怪異探偵薬師寺くん

西野みやこ

エピソード17(脚本)

怪異探偵薬師寺くん

西野みやこ

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〇ダブルベッドの部屋
  俺はなんとか薬師寺の下から抜け出そうと抵抗を続ける。
  じたばたする俺を見て、薬師寺の表情が少し緩んだ。
  それから、俺の首元に顔を埋(うず)める。
茶村和成「っふ、」
  身体にぞわりと電流が走った。
  思わず出た声に反応して、薬師寺が笑う。
薬師寺廉太郎「はは、かーわい」
茶村和成「ッ、んな・・・!」
  首元に寄せられた顔が耳の方へ移動する。
  くすぐったさに身を捩(よじ)ると、薬師寺は耳で囁(ささや)いた。
薬師寺廉太郎「これ、演技だよ」
茶村和成「・・・はぁ!?」
薬師寺廉太郎「しーっ、静かに。見られてるから」
茶村和成「・・・?」
薬師寺廉太郎「部屋に入ったときから、もう怪異に見られてるんだよ」
薬師寺廉太郎「この怪異は夫婦やカップルの前にしか姿を現さない」
薬師寺廉太郎「だから、俺たちも恋人同士だと思われなきゃ」
茶村和成「・・・・・・」
  理屈はわかったが、気持ちは追いつけなかった。
  なんで俺と薬師寺がカップルにならなきゃいけないんだ。
薬師寺廉太郎「まぁ、俺に任せておいてよ」
  薬師寺の手が、俺の腰のラインを撫でる。
  驚いて身体が跳ねるが、押さえられたままなので振り払うこともできない。
茶村和成「ちょ、まっ・・・」
薬師寺廉太郎「そんなにびくつかないでよ。 安心して、フリだけだから」
茶村和成「っ・・・、わかった、からっ、耳元で喋るな!」
  必死でそう言うと、薬師寺は機嫌がよさそうに微笑んだ。
  こいつ、楽しんでやがるな・・・。
茶村和成「でも、フリだけってどう・・・」
薬師寺廉太郎「んー?」
茶村和成「!?」
  薬師寺の舌が、骨に沿ってなぞるように俺の鎖骨を這(は)った。
  信じられない思いで下を向く。
  ぺろりと唇を舐める薬師寺と目が合った。
  言葉が出せずにいると、薬師寺はまた顔を俺の首元に寄せる。
  いっぱいいっぱいで思わず身体がのけぞってしまう。
  すると、腰の方からカチャリという金属音。
  まさかと思って下を見ると、薬師寺が俺のベルトに手をかけていた。
  いやいやいやいや。
  待て待て待て待て。
  ぱっと薬師寺を見る。
  爛々(らんらん)と輝く瞳と視線がぶつかって、内臓がきゅう、と絞られるような感覚。
  そして本能的に思った。
  ———あ、喰われる。
  ガタッ
  突然、大きな音がした。
  はっとして音の方に目を向けると、飾られていたはずの絵画の額縁が床に落ちていた。
  次第に部屋全体が揺れ始める。
  俺と薬師寺は焦って身を起こした。
茶村和成「なっ、地震か!?」
薬師寺廉太郎「いや・・・、お出ましだよ」
  机の上に伏せられていたコーヒーカップが、突如宙を舞い壁に激突して割れた。
  それだけに留まらず、枕やメモなど色んなものが勝手に飛び散らかり始める。
  赤黒い液体が洗面所から染み出ている。
  目を離せずにいると、ゴロン、となにかが飛び出してきた。
  それは、血だらけの女の頭部だった。
茶村和成「ッ——!!」
  恨めしそうに見開かれた目が俺を見る。
  次の瞬間、吐き気と耳障りに襲われ頭を押さえてうずくまった。
薬師寺廉太郎「っ茶村!」
  低い唸(うな)り声が頭の中に響いている。
  同時に悲惨な映像が流れ込んできた。
  女が男に、両手で首を絞められている。
  息絶えた女の身体に、大きな刃物が肉を断ち切りながら侵入していく。
  首、腕、足、胸、腹。
  バラバラになった身体は血で濡れていた。
  「痛い。苦しい。なんで? 誤解なのに。信じてくれない。死にたくない!」
  「絶対に赦(ゆる)さない、赦さない赦さない赦さない」
  「ユルサナイユルサナイユルサナイユルサナイユルサナイユルサナイユルサナイユルサナイユルサナイユルサナイユルサナイ・・・」
  意識はあるのに、だんだんと身体の自由が効かなくなってくる。
  背中に添えられた手を振り払い、俺は勢いをつけて薬師寺を押し倒した。
  馬乗りになって薬師寺の首を締めつける。
  カハッ、と苦しげな声が聞こえた。
  こんなこと、したくないのに。
  少しだけ顔を歪める薬師寺を見下ろしながら、どうにか身体を動かそうとする。
  もがく俺に、薬師寺が手を伸ばした。
  その手が顔に触れた瞬間、ふっと身体から力が抜ける。
  そのまま俺の意識は途絶えた。

〇白
茶村和成「・・・・・・」
茶村和成「・・・・・・」
茶村和成「・・・・・・?」
  うっすらと目を開くと、よくわからない場所にいた。
  上も下も右も左も透明で、自分が今まっすぐ立っているかも把握できなかった。
  いや・・・立っているというよりは、浮かんでいるといったほうが正しいかもしれない。
  けだるい四肢を投げ出して、たゆたうように移動してみても景色は全く変わらなかった。
  感覚がぼうっとして、思考もままならない。
  なんか、もう、どうでもいいか・・・。
  考えるのをやめようとしたとき、目の前に薬師寺がいることに気がついた。
  あ、薬師寺だ。
  そう思っても、声は出ない。
  薬師寺が導くように俺の手を引く。
  掴まれた手に、ぼんやりと熱を感じた。
  薬師寺が俺の手を引いて進む先に、小さな割れ目みたいなものが見えた。
  割れ目に向かって歩いていく。
  そして吸い込まれるように、俺と薬師寺はその中に入っていった。

〇ダブルベッドの部屋
茶村和成「・・・!」
  はっ、と覚醒した。
  薬師寺に馬乗りになったまま意識を失っていたようだ。
  自分の意思で身体が動くことを確かめて、安堵の息をつく。
  薬師寺の首を絞めてからの記憶がない。
  なんだか変な空間にいた気がするが、それも定かではなかった。
  視界がじんわりと歪み出す。
  そして、熱いものが頰を伝わった。
茶村和成「え、なんで・・・?」

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