第1話/怪談話と壁ドン(脚本)
〇流れる血
来るよ 来る来る 鎖女
じゃらり 口から奏でて
目に鎖 耳に鎖 手にも足にも
話をすれば おまえの元に鎖女
〇学校の廊下
──ドンッ
高校の廊下で、友達のユウナとしゃべっていたら
通りすがりの男子生徒に、壁に押しつけられた。わりと強引に。
莉々子「・・・ふぇええ・・・?」
あたし、矢島(やじま)莉々子(りりこ)はおおいに戸惑った。
目の前には背の高い男子生徒。
たぶん3年生の先輩だ。
日に焼けた肌に鋭い目つきで、野生的だけど整った顔立ちだ。
莉々子((何これ、どーいう状況? なんであたし、イケメンに壁ドンされてるの!?))
柏木「──やめろ」
莉々子「えっ?」
険しい表情で、おなかに響くような低音ボイスで、彼はあたしに命じた。
莉々子「な、何を・・・?」
柏木「『鎖女』の話をするのをやめろ」
ドンッ
彼の握ったこぶしが、あたしの右耳の真横を叩く。
ユウナ「り、莉々子ぉ・・・」
親友のユウナが戸惑った顔でこっちを見てくる。
莉々子((確かに今、あたしは『鎖女』の話をしてたよ))
莉々子((ユウナが、推しのアイドルがホラー映画の主演に決まったって話をしたから))
莉々子((その流れで、あたしも怖い話をしたんだ))
莉々子「(ネットで見かけた都市伝説・・・)」
莉々子(『鎖女』──の怪談を)
柏木「・・・鎖女は、 噂話をした人間の元にやってくる」
柏木「命が惜しければ、二度と誰にも話すな」
莉々子「・・・」
それだけ言うと、彼はあたしを壁ドンから解放して立ち去った。
一匹狼の風格を漂わせて、ひとり廊下を歩く彼。
あたしたちのやりとりをガン見していた野次馬たちが、サッと道を開ける。
ユウナ「莉々子、大丈夫?」
ユウナに問われた途端、あたしの膝から力が抜ける。
ヘナヘナ・・・と座り込んだ。
莉々子「大丈夫じゃないよぉ・・・」
莉々子((退屈な授業がやっと終わって、特に何の用事もないいつもの放課後だーって思ってたのに))
莉々子((まさか壁ドンされるなんて!))
莉々子((こんな漫画みたいなこと、アリ?))
あたしはユウナの手を借りて立ち上がった。
ユウナ「さっきの人、3年生の柏木(かしわぎ)先輩じゃん」
莉々子((初めて聞いた名前だ))
莉々子((高校に入学して2ヶ月以上経つけど、演劇部のユウナと違って、あたしは帰宅部だからなぁ))
莉々子((上級生との接点なんてないんだよね))
ユウナ「ちょっと怖い噂のある先輩だよ」
莉々子「怖い? 不良とか?」
ユウナ「ううん」
ユウナ「霊感、ってやつがあるんだって」
〇学校の廊下
莉々子「へっ?」
莉々子「・・・プッ、何それ。マジ?」
ユウナの真剣な目つきに、逆に吹き出してしまった。
ユウナ「マジらしいよ。 ユーレイとかタタリとかノロイとか、柏木先輩に助けてもらった人がいるんだって」
ユウナ「上級生だけじゃなくて、先生にも」
ユウナ「それにイケメンだから、隠れファンも多いらしいし」
莉々子((まあ確かに、顔はイケメンだった))
それも出会い頭に、辻斬りみたいに壁ドンをしても許されそーな。
少女漫画でしかお目にかかれないタイプの。
莉々子((・・・でも、いくらイケメンでもあんな変人じゃあね・・・))
莉々子「(ネットに転がってるマユツバものの怪談を、信じるなんてさ)」
鎖女
鎖を全身に巻きつけて、ズタボロの服を着た女。
鎖女の話をすると、目の前に鎖女が現れて、
恐 ろ し い 目 に 遭 う
莉々子「(・・・バッカみたい)」
100万回は聞いたような、ありがちな、個性も何もない、一瞬で消費されるくだらない噂話。
ユウナの推しアイドルが出るホラー映画も、あらすじは大体こんな感じ。
それだけありふれた、つまらない怪談なんだ。
莉々子((やれやれ・・・))
あたしは肩をすくませた。
〇学校の校舎
心配したユウナが校門まで送ってくれた。
あたしは徒歩通学だ。
でも片道30分かかるから、いい加減自転車通学に変えようかと思っている。
ユウナ「じゃあ莉々子、気をつけてね!」
莉々子「あはは、ありがと。せいぜい鎖女と突然の壁ドンに気をつけるわ」
莉々子「ユウナも部活がんばってねー!」
莉々子「・・・・・・」
ひとりになった途端、
あたしの顔面から、表情が失せたのがわかった。
特に見たいものはないのに、スマホを開く。
適当にSNSアプリを開くと、人間の笑顔だらけだった。
スマイル☺️
ピース✌️
ハッピー😃
加工で盛った写真や
絵文字だらけの短文
知ってる人や知らない人の、
笑顔
笑顔
笑顔
莉々子「(・・・何がそんなに楽しんだろ・・・)」
そんな気持ちが、ポロリ、と。
〇通学路
莉々子((SNSに写真や動画を載せてる人たちは、毎日が楽しいんだろうな・・・))
莉々子((あたしと違って・・・))
夕暮れの住宅街。
もうすぐあたしの家に着く。
莉々子((明日も今日と同じ、ただ時間割が違うだけ・・・))
莉々子((いや、さすがに壁ドンはないだろうけど))
莉々子((でもまあ、どうせドラマチックなことも、エモいことも起こらないでしょ))
莉々子((平和平和、平凡平凡))
足元から伸びる影を踏みつけて、
ごくごく軽ーく、自分の人生に失望する。
これもいつものこと。
昨日とまったく同じことを考えた。
──その時だった。
何か、聞こえた。
〇空き地
足を止めた。
今、気になる音が背後から聞こえた。
・・・ジャラッ とか、
・・・チャラッ とか。
莉々子((何、この音・・・))
莉々子「(・・・そうだ。うちの近所のおじさんが歩くたびに鳴る音に、似てる)」
莉々子((ウォレットチェーンの・・・金属の鎖が))
莉々子((こすり合う・・・音))
莉々子「!!」
後ろを振り返る。
誰もいない。
いや・・・
いる。
〇空き地
あたしがいる位置から、5メートルほど離れた場所。
目隠し用に植えられた常緑樹の下に、人が立っている。
〇空き地
莉々子((何だろう、あの女の人・・・))
莉々子((見ちゃいけない気がする・・・))
目を背けて、早く立ち去ろうとしたら、
ジ
ャ
ラ
ッ
また金属音が聞こえて、
振り返った。
〇空き地
!?
あたしの真後ろに、女がいた。
息を詰まらせて後ずさる。
『何ですか?』と言おうとしたけど、喉が詰まって声が出ない!
×××「”・・・・・・”」
女の前髪は長く、うつむいているので唇しか見えない。そして何か言った気がした。
でもそんなことはどうでもよかった。
女は、黒ずんだ赤い服を着た女は、頭にも手にも胴にも足にも鎖を巻きつけていた。
ジャラッ
女が身じろぎするたびに、体中の鎖が鳴る。
〇空き地
莉々子((な、何、これ・・・))
莉々子((まさ、か・・・))
莉々子((・・・鎖女・・・!?))
火のないのころに煙はたたない、噂も伝説も割と近しい何かがあるから伝わるんですよね。
この後どうなるのでしょうか…。
そしてこの子にキュンとする壁ドンをされる日は来るのでしょうか…。
ホラー的な空気感と恐怖感があって作中世界に取り込まれそうな感じでした。それにしても、柏木先輩の警告を壁ドンと解釈しちゃうとは、乙女ですねー!w
えええ、ここで終わるのか!!っていう…!!!
莉々子は柏木先輩に警告されても、頭の中壁ドンで笑えましたけど、帰り道では意外と現実と自分の立場、人生のルーティンとか少し大人びているような、達観している印象受けました。
でも鎖女…。立ち絵が赤いシルエットで怖さを演出するの、素直に尊敬です。鎖女の噂は自分もしないようにします笑