17歳、夏、片思いを叶える。

卵かけごはん

不純な動機のアルバイト(脚本)

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〇名門の学校
  ミーンミンミンミン・・・
浅井 貢(あさい みつぐ)「ああぁもうやだ。 高校最後の夏休みに登校、そして大学入試模試。無意味に1日つぶれた上に、登下校で汗だくなんて」
モブA「貢お疲れ!コンビニでアイス食べよ?」
モブB「あたしカフェオレー!」
浅井 貢(あさい みつぐ)「もぉ~、何でおごってもらう前提なの? ごめん、今日模試で疲れちゃってさ。 また今度ね!」
モブB「え~、貢頭いいから頑張んなくてよかったのにぃ~」
モブA「つまんない~!」
浅井 貢(あさい みつぐ)「はいはい、お世辞ありがと。じゃぁね!」

〇川に架かる橋
浅井 貢(あさい みつぐ)「あ~あ、あんな風に楽しく生きられて羨ましい。 自分は頭いいから知っている。そんなに頑張っても大したことは変わらないって」
  例えば、「親ガチャ」。
  ああいう家庭環境で育ったから、こういう人間になったこと。
  それが、考え方や行動、即ち生き方を根底で決めてしまうこと。
浅井 貢(あさい みつぐ)(僕、これからどうなるんだろう)
  とりあえず来年大学行って。親の敷いたレールどおりの人生?
  「こうしたい」という希望も意志もない自分。
  毎日の虚しさ、下らなさに天を仰ぐ。
  日差しの痛さに顔を背けた時だった。
浅井 貢(あさい みつぐ)「んっ?」
  ふと顔を背けた視界に入ったのは
浅井 貢(あさい みつぐ)「―『アルバイト急募』?!」
  貼り紙が出ていたのだ。僕のずっと気になっていた店に。
  洋菓子屋、「フルール」。
  曲がり角にあるその店は、客が3人入ったらいっぱいになってしまうくらい小さい。
  ペールグリーンの壁に白い屋根。
  ガラス越しに見えるショーケースには、色とりどりの季節のケーキ。
浅井 貢(あさい みつぐ)(でも、僕の本命はケーキじゃない──)
浅井 貢(あさい みつぐ)「こんな理由でアルバイトに申し込むなんて。 でも。でもでもでも。こんなチャンスはもうない!」
浅井 貢(あさい みつぐ)「それより、店の前でおろおろしてたら怪しまれるじゃない!」
  そうっと店を覗くと、幸い、店員はカウンターで居眠り中だ。
浅井 貢(あさい みつぐ)「決めた」

〇ケーキ屋
  カランカランッ
浅井 貢(あさい みつぐ)「すみません、張り紙を見まして・・・」
西野 柊也(にしの しゅうや)「ふわっ、らっしゃい!・・・って、テメエ! 浅井!何しに来た!?」
浅井 貢(あさい みつぐ)「え?はあ?西野?」
浅井 貢(あさい みつぐ)「ここで・・・何してるの?」
西野 柊也(にしの しゅうや)「見りゃ分かんだろ。店番以外にあんのか?」
浅井 貢(あさい みつぐ)「暴れん坊がお菓子屋さんでバイト? 笑わせてくれるねえ。 ていうか『らっしゃい』ってラーメン屋か何か? ンフフフっ!」
西野 柊也(にしの しゅうや)「黙ってろチャラ男! お前みたいなヘラヘラした野郎は大っ嫌いなんだよ! 俺だって好きでやってんじゃね・・・ん、まあ・・・」
西野 柊也(にしの しゅうや)「ここ・・・兄貴の店なんだよ。夏休みだから手伝わされて」
  は・・・!?
浅井 貢(あさい みつぐ)「嘘でしょ?君のお兄さん・・・?」
  僕の初恋の人は、クラス1嫌いなヤツの兄だった。
西野 柊也(にしの しゅうや)「それより何しに来た? あー分かった。 取り巻きの女に菓子でも配ろうってか?」
浅井 貢(あさい みつぐ)「まあね。 それに、このイケメンの僕がここで働いたらさらにモテるかなあって思って」
西野 柊也(にしの しゅうや)「は?働く?」
浅井 貢(あさい みつぐ)「うん。あの貼り紙」
西野 柊也(にしの しゅうや)「テメエんちはバイトしないと食えねえようなご身分じゃねえだろ。親、会社の経営者だったか?」
西野 柊也(にしの しゅうや)「隣の席だとな、嫌でも聞こえてくんだよ、お前に群がる女どもの話が。 冷やかしなら帰れ、ボンボン」
浅井 貢(あさい みつぐ)「冷たいなあ。さっきのは嘘。 僕は至って真面目。 社会経験したいなって」
西野 咲也(にしの さくや)「お客様、いかがされましたか?」
  ――!
浅井 貢(あさい みつぐ)(ああ、この人は変わってない)
  柔らかい笑顔。細くて艶のある髪を、首の後ろで一つ縛りにしている。
  タオルで水気を拭う手は白くて美しかった。
西野 咲也(にしの さくや)「うちの者が失礼な事をしましたでしょうか?」
  僕が否と答えようとするのを、無礼者は遮る。
西野 柊也(にしの しゅうや)「違えっつーの兄貴! こいつ・・・その・・・同じクラスの浅井がほざいてんだよ! バイトしてえって!」
西野 咲也(にしの さくや)「え?柊也と同じクラス?」
  僕はこくりと頷く。
西野 咲也(にしの さくや)「柊也のお友達?」
浅井 貢(あさい みつぐ)「いいえ!」
西野 柊也(にしの しゅうや)「ちげえし!」
西野 咲也(にしの さくや)「ふふ、仲いいじゃない。 貼り紙、見てくれたんだ」
浅井 貢(あさい みつぐ)「は・・・はい」
西野 咲也(にしの さくや)「昼に貼り紙して夕方に応募があるなんて。 びっくりだねえ、柊也」
西野 柊也(にしの しゅうや)「ふんッ こんな奴使い物になる訳ねーだろ」
西野 咲也(にしの さくや)「はいはい、柊也は黙ってて。 そうだ、麦茶出してあげて。 冷蔵庫にあるでしょ。 その後は流し場の片づけね」
西野 柊也(にしの しゅうや)「ああ?ったく人遣いの荒い兄貴だぜ。 言っとくが俺は採用反対だかんな。 こいつのチャラさは隣の席でよぉく知ってんだよ!」
西野 柊也(にしの しゅうや)「一緒に働くなんてまっぴらだぜ!」
  クラスメイトは散々悪態を吐きながらも、兄の指示には従うようだ。
西野 咲也(にしの さくや)「まったく柊也は。ごめんね。 改めまして、店長兼パティシエをしている西野と申します。来て下さってありがとう」
  お兄さんはニコッと笑うと、深々とお辞儀してくれた。
  弟と同い年の僕なんかに。
  この人、本当にアイツの兄なのかな。
西野 咲也(にしの さくや)「面接なんて堅苦しいものではないけれど、少し・・・時間もらえる?」
  ゆったりした口調で、丁重に話を切り出すお兄さん。
  それと反比例して、僕の心臓の鼓動が早くなる。
  今、二人だ、二人っきりなんだ・・・。
西野 咲也(にしの さくや)「アルバイトを急遽募集したのはね、私が店番以外に他の仕事もしないといけなくなってしまって」
西野 咲也(にしの さくや)「それで、接客と事務を手伝ってくれる人を探していたの」
浅井 貢(あさい みつぐ)「あっ・・・そうなんですか・・・ 僕、この夏休みの間なら昼も来ることができるんですが、学校が始まっちゃうと・・・」
西野 咲也(にしの さくや)「そうだよね、学校だもんね。でも、1ヶ月だけでも来てくれたら、本当に助かる。その間、新しい人を探すとかできるしね」
浅井 貢(あさい みつぐ)「じゃあ・・・働かせて・・・ もらえるんですか?」
  カタンっ
  何かと思ったら、机の上に麦茶の入ったガラスのコップがあった。
  中身が少し机にこぼれている。
西野 柊也(にしの しゅうや)「兄貴、こいつは客寄せパンダくらいにしかならねえぜ。 学校でも休み時間の度に女子集めてんだから」
西野 柊也(にしの しゅうや)「まともに働ける訳ねえ。俺は断言する!」
  邪魔しないで柊也、と言いそうになったが、グッと拳を握って堪える。
西野 咲也(にしの さくや)「客寄せパンダ? なら居眠りしてる柊也より何倍も素敵じゃない! 柊也、自分がモテないからってひがんでるんでしょ?」
西野 柊也(にしの しゅうや)「はっ?はあ? 何だよ兄貴っ! あーもう、あーーーー!俺知らねえ!」
浅井 貢(あさい みつぐ)「んふふふふ!」
西野 咲也(にしの さくや)「ごめんね。うちの弟が失礼なことばかり言って。柊也は変に頑固な所があるからね」
西野 咲也(にしの さくや)「アルバイトの件はこちらからお願いします。そうそう、お名前は・・・」
浅井 貢(あさい みつぐ)「浅井・・・貢です」
西野 咲也(にしの さくや)「浅井くんね! 浅井くんはこう、初対面でもしっかり話ができるから、うちの柊也より断然接客も向いてると思う」
西野 咲也(にしの さくや)「ああ、とりあえずよかった。ありがとう」
浅井 貢(あさい みつぐ)(初対面・・・じゃあないんだけどな。 覚えてくれてる訳なんてないよね、 10年も前の事)
西野 咲也(にしの さくや)「そうだ。明日、履歴書を持って来てくれる?もし、親御さんが心配されるようだったら、ここに電話してもらって」
  お兄さんは、綺麗な指でボールペンを取ると、サラサラと走り書きする。
  指は、いかにも繊細なお菓子を生み出しそうな美しさを備えていた。
西野 咲也(にしの さくや)「はいこれ!」
浅井 貢(あさい みつぐ)(ビクッ!)
  メモを渡された時、少し指先同士が触れてしまった。
  震えて変に思われなかったかな。
  『咲也』さんっていうんだ、下の名前。
  西野咲也という名前とともに、店名と電話番号が書かれていた。
西野 咲也(にしの さくや)「それじゃあよろしくね、浅井くん」
浅井 貢(あさい みつぐ)「はいっ、こちらこそお願いします!」

〇川に架かる橋
  カナカナカナカナ・・・
  ひぐらしの鳴き声が聞こえる。
  店を出て気づいた。何この脇汗。
  握りしめていたメモ紙も、手汗でふにゃふにゃになっている。
浅井 貢(あさい みつぐ)「『さくや』さん──」
浅井 貢(あさい みつぐ)(気持ちの良い響きだ。 あの人が笑うと、花が開くような感じがする。 光や良い香りが漏れ出てくるような)
浅井 貢(あさい みつぐ)(そうだよ、あの人は、僕の心の蕾も開いてくれた人だから)
  さあ、明日から僕の新しい毎日が始まるんだ。
  西陽はまだ、強く照り付けていた。

次のエピソード:#2:僕の心の中だけに

コメント

  • 賑やかなバイト先になりそうですね。笑
    ずっと思いを秘めていた相手なら、すごいチャンスですよね!
    お近づきになれるかもしれない…と思いつつも、クラスメイトの彼も気になります。

  • まさかアルバイト先の好きな人が男とは!不純な動機に値します。と言いたいところですが、10年も前から憧れの人に対する気持ちが変わらないのは心が純粋です。

  • 私は女ですが咲也さんのような立派な経営者と対面したら心動かされるだろうなあと思いました。10年前も今も、主人公の咲也さんへの印象は変わっていない様がより強い憧れの気持ちが伝わってきました。

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