第一話(脚本)
〇黒背景
僕にとっての初恋は多分、中学生の時のアレだったんだと思う。
今でも忘れられない一つの恋の話がある。
・・・・・・うん、旦那の初恋の話なんか聞きたくないだろうけどさ、今回の件に無関係じゃないんだ。
だから、しっかり聞いて欲しい。僕達にとって、とても大切な話だから。
〇田舎の学校
小学校の時、僕は自分が本気でサッカー選手になれると思っていた。
恥ずかしいことだけど、己には本当にその才能があると思ってたんだ。
サッカー一筋だったから、女子に目を向けることもなく、恋らしい恋をしたこともなかったってわけだね。
まあ中学生になって完璧に打ち砕かれたんだけども。・・・・・・なんせ、全国に行くくらい強い学校だったんだ。
小学校でエースだった自分が、まさか二軍スタートだなんてどうして想像できる?
きっと自分はサッカーの神様に愛されてて、他の人ほど努力しなくたってプロになれると滑稽にも信じていたのさ。
結局、そんなわけもなかったから今サラリーマンしてるんだけどね。
そこには恵まれた体格と身体能力にあぐらを掻いて、練習もどこか手抜き気味にやってた僕なんか足元にも及ばない・・・・・・
そんな凄い選手がたくさんいたんだ。
奢り高ぶったプライドが、粉々になるのを感じたよ。
そしてあろうことか当時の僕は、そんな自分の弱さを認める勇気がなかった。
自分は才能があるんだ、神様に選ばれた天才なんだと信じたかった。
だから、自分の力を生かさないコーチや、ポジションを奪った先輩達を逆恨みした挙句、
ソッコーでサッカー部をやめようとしたわけ。
そんな時、僕を引き留めたのが――女子マネージャーをしてた、聖奈《せいな》先輩だったんだ。
聖奈「ふーん、逃げるんだ。とんだ負け犬だな」
負け犬。そう言われてカチンと来て、僕は彼女に思わず掴みかかってしまった。
あんたに何がわかるんだ、この惨めな気持ちをどうして理解できるんだ、って。
で、返り討ちにされた。
女だけど彼女は体を鍛えてたし、柔道の心得もあってすっごい強かったんだ。
その場で見事に転がされて、彼女の顔を見上げた時のことは今でも忘れられないよ。
聖奈「すぐに暴力に訴える。弱虫の典型だな」
彼女はじっと僕を見下ろして言ったよ。
聖奈「本当に強い奴は、気に喰わないことを言われても我慢できる。あるいは筋の通った反論ができるってなもんだ」
聖奈「でもお前はそれができなくて、暴力振るうことであたしを黙らせようとした。図星突かれてびびったからだろ」
聖奈「まあ、やめたければやめろよ。うちのサッカー部に必要なのは才能どうたらじゃない、努力する“勇気”がある奴だけだからな」
聖奈「今のお前じゃ、ボール代わりにてめえが蹴られるのがオチってなもんさ」
よくもまあ、ペラペラとこれだけ煽ることができたもんだ。
とはいえ、中一のガキだった僕には、そんな簡単な挑発を受け流すだけの器量もなく。
ようするに、あっさりと乗せられたのである。
彼女がクラスのどんな女子より美人だったのも大きかった。こいつに馬鹿にされたままやめるなんて冗談じゃないと思ったわけだ。
一軍になって、なんていうかエースになって。こいつを見返してやろうと思ったわけだな。
今思うと、彼女もそんな僕の煽り耐性に低さを分かってやったんじゃないのかなあ。
僕はサッカーに対して相当ナメた態度を取ってたのは事実だけど、中一としては相当タッパもあったし、
まあ貴重な経験者であったのも事実だからね。
少し挑発してみてどれくらい乗ってくるかを試したんじゃないかなって――まあ、考えすぎかもしれないけど。
〇黒背景
で、どうなったかといえば。
僕は、今までの倍の倍くらいは練習に打ち込むようになった。
そして二年生になる時にはレギュラー入りした。
残念ながらフォワードじゃなくてディフェンダーとしての起用で、正直落ち込んだんだけどね。
しかもリベロってわけでもないから、シュートの機会はほとんど巡ってこないと言っていい。
かっこよくゴールを決めるところを彼女に見せつけてやりたかったのに、すごく残念だったよ。
そう、最初は“得意だから”でなんとなく楽しくやっていただけのサッカーが、
この時には“彼女に認めさせる”ための真剣なものに変わっていたんだ。
彼女の存在は、僕にとって一つの目標のようなものに変わっていた。
彼女は言葉もきついし、喧嘩も強いし、コーチと一緒にびしばしと説教垂れてくることもあるような人だったけど
(というか、殆ど第二のコーチになっていた。マネージャーっていうより先生だ)、
頑張って頑張って成果を出した時はちゃんと褒めてくれる人で。
〇田舎の学校
特に、一年生の終わりに初めて紅白戦で活躍した時は、本当に嬉しかったな。
聖奈「なんだ、お前やればできるんじゃん。・・・・・・最高にかっこよかったぜ」
それだけ。
それだけの褒め言葉が、まるで天にも昇る心地だったんだ。
思えばその時にはもう、僕は彼女に完全に惚れ込んでいたんだと思う。
女の子のことを明確に“好き”だと思ったのは、間違いなくあれが初めてだったんだろうな。
そして、僕がディフェンダーにコンバートされてがっかりした時も。
聖奈「お前は馬鹿か。ディフェンダーがいるから、フォワードの連中が安心して攻撃に集中できるんだっつーの」
聖奈「失点の殆どはキーパーじゃなくてディフェンダーの責任だって言われてるのは、それだけディフェンスの力が大きいってことだ」
聖奈「・・・・・・お前ならできる。ポジション替えても頑張れる。そう判断したから、監督もコーチもあたしもお前を起用したんだよ」
聖奈「だからなんていうか・・・・・・もっと自分に胸を張りやがれってんだ」
不器用なりに、僕のことを一生懸命励まそうとしてくれているのがわかって本当に嬉しかった。
そして誓ったんだ。彼女はこの時三年生。僕が二年生のこの時がラストチャンス。
去年は全国に行く前に敗退してしまったこのサッカー部を、僕の力できっと全国に連れて行くんだって
そして、全国出場できたら、彼女に告白しよう。そう思ってたんだ
まあその結果がどうなったかは・・・・・・君もお察しの通り、なんだけどね