不真面目な恋の死神

ふみた

第1話(脚本)

不真面目な恋の死神

ふみた

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〇神社の石段
  猫なんて一度も見かけたことがない通学路で、黒猫と目があった。
  ~黒猫が現れると恋が始まる~
  中学三年になったばかりの春、そんな話を聞いたことを思い出す。
  恋なんて自分に関係のある単語だと思わなくて
  まわりの楽しそうな女の子たちを遠目からみてた記憶がある。
  高校生になった今も、なにも変わってないことにあらためて気づく。
  でもこの生活はべつに嫌いじゃない。
  学校帰りのルーティーンがスーパーでの買い物だって、そこそこ楽しい日々だし。
  それにしても、ずいぶん暑い夏。

〇スーパーの店内
佐藤 いちご(さとう いちご)「いた!」
  私がこの世で唯一認める、同レベルの主婦スキルをもつ同士。
  スーパーの生鮮コーナーでは、おばさんとか若いお母さんとか、本物の主婦以外は浮く。
  そう気づいたのは、スーパーに通い始めてから。
  そんな初めは居心地の悪かった生鮮コーナーで、常連のお婆ちゃんと親しくなった。
  まわりを見渡す余裕が出てから、私と同じく浮いた存在のあの人を見つけた。
  生鮮コーナーの常連としては珍しい、仕事帰りのメガネの男の人、歩(あゆむ)さん。
  お婆ちゃんとあの人が会話してる時に、偶然あの人の名前を聞いた。
  頼りなさそうで生鮮コーナーでは浮いてるけど、主婦スキルの高さはわかった。
  独り身なのかどうかは解らないけど、いつも一人で買い物をしていて、間違いない動きをする。
  家の食卓を担う私自身、主婦スキルには自身がある。
  高校帰りの青春の時間をささげる代わりに、少しでも要領よくスーパーを利用していい食事を作ろうと日々研究してるから。
  今ではその辺の主婦には負けない自負がある。
  そんな私から見ても、歩さんはデキる人だ。
  歩さんが今日カゴに入れる野菜は、ずばり水菜だ。
  そう思いながらなんとなく観察していると、予想した通り水菜をカゴにいれて、嬉しくなる。
  最近ずっと高かった水菜が今日は久しぶりに安くて、他の葉野菜が少し高い。
  水菜を選ぶのが最善の選択に違いない。
  もしも会話する関係なら「うんうんわかるわかる!」と言いたい。
  一度も会話したことなんてないから、直接伝えることはできないけど。
  それでも私は、あの人が誠実なことも知ってる。
  自分が落としたわけでもないのに、誰も拾わない落ちている野菜を棚に戻していたこともあったし
  常連のお婆ちゃんに、優しく接してるところもよく見かける。
  あの人は私が認める主婦仲間の同士。
  隣のフードコートから突然女性の悲鳴が聞こえた。
  何事かと思う間もなく、ベビーカーを押す女の人が生鮮コーナーに走ってきて歩さんに突っ込んだ。
子連れの母親「あんた危ないじゃないの! なにつっ立ってんのよ!」
道尾 歩(みちお あゆむ)「すみません・・・」
  ベビーカーに突っ込まれて、あの人のメガネが吹き飛んだ。
子連れの母親「こっちは突然黒猫が走ってきたから驚いて逃げただけよ! なにも悪くないんだから!」
子連れの母親「あんたさ、いつも一人で買い物してるの見かけるけど独身なわけ?」
道尾 歩(みちお あゆむ)「はい。自炊しているので・・・」
子連れの母親「あんたみたいな独り身の男がいるとさ、まわりが怖いの気づいてる?」
道尾 歩(みちお あゆむ)「そうなんですね・・・」
子連れの母親「ったく、独り身が増えると治安が悪くなるのよね」
  子連れの女の人は、吐き捨てるようにいって消え去った。
  歩さんは壊れたメガネを拾って、とぼとぼとレジに向かう。
  絶対におかしい・・・。
  でも、なんの関係もない私にはなにも言えない。
  まずぶつかってきたのはベビーカーの女の人だ。
  それ以前に、独り身が悪いなんておかしい。
  それに私は歩さんが誠実なことも知ってる。
  子連れの女の人への怒りと、初めて見た歩さんのメガネを外した顔と、「独り身」という言葉と・・・
  いろいろが混ざって頭がパンクした
  なぜか急に、とんでもなく大切な無くし物をしていたことに気づいたみたいな気持ちになった。

〇ショッピングモールのフードコート
死神・ツキ「このくそ忙しい時に古巣を捨てるなんて、伊津(いづ)は薄情な奴だよ」
  向かいの席に座る元同僚のツキは、好物のソフトクリームに夢中だ。
恋の死神・伊津(いづ)「その発言は新しい部署をよく理解していない証拠だな」
恋の死神・伊津(いづ)「「恋の死神」職は、死神の労働環境改善のために新設された部署だ」
死神・ツキ「もちろんその理屈は知ってる。刈り取る命が増えすぎて、多忙になった死神職の負担軽減」
  不満そうな口ぶりのわりに、ソフトクリームにありついているツキの機嫌は良さそうだ。
死神・ツキ「不適切な命がこの世に存在する前に、その誕生を阻止することでこの世の調整を促進」
恋の死神・伊津(いづ)「理解してるじゃないか」
死神・ツキ「理屈はわかる。でもな、だったらなんで、俺はいまだに忙しいんだ?」
恋の死神・伊津(いづ)「そんなこと一介の恋の死神が知るか。上に聞いてくれ」
死神・ツキ「はぁ。あれは、伊津の上司じゃないか?」
恋の死神・伊津(いづ)「そうだな。こっちも仕事だ」
  死神職と同じく、案件の内容と指示は端末に届く。
  仕事内容も基本的には同じで、対象者を調査し「この世に適切かどうか」を判断する。
  死神との違いは一人の命をジャッジするのではなく「そのペアが、適切な命に繋がるかどうか」を判断するという点だ。
恋の死神・伊津(いづ)「あそこにいる女の子が対象の一人だ」
  生鮮コーナーで買い物中らしい。
死神・ツキ「なら相手はあの男か? あのスーツを着てる男、ちらちらあの女の子を見ていた」
  ツキのいうスーツの男は、フードコートの端の席に座ってノートパソコンに向かっている。
  難しい顔でパソコンを見つめる男に端末をかざすと、見当違いの情報が表示された。
恋の死神・伊津(いづ)「あれは論外だな。ただ女の子の性的な瞬間を映像におさめたいだけの男らしい」
死神・ツキ「人間とは不自由だな」
恋の死神・伊津(いづ)「子連れの女と揉めている、あちらの男が対象だ」
死神・ツキ「またずいぶんと頼りなさそうだな」
  端末に、対象男性の情報が表示された。
恋の死神・伊津(いづ)「学生時代から同棲していた彼女が出て行って以来の独り身らしい」
恋の死神・伊津(いづ)「もう家事のエキスパートだ」
死神・ツキ「で、相手は」
恋の死神・伊津(いづ)「幼少期に両親が離婚」
恋の死神・伊津(いづ)「それ以来キャリアウーマンの母親に育てられ、中学生から本格的に家事、とくに食卓を引き受けている」
恋の死神・伊津(いづ)「現在ではやはり家事のエキスパートで、高校生だ」
死神・ツキ「案件になるだけあって、なかなか面倒なペアだな」

〇空港のエスカレーター
  黒猫の話を思い出して検索してみたら、想像と違う結果だった。
  黒猫が現れると恋がはじまる。
  そう書いてある記事もたしかにあるけど、それと同じくらいの数
  黒猫が現れると恋が終わる。
  そんな記事もあった。
  黒猫は恋の始まりを告げる存在と書かれていたり、恋の終わりを告げる存在と書かれていたり
  どちらかにしてほしい。
  これだからネット記事の信用はいつまでたっても上がらないんだ
  そんな話の前に、なんで私は「黒猫と恋」なんて調べてるんだろう
  恋なんて、私に関係ない単語だったばずなのに
  この感覚ってなんなんだろう・・・
  あの人の事を考えると
  泣きたいような気持ちになる
  あの人は私の同士だから?
  唯一共感できる人だから?
  誰にも知られない誠実さを知ってるから?
  解らない
  こんな話、誰に相談すればいいの?
  学校では恋愛しているような子たちとは付き合いがないし
  「男なんて信用するな。一人で生きていける力をつけろ」
  子供のころからそう言われてきたお母さんになんて、まさか話せない。
  私がふだん会話する相手は、異性との関わりがゼロの天然の友達と
  近所の小学生の女の子と、スーパーの常連で知り合いになったお婆ちゃん。あとは隣の家の犬だけ・・・
  そんなことを考えていたら、反対のエスカレーターからお婆ちゃんが手を振っていた。
  あわてて手を振りかえす。
  やっぱりあのお婆ちゃんにもこんな話しはできない。
  誰にも言えない、私の初めての・・・
  どうなっちゃうんだろう私
  もう関わらないほうがいいのかな

〇ショッピングモールの一階
恋の死神・伊津(いづ)「あの」
  1階のフロアにつくと、知らない人に声をかけられた。
恋の死神・伊津(いづ)「驚かせてごめんなさい、生鮮コーナーの新人スタッフです」
  名札には伊津と書いてある。

次のエピソード:第2話

コメント

  • あのママさんみたいに、「絶対自分は悪くない」ってヒステリックな人っていますよね。笑
    こんな不自由な世界で、二人の恋は育まれるのでしょうか。
    いや、そんな世界だからこそ、真面目に生きている人に幸せになって欲しいです。

  • 良識のある人間がいつしか社会の隅に追いやられていることが悔しくもあります。でも他の大部分と違うからこそ、誰かがその行動に気づきやすくなるのかもしれません。黒猫の神話、恋が始まる予兆でありますように!

  • これからこの二人をくっつける作戦が始まるのですかね。
    作中にでてきました、話したこともないけど誠実なのを知っているという部分ですが、私も同じように感じる人がいます笑
    誰しももしかしたらいるかもしれませんね!

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