第二話(脚本)
〇黒背景
その聖奈さんのことなんだけど。
僕が見たことのある彼女の姿は、大抵サッカー部のジャージ姿。校舎の中で歩いている時も、ちょっと変わった格好をしていたんだ
うちの中学校、公立なのに制服が可愛いってことで有名だったんだけどさ。その可愛い制服を、彼女は台無しにしてたんだよな。
具体的には、いっつもスカートの下にジャージのズボンを履いてた。これが冬だったなら、ああ寒いんだな、っで済んだんだけど。
夏の暑い時期でさえズボン履いてるから、不思議だなあって思ってたんだよな。
せっかく女子は男子と違って、生足晒しても許される制服してるのに。というか、なんか世間の雰囲気的にとも言うべきか
――一定年齢以上の男子が短パンだと微妙な顔されるのに、女子は許されるというか。
なんでわざわざ暑いカッコするんだってずっと考えてた。
それに、彼女に惚れてる身としては勿体ないと思ってたんだ。男の子みたいに髪をばっさり切っちゃって、可愛い制服をダサくして。
もっと女の子らしい髪型とか服装にすればぜったい素敵なのにって。――そう。
〇田舎の学校
だから、ある日。僕は罪を犯した。
僕「聖奈さんって、リフティングもドリブルも上手いですよね。サッカーやってたんですか」
居残り練習に付き合ってもらったある日。ああ、言い忘れてたけど、彼女はぼくと一緒に練習してくれることが少なくなかったんだ。
マネージャーなのに、彼女は普通にサッカーがうまかった。
ぶっちゃけ、小学校でエースだったぼくが彼女からボールを奪えるようになるまで本当に時間がかかったほどでさ。
僕「小学生までサッカーやってた、とか?」
聖奈「まあ、そんなところだ」
僕「やめちゃったんですか、勿体ない」
ふと、疑問が沸き上がったのである。彼女のパスを胸で受け止めて、ずっと思ってたことをいくつも尋ねてしまったんだ
僕「それに、聖奈さんって不思議ですよね。なんで制服着てる時、夏もずっとジャージ下に履いてるんですか」
僕「絶対あれ、無い方が可愛いのに勿体ない。ていうか、髪伸ばしたりしないんですか?聖奈さん、美人だし・・・・・・」
そこまで言ったところで。彼女がなんとも言えない顔で俯いていることにやっと気づいた。
ほんのちょっと、気になってたことを訊いただけ。あとは、自分なりに彼女を褒めただけのつもりだった。だけど。
その表情だけで察したんだ。自分がたった今、とんでもない失敗をしたんだってことに。
聖奈「・・・・・・お前は、いいよな。男に生まれて」
それは、初めて聞くような声。
聖奈「小学生までは男子も女子も一緒にサッカーできてたのにな」
聖奈「サッカー部って、バスケやバレーみたいに男子サッカー部なんて言わないのに・・・・・・女子は当然のように厄介払いされるんだぜ」
聖奈「一緒にプレイできねえ、怪我させるのが怖くて無理ってな」
聖奈「あたしだって、中学でサッカーやりたかったよ。でも・・・・・・イチから部員集めてサッカー部作れって言われるんだぜ、女子は」
聖奈「サッカーは、一チームで十一人いなくちゃいけねえってのに・・・・・・」
僕「聖奈せんぱ・・・・・・」
聖奈「制服だってそうだ。何でだよ。何で女子はスカート履いてなくちゃいけねえんだ」
聖奈「髪伸ばさないと女の子らしくないって言われるんだ。胡坐を掻いたら叱られるんだ」
聖奈「おしとやかにしなくちゃいけない、優しいのが当たり前、可愛くしなきゃ、お洒落にしなきゃって・・・・・・なんで」
くしゃり、とその顔が歪む瞬間を、見た
聖奈「なんで・・・・・・“俺”。“あたし”って言わなくちゃいけねーの?おかしいじゃん、そんなの・・・・・・」
それで、僕はやっと全てを察したんだ。彼女が妙に男っぽい喋り方をする理由。
何かに刃向うように、暑くてもズボンを履いていた理由。意地でも髪を伸ばさない理由。
僕の居残り練習に付き合ってくれたのも多分──
本当はマネージャーとしてではなく、選手としてそこにいたかったからだっていうことに。
うん、現代の学校ならさ。制服は自由だったり、スカートやズボンの指定がないところもあるって知ってるよ。
でも、少なくとも当時はそうじゃなかった。僕の学校は違ってた。
彼女は周囲に押しつけられる“女の子”の理想像にどんだけ苦しんできたんだろうか。
なまじ、凄く可愛い顔をしているってこともコンプレックスになってたのかもしれない。
彼女の顔は、誰がどう見ても男の子には見えなかったから。
聖奈「・・・・・・悪ぃ、忘れてくれ」
話は、それで終わった。僕は、彼女に何も言うことができなかった。
自分は今までずっと、彼女の何を見て来たんだろう。そんな自己嫌悪で、今にも倒れそうになっていたから。
気持ち悪い、なんて己が思わなかった事だけが唯一の救いだなんて、なんとも馬鹿げた話じゃないか。
〇黒背景
練習はそれでお開きになって。
同時に、彼女が僕の居残り練習に付き合ってくれたのも、それが最後になってしまった。
そして僕達の学校は全国へは行けたものの、初戦で敗退。
僕の気持ちは宙ぶらりんのまま、彼女が卒業するその日を迎えることになったんだ。
〇まっすぐの廊下
僕「聖奈先輩!」
聖奈「あ・・・・・・勝弥《かつや》」
卒業式が終わったあとの廊下で、僕は彼女を見つけて呼び止めた。
その日だけ彼女はスカートの下にジャージを着ていなかった――多分先生に許して貰えなかったんだろう。
ずっと見たかったはずの、ズボンを履いてない彼女の可愛らしい制服姿。それなのに、今は胸が痛くて仕方なかった。
僕「・・・・・・ごめんなさい!あの日・・・・・・居残り練習の日、酷いこと言って、本当にごめんなさい!」
その時やっと僕は、ずっと言えなかった言葉を彼女に告げたのだ。
僕「僕・・・・・・先輩のこと応援してます。いつか本当の先輩を見てくれる人が現れること、その人と一緒に幸せになれること!」
僕「僕・・・・・・僕は確かに心も体も男で、男として幸せに生きてきたけど、ちょっとわかることもあるから、その・・・・・・」
卑怯だと、わかっていた。
でも、言わずにはいられなかった。
僕「でも・・・・・・僕も、絶対に叶わない恋をしてたから、わかるんです」
僕「・・・・・・想いが伝わらなくても、僕は。その人の未来を、応援したいです」
その言葉で、彼女も察しただろう。僕がずっと彼女に片思いをしてきたってこと。
世の中には、いろんな恋愛趣向の人もいる。
同性のことも愛せるって人もいるし、男になりたいことと恋愛対象はまた別の問題だということも知っている。
だから、ほんの少しだけ淡い期待があったのも事実だ。でも。
聖奈「・・・・・・ありがとう。でもって・・・・・・ごめんな」
彼女の泣きそうな顔と、その返事が全てだった。
聖奈「次にもし会うことがあったら、その時は完全に“俺”になってるかもしれないけど」
聖奈「もう“聖奈”じゃないかもしれねえけど。・・・・・・それでも」
僕「先輩は、僕の最高の先輩です。・・・・・・なんなら、親友になってくださってもいいんですよ?」
聖奈「はは。言うじゃねえかお前も」
許された。そう思ったのは、一体どっちだっただろう。
お互いに握手をして、僕は彼女と別れた。
同時に僕の初恋も、ひっそりと息を止めたんだ。
〇おしゃれなリビングダイニング
なあ、佳澄《かすみ》。
ここまで話したらもう、僕が何を言いたいのかわるだろ?
確かに、ショックだったと思うよ。ずっと娘だと思って育ててきた子が、実は男の子だったんだから。
自分は男で、本当は女の子が好きなんだって言ってきたんだから。でもさ。
それは、病気なんかじゃない。
真澄《ますみ》のその心は、治療するようなものじゃない、大切な大切なあの子の一部だ。個性だ。
僕達は親として、それを尊重する義務があると思うよ。
同時に悔いなければいけない。
僕や佳澄、お祖父ちゃんやお祖母ちゃんが言ってきた何気ない言葉があの子を傷つけてきたこと。
スカートを履きなさい、女の子らしくしなさい、おしとやかに、結婚楽しみにしてる、孫の顔を見せて――その他もろもろ。
あの子は二十年もそれを隠して、傷つきながら我慢して生きて来たんだ。僕達がそうさせてしまっていたんだよ。
そろそろ、その苦しみから解放して、自由にさせてあげてもいい頃じゃないか。
あの子を救って、僕の初恋の罪がなくなるわけじゃないのはわかってる。それでも願わずにはいられないんだ。
だってそうだろう。
男の子でも女の子でもそれ以外でも。真澄が僕達の可愛い子供であることに変わりはないんだから。