飲める物は飲め(脚本)
〇西洋の街並み
リュート「・・・流石に寝たか」
夜通し歩いても赤子の相づちが心地好く、
思ったより早く着いた。
まだ夜明けまでは数時間程ありそうだ。
しばらく軍の進路をただ追いかける生活を
していたせいで地理に不安がある。
ここは・・・山が近い、鉱山の町か。
探し物をしようとも、とにかく
この時間では誰に話もきけない。
宿屋でも探すか。
歩く人は見当たらないが、人の気配は
そこかしこに感じる。
・・・思ったより大きな町だ。
こんな時間に開いている酒場があるという
事は、それだけ栄えているのだろう。
肉屋、八百屋、さすがに魚は無いが
服や鎧、雑貨の看板も見える。
なるほど、あちらこちらに軍の紋章入りの
赤い旗もなびいている。
軍属の町だから焼かれていないのか。
もしかしたら数ヶ月は腰を据える覚悟で
町を見て歩く。
赤子に乳が要らなくなるまで動けないかも
知れない。
・・・乳の出る女は居るか?
・・・乳を買いたい。
・・・世話が出来る女を探している。
どう言っても不審がられそうだが・・・。
・・・宿屋、発見だ。
〇西洋風の受付
宿屋の主人「コケッ、ようこそ! ・・・コケッ?!」
宿屋の主人「(いらっしゃいませ、お二人様ですね?)」
リュート「ああ、二人で横になれる部屋で良いのだが 普通に喋って貰って構わない 良く眠っている」
宿屋の主人「ああそうですか、失礼致しました お部屋はすぐにご案内出来ます どうぞどうぞ」
リュート「すまない、助かる 宿賃は先か、後か? この町について少し聞きたい事も あるのだが・・・」
宿屋の主人「かしこまりました 宿賃は後で構いませんよ 私で良ければお部屋でコケッしましょう」
・・・コケッ? まあ、いいか・・・。
宿屋の主人「こちらのお部屋をどうぞ フロントに代わりの者を立てて参ります 中で少々お待ちを・・・」
リュート「ああ、ありがとう」
ヒトガタのモンスターと人間が仲良く
暮らしていると見るか。
以前見た町は結局モンスターに
支配されたと聞いたが・・・。
警戒するに越した事は無いだろう。
〇城の客室
・・・どう贔屓目に考えても怪しい。
旅の親子風情にこの部屋だと?
どう切り抜けたものか・・・。
・・・まあいい。
とりあえずベッドに転がしてやろうか。
こんな固い腕にずっと抱かれ歩かれて
疲れただろうに・・・。
・・・図太いヤツだな。
宿屋の主人「・・・失礼致します」
宿屋の主人「お子様に温かいミルクと、私達は一杯 いかがですか?」
リュート「・・・ああ、助かる。 こんな時間に押し掛けたのにすまない 心より感謝する」
宿屋の主人「いえいえ、お客様は神様ですよ ここ最近はめっきり旅の御方も減りまして 町人相手に宿を開けておった次第です」
テーブルに銀の盆から次々と物が置かれて
いく。
ハイと渡された温かい革袋は両手で
受け取る。
乳が入った革袋の先に小さな穴が
開いているらしい。
なるほど、赤子にはこうして飲ませて
やれば良いのか。
では起きたら・・・ん?
リュート「いつから起きていた? 起きたなら起きたと・・・」
赤子「ばっ」
宿屋の主人「コケッ、可愛いー!」
リュート「あ、ああ・・・どうも」
リュート「ほら、飲むか?」
赤子「んくっ」
宿屋の主人「いやあ、可愛いらしい! 女の子ですか?」
リュート「あ、ああ、いや、男の子、だ 先日妻に先立たれてな、その遺品で包んで やっているから良く間違われる・・・」
宿屋の主人「それはそれは、大変失礼を致しました! 奥様もこんな可愛らしい子を遺され・・・ さぞや無念だった事でしょう」
リュート「そのようだった・・・ それで親族に文を送ろうにも拒否され、 ならば直接と旅に出てみた次第だ」
宿屋の主人「手紙ですか、今は届かないでしょうね 軍属に入らない町や村が一斉に粛清されて 混乱していますし・・・」
宿屋の主人「・・・もしや北の町にご滞在でしたか?」
リュート「ああ、一昨日は命からがら逃げ延びた 俺達がいた町は何の変わりも無く 平和そのもので国の情勢には疎くてな」
宿屋の主人「ではキチンと見逃されたのですね! よくぞご無事で、北の粛清は黒龍が出たと 聞きました、運が良かったですよ」
良かった良かったと言う主人は明らかに
態度を軟化させた。
なるほど・・・これは俺達がその
粛清対象だと殺されるな?
テーブルに並んだワインやチーズも
先に主人に手を付けさせよう。
まだ死にたくはないし、死なせるのも
不憫だ。
・・・待てよ?
一昨日と言ってはいるが、昨日の今日で
誰から聞いたのだろう?
・・・これもまた厄介な話だな。
どうぞどうぞ、どうもどうもの繰り返しで
やっと俺もワインを一口飲めた。
中の上ぐらいの上質な物だな。
・・・もう怪し過ぎだろう、鶏頭よ・・・
赤子「んばっ」
宿屋の主人「おやおや、ごちそうさまですな? イイ飲みっぷりでしたよ! お名前は?」
・・・しまった。
リュート「・・・ワイズだ」
宿屋の主人「ワイズ君、良いお名前ですねえ 可愛いコケッですねえ 可愛い! もう食べてしまいたい!」
ワイズ「ぶっぶー」
・・・『ワイ』ンとチー『ズ』だ・・・
いつか謝る機会を設けなければ・・・
宿屋の主人「あら、オシメが濡れているの? 替えてあげましょうね」
リュート「いや、大丈夫だ、俺がやる 実は逃げる際に荷物を失ってな まあ、色々と用意したいのだが、それも 聞きたくてな?」
リュート「この町にそういう世話が出来る者は 居ないだろうか? 俺達の着替え等の物も足りない、そういった店も教えて欲しいのだが?」
宿屋の主人「ああそうでしたか、ですよね? お荷物が少ないといいますか 手ぶらですものね?」
宿屋の主人「近くに布屋がございます 仕立ても受けているので安く作りましょう ワイズ君のオシメも心当たりがあります」
宿屋の主人「後は世話人として・・・あの・・・」
宿屋の主人「娼婦、は難しいでしょうか?」
宿屋の主人「あの、名ばかりの娼婦でして、 事情があって預けたと言いますか・・・」
リュート「ああ、いや別に構わない 職業に貴賤は無いと思っている」
宿屋の主人「ああ良かった、ありがとうございます! 先週でしたか、死産をしてしまった 可哀想な娘がおりまして・・・」
宿屋の主人「目も当てられない程にやつれてしまい、 その上に乳が張り裂けそうだと 泣いておりまして・・・」
なるほど。町人相手に宿を開いていれば
娼婦の知り合いも出来るか。
・・・しかしその娘、下手に赤子に
触れてしまうのは余計に可哀想な事に
なりはしないだろうか?
ワイズ「うく」
宿屋の主人「コケッ」
ワイズ「くふっ」
宿屋の主人「可愛いー!」
・・・なんの遊びだ?
わりと鶏頭を気に入った様子だが・・・。
リュート「・・・ああ、そうだ これだけは持って逃げたのだが、 換金出来る店はあるか?」
宿屋の主人「はい?」
宿屋の主人「これは?! なんとまあ?! 一年でも泊まって頂けますよ?!」
良い目利きをしているな?
道中で磨いておいて吉だった。
だが腕が限界だ。赤子を抱きながらは
もう二度とやらない。
リュート「ああ、代々伝わる石だが・・・ 置いてきた荷物を諦めるなら、もう これしか無くてな」
宿屋の主人「コケ・・・では、そうですね 朝一番で話を持って回っておきましょう」
宿屋の主人「その後に支度を整えて行かれては? 数日はかかるでしょうから、 のんびりされて下さい」
リュート「そうしてくれるか、本当に助かる 何もかも頼ってしまって申し訳ないな」
宿屋の主人「いえいえ、甘えて下さいよ 大変な目に遭われたのですから」
宿屋の主人「それにお客様は神様です!」
〇城の客室
・・・本当に一杯飲んで出て行ったな。
どういう奴なのか・・・
赤子「んば」
リュート「・・・ああ、尻が濡れているんだったか」
赤子「ぶ」
リュート「鶏頭がとりあえずと置いていったな ・・・これで拭いて、これを巻いてやれと」
リュート「では失礼す・・・なんだこの臭いは?」
赤子「・・・」
リュート「・・・そうか、飲んだら出るか 人間だしな 不思議な臭いがするものだな」
リュート「ゆるいな、腹が痛む訳ではないな? 乳しか口にしないとこうなるのか? これで健康なのか?」
赤子「ぶう」
リュート「・・・お前、女か?!」
赤子「だっ」
リュート「・・・動くな、頼むから」
赤子「ばぶあっ」
リュート「・・・吸い込まれて行ったが?」
赤子「ばっ」
リュート「あの先で迷惑を被る者はいないだろうな? どこに辿り着く術なんだ?」
赤子「きゃ」
リュート「・・・まあいい 自分で下の世話も出来て、身も守れるか」
リュート「・・・なんなんだ、お前は?」
赤子「だっぶ」
リュート「・・・ワイズではマズかったな、すまない」
リュート「・・・女は生き辛い地が多い 男であって欲しいと咄嗟に出てしまった」
リュート「せめて都にでも放り込んでやりたいがな その器量ならば子の無い貴族にでも 拾われるだろう」
リュート「・・・そうだな まずはこの町で旅支度をするか いっそ王都を目指そう」
リュート「それまで俺に稼がせてくれ 見付ける術を貸してくれるだけで良いし 道中でも良縁があれば置いて行ってやる」
リュート「王都の孤児院か教会にでも預けよう ・・・待てよ、魔術も学ばせなくては」
リュート「危なっかしくて見てられん・・・ 人前ではやるなよ? 引く手あまただろうからな」
赤子「ばぶー」
リュート「ああ、出来たぞ ・・・オシメとはこんなに複雑なのか」
赤子「だっ」
リュート「フンッ・・・呑気なものだな 少し眠る 用があれば泣け」
赤子「だ!」
リュート「フッ・・・」