快適な籠と、僕達。

山本律磨

いつかの夏(脚本)

快適な籠と、僕達。

山本律磨

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〇木の上
  しゅわしゅわしゅわ
  しゅわしゅわしゅわ
  セミが鳴いてる
  あーもう
  うるさいなあ
  だから田舎ってやなんだ
  早く東京帰りたいなあ

〇実家の居間
  『さあ7回表大陵水産の攻撃。ここが勝負どころです』
和則「さあ亮君。どんどんいこう」
亮「なんかすいません。昼間から。お手伝いもしないでゴロゴロと」
和則「いいんだよ。普段大変な仕事してんだから」
和則「いやまあ、ITがどう大変かは分からないけどさ」
亮「大変ですよ。胃が痛くなるほど大変と書いて『IT』ですから」
和則「うまい!うまいなあ!座布団!」
亮「そこはサラッと流して下さい」
亮「ところで樹君は下戸でしたっけ?」
和則「ああ、酒は飲めない野球は分からない。夏になれば一日中虫取りに行ってる」
和則「本当、変わり者の息子だよ」
和則「だから、君のような婿が出来てよかった。蒼君も娘に似ずにイケメンだし」
緑「聞こえたわよお父さん!」
和則「なあ。ぶっちゃけ緑のどこがよかったんだ?」
亮「ははは。勿論全部です」
和則「神だ」
和則「万が一の時でも慰謝料は請求せんから安心してくれたまえ」
緑「もう。お父さんの相手はいいから草むしり手伝ってくれる?」
亮「オッケー」
緑「あまり長く接触するとバカとハゲがうつるわよ」
亮「そりゃマズい!」
和則「バカはともかくあと一つが傷つくなあ」
和則「蒼ちゃん。お爺ちゃんとカモンモール行くか?何でも買ってやるぞ」
蒼「いまちょっと忙しいからまた後遊んであげるね」
和則「・・・」
蒼「・・・」
和則「よし!いくらでも課金していいぞ!」
蒼「お爺ちゃん大好き!」
緑「コラ二人とも!」

〇古いアパートの居間
  しゅわしゅわしゅわ
  しゅわしゅわしゅわ
蒼「あ」
  虫かごの中でセミが鳴いてる
  いや、よく見るとお腹を動かして音を出している
蒼「キモい」
「さてここで問題です」
樹「そのアブラゼミは僕からのプレゼントなのですが。君はどうする?」
蒼「どうするって・・・」
蒼「放置」
樹「宜しい。現代っ子だ」
蒼「あんまり触りたくないから」
樹「オシッコをひっかけられるかも知れない」
蒼「ゲッ・・・」
樹「うむ。セミながら、なかなかマニアックなプレイだ」
緑「樹。蒼に妙な影響与えないでよね」
緑「っていうかできれば遠くから暖かく見守っててあげて。一生」
樹「ふむ。イケメンな人格者と結婚しただけで最早貴族目線ですかな、姉上」
緑「うるさい。とっとと就職しろ」
樹「ふふふ。果たして僕のお眼鏡に叶うジョブがこの世に存在するかどうか」
緑「宿題は?」
蒼「今日の分は終わった」
緑「じゃあ食べてよし」
蒼「やった!」
樹「では失敬して」
蒼「いただきまーす」
緑「時間があったら明日の分の宿題もやっちゃいなさい」
緑「辛いことを前倒しにしたら、後々幸せな日々が待ってるんだから」
樹「お、コメツキムシ発見!」
緑「前倒しにしなかった男が、ほらすぐ近くに」
蒼「セミありがとう。叔父さんも食べようよ」
樹「勿論だ」
緑「ねえ樹。お父さんもお母さんもいつまでも元気じゃないんだから」
樹「承知している」
樹「だが僕はもう少し自由に飛んでいたいのだ」
樹「自由に飛んで、見るべきものを見たいだけ見ておきたい」
樹「この季節になると常にそう思う」
緑「お姉ちゃんよく分かんないわ」
樹「今少し、ご心配をおかけする」
  テツガク的なオトナの話はよくわかんない
  ただ叔父さんが社会的にダメ人間なのと、セミのお腹が気持ち悪いって事は分かった
  だから触らないし、近寄らないようにもしよう
  ・・・早く東京に帰りたい
樹「お、課金お手伝いしましょうか?」
蒼「叔父さん大好き!」
緑「コラお前ら!」

〇実家の居間
蒼「ふっふふ~ん♪」
亮「蒼!ごちそうさまは?」
育江「いいのいいの」
緑「またすぐゲームする」
亮「いいかげんにしろ。スマホ取り上げるぞ」
蒼「ごめんなさい」
樹「ただいま帰りました」
樹「いや~今回のひと狩りは手こずりましたよ」
和則「いいかげんにしろ。虫網取り上げるぞ」
樹「蒼君。手を出してごらん」
蒼「・・・」
蒼「嫌」
樹「何故」
蒼「虫でしょ」
樹「鋭い。さすがお義兄さんのご子息」
亮「あ、水牛じゃないですか」
亮「これ高いんですよね~」
樹「ふむ。目のつけどころが実にIT的だ」
樹「今夜蜜を塗りに出かけますがお義兄さんも如何ですかな?」
樹「収穫は山分けということで」
亮「マジっすか、是非!」
緑「やめなよ。バカとデブがうつるわよ」
亮「そりゃマズい!」
樹「姉上、あなたとは一度決着をつける必要がありそうだ」
緑「のぞむ所よ」
育江「やめなさいみっともない」

〇古いアパートの居間
  あれ?
  聞こえない
  しゅわしゅわが聞こえない
蒼「あ」
  セミ・・・動いてない
  お腹も動いてない
樹「おはようございます」
蒼「おはよう」
蒼「・・・」
樹「だからです」
蒼「え?」
樹「だから僕は自由に飛んでいたい」
樹「君のお爺さんもお婆さんも、お母さんも、まだ僕に触れていてくれる」
樹「良識という籠に閉じ込めることなく・・・僕に触れて・・・僕を解き放って」
樹「有難いと思っている」
  何言ってるか意味分かんない
樹「いつか分かるさ」
樹「だけど僕は、君にも触れてほしかった」
樹「そのセミに触れて、そのセミをどうするか決めてほしかった」
  意味わかんないよ
樹「七日間の最後の一日。もっと見たいものがあったのだろうか。もっと高く飛びたかったのだろうか」
蒼「・・・」
樹「すまない。悪いのはセミを閉じ込めた僕だ」
樹「そして僕自身が飛んでいた場所もまた籠の中だった」
樹「だからもう、やめることにする」
  結局、叔父さんの言っていることは分からずじまいだった
  ただセミは・・・
  セミは仰向けになったまま僕を睨んでいる
  もう鳴いてない
  でも泣いてる
  ごめん
  ごめん
蒼「ごめん」

〇木の上
緑「ちょっと何やってんの蒼!」
亮「あぶないぞ!早く降りなさい!」
和則「はっはっは!木登りとはやるじゃないか! お爺ちゃん見直したぞ!」
育江「あなたたち、もし落ちてきたらしっかり受けてとめてあげるのよ」
亮「も、勿論です!」
和則「しっかり見守ってやれ」
緑「でもセミの死骸なんか持って木に登って、何やってるのかしら?」
樹「空を見せているんだ」
緑「え?」
樹「籠の中では見れなかった空を」
緑「もう、妙な育ち方したら樹のせいだからね」
樹「大丈夫だよ。彼は」
樹「じゃあ行ってきます」
育江「どこに?」
樹「ハロー○ーク」
育江「・・・」
和則「ほう」

コメント

  • 叔父さんの立場とセミの腹を「触らないでおこう」と同列に語る蒼くん。なかなか辛辣な都会っ子でしたが、その叔父さんとセミのおかげで一夏でほんの少し大人になりましたね。快適な籠から飛び立って本当の意味で自由な生き方ができるのは人間でも一握り、いや、一つまみでしょうか。

  • 田舎の夏の空気感が肌感覚で伝わってくるステキな作品ですね。そして、人の生き方とセミの生き方の見事な対比も、読んでいて引き込まれるようでした!

  • セミは1週間の命と子どもの頃聞かされていたので、それ以前に6、7年も土の中にいると知ったたときは衝撃的でした。そんなセミのセミ生において一番華やかな瞬間を閉じ込められて死んでしまったことを考えるとさみしいです。空が見えていたらいいですね。

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