〇病室
　　ピッ、ピッ、ピッ
時雨「・・・お嬢」
時雨「なんなんすか、ほんと」
時雨「ここ最近、ずっと俺の方が早起きっすよ」
紗羅「・・・・・・・・・」
時雨「早く起きてくださいよ」
時雨「いつものお返しにゲンコツお見舞しやすよ？」
紗羅「・・・・・・・・・」
時雨「・・・調子狂うわ」
　　一人呟いた言葉は、静かな病室の壁に吸い込まれていった。

〇温泉旅館
　　あの日、俺は必死に逃げていた。
「はあ、はあ、はあ・・・」
　　俺の右目を悪用しようとしている奴らをどうにか撒いて辿り着いたのは、大きな旅館の前だった。
「くそっ・・・」
　　体力も限界に達し、鴉の姿に戻ってしまった俺は、隠れられそうな場所を探した。
「どこか、隠れられる場、所・・・」
　　道端で完全に意識が飛びかけたとき、声が聞こえた。
？？？「お父さん、見て！」
お父さん「どうしたんだい、紗羅」
紗羅「ほら、あそこ！」
紗羅「真っ白な鴉！」
お父さん「おや、本当だ」
お父さん「珍しいね」
　　俺は、なんとか首を動かして声のする方へ顔を向けた。
（人の、子・・・？）
（ああ、俺もここまでか・・・）
　　そう思った。
　　人の子は、時に残酷なことをすると聞く。
　　きっと俺もおもちゃにされてしまうだろう。
（まあ、いいか・・・）
（バラバラにされてしまうくらいなら・・・）
紗羅「どうしたんだろう？」
紗羅「動かないよ？」
紗羅の父「もしかしたら、お怪我をしているのかもしれないね」
紗羅「お怪我してるの？」
紗羅「かわいそう・・・」
紗羅「ねえ、お父さん」
紗羅「怪我が治るまでうちに来てもらえないかな？」
紗羅の父「そうだね」
紗羅の父「そうしてもらおうか」
　　俺は、そこまで聞いて完全に意識を失ってしまった。

〇女の子の部屋
（こ、こは・・・？）
？？？「あ！起きた！」
（誰だ・・・？）
紗羅「えへへ、よかった」
紗羅「このまま起きないんじゃないかと思った」
紗羅「お怪我は大丈夫？痛くない？」
　　ビクッ
紗羅「あ、ごめんね」
紗羅「大丈夫、怖くしないよ」
紗羅「ちょっとだけお怪我見せてね」
「・・・カー」
紗羅「ありがとう」
紗羅「うーん、赤いのは止まったかな？」
　　ガチャ
？？？「紗羅」
紗羅「あ、お母さん！」
紗羅の母「鴉さん、お怪我はどう？」
紗羅「紗羅じゃちょっとわかんない」
紗羅の母「ふふふ、そっか」
紗羅の母「じゃあ、お母さんが見てみようね」
紗羅の母「鴉さん、ちょっとだけ触るね」
「カー」
紗羅の母「・・・うん、もう血は止まったみたいね」
紗羅「もう大丈夫なの？」
紗羅の母「そうだね」
紗羅の母「あとは、飛べるまでゆっくり休んでもらわないとね」
紗羅「よかった！」
紗羅「それじゃあ鴉さん、うちのお風呂入っていきなよ！」
紗羅「お怪我なんてきっとすぐに治っちゃうよ！」
紗羅「そうでしょ、お母さん」
紗羅の母「ふふふ、そうね」
紗羅の母「そうしてもらいましょうね」
　　こうして俺は、怪我が治るまでの間、この家に世話になることになった。

〇女の子の部屋
　　俺の怪我が治りかけた頃。
紗羅「ゴホッゴホッ」
紗羅「うう・・・つらいよぉ・・・」
　　紗羅は度々寝込むようになった。
紗羅「ゴホッゴホッ」
「カー・・・」
紗羅「ごめんね、鴉さん」
紗羅「これじゃあ、眠れないよね・・・」
「カー・・・」
　　コンコン、ガチャ
紗羅の父「紗羅、大丈夫かい？」
紗羅「お父さん」
紗羅「大丈夫だよ」
紗羅「ちょっと喉が痛いだけ」
紗羅の父「そうかい」
紗羅の父「あまり無理はしちゃだめだぞ？」
紗羅の父「しっかりお布団に入って・・・」
紗羅「大丈夫よ、お父さん」
紗羅「ちゃんとお布団入ってるから」
紗羅の父「うん・・・」
紗羅の父「・・・何か食べたいものはあるかい？」
紗羅「私、りんごのうさぎさんがいいな」
紗羅の父「わかった」
紗羅の父「お母さんに頼んでこようね」
紗羅「へへへ、ありがとう」
紗羅の父「鴉さん、紗羅のことよろしくね」
「カー」
　　ガチャリ、パタン
紗羅「ゴホッゴホッ」
「カー・・・」
　　俺はこのとき思った。
　　何かお返しが出来るなら今しかない、と。

〇古めかしい和室
紗羅の母「♪〜」
紗羅の母「・・・あら？」
「カー」
紗羅の母「鴉さん？」
紗羅の母「どうしてここに・・・」
紗羅の父「どうしたんだい？」
紗羅の父「おや、鴉さん？」
「カー」
　　ボフンッ！
「うわっ！／きゃっ！」
時雨「・・・・・・・・・」
時雨「・・・・・・・・・」
紗羅の父「だ、誰だ？」
時雨「あなた方に助けていただいた鴉です」
紗羅の母「鴉、さん？」
時雨「はい」
時雨「すぐには信じていただけないでしょうが・・・」
紗羅の父「信じるも何も・・・」
紗羅の母「目の前で変わられてしまっては、ね？」
紗羅の父「あ、ああ・・・」
時雨「驚かせてしまい、申し訳ありません」
時雨「今日はお嬢さんのことについてお話したく、人間の姿に変化させていただきました」
紗羅の父「紗羅？」
時雨「はい」
時雨「俺は、あの日お嬢さんに気づいていただかなければ、きっと今頃バラバラにされていたことでしょう」
時雨「今こうして回復することができたのは、紛れもないお嬢さんやお二人に助けていただいたおかげです」
時雨「ですので、ぜひ恩返しをさせてほしい」
紗羅の母「恩返し？」
時雨「はい」
時雨「俺の右目は、丸々一個煎じて飲むと不老不死になれます」
時雨「半分だけ煎じて飲めばどんな病気も治すことができます」
時雨「なので、俺の右目をお嬢さんに差し上げたい」
時雨「そうすればお嬢さんの病気も・・・」
？？？「いやだ!!」
「紗羅！」
紗羅「そんなのいらない！」
時雨「どうして・・・」
紗羅「せっかくお怪我治ったのに、どうしてまたお怪我しようとするの！」
時雨「でも・・・」
紗羅「そんなので治ったってなんも嬉しくない！」
紗羅「ゴホッゴホッ！」
時雨「お嬢さん！」
紗羅「うう・・・」
紗羅の父「・・・そうだね、紗羅の言う通りだ」
紗羅の母「ええ」
紗羅の母「知らなかったとはいえ、あなたの右目が欲しくて助けたわけじゃないもの」
紗羅の母「みんな、あなたに元気になって欲しくて看病したのよ？」
時雨「お二人とも・・・」
紗羅の父「そうだな、恩返しをしたいと言うのなら私たちのお願いを聞いてくれないか？」
時雨「お願い？」
紗羅の母「ええ」
紗羅の母「ずっと紗羅の傍にいてあげて欲しいの」
紗羅の母「この子、体調が悪くても「大丈夫」って言ってしまうから」
紗羅の父「少しでも体調が悪そうなら、私たちに知らせて欲しい」
時雨「・・・そんなことでいいんですか？」
紗羅の母「そんなことじゃないわ、大事なことよ」
紗羅の父「お願いできるかな？」
時雨「・・・・・・・・・」
時雨「はい、もちろんです」

〇空
　　それからというもの、俺はできるだけお嬢のそばにいた。
紗羅「ねえ、時雨」
時雨「時雨？」
紗羅「そう、あなたの名前！」
時雨「俺の・・・」
紗羅「だって、名前ないんでしょ？」
紗羅「だから、私が付けたの！」
時雨「時雨・・・」
紗羅「お父さんがね、教えてくれたの！」
紗羅「鴉さんを拾った時に降ってた雨のことを「時雨」って言うんだよって！」
紗羅「だから、時雨！」
時雨「・・・そうですか」
時雨「時雨、か・・・」
紗羅「ねえ、時雨！」
時雨「はい」
紗羅「ずっと一緒にいようね！」
時雨「・・・はい」