第10章 坂口さんの正体(脚本)
〇ビルの裏
私の口を見た部長たちは皆たじろぐ。
部長「さ、坂口、お前本当に口が……。」
坂口「私の方が綺麗でしょ……?」
にじり寄ってくうちに部長は膝をつき、
そのまま倒れていった。
課長「だ、大丈夫かい?」
係長「しっかりしてくださいよ、部長!」
部長に歩み寄る二人。
そして、立ち尽くす彼女を見て、我に返る。
坂口「ご、ごめんなさい……。」
華「待って、坂口さん!」
〇アーケード商店街
私は逃げるように道を抜けると、
人通りの多い場所へ出てきてしまった。
顔を見られないように走ろうとするが、
どうしてもぶつかってしまう。
通行人「うわぁ!」
坂口「す、すみません……。」
通行人「いや、こっち来ないで! 誰か助けて!」
女性の悲鳴が響き、
周囲の視線が一気に集まる。
通行人「口裂け女だ! 化け物がいるぞ!」
通行人「こいつ、人間を襲ったぞ! 今すぐ捕まえろ!」
坂口「ち、違うのに……。」
大声で否定できるはずもなく、
私は再び走り出した。
〇入り組んだ路地裏
慣れない道を通ったせいか、
場所も方向も分からなくなってしまった。
足を止めると、身体は深呼吸をした。
マスクをしてないおかげで
いつもより空気が入ってくる。
なのに、今はそれが辛かった。
坂口(こんな顔見せたらこうなってしまうことくらい 分かってたはずなのに……どうして……。)
思い出すのは、
先ほどの悲鳴に皆の驚き怯えた顔。
そして、自分にさえ優しくしてくれる彼女。
坂口(やっと、好きになれる人に会えたのに……。)
坂口(それを、自分で、壊して……。)
私は、声をあげて泣いた。
涙は裂けた口を伝い、
閉じることのできない口からは唾液が溢れた。
暗がりの中、惨めな泣き声が妙に響く。
ふと、こちらに向かってくる足音がした。
華「ここにいたんですね、坂口さん。」
坂口「百合野さん・・・・・・ごめんなさい。 私のことを気にかけてくれたの、 分かってたのに、こんなことして・・・・・・」
華「私の方こそ、ごめんなさい。」
華「坂口さんのこと、全然知らなかったのに、 色々しようとして……。 結局傷つけてしまって……。」
愛らしい瞳から大粒の涙を流すと、
彼女は私を抱き締めた。
華「でも、これだけは信じてください。 私は坂口さんの味方になりたいんです!」
坂口「……なんで、そこまで言ってくれるの? こんな醜くて酷い顔した私に?」
そう問いかけると、
彼女の抱き締める力が一層強くなった。
華「それは……坂口さんが好きだから、です。」
彼女がどんな意味でその言葉を
言ったのかは分からなかった。
でも、私はずっとその言葉を
待っていた気がする。
暗い路地裏を表通りのネオンが照らす中、
長年苦しめられた傷がやっと癒えていった。