嘘と魔法と銀行員

まと

1デッドストック前編(脚本)

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まと

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〇古い倉庫の中
伊藤(社長との待ち合わせ、 ここだよな?)
伊藤(メールも電話も来てない)
伊藤(遅刻する人間は、 二つのタイプに分かれる)
伊藤(忙しくて間に合わない。 あるいは、自分の立場が上だと示したい)
伊藤(支店長なら 『社長は後者やろ』って言うだろうな)
伊藤(でも、俺は知ってる。 カンナ社長はそんな人じゃない)
伊藤(だって・・・)

〇古い倉庫の中
伊藤「あれ、停電?」
???「待たせたわね」
カンナ社長「機械の調整してて・・・」
伊藤「大丈夫っす。 社長、今日もきれいですね!」
カンナ社長「・・・ありがとう」
カンナ社長「今月の試算表も、 また赤字になりそうだけどね」
カンナ社長「それで、月末までに お金は出してもらえるのかしら?」
伊藤「メールの通りですよ。 上から『在庫見てこい』って言われまして」
伊藤「テキトーに、それっぽい写真を 撮らせてもらえれば大丈夫っす!」
伊藤「承認おりたら、モデルの子たちとの ギャラ飲みが待ってますしね!」
伊藤「で、在庫はどこですか?」
カンナ社長「これよ」
伊藤「それだけ?」
伊藤「・・・粉飾ですか」
カンナ社長「・・・」
伊藤「だったら、金出せないどころか すでに貸してる金にも影響でますよ」
カンナ社長「安心しなさい」
カンナ社長「これにさっきのアメを詰めて、」
カンナ社長「あなたに打てば、 在庫がうまれるから」
カンナ社長「デッドストックができるくらいね」

〇黒
  一時間前、
  八菱銀行渋谷通り支店────

〇オフィスのフロア
本間支店長「伊藤くん」
伊藤「はい!」
本間支店長「松島製菓の新規融資やけど」
本間支店長「ここ、金貸して大丈夫なんか?」
本間支店長「決算書でも試算表でも、 在庫が多すぎちゃう?」
伊藤「確かに、在庫の回転期間は 業界平均より多いです。 でも、取り扱ってる商品上・・・」
伊藤「バレンタインやクリスマスの 季節行事に備えて、包装紙などの ストック(在庫)は必要になります」
本間支店長「そのストック、本当に存在するんか? 不良在庫とちゃう?」
本間支店長「前の裁量臨店でも、 指摘されたよな」
本間支店長「最近はオンライン面談が増えて RMが取引先に訪問しないから、」
本間支店長「嘘を見抜けなくなってるって」
伊藤「たしかに松島製菓はここ数年、 面談はほぼオンラインです」
伊藤「でもそれは社長が忙しいからで、 粉飾を隠すためじゃなない」
本間支店長「社長、ね。 今の社長は・・・」

〇レトロ
  初代の娘、元モデルのカンナ社長。
  父の失踪を機に、会社を継いだ。
  ビジネスや日常を発信した
  SNSや動画が急にバズって──
  元モデル×成功した女社長として、
  インフルエンサーとなった。
  しかし、増え続けるフォロワーに対して
  社員からの評価は下がり続けた。
  番頭さんを筆頭に、
  会社を去る社員が後を絶たない。

〇オフィスのフロア
伊藤「確かにカンナ社長は よく叩かれてます」
伊藤「でも、熱心なファンに半殺しにされて、 お母さんもオヤジさんも消えて・・・」
伊藤「・・・大変なんですよ。 コンサルともよく打ち合わせしてますし」
本間支店長「珍しく熱心やね、伊藤くん。 彼女と何かあるんか?」
伊藤「いえ、まさか!」
本間支店長「うーん。運転資金やし、 出してあげたい気もすんねんな」
本間支店長「オヤジさんの時から一行先やし ・・・よし」
本間支店長「在庫がちゃんとあるか見てきて。 そしたら、今回は承認するから」
伊藤「はい! じゃ、今すぐ・・・」
本間支店長「来週でええよ。 今日は黒川代理の戻りが遅いから」
伊藤「・・・どうして、 僕ひとりじゃだめなんですか」
本間支店長「それは・・・」
本間支店長「・・・」
本間支店長「ま、この店でやってくには 必要な経験かもな」
本間支店長「とはいえ、心配やから 黒川代理に連絡を・・・」
「支店長!」
「そろそろ出れそうですか? 松本課長の送別会、始まってますよ!」
本間支店長「あぁ。 ちょっと一本だけ電話し・・・」
本間支店長「・・・」
本間支店長「分かった。すぐ行くよ」

〇オフィスのフロア
黒川「やっと戻ってこれた・・・」
黒川「あの経理、契約書の条件に いちいちケチつけやがって」
黒川「しまいには健康自慢だ。くそ。 菜食主義の会計士め・・・」
黒川「ん? デスクに何かあるな」
黒川「『松島製菓の倉庫で在庫みてきます。  そのまま直帰で!予定あるんで、  課長の送別会は欠席で。伊藤』」
黒川「まったく、最近の若者は・・・」
黒川「・・・待てよ あいつ、誰と行ったんだ?」
黒川「もしもし。課長? はい、伊藤のメモ見ました」
黒川「え、在庫の確認? 松島製菓にひとりで!?」
黒川「あいつが担当を持ったのは一ヶ月前だ。 うちの店の取引先について、まだ・・・」
黒川「はぁ、勉強のため!? 酒と女しか頭にないから!?」
黒川「そりゃそうですが、 まだ新人じゃないですか・・・」
黒川「・・・分かりました。私が行きます。 じゃ、持ち出しの許可をください」
黒川「ええ、融資の契約書です。 直近のものだけで足りると思います」
黒川「はい。 終わったら送別会に合流します」
黒川「印鑑も持ったし、行くか」

〇タクシーの後部座席
黒川(よりによって、 嘘を見抜けない伊藤が・・・ 店に誰かいなかったのか?)
黒川(そういえば、この会社。 M&Aの案件が流れてから、 見れてなかったな)
黒川(融資に特約つけろとか言われて、 M&Aの部署が対応してたんだっけ)
黒川「ま、ただの証書貸付だ。 返済日とかだろ」
黒川「なんだ? この特約」

〇古い倉庫の中
黒川「いつの間に、 ビジネスを変えたんだ」
黒川「『故人の記憶を、アメにする』を 売りにしてたんじゃなかったのか」
カンナ社長「パパが生きてて、 あんたが担当だった頃はね」
カンナ社長「あれ、古くさいのよ。 故人の思い出に浸れるのも良いけど、」
カンナ社長「生きてる人間で、若い子の方が 美味しいものが作れるって気付いたの」
黒川「頼むよ。うちの店は、ただでさえ グレーな取引先が多いんだから」
黒川「・・・伊藤を元に戻せ。 そうすれば今回は目をつぶってやる」
カンナ社長「ふふ。 彼、良い匂いがするのよね」
カンナ社長「彼の味、知りたい?」

〇アパートのダイニング
  小さい頃に、
  お父さんが女と家を出ていって
  彼と彼の兄は、お母さんによって
  女手ひとつで育てられた。
  彼も頑張って勉強して、
  有名私立大学に行って──

〇超高層ビル
  国内最大のメガバンク、
  天下の八菱銀行に入った。
  その結果が、
  これなんて──

〇古い倉庫の中
カンナ社長「なかなか泣けるじゃない。 みんな好きそうな記憶だわ」
カンナ社長「黒川さんも、気に入るでしょうね。 だって・・・」
黒川「機械の調整が終わったな」
カンナ社長「ええ。あとはこれをセットするだけ。 彼からは、たくさん作れそうよ」
黒川「この会社も堕ちたな。 初代は立派な人だったのに」
カンナ社長「・・・あんたに、 何が分かるって言うの」
カンナ社長「一番大変だった時に、 何もしてくれなかったじゃない」
黒川「M&Aが決まると、 私たちは関わっちゃいけないんだ。 だから本部が・・・」
カンナ社長「そうね。パパに香月さんを紹介したのも 本部の人だったみたいだし」
黒川「香月?」
カンナ社長「コンサルよ。 持ち直したのは、彼のお陰」
カンナ社長「あとSNSね。 同じような女性経営者には、 良い刺激をもらってるわ」
黒川「SNS、ね」
黒川「・・・本当は、 認めてもらいたいだけじゃないのか?」

〇SNSの画面
黒川「SNSを意識した世界では、常に 『何者か』であり続けなくてはならない」
黒川「『女社長』、『元モデル』。 それだけじゃない」
黒川「自分はフォローするに足る人間だと、 見せる必要性も出てくる」
黒川「いいね! やコメントの数、 フォロワーの数で優劣がつくからね」
黒川「そんなエゴにまみれた世界にいると、 どうなると思う?」

〇壁
黒川「自己承認欲求だけが、ふくれ上がるんだ。 モラルをどこかに置き去りにしてね」
黒川「モラルを失った人間は脆く、儚い。 魔がつけこみやすい心の典型例だ」

〇古い倉庫の中
カンナ社長「うるさい。うるさい」
カンナ社長「どうして、認めてくれないの・・・!!」
黒川「オヤジさんも、生前は 思いもしなかっただろうな」
黒川「自分が遺したアメが、 こういう使われ方をするなんて」
カンナ社長「香月さんが教えてくれたのよ」
カンナ社長「正しい使い方をね・・・!!」
カンナ社長「──!?」
黒川「その反応。 オヤジさんから聞いてなかったんだな」
黒川「銀行と取引するは、 取引の際に締結した契約書を 必ず守ってもらわないと」
黒川「例えばこの契約書。 おたくに一億円を貸してる」
黒川「おたくが何らかの違反をして、 取引を解消できる条件が揃って、」
黒川「この取消印を、 当時の契約書に押すと──」

〇荒れた倉庫
黒川「その金で作られたものが、 全てなかったことになるんだよ」
伊藤「──!!」
黒川「招いた結果も、な」

〇空
カンナ社長「倉庫が、 建て替え前のボロ屋に・・・」
伊藤「カンナ社長、 どうしちゃったんですか」
カンナ社長「・・・そうね。 あたしがバカだった」
カンナ社長「ボタンのかけ違いが起きたのは、 あの夜──」
「パパが消えた後だったわ」

〇空
カンナ社長「──あたしは、 悪魔と契約したの」

次のエピソード:2デッドストック後編

コメント

  • 1話からクライマックスで面白い難条件がクリアされてる。続きも見たい。ハードボイルド系で、( )eです。

  • 最後はなんだかスッキリしました!
    SNSにどハマりすると、どうしても周りより優位に立ちたくて無駄に背伸びしたり、要らぬことをしてしまいがちですよね。

  • SNSってハマりすぎると承認欲求は満たされるどころかもっともっとと大きくなりリスクが大きいですね。誰しもがカンナさんのようになってしまう危険性があるので、私自身も気をつけようと思いました。

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