消えゆく世界の茜色

しがん

第五話(脚本)

消えゆく世界の茜色

しがん

今すぐ読む

消えゆく世界の茜色
この作品をTapNovel形式で読もう!
この作品をTapNovel形式で読もう!

今すぐ読む

〇フェンスに囲われた屋上
呉「屋上に入れるって珍しいな」
茜「仲良くなった看護師さんが鍵をくれたの。 もう咎める人もいないからってね」
  茜はそう言いながら、鍵を見せる。
  ちりり、と金属が擦れる音が鳴った。
  目の前に、茜色の空と、
  それに染まった町の景色が広がる。
  よく見知った町のはずだけれど、
  なんだか知らない場所のように思えた。
  そうか。これは・・・終わりが来なければ、
  知り得なかった景色なんだ。
茜「いいところでしょ」
呉「ああ」
茜「空が広く見られるよね」
呉「同感」
茜「最後は、ここがいいなあ」
  それも、同感だった。でも、言わなかった。
  最後、という言葉を使いたくなかったから。
茜「この時間も、この景色も・・・ 消えちゃうんだよね」
  茜はそう言うと、ひとつ長く息を吐いた。
  そして、堰を切ったように話し出した。
茜「・・・世界が終わったら、何も残らない」
茜「地位も、名声も・・・ううん、そんなのは どうだっていいけど」
茜「居場所も、私たちが居た証も。存在も、 それを証明してくれた周りの人たちも、 環境も、状況も、全部消えて、」
茜「何も、残らない」
  悲しい、寂しい、何故、・・・
  いろんな感情が入り混じった声だった。
茜「じゃあ、今まで生きてきたのって なんだったんだろうね?」
  ・・・ただ、驚いた。
  茜が、こんな後ろ向きなことを言うなんて。
呉「残るよ」
  気づけば、口が動いていた。
呉「残る。絶対に」
茜「・・・どうして?」
呉「根拠はない。」
  そう、根拠なんてない。
呉「ただ、そう考えた方がいい。それだけ」
  微妙な間が空く。それを埋めるように、
  俺は喋る。
呉「確かに俺たちは消えるかもしれない。 けど、必ずどっかでまた会える」
  茜が何か言いかけたが、遮るように、喋る。
呉「そうやってまた会ったときに、 この今を証明するんだ。 俺たちは確かに存在したんだって」
  自分でも何を言っているかわからなかった。
  ただ、茜には明るくいてほしい。
  その一心だった。
茜「残るって、どこに」
  暗い声だった。一瞬ひるみそうになるが、
呉「・・・心」
茜「心も消えるよ。世界と一緒にね」
呉「それでも、残る。どこかに。絶対に」
  自分の語彙力の無さを思い知る。
  でも、それは今はどうでもいい。
  それだけ必死に訴えた。
茜「・・・・・・して、」
呉「え?」
茜「どうしてそこまで言えるの・・・?」
  今度は、震えた声だった。
呉「茜には前向きでいてほしい」
  俺にできるのは、今の率直な気持ちを
  伝えることだけだ。まとまってないけれど、
  確かなこの気持ち。
呉「茜はいつだって前向きだっただろ。 それに、俺はいつも引っ張って もらってたから、だから・・・」
茜「・・・それは、」
  続きを待ったけれど、茜の言葉はそこで
  途切れてしまった。沈黙が落ちそうに
  なったので、俺は口を開く。
呉「後ろ向きに考えるのは、俺だけでいい」
茜「・・・・・・え?」
呉「いやほら、俺は昔から暗い性格だし、 後ろ向きに考える方だし。慣れてるから」
茜「それは・・・だめだよ・・・」
呉「・・・え、」
茜「・・・だって、だって呉が後ろ向きで、 私が前向きだったら、 どんどん離れていっちゃうじゃん」
  ただの例え話、なのに。茜は。
茜「それは・・・やだ・・・・・・」
  震えていた。声だけじゃない。
  服を皺になりそうなほど強く握って、
  その華奢な体を震わせていた。
呉「茜に合わせる」
  その言葉が、自然と出た。
  茜が、ぱっと顔を上げる。目が合う。
  その目を、真っ直ぐに見る。
呉「二人で前向いて、終わりに向かって歩く。 必ずどっかでまた会えるって信じて」
茜「・・・・・・」
呉「どう・・・かな」
茜「・・・うん」
茜「うん!」
  ようやく、茜が笑顔を見せてくれた。
  俺もつられて、顔を綻ばせる。
茜「呉、ありがとね」
呉「俺は何も」
茜「謙遜しなくていいのに」
茜「不安になっちゃうときもあるかも しれないけど・・・『私らしく』、いるよ。 最後まで」
  そう言う茜の顔は晴れやかだ。
  もう、大丈夫。それに、俺も・・・
  前向きでいられる。
呉「絶対どこかで会おう。約束」
  そう言って小指を差し出すと、
  茜もすぐに差し出してくれた。
  この約束が守られるかは、わからない。
  けれど、約束することそのものが、
  今の俺たちにとっては、大切だと。
  そう感じた。
  小指を絡める。
  彼女の笑顔は茜色に照らされて、
  いっそう輝いていた。

次のエピソード:第六話

コメント

  • 茜ちゃんの問いが切ない😢

ページTOPへ