黒兎少女

武智城太郎

第四話 通り魔 (後編)(脚本)

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〇古いアパート

〇怪しい部屋
サンドル「それでどうなった?」
柏木倫子「九条綾音は五日も学校を休んでる」
柏木倫子「今も悪魔憑きのまま家にいるらしいわ」
サンドル「その悪魔、よほどその娘の体が気に入ったんだろう」
柏木倫子「わたしが彼女の悪魔祓いをする」
サンドル「なぜだ?」
柏木倫子「これよ」
  画面に表示されているのは、ある企業サイトのトップページ。

〇風流な庭園
  そこに、背広姿の中年男性の写真が掲載されていた。
  背後の庭池には、高級そうな錦鯉が何匹も泳いでいる。

〇怪しい部屋
柏木倫子「これが九条綾音の父親よ。会社経営者ね」
サンドル「庭屋か?」
柏木倫子「これは高価な池の鯉を自慢したいだけ。工場の機械を作ってる会社だって」
サンドル「金持ちなんだな?」
柏木倫子「ええ。悪魔祓いをして、謝礼に十万円むしり取るわ」
柏木倫子「これが魔女として、初めての稼ぎになるわね」
サンドル「前にも言ったが、その悪魔の格が高かったら手痛いしっぺ返しを食うぞ」
柏木倫子「たぶん、そうはならない」
サンドル「なぜわかる? 説明できるか?」
柏木倫子「できない。勘だから」
サンドル「勘か。なら、いいだろう」
柏木倫子「この〈小瓶の悪魔〉の魔法でできるでしょ、悪魔祓い」
サンドル「成功すればな」
柏木倫子「翻訳もこれで合ってるはずだわ」
サンドル「〝自分の魔導書〟には書き写したのか?」
柏木倫子「今からやる」
  倫子は本棚から、いかにも西洋の魔導書っぽい本を取り出す。
  元々は、魔導書風の装丁をほどこしただけのノートにすぎず、ネット通販で四千円で購入したものだ。
  これに日本語訳を書き込むことで、原則的には、その魔法を使えるようになるのだ。
  自らの手による写本でなくては、新たな魔法は得られないという法則は、古代からの常識であった。
  倫子は黒の羽根ペンの先をインク壺につけ──
  〈小瓶の悪魔〉に関する記述を、慎重に魔導書に書き写していく。
サンドル(もし書き損じたら、一ページ丸々破り捨てて、一から書き直さなくてはならん)
サンドル(翻訳間違いはもちろんのこと、悪筆の場合でも、魔法の効力に悪い影響が出てしまう)
柏木倫子「よし、これで完璧!」

〇高級一戸建て
  九条邸──
家政婦「柏木様ですね。私はこの家の家政婦でございます」
柏木倫子「どうも」
家政婦「あら、可愛い猫ちゃん。どうぞ中へ」

〇風流な庭園
家政婦「お見舞いありがとうございます」
家政婦「でもお嬢様は体調がすぐれなくて。お会いできるかどうか・・・」
柏木倫子「医者はなんと?」
家政婦「何人もの先生に診てもらったんですが、治療は難しいらしくて・・・」
柏木倫子(それは好都合)
柏木倫子「綾音さんの御両親はご在宅ですか?」
家政婦「奥様はおいでですが、旦那様はお仕事がお忙しくて・・・」

〇豪華な社長室
  倫子は客間に通される。
家政婦「クラスメイトの木村様も、お見舞いにおいでなんですよ」
  家政婦は会釈して、静かに部屋を出ていく。
木村香織「柏木さん・・・」
  ソファーで、膝を抱えて丸まっていた香織が顔をあげる。
木村香織「お見舞いに来てくれたの?」
柏木倫子「そんなところ。九条さんには会った?」
木村香織「うん。でもぜんぜん治ってない。もっと酷くなってるかも」
木村香織「あたしのせい。あたしがずっと綾音に腹を立ててたから」
柏木倫子「あんたたち、いつも仲いいでしょ」
木村香織「表面的には仲直りしてたけど、あたしはずっと気にしてた」
木村香織「そのことがなんでか急にムカついて、教室で怒鳴ったの。あたしが悪いのに」
柏木倫子「ケンカの原因は何?」
木村香織「・・・つまんないこと」
柏木倫子「ケンカの原因を言いなさい」
  倫子は反響のかかったような奇妙な発声で問いなおす。相手を従わせる〈暗示〉魔法だ。
木村香織「・・・休みの日に、綾音が吹奏楽部の友達と遊びに行ったの。二人で」
木村香織「綾音はあたしがヤキモチ焼くと思って、そのこと隠してた」
木村香織「それで怒ったの。あたしはそんなことで嫉妬しないって。誰と遊ぼうと綾音の自由だって」
木村香織「でもそれはウソ。その部活の子じゃなくても、綾音がほかの友達と楽しそうにしゃべったりしてるのがすごくイヤ」
木村香織「イライラしたり、最悪不安で息苦しくなる。こんな嫉妬深くて、独占欲の激しい自分が許せなくて、そう思うとよけいに──」
柏木倫子「もういいわ」
  倫子が制止すると、たちまち香織は黙り込む。
柏木倫子(ほんとにつまんない話だった。よくある女子同士の子供っぽい嫉妬とは)
家政婦「お茶とケーキです。よかったら」
柏木倫子「ご挨拶したいんですが、綾音さんのお母さまはどちらにおいでですか?」
家政婦「寝室のほうだと思いますけど・・・」
家政婦「でもとてもお疲れで、どなたとも──」
柏木倫子「ありがとうございます」

〇廊下の曲がり角

〇豪華なベッドルーム
柏木倫子「九条さん」
  家政婦の言ったとおり、綾音の母親はベッドでふせっている。
綾音の母「・・・綾音のお友達かしら?」
柏木倫子「柏木です。わたしは悪魔祓いの心得がありまして」
綾音の母「はあ?」
柏木倫子「ほんとうです。綾音さんを元にもどすことができます」
綾音の母「娘は友達とケンカしたのが原因で、解離性障害になったってお医者様が・・・」
柏木倫子「そんな理由であんな風になったりはしません。わたしにお任せください」
綾音の母「はあ・・・」
柏木倫子「成功したら謝礼というか、心付けというか、じ、十万円をご請求します。よろしいですか?」
  魔女として金銭を要求するのは、これが初体験のため、倫子は少しばかり緊張している。
綾音の母「はあ、綾音が元にもどるなら、それくらい・・・」
柏木倫子「わかりました。さっそくやってきます」

〇家の階段

〇部屋の扉
柏木倫子「ここね」
柏木倫子「返事はなし」
サンドル「油断するな」
柏木倫子「わかってる」

〇可愛らしい部屋
柏木倫子「ん・・・」
  思わず顔を歪めてしまう悪臭。
通り魔「魔女め、何をしにきた!」
  綾音の姿の通り魔は、全裸で床に座り込んでいる。
柏木倫子「仕事よ。彼女の中から出ていきなさい」
通り魔「この身体は具合がいい。使い潰すまで居てやる!」
柏木倫子「あなたのためにならないと思うけど」
通り魔「ひよっこがほざくな! 家に帰って父親に犯されてろ!」
柏木倫子「はじめましょう」
サンドル「そうだな」
通り魔「くだらん、ハッタリだ」
  通り魔は生肉を喰らい、喰らったぶんだけ音を立てて脱糞する。
  倫子は短剣の切っ先で目の前の空間を二度切り裂くと、呪文を唱えはじめる。
柏木倫子「イョ ザティ ザティ アバティ──」
通り魔「笑わせる。雀が鳴いてるのか?」
柏木倫子「汝と我が主 生ける冥府の神々とその御名によって おまえの住み家たる五つの業火によって──」
通り魔「魔女の分際で! この地獄の使者である大悪魔さまに!」
通り魔「そのちっぽけな肉を犯して切り刻んで、犬の餌にしてやる!」
サンドル「倫子、瓶をかまえろ」
柏木倫子「イョ ザティ ザティ アバティ──」
  酒瓶を投げつけられ、小瓶はバラバラに割れてしまう。
柏木倫子「しまった!」
通り魔「ケケッ、鼻垂れが!」
通り魔「小娘、引き裂いてやる!!」
  サンドルは疾風のごとく躍りかかる。
柏木倫子「サンドル、怪我をさせないで!」
サンドル「むずかしいな」
柏木倫子「あれは・・・!!」
サンドル「おい、まだか!」
柏木倫子「もう少しよ!」
  キャップを開けて逆さにし、ドボドボと中身を捨てていく。
  攻撃できないサンドルは、ひたすら通り魔の顔面に張りついていたが、とうとう引っぺがされ──
  フルスイングで至近距離の壁に投げつけられる。
  ようやくペットボトルが空になり──
柏木倫子「ここに用意した小瓶に入り 我が僕となれ。イョ ザティ ザティ アバティ!」
  一瞬で通り魔はペットボトルの中に吸い込まれ、倫子はキャップをしめる。
柏木倫子(パッケージのせいでよく見えないけど、黒い生き物が中でガサゴソ動いてる・・・)
  〈小瓶の悪魔〉は、本来悪魔祓いの魔法ではなく、使役するための悪魔を捕獲するための魔法だったのだ。
  少々足元がフラついてるものの、サンドルは無事らしい。
柏木倫子「・・・どう?」
サンドル「気絶してるだけだ」
柏木倫子「なら、万事成功ね」

〇部屋の扉
木村香織「柏木さん! 中で何してたの? 大きな物音がしてたけど!」
柏木倫子「だから悪魔祓いよ。綾音さんは元にもどったわ」
木村香織「ほんと!?」
柏木倫子「ええ、まずはシャワーを浴びさせることね」
柏木倫子「九条さん、約束の報酬は後日でかまいません。それでは」

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コメント

  • 今回も面白かったです!弱い悪魔ほど見栄を張る...なるほどと思いました🧐

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