グレーのジャケットの男(脚本)
〇古いアパートの一室
午前10時‥
ピンポーン♪
『お届け物でーす』
若宮はづき「ホントに‥届いた‥」
若宮はづき「中身って‥これ?」
なぜ私がここにいるのか?
それは1週間前のある日のことだった。
〇公園のベンチ
1週間前
若宮はづき「なんでこうなんだろう‥」
若宮はづき「(派遣切られちゃうし、家賃溜まってるし、もうどうしたら‥)」
「お困りですか?」
若宮はづき「えっ?‥いえ‥」
若宮はづき「(誰‥?)」
瑠璃沢(るりさわ)「不審に思われるのも無理はありません、失礼しました。私、こういう者です」
若宮はづき「名刺‥ るり‥さわ‥さん?」
瑠璃沢(るりさわ)「はい、るりさわと申します。実はあなたにある仕事をお願いしたいんです」
若宮はづき「仕事‥?」
瑠璃沢(るりさわ)「はい。そして報酬は1日20万円」
若宮はづき「20万円!1日で!」
瑠璃沢(るりさわ)「はい。高額な報酬ではありますが、あなたにだからこそ、お願いできる仕事なんです」
若宮はづき「‥どうして私なんですか?」
瑠璃沢(るりさわ)「詳しくお話しできませんが、あなたはその立場にあります。私には見ればわかりますので」
若宮はづき「見ればわかるって‥」
瑠璃沢(るりさわ)「いかがでしょう?お受け頂けますか?」
若宮はづき「‥仕事って何を?」
瑠璃沢(るりさわ)「トランクが届きます」
若宮はづき「トランク?」
瑠璃沢(るりさわ)「はい。あなたに届くトランクの中身を、ある人に届けてほしいんです」
そう言って男は、この仕事のルールを話し始めた。
〇雑踏
トランクは1日一つ、午前10時にアパートの部屋に届く。
私はその部屋に住み、トランクの届く期間はそこで暮らすこと。
トランクは全部で10個。土日は届かないので、この部屋で暮らすのは計12日間になる。
トランクの中にメモが入っている。それに従い、指定の時間と場所で指定の人物にトランクの中身を渡すこと。
報酬は1日20万円、トランクの中に荷物と一緒に入っている。
この仕事のことは誰にも話さない、そしてこの仕事について詮索しないこと。
届けた日の夜に確認の電話をするから、必ずそれに出ること。
〇公園のベンチ
若宮はづき「それだけで‥1日20万円?」
瑠璃沢(るりさわ)「はい。これが条件です。受けて頂けるのなら、来週の月曜日が最初の日となります」
若宮はづき「来週‥ですか」
瑠璃沢(るりさわ)「アパートに必要なものは揃っておりますので、生活には問題無いかと」
若宮はづき「どうしたら‥」
瑠璃沢(るりさわ)「あなたにとっては、変化のきっかけになるはずですよ」
『変化のきっかけ』その言葉に背中を押され、私はこの仕事を受けることにした。
〇古いアパートの一室
現在
若宮はづき「たしかメモが入っているはず‥あっ、これか!」
若宮はづき「『タウンモール反町の噴水前に12時、グレーのジャケットの男に渡す』‥これだけ?」
若宮はづき「12時って‥えっ!もう11時半じゃない!急がないと!」
そして私は足早に指定の場所に向かった。
〇モールの休憩所
若宮はづき「噴水前って‥ここか?」
グレーのジャケットの男「トランクの人?」
若宮はづき「えっ?トランクの人って?」
グレーのジャケットの男「だってあんた、トランクの中身を届けに来たんだろ?」
若宮はづき「トランクの事を知ってるんですか?」
グレーのジャケットの男「そりゃ、まあな」
若宮はづき「あのトランクって、いったいどんな意味があるんですか?」
グレーのジャケットの男「言われなかった?あんまり詮索するなって」
若宮はづき「あっ、そうだ、すいません‥ あれ?何でわかったんですか?」
グレーのジャケットの男「何が?」
若宮はづき「私がトランクの中身を持ってるって、だって初めて会うのに‥」
グレーのジャケットの男「そりゃ、見たらわかるよ。トランクの人だって」
若宮はづき「見たらわかる‥?」
グレーのジャケットの男「それより、ほら、中身」
若宮はづき「あっ、すいません、これです」
グレーのジャケットの男「はい、確かに。おっ、この本だ」
若宮はづき「(封筒の中身って本だったのか‥) それ、何の本なんですか?」
グレーのジャケットの男「また詮索を‥まあいいか。これ、経済学の本」
若宮はづき「経済学‥へー」
グレーのジャケットの男「へーって、興味なさそうだな」
若宮はづき「すいません‥なんか経済学とか、自分には関係無いというか‥」
グレーのジャケットの男「関係無いか‥なあ『パレート改善』って知ってるか?」
若宮はづき「『パレート改善』?」
グレーのジャケットの男「経済の用語でな『誰の効用も犠牲にせず、少なくとも一人の効用を高めることのできる変化』って意味なんだ」
若宮はづき「効用?変化?」
グレーのジャケットの男「わかんねぇか、アハハハ」
若宮はづき「すいません‥」
グレーのジャケットの男「もっと簡単に言うと『誰の損にもならず、少なくとも一人には良いことを起こす変化』って意味。これならわかるだろ?」
若宮はづき「はい‥すごく良いことみたいに思えます」
グレーのジャケットの男「な?自分にもけっこう関係ありそうだろ?」
若宮はづき「はい、何かもっと知りたくなりました!」
グレーのジャケットの男「まあ、知りたいって思うことも、変化のきっかけのひとつだからな」
若宮はづき「変化の‥」
グレーのジャケットの男「経済学、興味を持ってくれて良かったよ。 それじゃあな!」
若宮はづき「あっ!えっ?これで終わりですか?」
グレーのジャケットの男「そう、あんたの役目はここで終わり。ここからは俺の‥役目かな?」
若宮はづき「‥この後、何かするんですか?」
グレーのジャケットの男「また詮索を‥しいて言えば、俺なりの『パレート改善』だよ」
若宮はづき「『パレート改善』‥」
グレーのジャケットの男「じゃあな‥がんばれよ!トランクの人!」
そう言ってその男は、すっきりとしたような笑顔で去っていった。
〇古いアパートの一室
部屋に戻り、ボンヤリと今日起きた事を考えてみたが、どうもうまく整理が出来ない。気がつくと外は薄暗くなっていた。
若宮はづき「もう夕方か‥」
何気なしに点けたテレビではニュースが流れ、昼間、あの男と会ったショッピングモールが映っていた。
若宮はづき「あれ?この場所って、今日の‥」
〇モールの休憩所
レポーター「本日の午後5時頃、ここタウンモール反町で、男性が刃物で刺され亡くなりました」
レポーター「亡くなったのは田之上隆二さん44歳」
レポーター「田之上さんは犯人が突然子供に襲いかかろうとした際、身を挺して子供を庇い」
レポーター「その際、犯人に刃物で刺され亡くなったとの事です」
〇古いアパートの一室
被害者として画面に映った男性は、私がトランクの中身を渡した、あの男だった
若宮はづき「そんな‥」
プルルルルー☎
若宮はづき「はい‥もしもし?」
瑠璃沢(るりさわ)「こんばんは、瑠璃沢です。初日お疲れ様でした」
若宮はづき「あの、さっきニュースで、田之上って、今日渡した人が‥亡くなったって‥」
瑠璃沢(るりさわ)「はい、私も先程ニュースで‥残念なことです」
若宮はづき「これって‥あのトランクの中身を渡したことと、何か関係が‥?」
瑠璃沢(るりさわ)「そうですね、なんとお伝えしたら‥」
若宮はづき「あるんですね‥」
瑠璃沢(るりさわ)「無いとは言えません。ただこれは、あの方が決めた事でもあるんです」
若宮はづき「あの方が決めた‥」
瑠璃沢(るりさわ)「どのようになるかはわかりませんが、それも含めて、あの方が決めた事です」
若宮はづき「子供を庇って刺されて殺されるのが、あの人が決めた事って‥そんな‥」
瑠璃沢(るりさわ)「混乱なさるのも無理はありません‥」
若宮はづき「よくわからない‥ですよ‥」
瑠璃沢(るりさわ)「お仕事、続けられますか?」
若宮はづき「えっ?」
瑠璃沢(るりさわ)「無理をしてこの仕事を続けろとは言いませんので‥」
瑠璃沢の言葉に悩んでいると、あの人との別れ際の、すっきりとした笑顔が思い出された
若宮はづき「あの人、笑ってたんですよ‥」
瑠璃沢(るりさわ)「笑ってた?」
若宮はづき「私との別れ際、すっきりとした顔で笑ってたんです」
瑠璃沢(るりさわ)「‥そうですか」
若宮はづき「なんであんな顔で笑えるんだろうと思って‥」
瑠璃沢(るりさわ)「そうですね‥それはあの方が、変化したからでしょうね」
若宮はづき「会った事あるんですか?あの人に?」
瑠璃沢(るりさわ)「はい。私がお会いした頃は、とても厳しい感じの方でしたが‥あなたはどう思われましたか?」
若宮はづき「私は‥なんか、おおらかと言うか‥」
瑠璃沢(るりさわ)「おおらかですか。だとしたら、ずいぶんと変わった‥変化したのかもしれません」
若宮はづき「変化‥」
ふと、あの時の言葉を思い出した。
グレーのジャケットの男「『誰の損にもならず、少なくとも一人には良いことを起こす変化』」
若宮はづき「あの‥」
瑠璃沢(るりさわ)「はい?」
若宮はづき「いつか、ちゃんと説明してもらえますか?」
瑠璃沢(るりさわ)「説明?」
若宮はづき「約束のとおり、詮索はしません。だからこの仕事が、10個のトランクの中身を渡し終えたら‥」
瑠璃沢(るりさわ)「‥はい」
若宮はづき「この、よくわからない出来事をちゃんと教えてほしいんです。そうじゃないと‥」
瑠璃沢(るりさわ)「わかりました。全て渡し終えたら、あなたに事情をお話ししましょう」
若宮はづき「‥ありがとうございます」
瑠璃沢(るりさわ)「‥それではお電話はこれで。明日も宜しくお願いします」
電話が切れた後、しばらく放心したようにしていると、また、あの人の言葉を思い出した。
グレーのジャケットの男「しいて言えば、俺なりの『パレート改善』だよ」
若宮はづき「あの人‥子供の命を助けたんだよな‥」
でも、まだわからないことがいくつもある。
あの人は、なぜ私が中身を届けにきたとわかったんだろう?
トランクの中身とあの人が亡くなった事に何の関係があるんだろう?
そもそもこの仕事は何なんだろう?
そして、瑠璃沢とは何者なんだろう?
そんなことをぼんやりと考えていた。
若宮はづき「私もあんな顔で笑う事‥出来るようになるのかな‥」
明日も‥10時になればトランクが届く
つづく
遅くなりましたが、一気読みをさせて頂こうと思い立ちました
シンプルに演出効果も何もない初期の作品フォーマットながら、今まで読んだどの初期作品よりも素晴らしく面白い1話だと震えました。
ミステリーでもありサスペンスでもあり、ちょっと不思議なヒューマンドラマをも感じさせる傑作です。
あまりに深く感銘を受けたため、絵文字などは使用せず感動が伝えられたらなと感想を書かせて頂きました(笑)
これは
「当たり」の予感
自動タップで読み流すと大損してしまうかも
と思うの
トランクの中身は気になってたんですが、本だったとは。
それでいてあんな事件が起きて…なんだか謎が深まりますね。
最後のトランクを運んだ時に解明するのかな?