとひでーこと言われた気がします……」
  おざなりに謝って、真樹菜はタブレットと同じくひよりが持ってきたファイルに視線を落とした。
  警察の捜査資料――という訳ではなさそうだ。
  恐らくはひよりの実家が雇った調査機関で造られた報告書だろう。
  ――死体を発見したのは朝練に来ていたバスケ部員とバレー部員、そして高等部担当の英語教諭だった。

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