エピソード1~彼曰く1~(脚本)
〇川沿いの原っぱ
「待ってください、遥さん!」
・・・何でわたしの名前を知ってるの・・・?
やばい。
ただの変態じゃなかったんだ。
わたしの名前を知っているということは、つけられていたのだろうか。
ストーカーか。
今まで気付かなかったけど、危ない状況だったんだろうか。
答えの出ない疑問が頭を駆け巡る中、変態は続けた。
謎の男「すみません、オマエは説明が足りないって怒られて、殴られて・・・」
遥「(・・・殴られて?)」
どう見ても、自分を自分で殴っているようにしか見えませんでしたけど・・・
と、心で思っていたつもりだったが、口から漏れてしまっていたようだ。
謎の男「あ、俺も自分で自分を殴るようなことはしたくないんです」
Q・自分で自分を殴るつもりはなくても殴る、そういう人のことを俗になんと言うか。
A・変態。
遥は頭の中で気を紛らわすための自問自答クイズ大会を開催し、無事優勝した。
そんな風にして彼の話を聞き流しながらかばんを肩にかけてその場から立ち去ろうと後ずさりを始めたとき。
謎の男「でも、みゆの奴が案外短気で・・・」
意外なところで意外な名前が出てきて、こんどは心臓が跳ねた。
遥「(・・・みゆ? ・・・みゆが、なんだって?)」
そうして彼は、自分の事を語り始めた。
〇学校の屋上
あの日、俺は死のうと思っていた。
「絶望して見上げた空は、嫌味な程に晴れていた」とかいうシチュエーションだったら、人生最後の一日として相応しかったのに。
残念なことに空は今にも降り出しそうな厚い雲がかかっていた。
けど、おあつらえ向きかな、逆に。
雨で血が洗い流されれば、ここから飛び降りたあとの処理が少しは楽になるかもしれない。
誰がやり始めたのか、飛び降り自殺をする前には靴を揃えて残していくものらしい。
頭上から人間が降ってきた場合、自殺者なのか事故なのかを見極めるのは難しいので、
『自殺です』という目印のために靴を脱ぐのかもしれない。
死後に処理してくれる人間のことまで考えるような心優しい人間が自殺の手段として飛び降りを選ぶ率が高いということなのだろう。
(しかし、巻き込み事故のことを考えるとそうともいえなくもないのではないかと思われる)
前人に倣う必要もないけど、なんとなく俺も靴を脱いでその場に揃えた。
揃えた靴の下に遺書を置こうと思ったが、遺書を封筒に入れてそのまま机の上においてきてしまったことに気付いた。
謎の男「(・・・取りに帰るか?)」
謎の男「(・・・揃えた靴をもう一度履いて?)」
謎の男「(・・・いや、下界に下りたらもう一度ここに戻ってくるかどうか疑問だ。)」
まぁ、いい。
遺書は、死後、俺の部屋で見つかるだろう。
ゆっくりと、柵を乗り越え、屋上の淵に立った。
落下する瞬間に気を失って、そして、そのまま・・・となるらしい。
らしい・・・というのは、気絶するほどの高さから飛び降りてから生還した人がいるわけではないので、
「こうらしいよ」という、嘘か本当かわからない話なのだが、いろんな人が言うことなのだからきっとそうなんだろうと思っている。
謎の男「(というよりも俺はそれを信じたい)」
下を覗き込むと、平日の午後なのに、パラパラと人がいる。
謎の男「(この人たちはどんな仕事をしてるんだろうなぁ・・・)」
謎の男「(営業の外回りか、 配達か、 時間や休みが不規則な仕事なのか、 それとも学生なのか・・・)」
上から眺めていると、自分以外の人間がちゃんとまともな生活をしてまっとうな人生を歩んでいる人たちに見える。
謎の男「・・・やっぱ、死のう」
決意が固まった俺の頬に、水滴が落ちた。
涙ではない。
あの厚い黒い雲から、とうとう雨が降り出したのだ。稲光がひかり、雷鳴が激しく轟きはじめた。
〇学校の屋上
謎の男「最後までツイてないな、俺は」
口に出したら、ちょっとだけ笑えた。
さ、この、俺にちっとも運を分けてくれなかったクソったれな世の中にさよならをする時間だ。
深呼吸をして、3・2・1・・・
俺は、下の通行人を確認することなく、目を閉じて最後の一歩を踏み出した。
途端に、激しい衝撃が俺を襲った。
着地までの時間が早すぎるように思ったし、体中が痛かったが、こんなものなのかもしれないと俺は思った。
・・・。
・・・。
・・・。
いや、待て。
・・・なぜ、「痛い」んだ?
変態くんの変態たる所以が明らかになりそうな自分語りが始まりましたね。遥さんの名前だけでなく、みゆのことまで知っているとは。2人の心情の描き方が好きです。