怪しき人びと

筒ヶ奈久

読切(脚本)

怪しき人びと

筒ヶ奈久

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〇雑踏
  かつて、人の世に隠れ暗躍した闇の「組織」があった。
  
  その瓦解から10数年が経ち──現在。
  組織は時代の流れとともに綺麗さっぱり消え去り、行く当てを失った怪人たちだけがこの世に残っている。
  つまり、平穏を取り戻した人間世界の片隅に、僕ら「怪人」は暮らしている訳だ。
  人々の目を盗み、ひっそりと。
  これが僕の仮の姿。
  外見は人間の小学生と似ている。
  僕は組織が崩壊後に、生を受けた。
  だから、組織がどういうものか知らないし、興味もなかった。
  僕は日が沈んで間もない、夜の街を歩いていいた。
  家路へ向かう途中、ふと、足が止まる。
  僕の目に映ったのは、人間の家族だ。
  父、母、息子の3人。
  彼らは僕と同じ歩道を歩き、そしてすれ違ってゆく。
  人間の家族は、他愛もない話をしながら、何処かへと歩いてゆく。
  その姿が、僕の心にどうしようもなく突き刺さった。
  ──もし、僕が人間だったら、あんな風に笑えたのだろうか?
ボク(人間態)「そんな事、考えても仕方ない」
  心に芽生えた感情を振り払いながら、僕はなおも家路を急ぐ。
  だが。
  その途中、厄介な問題が──
不審な男「キミぃ、随分と可愛い子だね? ほら、お菓子あるから!」
ボク(人間態)「──誰?」
  見るからに怪しい人間だ。
  引き攣ったような笑みを浮かべている。
  不快な奴だ。
不審な男「いいから、こっち来て!」
ボク(人間態)「痛っ──」
  僕の手を無理に引っ張って、男は路地裏へと僕を誘う。
不審な男「大丈夫だよ・・・大丈夫だからね」
  この状況で僕は確信した。
  
  僕は、自分自身を護らねばならない。
ボク(人間態)「──離せッ!」
不審な男「あづい!あづいぃぃッ!!」
ボク(怪人態)「──消えろ!」
不審な男「ァ!!ぐ、ぁッ・・・」
  男は、あっけなく僕の力の前に斃れた。
  これが、僕の怪人としての姿だ。
  物質をなんでも燃やす能力がある。
  
  男は、焼け焦げた骸と化した。
  今、僕がやった事。
  それは自衛行動だ。
  悪い事をした訳じゃない。
  だが、長居は無用だ。
  事を荒立てる前に、僕は家路へと急いで戻った。
ボク(人間態)「はあ・・・」
  人間の世界では、怪人は周囲に紛れながら、生きていくしかない。
  しかし。
  例え人間が、僕らに牙を剥くというのなら。
ボク(人間態)「その時は、容赦なんかするものか」

〇狭い畳部屋
  僕はそれから一路、家へ戻った。
  
  待っていたのは。
オカアサン「怖かったわよね、もう大丈夫よ!」
  母の、抱擁だった。
ボク(人間態)「どうって事ないよ。 手を出してきたから「やった」。 それだけ」
オカアサン「貴方の動きは私にも分かってたわ。 まさか、人間に狙われるなんて! ──わたし、もう我慢が・・・!!」
  母は感情の昂りを制御できなくなり、
  バキ、バキと音を立てながら、身を震わせる。
  怪人の姿になろうとしているのだ。
ボク(人間態)「やめなよ。 やめなってば」
オカアサン「ああ、いけないわ、また私、昔の姿になりそうに・・・」
  僕の母。
  昔は「組織」の一員として、多くの人命を奪った。
  そういった者は人間社会では、大罪人──という扱いになるらしい。
  母は感情が昂ると、怪人としての本能が目覚めそうになる悪癖も持っている。
オカアサン「私最近、我慢が利かなくなりそうなの。「組織」に戻りたくて、しょうがないのよ!昔みたいに何も考えずに解放したいの!」
ボク(人間態)「──そんなに我慢できない?」
  当人は怪人としての本能に折り合いを付けているつもりだろうが、僕の目から見ても、相当無理があった。
  長い間抑圧された母のサガは、いつの間にか肥大化している。
  「昔の自分に戻りたい」
  そう叫んでいるかのように。
オトウサン「やめろ、「子供」の前だぞ? みっともないじゃないか!」
  この人が父。
  母と結び付く前は「組織」の幹部候補生。
  俗に言うエリートだ。
  多くの人間が犠牲になるような卑劣な作戦を、自らの手を汚さず実行に移してきた。
  
  こっちも、人間から見れば大罪人だ。
オカアサン「ごめんなさい・・・ この子が人間に悪戯されそうになったって聞いたら、つい我慢が──」
  僕は、そんな2人の間に生まれた「子供」。
  素知らぬ者から見れば人間の皮を被った僕たちは、普通の家族に見えるだろう。
  しかし、僕の家族は「異常」だ。

〇狭い畳部屋
オトウサン「お前は「善い事」をしたんだ。 薄汚い人間から、自分自身を守ったんだから」
ボク(人間態)「うん」
  父は、僕が取った行動を褒め称えた。
オトウサン「成長したなあ、俺は嬉しいよ!」
  父は満面の笑みを浮かべ、僕の頭を何度も撫でた。
  まるでモノを珍重するかのような──
  そんな手つきで。
オカアサン「嫌だわあなた、なんで私も褒めてくれないの!今もずーっと、我慢してるのに!?」
オトウサン「お前は昔からすぐ人間を手にかけようとするだろう! 「組織」なき今、俺たちは派手に動けない。忘れるな!」
オカアサン「わ、分かってるわよ! でも辛いのよ! 大体、なんでこの子は良くて私はダメなの!?」
オトウサン「息子はお前と違って無闇に人を殺したりしない!子は親の背中を見て育つんだぞ、情けない姿を見せるな!」
オカアサン「うるさいッ! あんたはいいわよね!息子の前でスカした面していりゃあいいんだから!」
オトウサン「ほざくな!」
ボク(人間態)(また、始まった・・・)
  僕の父と母は、口喧嘩が絶えない。
  半ば、父親としての役目に酔った男。
  半ば、母でありながら自由な僕に嫉妬する女。
  「組織」なき今、この2人は人間の世界に溶け込む為に、自身を抑圧せざるを得なかった。
  そのストレスが、いつしか亀裂になった。
  だからこうして、仮にも息子である僕の前で争っている訳だ。
  男は、父親らしくいる事で、どうにか鬱屈から目を逸らしているようだが。
  その心の脆さは、隠しきれない。
  問題なのは、母親もだ。
  もはや怪人としての本能が理性を上回ろうとしている。
オカアサン「どうしてあなたと家族になってから嫌な事ばかり起きるの!? 私はただ、好きな事したいだけなのにィッ──!」
オトウサン「今確信したよ──お前はただの、"失敗作"だ」
オカアサン「なんですって!?」
  父は、怒る母を嘲り笑う。
  心の底から見下しているのだ。
オカアサン「お前は、もう生かしておけないッ!」
オトウサン「私はただ、自分の血を引く存在が欲しかっただけだ。「組織」の再建の為に!」
  そう言いつつ、父は指を僕に差しながら、「妻」に向けて凄んだ。
オトウサン「その為に「コイツ」がいる!コイツはな、俺の希望そのものだ!」
オトウサン「しかし、「希望」は1人じゃ造れなかった。 だからお前を妻にする事にしたのさ」
オトウサン「まあ、優秀な子を造れれば誰でも良かったんだが、な」
オカアサン「許サナイ・・・!!」
オカアサン「許サナイィィィーッ!!」
  母の怒りが頂点に達し、その身体は、激しい光とともに変化してゆく。
  怪人の姿への変化だ。
オカアサン(怪人態)「アァ、殺ス、オ前ヲ、殺シテヤル!!」
オトウサン「お前は用済みだ。 ──消えてもらおうか!」
  父はそう言うと、瞬時に人間から怪人の姿へと変わった。その眼が、母を鋭く睨む・・・
オトウサン(怪人態)「息子よ、心配するな─────」
  父が僕に優しく語りかけた。
  
  次の瞬間、僕はこの男に失望する事となる。
オトウサン(怪人態)「大丈夫だ、"次の母さん"は必ず見つけだしてやるからな──」
  今、はっきりとわかった。
  この男は少なくとも僕が思い描く「父親」では決してない。
  先程、僕が焼き殺した人間と、心根は全く変わらない。
  下劣な欲に塗れた存在なのだ。
  それに気づいた時、僕は心の中に怒りを覚えた。
  こんな奴に、父親など名乗らせてたまるか。
  街で見た家族連れの姿が脳裏によぎる。
  ──父親というのは。
  ──家族、というのは。
  
  ──こんなモノじゃ、ない!
ボク(人間態)「──アぁぁアアアアァァァァッ!!」
  瞬間。
  僕の感情の昂りに呼応し、燃え盛る炎が家を包み込んだ。

〇炎
  僕の能力で発生した炎が、爆風とともに家を吹き飛ばす。
  家はほぼ残骸となって燃え落ちた。
オカアサン(怪人態)「ァ、ギ、ィ、ッ・・・!」
  母は、爆風を真正面から浴びた。
  致命傷を負ったようだ。
  身体に炎が燃え移ったまま、フラフラと歩いたかと思うと──
オカアサン(怪人態)「ァ、ァ、」
  ぐしゃ、という音を立てて倒れ伏し、そのまま息絶えた。
オトウサン(怪人態)「ハハハ・・・こんな力があったとはな! だがお陰で邪魔者は消えた、ありがとう!」
  父は母と同じようにダメージを受けつつも、ヘラヘラと笑っていた。
  どこまでも、軽薄な男。
オトウサン(怪人態)「さあ、人間に見つかるとまずい。 私たちで、また家を──」
  男はそうして、僕に手を差し出す。
ボク(人間態)「──嫌だ」
  僕は手を弾いた。
ボク(人間態)「貴方みたいな奴は、嫌だ」
オトウサン(怪人態)「何を言うんだ、息子よ! 私はお前が「組織」の再建の希望になると思って──」
ボク(人間態)「貴方は、つまらない自分の理想・・・いや、欲の為だけに僕を作った。 それが嫌だと、言ってるんだ」
ボク(人間態)「──だから、貴方は僕の『敵』だ」
  父を名乗る男を、ここで倒さねばならない。
  そう決心した僕の身体が変化していく。
  
  僕の、本当の姿へ。
  僕は、じりじりと距離を詰めてゆく。
  
  ──逃しはしない。
オトウサン(怪人態)「息子よ、止めるんだ!私は、お前の為を思って──」
ボク(怪人態)「──喋るな」
  僕は男の首を掴み、高く持ち上げた。
  男は呼吸ができなくなり、手足をじたばたと動かし、悶える。
オトウサン(怪人態)「ガッ、ぅ、ゥゥゥッ!?」
ボク(怪人態)「終わりだ」
  男を掴んだ手に、エネルギーを込める。
  すると。
オトウサン(怪人態)「ああああああァ!!?、ぐ、くる、し、いィ!?」
  僕の発した熱が、男の身体を循環する毒液を一気に高温へと押し上げた。
  恐らく大きな苦痛であろう。
オトウサン(怪人態)「グ、ぅ!た、たす、ケ──」
  男は命乞いをした。
  
  僕の答えは決まってる。
ボク(怪人態)「──嫌だ」
  瞬間、男の身体を、灼熱の炎が焼き尽くした。

〇雑踏
  あれから、数日が経ち──
  僕は、新しい街へと移った。
  結局、僕は前の街を去らなければならなかった。足がつくのを防ぐ為だ。
  今の僕は新しい家として、3階建ての廃ビルに住んでいる。
  1人の時間を過ごす度、僕は考える。
  
  「僕の生きる理由は何だ」と。
  もちろんその問いには結論など出る筈もなく。
  時間だけが、無常に過ぎていく。
  ふと窓から下を見下ろすと、そこには人間たちがいた。
  皆、日々を生きている。
  僕が憧れた光が、そこにはあった。
  その中に、僕は「家族」を見つけた。
  父、母、そして息子の3人。
  仲良く談笑している。
  そんな光景を目にすると、僕は、決して手にする事のできない幸福を目の当たりにした気がして、少し心が乱される。
  何故か。
  僕は人ならざるモノ。──怪人だ。
  
  すなわち、人間の世界から隔絶された存在。
  怪人は、人に許された幸福など与えられない。
  それが僕に定められた、生命の在り方だ。
  その事を心から再実感しつつも、僕は深く息を吐く。
  
  夜の灯に、それは溶けていった。
  終

コメント

  • 初投稿作品と思えないほど最後まで一気に読ませるリーダビリティの高さに驚きました。怪人の物語ではありましたが、人間社会にもこの父と母のように心が壊れた「怪しき人びと」はいますね。

  • この父親は怪人としても仮の姿である人間としても最悪な存在ですね。それに振り回された妻、それに気づき自ら離れていった息子、いずれにせよ悲しい結末に胸が痛みます。

  • いびつな家族の中で、少年が自分で物事を考えられてよかったです。
    そして、子どもを作るためだけに利用されたお母さんが、少し気の毒に思えました。

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