第1話 狂った世界(脚本)
〇コンサート会場
「Mッ! Mッ! Mッ!」
マスター・マザー「人は愚かな生き物でしょうか?」
マスター・マザー「嘗て争いがありました。とても愚かで醜い戦いが」
マスター・マザー「その目的は多くの利益、取り分け食糧の為に行われました」
マスター・マザー「しかし幾ら大切な食糧でも、争いの種になるのならば必要でしょうか?」
マスター・マザー「我々は僅かな空腹の為に他者を傷付けてまで、それを満たそうとする愚かな生き物でしょうか?」
マスター・マザー「それとも理性で行動できる素晴らしい人間でしょうか?」
マスター・マザー「獣と同じ道を歩むなら、人間らしく飢えて死にましょう」
マスター・マザー「不満を漏らしてはなりません」
マスター・マザー「皆が苦しいのです」
マスター・マザー「しかし悲観する必要はありません」
マスター・マザー「私達には百億の同志がいます」
マスター・マザー「決して孤独ではありません」
マスター・マザー「耐え難きを耐え、忍び難きを忍び、皆でこの試練を乗り越えましょう」
マスター・マザー「平和な世界はすぐそこまで、やってきているのです」
「Mッ! Mッ! Mッ!」
〇近未来の病室
朝起きる。
トイレで用を足す。
携帯端末でニュースを見ながら、朝食を摂るのが僕の日課だ。
どうだい? 豪華な食餌だろ?
政府が配給してくれる、栄養満点のご馳走だ。
毎日これなんだぜ? 嬉しくて涙が出てくる。
他にも人工培養された肉があるが、とてもじゃないけど食べられる味じゃない。
・・・・・・皮肉を言っていても始まらない。
今日も仕事だ。
アメタ(それにしても・・・・・・)
アメタ(腹減ったなぁ・・・・・・)
〇渋谷の雑踏
地球の人口が百億人を突破していた。
その結果、世界規模の食糧不足となり・・・・・・
食欲と性欲の価値観が逆転した。
食欲は卑しく、恥ずべき感情になり、
性欲は1日に3回は満たすべき文化、娯楽になった。
性欲を開放したら、また人口爆発が加速するんじゃないかって?
全然そんな事はない。
だって性におおらかなどこぞの先進国だって、年々出生率が低下していたじゃないか。
寧ろ『本番』の前に発散してやる事で、人口は抑制される。
食糧不足も少しはマシになる、という寸法だ。
同時に結婚なんて概念も形骸化してしまった。
行き交う人はガリガリに痩せこけている。
どいつもこいつもBMIは18を下回っているだろう。
僕はというと、残念ながら『デブ』にカテゴライズされる。
その職務上、少なからず筋肉という贅沢な肉を纏っているからだ。
このご時世、筋肉でも贅肉でも肉は肉。
さぞかし淫靡な生活を送っているのだろうと、軽蔑の眼差しを頂戴する。
まあ、そのデブをデブ足らしめんとするものを追いかけるのが僕の仕事だ。
オフィスには寄らない。
デスクワークの連中ときたら、街人以上に痩せていて、不気味で仕方がないからだ。
〇繁華な通り
繁華街に入ると、ARコンタクトを起動させる。
道案内や店舗の評価などが、拡張現実として浮かび上がる。
SMクラブ『すばらしい新世界』
4.0 ★★★★☆(1984)
混雑しています。
キャバクラ『気楽にヤろうよ』
3.0 ★★★☆☆(21)
やや混んでいます。
アメタ「・・・・・・」
コンビニや自販機で買える物も大変、健全である。
いつも通りの光景。平和そのものだ。
〇狭い裏通り
裏路地に入ると様子は一変する。
ファストフード『ケンタナルド』
2.0 ★★☆☆☆(13)
それ程混んでいません。
牛丼屋『松牛』
1.0 ★☆☆☆☆(10)
それ程混んでいません。
大っぴらには営業できない店舗が、軒を連ねていた。
僕の仕事は、食糧の不正取引や違法売買などを取り締まる事だ。
国連食糧農業機関(FAO)
第壱級食糧監察官(1st hood Inspector)
それが大気津(おおげつ)アメタ、僕の肩書だ。
アメタ「さて・・・・・・」
自慢なのだが、僕は勘が良い。鼻が利くと言っても良い。
ARの情報には乗らない、『その手』の店というものがわかってしまう。
ジュエリーショップ『TORIKO』
1.0 ★☆☆☆☆(10)
それ程混んでいません。
アメタ「この辺りかな?」
〇宝石店
食糧監察官は以下の規定に基づき、任務を遂行する事を定められている。
以下の規定に反する者は、如何なる理由を問わず権限を剥奪される。
食糧監察官任務規定
1.食糧監察官の目的はフードセキュリティの保護管理にある。
所謂不正に入手された食材、及び食糧の不法取引の取締を目的とする。
店員「いらっしゃいませ」
アメタ「食糧監察官の大気津と申します」
アメタ「監査に参りました」
店員「なっ!?」
店員「聞いていませんよ」
店員「それにウチは宝石店で・・・・・・」
アメタ「抜き打ちでないと意味がないので」
アメタ「それとも何か不都合でも?」
店員「え? あ、いや・・・・・・ その・・・・・・」
とても協力的な態度だ。非常に助かる。
2.食糧監察官はフードセキュリティを逸脱した確固たる証拠がない限り、強制捜査、容疑者を拘束する権利を持たない。
(民法第18条第12項、フードセキュリティ問題に関する人権保護)
アメタ「良い品を扱っていますね」
アメタ「う〜ん・・・・・・」
アメタ「あちらは? 陳列前の商品?」
店員「え? えぇっと・・・・・・」
アメタ「中身を確認させて頂いても?」
店員「・・・・・・」
店員「!!」
アメタ「変わったライターをお持ちですね」
アメタ「私も同じ物を持っているが、故障していましてね。一瞬しか火が点かない」
アメタ「そしてどういう訳か鉛の塊が凄い勢いで飛び出してくる・・・・・・」
3.食糧監察官は任務を遂行する為に、また己の身を護る為に、或る程度の武装を許可されている。
(刑法特記事項第3項、PMSCsのサポートと補助)
店員「くそっ・・・・・・ わかったよ・・・・・・」
アメタ「嗚呼・・・・・・ これはいけない」
アメタ「生命維持を目的としない嗜好品とは・・・・・・」
アメタ「実に卑猥だ。猥褻極まりない」
アメタ「刑法第175条により逮捕する」
アメタ「『食育』行きも覚悟しろ」
店員「なっ!?」
『食育』。反社会的な行動を取った者、即ち、適正カロリーをオーバーした者に施されるセラピー。
詳しい内容は知らないが、曰く、それを受けた者は食糧に対して殺意に近い感情を抱くのだと言う。
あくまでも噂、だが。
店員「いやだ! 食育は! 食育だけはっ!!」
店員「それだけは赦してくれぇっ!!」
アメタ「駄目だな」
アメタ「ただの食材ならいざ知らず、油で揚げた砂糖菓子とは・・・・・・」
アメタ「過剰なカロリー摂取は重罪だ」
アメタ「・・・・・・」
〇近未来の病室
アメタ「ふぅ・・・・・・ ただいま、っと・・・・・・」
アメタ「うわーぼくとしたことがー・・・・・・」
アメタ「うっかりしょうこひんをもってきてしまったーどうしよー」
アメタ「みつかったらたいへんだー『しょぶん』しなきゃー・・・・・・」
・・・・・・なんてな。
こんな事でもしなきゃ、やってられない。
食糧不足? そんなもん知るかよ。
人が増えたのは誰の責任でもない。
誰も悪くない。
でも僕は知っている。
自然に食欲と性欲が逆転する筈なんてない。
これは政府の陰謀なのだ。
マスター・マザーという偶像を造り、
食欲を個人的で、閉鎖的で、独善的で、卑しいものだと貶め、
性欲が公共的で、社会的で、発展的で、素晴らしいものだと賛美する。
そうする事で価値観の逆転を図り、食糧不足を誤魔化す。
それは悪だろう。
だからと言って、僕に世界を変えるチカラはない。
せめてこうして、自分らしくあろうと、ささやかな抵抗を続けている。
それで良い筈だった。
それで、それなりに幸せな筈だった。
あんな事が起きるまでは・・・・・・
〇白
おぎゃあ
おぎゃあ
世界中から産声が聴こえる。
440Hzのラの音が。
おぎゃあ
おぎゃあ
お腹が空いたのかな?
それともオムツかな?
おぎゃあ
おぎゃあ
それは余りにも脆弱で、余りにも愛おしい。
己の意思を伝える手段を持たない天使達は、只管に泣き叫ぶ。
自分では何も出来ない。食餌から排泄、あらゆる生命維持、生活の総てを他人に委ねるしかない。
そうしなければ死んでしまうから。
そうしなければ生きていけないから。
おぎゃあ
おぎゃあ
それは新生の歓喜か。
それとも悲痛な慟哭か。
世界同時多発幼児退行化現象。
と、それは呼ばれた。
ハード目なディストピアな世界観がたまらないです。
語りが多く読みては疲れやすい構成かと思うのですが、そんなことを感じさせないぐらいに惹きがありました。そして最後の世界に起きたこと情報が、心を鷲掴みしてきます(。ò ∀ ó。)
狂っているけど筋は通ってて納得行く……とか思ってたらラストのこれは!? 何事!?
座右の銘が「おいしく食べよう」な食いしん坊で、友人の18禁作品を読む勇気が出ないという、食欲>性欲な人間です。
こここ、こんな世界耐えられない……!😱
でもおいしいもの食べたいと目の色変える気持ちには感情移入できるかもです。ドーナツはオールドファッションが好きです✨️
今後どう展開されるのか予測がつかないですね。読むたびにありがとうリアル世界!ってなれそうです。