もう一人の死神(脚本)
〇中東の街
その夜、少女は死者を誘っていた
三人家族で
こぞって強盗に射殺されてしまった
なぜ娘がドレス姿なのか
読者諸氏のご想像にお任せする
ちょっと待った!
死神マリー「久しぶりね、何年ぶりかしら」
死神「マリーちゃん!」
キャッキャッ!
死神マリー「相変わらず節操ないわね 人前で恥ずかしいじゃない」
ティナ「お知り合いですか?」
死神マリー「はじめまして、マリーと申します」
ティナ「ティナです」
父ちゃん「父ちゃんです」
母ちゃん「母ちゃんです」
「どうぞよろしゅう!」
死神マリー(変わったご家族ね)
死神「何か用?」
死神マリー「アナタでなく、そちらの三人にね」
死神マリー「私はアナタ方を手にかけた強盗を あの世へ誘う使命を仰せつかりました」
死神マリー「彼は三日後 『非業の死』を遂げることになっています」
死神マリー「どうです? 恨み重なる犯人に、自ら裁きを下しては」
「裁き?」
死神マリー「そう 犯罪者を骨の髄まで苦しめてやるのです」
ティナ「なんでまた?」
死神マリー「悪人だからです」
死神マリー「人の命を奪っておいて 自分はのうのうと生き永らえる」
死神マリー「止むに止まれぬ事情があるならまだしも 彼の場合は遊ぶ金欲しさの短絡的犯行 同情の余地なし」
死神マリー「成仏する前に、一矢報いたくありませんか?」
ティナ「私は──」
父ちゃん「やる!」
父ちゃん「あの野郎、俺だけでなく 女房と娘も撃ちやがった! 絶対ゆるさねぇ!!」
母ちゃん「私も」
母ちゃん「ティナはまだ十五歳 これからってときに人生奪われちまった」
母ちゃん「生殺与奪の権利なんて 誰にもありゃしないよ」
死神マリー「決まりね」
死神マリー「――てな訳で、お三方を借りていくわ」
死神「ちょっとまってよ!」
死神「死んでまで怨嗟をひきずることないわ」
死神「怒りを静め、水に流した方が安らかに──」
父ちゃん「悪人を野放しにしろってのか!?」
死神「お気持ちは分かりますが 安易に反撃してごらんなさい」
死神「相手もアナタ方を呪って死んでいくでしょう」
死神「人を呪わば穴二つ 復讐のイタチごっこになるのは自明の理」
死神「人生は有限ですが、死後はとこしえ 墓穴の掘りっこが永久に続きます」
死神「同じ穴のムジナにならず、大人になりなさい 憤りを飲み込むのです」
死神マリー「泣き寝入りも結構だけれど それじゃあ死者が浮かばれないわ」
死神マリー「弔いも兼ねて、悪をやっつけなくちゃ」
父ちゃん「そうだ、正義を執行しろ!」
母ちゃん「父ちゃんは黙ってな!」
死神「正義といえば聞こえはいいけれど 呪い殺すのは悪霊の所業じゃなくて?」
死神「復讐したが最後 アナタ方は哀れな被害者から 悪の権化に転じます」
死神「有害なる人類の敵です」
父ちゃん「理屈は分かるよ」
父ちゃん「しかし俺たちは同情よりケリを望む」
父ちゃん「不当に殺された落とし前をつけてぇんだよ!」
父ちゃん「行こう、二人とも」
母ちゃん「私もこのままじゃ収まりがつかない」
ティナ「家族が心配なので、私も行きます」
ティナ「すみません」
死神マリー「大丈夫、悪いようにはしないわ」
〇中東の街
〇中東の街
三日後・早朝──
〇霧の立ち込める森
いたぞ、アッチだ!
〇密林の中
兵士「野郎、どこ行きやがった?」
兵士「早く捕まえないと、また王子にどやされるぞ」
強盗「はぁ、はぁ」
強盗(なぜ兵士が俺を?)
名乗るほどの者じゃないが、俺は強盗だ
〇中東の街
三日前
銀行帰りの親子を撃ち殺し、金を奪った
ほんの出来心だ、遊ぶ金が欲しかったのさ
〇シックなバー
バーで勝利の美酒を味わう最中──
死神マリー「こんちは!」
見知らぬ女が隣に座った
酔っ払って気が大きくなっていた俺は
彼女にバーボンを奢り、乾杯!
死神マリー「気前のいい方ね」
女は酒に弱かった
強盗(上手くいけば持ち帰れるぞ)
強盗「どんどん飲みなさい、ニシシ!」
酩酊した彼女は、突然──
死神マリー「路地裏で人が殺されたそうですよ?」
急な発言に、酔いが吹っ飛んだ
強盗「へぇ」
死神マリー「ご両親と娘さん 娘さんは舞踏会へ行く予定で ドレス姿だったんですって」
強盗「かわいそうに この町も物騒になったものだ」
強盗「犯人逮捕を心から願うよ」
死神マリー「逮捕だけじゃ生ぬるい 死をもって償わせなきゃ」
死神マリー「ね、強盗さん」
強盗「誰だお前?」
死神マリー「死神」
強盗「ほう?」
死神マリー「今日はあいさつに来ただけ」
死神マリー「消すのは三日後 地獄の苦しみをたっぷり味わわせてあげる」
死神マリー「お酒、ごちそうさま」
強盗「おいまて!」
マスター「・・・・・・」
強盗「何を見ている?」
マスター「いえ別に」
強盗「今の会話はただのジョークだ」
強盗「彼女 酔いが回るとあることないこと口走るのさ」
マスター「彼女?」
強盗「隣にいた金髪の子さ」
マスター「お客様はずっとお一人でしたが」
強盗「フザけるなよ! フラフラに酔っ払ったのがいたろう?」
マスター「メグちゃん」
メグ「はい」
マスター「こちらに女性のお客様がいたというのだが 知らないかい?」
メグ「始終空席でしたけど」
二人が嘘を吐いているようには見えなかった
俺は気味が悪くなり
いそいそと店を後にした
〇中東の街
深夜に町を出ようと
四人乗りの馬車を捕まえた
〇モヤモヤ
中には先客が──
俺が殺した家族だ!
強盗「うわぁぁああああ!!」
俺は馬車を飛び降りた
〇芸術
それからというもの、不可思議事が頻発
鏡を見れば奴が
水を覗けば奴が
ドアやカーテンの隙間には奴がいた
強盗(助けてくれ、気が狂いそうだ!)
眠ろうにも眠れなかった
目をつむれば、まぶたの裏に三人が──
〇黒
父ちゃん「人殺し!!」
母ちゃん「人でなし!!」
ティナ「自首してください」
――と、延々責め立てる
〇岩山の中腹
アレから三日間
俺は人目を避け、川づたいを歩いている
水さえあれば、当分は死なない
しかしながら
逃亡翌日から警備が極端に厳重になった
警官だけでなく
軍隊も俺を追っているようだ
なぜ?
手にかけた家族が大物だったのか?
それとも、奪った金に仕掛けが?
調べることはできない
あの一家、ちっとも金を持ってなかった
一夜の酒代が精々だ
強盗(ノドが乾いたな)
〇山中の川
おそるおそる、水面に顔を向けると──
強盗「いつまでつきまとう気だ?」
母ちゃん「アンタの死を見届けるまでさ」
強盗「俺の死か、ふふ」
〇シックなバー
あの女もそういっていたな
死神と名乗っていたが
もしかしたら本当に──
〇山中の川
強盗「分かった、俺の負けだ」
強盗「潔く自首するよ」
ティナ「ほ、本当に?」
強盗「あぁ」
強盗(死ぬ位なら 別荘で臭いメシを食った方がマシだ)
強盗「殺して済まなかった 謝っても許されることじゃないが 謝罪させてくれ」
強盗「この通りだ」
父ちゃん「騙されるなよ その場しのぎの演技に違いない!」
ティナ「いえ、もういいのです」
〇中東の街
あの方が言っていました
憤りを飲み込みなさいと
〇山中の川
ティナ「私は彼女が正しいと思う」
母ちゃん「お前がそういうなら、私ゃ構わないけど」
父ちゃん「貴様! 娘に感謝するんだな!!」
強盗「あぁもちろん」
強盗「ありがとう、お嬢さん」
ティナ「よかった」
ティナ「サンチェルノ王子は心優しいお方 誠心誠意謝れば、温情を与えて下さいますわ」
いたぞ、奴だ!
兵士「王子様、アイツです!」
王子「・・・・・・」
ティナ(サンチェさん)
※ティナとサンチェは相思相愛である
父ちゃん「ホレ、行ってこい」
母ちゃん「男を見せてきな」
強盗「わ、分かっている!」
強盗「私が三人を手にかけました」
強盗「取り返しのつかないことをしたと 反省しております」
王子「確かか?」
強盗「間違いございません」
王子「そうか」
王子「お前か」
王子「お前なのかぁ!!」
〇黒
王子「死ね!!」
死ね!!
死ね!!
ティナ「お願いサンチェさん! やめて!!」
死ねぇえええ!!!
〇ゴシック
王子「はぁ、はぁ」
王子(やったよティナ)
ティナ(サンチェさん、どうしてこんな──)
兵士「お、おめでとうございます」
兵士「ついにティナ様の敵を討ちましたね」
王子「まだだ」
王子「この程度でティナの魂が浮かばれるものか!」
王子「コイツの所在地を調べろ! 町を焼き払うのだ!!」
ティナ「やめて、それだけは!!」
王子「悪の遺伝子を絶滅させるのだ! 全てはティナのために!!」
ティナ「やめてぇえええ!!」
王子「聞こえるぞ、ティナの声が! 一人足りとも生かしておくなと!!」
王子「分かる、分かるよティナ 老若男女、分け隔てなく殺す」
王子「行くぞ!!」
サンチェルノ王子は、意気揚々と撤収した
〇山中の川
父ちゃん「なんて奴だ」
母ちゃん「あれこそホントの死神だよ」
ティナ「サンチェさん 優しくて陽気な方だったのに」
死神マリー「皆さま、お疲れ様でした」
死神マリー「憎き犯罪者を、見事に葬りましたね」
ティナ「マリーさん」
死神マリー「いい気味、悪人には似合いの最期です」
死神マリー「アナタ方は正しい、悪を倒したのですから」
ティナ「いえ」
ティナ「彼と我々に、何の違いがありましょう」
ティナ「真の悪魔は、我々の心の中にいます」
ティナ「王家の心にさえも」
ティナ「我々がすべきは復讐ではなく、赦しでした」
死神マリー「・・・・・・」
死神マリー「それでも私は いつの日か悪がなくなり 世界が善で満たされると信じています」
死神マリー「参りましょう、お見送りします」
ティナ「この方も一緒に──」
死神マリー「放っておきなさい、路傍の石コロです」
「・・・・・・」
「・・・・・・」
死神「死の間際に、人の優しさに触れましたね」
死神「アナタの最期の改心は演技ではなかった」
死神「これは一握りのアナタの良心です」
死神「心の中にいるのは、悪魔だけじゃない」
死神「参りましょう」
〇山中の川
強盗の故郷が滅ぼされたのは
それから一年後のことである
マリーさんの登場で、死者の魂のために何がすべきか考えさせられる物語になりましたね。死者のために、死者の仇、そんなお題目で過剰な復讐を行ってきた人も洋の東西を問わずに存在していますからね。そんな存在も、神出鬼没の死神さんは一番見てきているでしょうしね。