エピソード(脚本)
〇黒
俺の先輩は、とにかくよく決めつける。
先輩「昨日飲み過ぎて寝坊したんだろう」
先輩「合コン? 彼は誘っても断られるよ」
先輩「お前はこういう作業嫌いだからな」
先輩「犯人は母親だよ」
などなど、挙げだしたらきりがないが、癪に障るのは、その決めつけがほとんどの確率で正解であることだ。
俺は、とある会社の社内SEをしているが、社員が使用しているシステムでトラブルが発生したときにこんな事があった。
〇オフィスのフロア
先輩「これはソースコードに問題があるな」
先輩は、いつものようにそう決めつけた。
だが、先輩が指摘したソースコードを打ったのは俺だった。
俺は、要件定義や設計などのスキルにはまだ不足している部分があるが、プログラミングに関しては絶対の自信を持っていた。
俺「いや、それはないはずですよ。 データ入力に間違いがあったんじゃないですかね?」
通常、外に出すシステムであれば辻褄の合わないデータのチェック機能は十分に実装されている。
だが、今回問題になっているシステムは使用者が社員に限られているため、現実的ではないデータのチェックが省略されていた。
先輩「すぐにソースコードを確認して」
先輩は、俺の言葉など聞いていなかったようにそう言い放つと自分の席に戻った。
俺に非があると完全に決めつけている態度だ。
本当に腹が立つ。
こうなったらソースコードに問題がないことを証明してやる。
ついでにあんたの決めつけが間違っていることも。
俺はそう意気込むと、問題の箇所を処理しているソースコードを確認した。
その結果、やはり何度見ても問題点は見当たらない。
俺「やっぱり問題ないじゃないか」
俺がボソリとつぶやくと、隣の席の後輩がモニタを覗き込んできた。
後輩「どうかしたんですか?」
俺「先輩が俺のソースコードに問題があるって言うんだけど、何度確認しても問題ないんだよね」
後輩「ああ、いつもの決めつけですか?」
俺「まったく何様のつもりだよ。 よし、自信持って問題ないって言ってくるよ」
俺は席を勢いよく立った。
後輩「ちょっと待ってください」
見ると、後輩がモニタの一点を見つめている。
後輩「ここじゃないですか?」
俺は、後輩の指摘した部分を見るが特に問題はない。
俺「これのどこが悪いんだよ」
後輩「ほら、ここ。 こうじゃないんですかね?」
後輩はそう言って、括弧をひとつソースコードに追加する。
俺は、それを見て愕然とした。
そこは当然括弧があるものと思っていた箇所だった。
プログラム言語の仕様で括弧の有無でその後の処理が大きく変わってしまうことがあり、その箇所は正にそれだった。
このソースコードは処理分岐が多いために括弧の数も多いので、抜けていることに気づかなかった。
俺「マジかよ……」
後輩「先輩ってすごく優秀なプログラマなのに、たまにこういうケアレスミスしますよね」
俺「うるさい!」
俺は後輩に吐き捨てると、忸怩たる思いで先輩の席へ向かった。
そんなことがあってから、俺はより一層、先輩の決めつけがムカつくようになっていた。
そして、ある日、ついにその怒りが爆発する事件が発生する。
〇開けた交差点
その朝、地下鉄の駅から出て会社に向かっていると、前方に同期の女子がひとりで歩いているのが見えた。
彼女は、同期の男たちの間で可愛いと話題になっていて、俺も密かに思いを寄せている人だった。
カトリック系の女子大学を卒業しているだけあって、他の女性にはない気品を持ち合わせていた。
俺「ラッキー!」
俺は、そうつぶやいて彼女に追いつこうと足を速めようとする。
先輩「おはよう」
そのとき、決めつけ先輩が声をかけてきた。
この人は、自分が俺から嫌われていることなど全く気づいていない。
こいつ疫病神かよ。せっかくの彼女と話をするチャンスを……。
そう思って俺が彼女を見たのを先輩は見逃さなかった。
先輩「彼女は君の同期だったか?」
え、この人、なんで後ろ姿だけでわかるんだ?
もしかしてこいつも……。
俺「あ、はい、営業部の……」
先輩「朝まで男と一緒だったのか」
俺「はい?」
俺は、先輩が何を言っているのか全く理解できなかった。
いや、したくなかったのかもしれない。
先輩「彼女、着てる服が昨日と同じだから、朝まで男と一緒に居てそのまま出社したんだろう」
もう、いろいろと限界だった。
俺「先輩、いい加減にしてくださいよ」
先輩「ん?」
俺「そうやって何でもかんでも決めつけるのをやめてくださいって言ってるんです!」
俺「彼女はそんな人じゃありません。 俺が話しかけるのを躊躇うほどピュアでお淑やかなんです。」
俺「それなのに、着てる服が同じってだけでそんな風に決めつけるのは彼女に失礼です!」
気持ちが高ぶって、つい大声になってしまった。
先輩はショックを受けた様子で、口を開いたまま何も言葉を発せないでいる。
気がつくと、周囲の人が足を止めて俺たちを見ていた。
それは彼女も同様で、俺に気づいたのかこちらに向かって歩いて来る。
俺は、急に恥ずかしくなり、こちらに歩いてきた彼女にうつむいて挨拶をすると、そのまますれ違って会社に向かった。
〇オフィスのフロア
あの先輩の言葉は許せなかったが、その日以降、先輩が決めつけるような事を言わなくなった。
そういう意味では、あの件があって良かったのだろうと思う。
仕事中も必要な事以外は話しかけて来なくなったし、他の人に聞いても先輩が決めつけを口にするのを見なくなったという事だった。
そんな穏やかな日々が半年ほど続いたある日、俺が残業していると珍しく先輩が声をかけてきた。
先輩「だいぶ設計の方もできるようになってきたみたいだな」
俺「はい。先輩のご指導のおかげです」
俺は、極力他人行儀を心がけて答える。
先輩「俺がいなくなった後は、君がリーダーとしてみんなを引っ張っていってくれ」
先輩は、そう言うと俺の元から離れて行こうとする。
俺「えっ、ちょっと待ってください。 どういう事ですか?」
突然のことに動揺する俺に、先輩は足を止めると振り返って言った。
先輩「俺はもうすぐ死ぬ。これが最後の決めつけだ」
〇葬儀場
三か月後、先輩は病気であっけなく死んだ。
葬儀には、会社の人間が多く参列していた。
その中には同期の彼女の姿もあった。
俺は疑問に思い、彼女に近づくと静かに話しかけた。
俺「君も参列したんだね。 先輩と面識あったっけ?」
同期の女性「うん。 入社して間もない頃に、営業のシステムについて色々と教えてもらった」
彼女は、沈んだ声でそう言った。
そうか、先輩が営業システムの新人教育を担当したんだった。
同期の女性「そういえば、朝、出社前にもめてた事あったでしょ?」
俺「やっぱり気づいてたんだね。恥ずかしい」
同期の女性「あの前日に休憩室でばったり会ったんだ」
俺「先輩と?」
同期の女性「うん。 これからデートでしょ?って聞かれたから驚いて理由を聞いたら、化粧がいつもと違うって」
俺「え?……デートだったの?」
彼女は小さくうなずいた。
同期の女性「そんな細かいところまで気がつくんだーって、すごくビックリしたのを覚えてる」
先輩は、彼女がデートだったことを知っていた……。
その時、突然、俺が入社して一年くらい経った頃に先輩に言われた言葉が脳裏に蘇ってきた。
君は他の人よりもかなり優秀だけど、その慢心からか、たまに簡単なミスをするから気をつけて
もしかしたら、単なる決めつけではなかったのか?
先輩の言葉には、すべて根拠があったのかもしれない。
もし、そうなら。
決めつけ人間は俺だったんだ。
完
気づいたら決めつけています。コーヒーを飲みながら、ちょっと自分を疑ってみます。
先輩は人や物をきちんと見てるだけだったんですね。
たぶん主人公は、先輩にいらいらして周囲や自分のことに対して、視野が狭くなっていたんだと思いました。
嫌いな人の言葉って、軽く、もしくは悪く受け止めがちですから。
何でも決めつける先輩の例を たくさん出して読者も納得させてからの主人公の悟り!素晴らしかったです。私自身も先輩は決めつけ男だと決めつけてしまいました!