10,000,000,000 ‐ヴィリヲン‐

在ミグ

第7話 約束(脚本)

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〇狭い裏通り
  尾行されている。
  バレバレなのは、敢えてなのか。ちょっと恥ずかしいくらいだ。
  とは言え、今の今まで気が付かなかったのだから僕も相当な間抜けだ。
  相手は何者だろうか。
  思い当たる節がないとは言えないが、紛争地域ならば兎も角、平和そのものの日本では検討がつかない。
  角を三回、同じ方向に曲がる。これで相手も気がついただろう。
  断っておくが僕は暴力が好きという訳ではない。
  だから決して不審者から身を護る為に、合法的に正当防衛の権利を行使出来る事を喜んでいる訳ではない。
  尾行などしていたのだから、やましい事があるのだろう。取敢えず手を抜く理由はない。
  寧ろ殺害しないだけ、とても紳士的な対応と言えるだろう。僕って優しい。
アメタ「名前と所属、目的を言え」
シンノウ「大気津・・・・・・ アメタだな?」
  どうやら僕の誠意が伝わらなかったらしく、股間にとても素敵な一撃をくれて差し上げた。
アメタ「質問に対して質問で返すなと、学校で教わらなかったか?」
  男が股の間をおさえてうずくまる。こりゃ酷い。一体誰がこんな事を。
アメタ「第参級食糧監察官、豊受シンノウ・・・・・・」
アメタ「上官を尾行するとは良い度胸だ」
アメタ「で? 労災の申請でもしに来たのか?」
アメタ「怪我をしたのは? 腕か? 足か? ん?」
シンノウ「・・・・・・あんたの動向を探っていた」
シンノウ「同志になってくれるんじゃないかと思って・・・・・・」
アメタ「同志? 同じFAOの職員だろう? 仲良くやろうぜ?」
シンノウ「そうじゃない」
シンノウ「俺達は『岩戸隠れの解放者』(アメノウズメ)」
シンノウ「革命組織だ」
アメタ「今どき革命って・・・・・・」
シンノウ「あんただって今の体制に不満があるから、わざわ紛争地域まで出ていってメシを食ってるんだろう?」
  やれやれ。僕もヤキが回ったもんだ。
  格下に知られてるんじゃ本部には筒抜けだろう。そろそろ潮時か。
  今なら始末書と減給くらいで済むだろうか。最悪、免職になっても食育送りでなければ良い。
シンノウ「どうだい?」
  しかし革命だなんて、本気で言っているのだろうか。ムルア達ARFの様な抵抗軍ならまだしも。
  革命など不可能だと断言する。確かにマスター・マザーを頂点とする体制ではあるが、しかし彼女はあくまでも象徴であり偶像だ。
  細分化された政府、自治体は山程あるし、倒すべき巨悪などどこにも存在しない。
  強いて言うなら『雰囲気』だろうか。空気と言い換えても良い。しかしそんなものを覆す手段など僕には想像もつかない。
シンノウ「食べる物がなくなって、人は平等になったと言うが全然そんな事はない」
シンノウ「一部の権力者が食糧を独占し、人々を支配している。歴史は繰り返されているんだ」
  その恩恵を受けているのはどこのどいつなんだよ。食糧監察官である以上、一般人以上の支給がないとは言わせない。
シンノウ「人は誰でも幸福を求める権利がある。自分だけの人生を選ぶ資格がある」
アメタ「そして格差のない、平等な世界を作る、か?」
シンノウ「その通りだ」
  ・・・・・・若いって良いな。
  そもそも人が平等になるなんてありえない。産まれた瞬間から格差は開いている。
  平和な国に産まれた奴。戦場で産まれた奴。自由な家庭で育った奴。妙な宗教家に育てられた奴。
  その中で可能な限りの幸せを見つけるしかない。努力はするが、しかしないものねだりをする程、僕は子供ではない。
  ましてや世界を変えようとするなんて。
アメタ「勇敢というよりは無謀だな」
アメタ「痛い目を見ない内に止めておけ」
シンノウ「・・・・・・無理強いするつもりはない」
シンノウ「気が変わったら連絡してくれ。あんたが仲間になってくれれば頼もしい」
  仲間になるつもりなどない。かなり迷惑だ。
  まあ、いざとなったら告発しよう。それで食糧の不正入手の件はチャラに出来るだろう。

〇地球
  日本の食料自給率、カロリーベースの低さについては語るまでもないだろう。
  先進国の中では最低レベル。生産額で換算すればそれなりだが、残念な事にカネで腹は膨れない。
  にも関わらず破棄が多く、輸送に掛かるエネルギー、フードマイレージはぶっちぎりで世界ワースト1だ。
  これは効率重視の生産が原因とも言われている。
  味や安全性よりも利益を重視するには、トウモロコシや大豆を飼料とするほか、
  病気防止や体重増加の為に抗生物質や成長ホルモンも混入される。
  しかし薬漬けの家畜から出る排泄物処理は不十分な事が多く、水質汚染など環境に悪影響を与える事もある。
  不衛生な環境により、未知の細菌やウイルスの新種が生まれる危険性を孕んでいた。

〇原っぱ
  というか実際にそうなった。
  新興(エマージング)ウィルスが蔓延し、一時日本は危機に瀕していた。
  まあ、それはクソ真面目な国民性(愚直とも言う)のお陰で研究が進み、新薬が開発されて、瞬く間に終息した。
  医療が爆発的に進歩した理由の一つだ。
  しかし土壌の汚染は避けられなかった。
  ボロボロになった土地は、新薬開発の過程で漏れ出した化学物質によって最早修復不可能にまでなっていた。
  自給率は更に下がり、世界的な食糧不足によって輸出制限がされると、あっという間に戦後直後の様な飢餓が広がった。

〇渋谷の雑踏
  その後に制定されたのが、定員法と呼ばれる法律だった。
  一定の年齢に達した国民の、医療、食糧配給、その他の保障を打ち切るというもの。
  つまりそれだけの扶養能力を失ったという事だ。酷な様だが増えすぎた人口を調整する意味では好都合でもあった。
  驚くべき事は、この悪法に国民があっさり順応してしまった事だ。
  既に政府の権力なんて殆どなくなってしまったというのに、大した反対運動があった訳でもなく、
  完全に諦めムード全開で日本の良い子ちゃん達は、この頭のおかしい法律を受け入れてしまった。
  聞き分けが良いのは結構な事だが、良すぎるのも問題だろう。
  まあ、大人しく権力に従った振りをしている僕が言う事ではないが。

〇アパートのダイニング
ウカ「久し振りだねアメタ」
  結局最寄りのホテルに空きが見つからず、僕は昔の知人を訪ねる事にした。
ウカ「いきなりだったから、びっくりしたよ」
  保食(うけもち)ウカ。学生時代の友人。
  というか元カノ。
  もう十年以上も会っていないが、まるでそんな時間を感じさせない振る舞いで出迎えてくれた。
アメタ「悪いな。いきなり泊めてくれなんて」
ウカ「ま、別に知らない仲じゃないしね」
  とは言え少々、というか中々、様変わりしてしまった様だ。
  綺麗になった。そんな言葉を用意していたのに世間の連中の例に漏れず、随分と痩せてしまっている。
  そして何より・・・・・・
アメタ「妹・・・・・・ じゃないよな?」
ウカ「娘。ウリコっていうの。今六歳」
  僕らはもう三十だ。子供の一人や二人いてもおかしくはない。
  しかし不覚にも驚いてしまった。だって僕に子供がいるだなんて想像がつかない。
アメタ「いいのか? 泊まっても。その・・・・・・」
ウカ「うん。大丈夫。父親はいないから」
  聞けばバンクで買った精子で妊娠した子だという。片親なんて珍しくもないが、少しショックだった。
ウカ「あ、でもご飯はないからね」
アメタ「そんなつもりはないよ」
  母さんの始末をどうしようか悩んでいるのに、まさか食欲なんて湧く筈もない。
アメタ「じゃあ今日一日だけ宜しくな。ウリコちゃん」
ウカ「ごめんね。ちょっと人見知りする子だから」
ウカ「ウリコ。こっち来て挨拶しなさい」
ウカ「アメタさん。ママのお友達」
  ウカはすっかり母親が板についている。とても同級生とは思えない。
  もしも僕とウカが結婚していたら、こんな日常があったのだろうか・・・・・・
  止めよう。意味のない妄想だ。
ウリコ「う・・・・・・ うけもち、ウリ、コ、です」
アメタ「大気津アメタです」
  軽く握手をする。子供特有の柔らかい、小さな手だった。
  付き合っていた頃のウカを思い出してしまう。彼女も昔はこんな風に健康的な手をしていた。
  それが今では枯れ木の様に痩せていて、あかぎれがいっぱいの母親の手になっていた。
アメタ「なあウカ。ちゃんと食べてるのか?」
ウカ「セクハラ」
アメタ「そうじゃなくて・・・・・・」
ウカ「・・・・・・うん」
ウカ「その・・・・・・ 私は食べない様にしてるから」
  言わんとしている事はわかる。
  彼女もまた飢渇至上主義になった、という
  事だ。
  なんてこった。昔はあれほど嫌っていた思想にあっさり帰依するなんて。
  しかも未婚の母だなんて。
  これじゃまるっきり母さんと同じじゃないか。これが大人になるって事なのか?
ウカ「あ、でもウリコにはしっかり食べさせてるよ?」
アメタ「当たり前だ」
ウカ「仕事だってちゃんとしてるし?」
  長い話になるのかな? そう判断したのかウリコが奥の部屋に駆けていった。まあ子供には退屈な話題だろう。
  僕らも話している内容こそ今のものだが、気分はすっかり学生時代に戻っていた。
アメタ「仕事って?」
ウカ「セールスレディ。カロリー保険の」
アメタ「何それ?」
ウカ「加入者の死亡年齢を平均寿命から差し引いて、」
ウカ「今後摂取したと予想されるカロリーの三分の一に当たる食糧を遺族に支払うの」
ウカ「知らない?」
アメタ「色んな仕事があるんだな」
ウカ「加入者は結構いるんだよ。料金は掛け捨てだけど安いし」
ウカ「アメタも入っとく?」
アメタ「無理だろ。いつ死ぬかもわからないのに。審査が通らない」
アメタ「大体、受け取る家族がいない」
ウカ「え? お母さんがいるじゃん」
アメタ「そろそろ危ないってさ。それで帰ってきたんだ」
ウカ「あ・・・・・・ ごめん」
アメタ「いいさ。遅かれ早かれ、いつかはこうなるって覚悟はしてた」
ウカ「そっか・・・・・・ ホントにごめん。全然知らなかったから」
アメタ「言わなかった僕が悪いさ。突然押し掛けたんだし、謝るのは僕の方だろ」
  携帯端末を取り出して、銀行口座とフードクレジット画面を呼び出した。
  政府から食糧を受け取るには、このフードクレジットが必要になる。古い言い方をすれば配給切符か通帳だろうか。
アメタ「これ、宿泊代。忘れない内に渡しておく」
ウカ「え? いいよ。そんなの。受け取れないって」
アメタ「いいから」
ウカ「ダメだったら」
  こうなるときかない。昔から妙に頑固なのだ。
  その頑固者の自由主義者が、今では立派なハングリストなのだから時の流れとは恐ろしい。
アメタ「じゃあせめて何かさせてくれよ。僕が納得出来ない」
ウカ「う〜ん・・・・・・」
アメタ「ちょっと待った。何か良からぬ事を・・・・・・」
ウカ「明日デートして❤」
アメタ「どうしてそうなるんだ」
ウカ「いいじゃん。久し振りなんだし。ね?」
  こうなるときかない。パート2
アメタ「わかったよ。しかし子連れでか?」
ウカ「うん。家族ごっこしよ?」
ウカ「あ!」
ウカ「寝ちゃったみたい」
アメタ「じゃあ、僕らもそろそろ・・・・・・」
ウカ「エッチする?」
アメタ「・・・・・・寝る」
  ウカは昔からこんな調子だった。自由で、奔放で、身勝手で、何者にも束縛されないマイペースな女。
  今は母さんと同じ、未婚の母。飢渇至上主義者。
  僕の知っているウカはもういない。

次のエピソード:第8話 幼児退行化現象

コメント

  • 淡々と追跡者の急所を攻撃するアラタかっこいい。
    元カレとヨリを戻す展開もあるのか気になる

  • うう、日本ってそういうとこあるーって納得してしまうのがつらい。ウカさん食べないのがひっかかるけど、楽しそうなキャラですね。

  • このお話に出てくる女性のキャラ、みんな強くて大好きです😆 これからの展開がまた。楽しみです!

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