死神珍奇譚

射貫 心蔵

子供を取り上げる死神(脚本)

死神珍奇譚

射貫 心蔵

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死神珍奇譚
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〇空
  妻が産気づいた

〇商店街
  私は通り掛かりのタクシーを呼び止め
  近くの病院へ送ってもらった

〇田舎の総合病院
亭主「受け入れできない!?」
  申し訳ありません
  産婦人科の先生が出払っておりまして
亭主「そこを何とか、初子なんです」
  すみません
  他を当たって下さい

〇タクシーの後部座席
妊婦「アナタ、どうだったの?」
亭主「ダメだった 産婦人科の先生が出払ってて」
亭主「運転手さん、次行こう!」
運転手「奥さん、お気を確かに」

〇おしゃれな住宅街

〇学校脇の道

〇西洋の住宅街
亭主「ごめんください!」
亭主「子供が生まれそうなんです! どうか開けてください!!」
亭主「留守か」
亭主「悲しんでいるヒマはない、次だ!」

〇ゆるやかな坂道

〇開けた高速道路

〇児童養護施設
亭主「ごめんください!」
性格の悪い医者「なんだねこんな時間に?」
亭主「あぁ先生、妻を看てもらいたいんです 子供が生まれそうで──」
性格の悪い医者「妻をねぇ」
性格の悪い医者「残念、五分前に閉めたところじゃ」
亭主「なんですって!?」
亭主「そうおっしゃらず、看ていただけませんか? もう何件も断られてて──」
性格の悪い医者「看板を見てみぃ 『時間外の急患は受け付けておりません』 とあるじゃろう」
性格の悪い医者「例外は認めん」
性格の悪い医者「いちいち特例を設けていては 四六時中患者を受け入れにゃならなくなる」
亭主「まってくれ、人の命がかかってるんだぞ!」
性格の悪い医者「医者だって人間だ これ以上忙殺されてたまるか!」
運転手「ご主人、落ち着いて!」
運転手「説得するだけムダです、次へ行きましょう」
亭主「ヤブ医者め!」
性格の悪い医者「ヤブで結構! こちとら時間厳守じゃ!!」
亭主「この──」
運転手「おやめなさい、一分一秒を争う」

〇タクシーの後部座席
亭主「運転手さん、さっきはありがとう」
運転手「いいんです それより早く病院を見つけないと 子供だけでなく、奥さんの命もあぶない」
亭主「こうも二転三転するとは 人間不信になりそうだ!」
妊婦「うーん──」
亭主「大丈夫、次こそ拾ってくれるさ!」

〇森の中のオフィス(看板無し)
亭主「ごめんください!」
近所の住人「そこの病院は閉まってますよ」
亭主「なぜです?」
近所の住人「院長が無免許で、逮捕されたのです」
亭主「そんな」
亭主「この辺に産婦人科 あるいは産婆さんはおりませんか?」
近所の住人「二件先に産婆が住んでいましたが、先月 娘夫婦の住む北海道へ移ってしまいました」
亭主「ツキに見離されたか」
近所の住人「心中お察しします」
近所の住人「無事お子さんが生まれるといいですね」

〇タクシーの後部座席
妊婦「ねぇ、聞こえない?」
亭主「なにが?」
妊婦「口笛の音」
亭主「口笛?」
妊婦「アナタが吹いているのね?」
亭主「吹かないよ、口笛なんか」
妊婦「アナタじゃなく、少女のことよ」
亭主「少女だって?」
妊婦「私とアナタの間に座ってる」
妊婦「ごめんなさいって謝ってるわ」
亭主「最後まで希望を捨てちゃいかん」
妊婦「なぜそんなことをいうの?」
亭主「なぜって──」
妊婦「少女によ」
妊婦「この子はもう助からないって」
運転手「マズイな すっかりネガティブになってしまっている」
亭主「バカを言うんじゃない、絶対に助かる!」
妊婦「ムダですって」
妊婦「これは運命だって言ってるわ」
亭主「そんな戯言に耳を貸すな!」
亭主「少女だかなんだか知らないが 妻にデタラメを吹き込むんじゃない!」
亭主「運命などクソクラエ 生きるも死ぬも、我々の頑張り次第だ!」
亭主「君、手をつないでいよう」
亭主「少女など割って入れぬように」
妊婦「アナタ」
運転手「お客さん、次の病院です!」
亭主「よし、叩き起こしてでも立ち合わせてやる!」

〇病院の入口
亭主「開けろコラ! おい!!」
若い医者「何事です? 診察時間はとうに過ぎましたが」
亭主「急患だ! 妻と子供が死にそうなんだ!!」
若い医者「大変だ!」
若い医者「し、しかし 当院はベッドが全部塞がっております」
若い医者「お手数ですが、他を──」
亭主「ベッドなんかいらない! 一刻を争うんだ!!」
若い医者「無茶言わないで下さい!」
亭主「患者を見殺しにするのか!?」
若い医者「誰が好きで見殺すものですか!」
若い医者「我々だって 一人でも多くの患者を救いたい!」
若い医者「ですが 瀕死の患者は時間を問わず 毎日押し寄せます」
若い医者「難しい手術や急な案件で 医師はみな右往左往」
若い医者「外科が内科へ 肛門科が耳鼻科へ回るのもザラだ」
若い医者「分かりますか? 患者に対し、医師の数が不足しているのです」
若い医者「どうかまだ間に合う内に、別の病院を──」
亭主「もう何件も回った、全部ダメだったよ」
亭主「ここが最後の砦なんだ、どうか慈悲を──」
運転手「ご主人、奥さんがもうあぶない!」
亭主「なっ!」
亭主「先生! どうか妻と子供を救って下さい!!」
若い医者「・・・・・・」
若い医者「どうかお引き取りを」
亭主「キサマには人情がないのか? 人でなしめ!!」
亭主「呪ってやる! 地獄へ堕ちろ!!」
運転手「お客さん、もう行こう!」
若い医者「ゆ、許してくれ」
若い医者「これ以上人員を割いたら 他の患者の命が──」
若い医者(俺は人殺しだ)

〇タクシーの後部座席
妊婦「う~ん」
亭主「少女とやらは、まだいるのかい?」
妊婦「私のお腹を心配そうにさすってるわ」
亭主「妻に触るな、けがらわしい」
亭主「お前は疫病神だ 災いを呼ぶ大悪魔だ」
亭主「人の不幸は蜜の味 さぞ甘い汁が吸えるだろうよ」
亭主「さっさと消えちまえ、疫病神!」
  よほど頭に来ていたのだろう
  行き場のない怒りを
  いもしない少女にぶつける
妊婦「そこまで言うことないわ 彼女がかわいそうよ」
亭主「かわいそうなものか コイツのせいで君がピンチなんだから」
亭主「やーい、悪魔! 悪魔!」
運転手(まるで子供のケンカだな)
運転手「そもそも運命って、誰が決めるんですかね?」
亭主「そりゃあ自分が決めるに決まってるよ」
亭主「過去の決定の数々が 今の自分につながっているんだから」
妊婦「私は神様だと思うわ 我々は神様が定めた レールの上を走っているの」
運転手「私は嫌いですね、この言葉 自分の意思が操られているみたいで やりきれませんや」
運転手「その場その場の運で命が左右される 案外その程度の軽い言葉なのかも」
亭主「私は変えてみせる この子のために、変えねばならん」
妊婦「私も 自分の子ですもの 最後まで諦めたくない」
運転手「決まりですな 運命だからと尻込みしていては 前進できない」
運転手「勇気を出して行動すべきだ」
亭主「そうとも ここに疫病神の居場所はない」
亭主「今すぐ立ち去るがいい!」
  そうこうしている内に、次の病院に着いた
  おそらくこれが最後のチャンスだろう

〇組織の宿舎
亭主「すみま──」
若者「すみませーん! 急患です!!」
女医「どうしました?」
若者「いやぁ、妻が産気づきまして」
女医「大変、すぐに準備を!」
亭主「まってくれ! ウチも産気づいたんだ!! もう何件も断られていて、早くしないと──」
女医「困ったわ 空きのベッドは一つしかありませんの」
若者「割り込むなよオッサン ウチが先だ、順番を守れ」
亭主「何を言う、君が横入りしたんだろう」
若者「こっちは嫁の命がかかってるんだ!」
若者「診察ならよそへ行きな 病院なんて、他にいくらでもあるんだからよ」
亭主「バカ野郎! ここまで来るのに 何件回ったと思ってるんだ!?」
亭主「先生 同時に看てもらうことは できないでしょうか?」
女医「分娩は片手間でできるものではありません」
若者「俺は一歩もここを動かないぜ!!」
若者「こんな雨の中、何件も回るのはゴメンだ!」
亭主「いい加減にしろ!」
若者「いてぇ!」
亭主「テメェが親になる資格はねぇ!! とっとと失せろ!」
  あぁ、この一発
  これが今後の明暗を大きく分けてしまった
女医「乱暴はおやめなさい!」
亭主「しかし先生!」
女医「いかなる理由があろうと、暴力は許しません」
女医「紫のお方 奥様を連れて、お入りになってください」
若者「ハハッ さすが先生、話が分かる!」
若者「あばよオッサン、今回は諦めるんだな」
亭主「そんなバカな──」
  ギャァアアア!!!

〇タクシーの後部座席
亭主「どうした!?」
  後部座席は、真っ赤な血にまみれていた
妊婦「う、生まれた」

〇タクシーの後部座席
  現世に放たれた新しい命は
  笑うことも、泣くこともなかった
  死んでいた

〇タクシーの後部座席
運転手(南無三!)
亭主「・・・・・・」
亭主「ふふ」
亭主「ふははは!」
亭主「悪魔よ、お前の勝ちだ!!」
亭主「いかに力を尽くしても 運命には抗えなかった!!」
亭主「思い通りになって、さぞや愉快だろう!」
亭主「くそったれ!!!!」

〇キラキラ
  パパ、ママ
  私のために頑張ってくれて
  どうもありがとう
死神「本日は不本意ながら お子さんの命をいただきに参りました」
死神「どうか絶望しないで 幸運は、苦悩を越えた先にあります」

〇タクシーの後部座席
亭主「み、見たか?」
妊婦「見たわ」
運転手「わ、私も見ました」
  自宅に送ってもらうまで、我々は無言だった

〇白いアパート
  死して生まれた赤ん坊の遺骸は
  坊主を呼び、懇ろに弔ってもらった
  一年後、妻は再び妊娠
  無事出産に至った
  玉のような男の子で、名を次郎という
  次郎はよく笑う子だった
  まるで、天国のお姉ちゃんが
  見守っているかのように
  次郎よ、大きくなれよ
  お姉ちゃんの分も
  あの時、タクシーに乗車していた
  少女は何者だったのだろう?
  疫病神だ、大悪魔だと罵ったが
  今にして思えば、彼女は天から我々を見守る
  守護天使だったのかもしれぬ
  私は現在
  家内と長男とで、幸せに暮らしている

次のエピソード:ひざまづく死神

コメント

  • ハラハラしながら読んでいました。「救急隊に搬送先を調整してもらえー」「かかりつけの産科に行先含めて判断してもらえー」とも思ってしまうも、そう冷静に対処できない人も多々いらっしゃる現実もありますよね。お腹の命にまで登場する死神さん、まさに神出鬼没で。

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