出勤途中の洋菓子屋さん(脚本)
〇おしゃれな住宅街
──社会人2年目のミチルには、出勤途中のルーティンが存在する。
それは・・・
〇店の入口
地元で長年愛されている洋菓子屋さんに立ち寄り、職場で食べるお昼を買っていくことだった。
9時始業の職場の近くにあるこのお店は8時に開店し、すぐに地元の人たちが押し寄せて店内は賑わっている。
〇ケーキ屋
店内には、多種多様な色鮮やかなケーキの他にも、
定番の焼き菓子や、
菓子パンや惣菜パン、サンドイッチなど多種多様なパンが並んでいる。
ミチル「今日は焼きそばパンにしようかな! でも、この揚げたてのカレーパンの香りもたまらないし・・・」
店内をキョロキョロと見まわすミチル。その表情には笑顔が浮かんでいる。
ミチル「焼きドーナツの黒ゴマ味!これ新商品だよね!」
食いしん坊のミチルにとっては、毎朝の至福のルーティーンと言えるだろう。
店中の棚という棚を見回すミチル、狩人のような鋭い眼光の一方、口元はだらしなくニヤけている・・・
「・・・ずいぶんとスゴい顔しているな」
ミチル「へっ、あっ!!」
声をかけられて我に返ったミチルから、何ともスットンキョウな声が飛び出してしまっていた。
シラキ「おい、大丈夫か? 挙動がどう見ても不審者だぞ!」
声の主は、ミチルの職場の先輩のシラキだった。
ミチル「シ、シラキさん、、、 おはようゴザイマス・・・」
恥ずかしそうに小さくなるミチル。
ミチル「シラキさんもこのお店に来るのデスね・・・」
何故かカタコトになるミチルは、シラキとは目を合わせようせずにそう尋ねた。
シラキ「ここのピザパンが好きでたまに来るんだよ。特に朝は焼き立てがあるから!」
ミチル「わかります!生地ももちもちでトマトソースとのバランスもいいし、チーズもたっぷで最高ですよね!コスパも物凄くいいですし!」
シラキ「お、おい、声大きすぎだぞ!」
ミチル「スミマセン、ここのピザパンの美味しさを共感できたので・・・」
シラキ「ということは、お前ここの常連なのか?」
ミチル「はい、仕事の日は毎朝来てますよ! 美味しいし種類いっぱいだし安いので!! お昼はここのパンと決めてます!」
シラキ「そんな常連なら、この店に関する疑問があるのだけど、聞いてもいいか?」
ミチル「はい!何なりと!!」
シラキ「じゃあさ、あれ・・・」
そう言って、シラキはとある棚に視線を移した。
〇ケーキ屋
そこには、おむすびが数種類並んでいた。
定番の梅や鮭、天むすやツナマヨもある。
シラキ「何か、この店内の雰囲気とか、他のラインナップと比べると、ちょっと浮いてないか?」
ミチル「確かに、ちょっと毛色が違いますね」
シラキ「惣菜パンひとつ見ても、これだけの種類が並んでいるのに、さらにおむすびなんて必要か?」
ミチル「そうですね、ピザパンにカレーパン、マヨコーンやソーセージ、コロッケパンや焼きそばパン、全部美味しくてボリューム満点です!」
ミチル「サンドウィッチも、BLTサンドやハムサンド、たまごサンドにカツサンド、フルーツサンドもありますね!」
シラキ「これだけ種類があれば、お前のように毎日来ていても飽きることがないだろ?」
ミチル「1年以上来続けてますが、飽きることはないですね!しかも新商品も出たりしますから!」
シラキ「じゃあ、おむすびを売る必要性は無いのじゃないか? そもそもここは洋菓子店を名乗っているのだから」
ミチル「た、確かに!」
シラキ「にもかかわらず、そこの棚には必ずおむすびが陳列されている。そんな物珍しい具材でもないし、むしろ定番のラインナップで」
シラキ「これには何か理由や意図があるのじゃないかと俺は想像している」
ミチル「理由や意図ですか!?」
シラキ「そう考えるのが自然じゃないか? 朝早くから、パンやケーキなどと並行して作るのなんて忙しすぎるだろ」
ミチル「朝のパンづくりは大変だって言いますからね。そう言われると何かありそうですね」
ミチルは目をつむり、考え始めるのだった。
〇ケーキ屋
ミチル「そうですね、具材が他のものと共有できるからという可能性はどうですか? ツナマヨはもサンドウィッチにもありますから・・・」
シラキ「逆に、共有できるのはツナマヨだけだろ。梅や鮭がパンやケーキに使われている形跡がないぞ!」
ミチル「んー、確かにそうですね・・・」
ミチル「じゃあ、小麦アレルギーの人への配慮で、グルテンフリーのおむすびを置いているっていうのはどうですか?」
シラキ「天むすは具材の海老天の衣に小麦粉が使われてるだろ! そもそも、小麦アレルギーの人が洋菓子屋に来るか?小麦の巣窟だろ!」
ミチル「むー、反論できないです・・・」
ミチル「だったら、お米を製菓に使った残りをおむすびにしているという可能性はどうですか?米粉のスイーツも流行ってますから!」
シラキ「今のところ見渡しただけでもそんなものは無いぞ。米粉スイーツはまだ珍しいから、使ってたら商品名やポップでアピールするだろ!」
シラキ「そもそも、米粉はうるち米やもち米が主流じゃないか? しかも、その考え方なら自家製粉していることになるだろ。手間かかるぞ!」
ミチル「・・・シラキさん、かなり詳しいですね。もしかして隠れスイーツ男子!?」
シラキ「・・・悪かったな!」
ミチル「いえいえ、同志が見つかって嬉しいです!」
ミチル「話を戻しますが、このおむすびは実は売れ筋商品という可能性はないですか?特定の時間になるとみんな買い出すとか!?」
シラキ「あり得る話だな! この時間は、お前のようなお昼のパン目当ての客と、あとはケーキ類を買っている人もいるな」
ミチル「ええと、今の時刻は・・・」
シラキ「9時25分だな!」
「9時25分! 遅刻だー!!」
〇オフィスのフロア
この後、2人は上司に大目玉を食らったことは言うまでもない。
そして、パンを買いそびれたミチルはお昼抜きとなったのであった。
〇黒
余談になるが、数年前にこの洋菓子店の創業者の未亡人がとある地方紙からインタビューを受けていた。
〇ケーキ屋
洋菓子屋さんの未亡人「ウチは昔から地元の人たちに支えられてきたから、作ってほしいと言われれば何だって作っていましたよ」
洋菓子屋さんの未亡人「それこそ、行事用のひし餅や紅白饅頭だって、要望があれば対応していました」
洋菓子屋さんの未亡人「常連さんに「パンだけでなくておむすびも欲しい」と言われたので、おむすびも今でも作っています」
洋菓子屋さんの未亡人「主人は早朝からパンやケーキ作りに追われていたので、私がおむすびを握るようになったのですよ」
洋菓子屋さんの未亡人「主人も亡くなって代替わりし、改築してこんな可愛い内装になっても、いまだに買いに来てくださる人もいらっしゃいますよ」
洋菓子屋さんの未亡人「老人の我儘かもしれませんが、買いに来られる方がいらっしゃる限り、おむすびを並べさせてもらおうと思ってます」
最後のシーンでお店のおにぎりを売る意図を知り、とても納得できました。商売って本当にお客様あっての事だということ、こんなに繁盛していてもその基本を決して忘れない精神に感動します。昨今の日本は小売店がどんどん無くなり、こういうお店がまだあること自体ありがたいですね。
読みながら知ってるーおにぎり打ってるパン屋さん!
そういえば最近行ってない。新作だてるかもしれないし、行ってみようかな?思い出させてくれて、ありがとうございました❕
読みながら、パンの中に何故おにぎりが売っているかをずっと考えていたのですが、ラストでほっこり温かい気持ちになりました。
それにしてもミチルとシラキの洋菓子店への熱量よ!遅刻しそうになるくらい語れるなら、相性は良さそうですね!