読切(脚本)
〇寂れた村
村の外れを1時へ進み
新月湖にゃ女神が出るよ。
子供も大人も飲み込んで
水の底へと手招き足引き土左衛門。
あな恐ろしや。
五郎太「チッ、うるせェってんだ」
五郎太「この村の連中は何か起こりゃあ祟りだなんだ。 先日なんて源次の爺さんが河豚に当たったのも、湖の女神のせいときた」
五郎太「全く土左衛門関係ねぇじゃねえか。歌の内容と掠ってすらいやしねぇ」
五郎太「俺と同世代の奴らぁ、みーんな信じきってるがねぇ。・・・まったく何のために学を勉めているのやら」
五郎太「そういう胡散臭い話を信じきってるやつぁ、みんな頭ががらんどうになってやがる」
五郎太「はン、そこまで言うなら行ってやろうじゃあねぇか。その湖とやらに。 どうせなんもいやしねぇさ」
誰に聞かせる訳でもなく、ただ1人ぶつくさと呟いて五郎太は村外れの湖へと向かった。
〇睡蓮の花園
村外れ 新月湖
五郎太「相変わらずモヤが出て辛気臭ぇところだ」
五郎太「にしても、なんでい、期待して来てみたってのに・・・。やっぱりなんにも出やしねぇ」
口ではそう嘯くものの、五郎太は確かに言いも得ないじっとりとした空気を肌で感じ取っていた。
湖中に咲いている睡蓮の花も、白にぼけた視界の中ではかえって気味が悪い。
五郎太「も、元はと言えば女神なんてもんは怪談として三流でぇ。水底に引きづり込むんなら、河童や川姫やらの怪異に決まってら」
五郎太「それを女神なんて神々しいもんにしたら、それこそお天道さんから罰が下るってもんよ」
ユウガオ「へぇ、アンタ。なかなか博識じゃないのさ。 その年にしては感心、感心」
五郎太「何奴!」
背後から声がした──瞬間、五郎太は脇に差していた竹刀を抜き、女に向かって突きつける。
ユウガオ「ちょっと、危ないじゃないのさ」
静かな水面のような──深い蒼の瞳をした女だ。
村では一度たりとも見たことのないその色に、つい引き込まれそうになる。
五郎太「っおめぇ・・・見ねぇ顔だな。名を名乗れ」
ユウガオ「最近のガキは礼儀も知らないのかね・・・」
ユウガオ「ユウガオだよ。アタシはユウガオ」
五郎太「・・・して、なぜこのような場に」
ユウガオ「ちょいとお待ち。 アタシは名を名乗った。次はアンタが名を名乗るのが筋ってモンじゃあないのさね」
五郎太はユウガオの言葉に警戒しつつも・・・はた、とそれもそうだと納得する。
五郎太「・・・五郎太」
ユウガオ「ふぅん。五郎太。 それで?アンタはどうしてここにいるんだい?」
五郎太「俺が問うていたのだぞ!」
ユウガオ「シケたこと言うんじゃないよ。 ここは女神伝説の地だろう?怖がるのが”普通”の子供・・・だと思うけどねぇ?」
五郎太「怪異や伝説なんてものは大半が見間違いだったり、悪意ある風評から生まれるものだ」
五郎太「だから、新月湖の女神なんてもんは嘘ッパチだって証明しにきたんでぇ! 怖がったり、腑抜けたりなんざするもんか!」
自分のペースを崩されたことによる動揺も加わり、少々裏返った五郎太の声。
ユウガオは目をパチクリとさせ────
ユウガオ「・・・アッハハハ!そうかい、そうかい!」
ユウガオ「いけない、いけない。 本来、幼気なはずの時期に幼気のないガキは、どうしてこういただけないものかね」
五郎太「なんだと!?」
五郎太「そんじゃあ、おめぇの目的は何だってんだ!?」
〇寂れた村
『星占(ほしうら)の湖を訪ねに』
五郎太「あの女・・・ユウガオはそう言っていた」
〇睡蓮の花園
五郎太「おいおい、お前さん。 この村の近くにゃ星占の湖なんてもんはねぇぜ」
五郎太「そもそも、湖がこの新月湖しかねぇんだ」
ユウガオ「ああ、知っているとも。 しかし、星占の湖も確かにあるのさ」
ユウガオ「そのためにアタシはわざわざここまで来たんだからね。そしてここで、その時を待っているのさ」
よく見れば女の着物は随分質の良い着物を着ているものの、履き物は鼻緒が擦り切れそうなほどボロボロの草履だ。
五郎太(身分の高ぇやつは大体が下駄を履いてるってのに、草履を履いてやがる・・・それほど遠くから旅をしてきたのか?)
五郎太「そんじゃあ、俺も・・・」
座り込もうとする五郎太をユウガオは止める。
ユウガオ「駄目、駄目。現実しか見ないようなロマンのない奴には、教えられないさね」
ユウガオ「信じ願うからこそ、神さんやらもそこにいるってもんさ」
ユウガオ「それに、できることなら1人で見たい」
柔らかな口調ではあるものの下に落ちた瞼は拒絶を孕む。
けれどどこか寂しさを思わせるその顔に五郎太は何も言えなかった。
ユウガオ「ほれ、これ飲ませてやるからさ」
差し出されたコップには茶色い液体が入っている。そういえば、向かいの娘がままごとで使う泥の茶もこんな色をしていた。
五郎太「なんでぇこりゃ。泥か?」
ユウガオ「んなわけあるかい。・・・うん、美味しいねぇ」
ユウガオは泥水をひと口飲み、うっとりとした。五郎太はほれほれ、と目の前で揺れるコップを手に取り恐る恐る口へ運ぶ。
五郎太「・・・甘い!」
ユウガオ「そうだろ?しくらと・・・しくらぁと?かなんだかって言ってたっけね」
ユウガオ「最近は食べるものもできたそうだけど・・・これはそのままだと苦いから、飲み物にして甘くしないとね」
ユウガオ「ま、いいや。 さぁ、飲んだらもう家へお帰んな」
〇寂れた村
五郎太「・・・と、せっつかれるまま帰ってきたわけだが」
五郎太「ま、俺みたいな余所もんが首突っ込むもんじゃねぇか・・・」
五郎太「ん?」
〇寂れた村
五郎太「なんだ、雨か・・・なんでぇこんな時に」
〇寂れた村
村人「おーい!貴ちゃん!ごろ・・・ごろ・・・と降り出して来やがったぞ! こりゃあ嵐になりそうだ」
村人「五郎太!アンタも家の中にお入り!」
村人「全く、ひでぇ雨だ・・・こりゃ新月湖も荒れるぞ」
村人「湖は、きっと酷いことになっているだろうけど、ここから離れてるから心配ない。 問題は川だね」
五郎太「新月湖が・・・イヤイヤ!俺には関係ねぇ。諦めて帰ったかもしれないし・・・」
五郎太「そういえばあいつ、あそこで待つ・・・って言ってたよな・・・」
五郎太「・・・まさか、星占の湖があるなんざと信じて、あそこで死ぬわけじゃないだろうな」
脳裏に蘇る。自分が病弱で寝込みがちだったころ、万病に効くという草を探して骨になって帰ってきた父。
五郎太(万病に効く薬なんてあるはずがねぇのに、俺のために)
父の死に心を病み、『死してあの人に会いに行く』。
そう書き置きを残して首を吊った母。
五郎太(死んで一緒になれる保証なんてねぇのに。 そもそも、俺が病弱だったせいで)
五郎太(いや、俺は悪くねぇ!そんな話を鵜呑みにする奴が馬鹿なんだ・・・でも・・・でも・・・!)
ユウガオの顔は、限界だった母の顔に似ていなかったか。
何かを覚悟した顔ではなかったか。
五郎太(もしかしたら、あいつも死───)
五郎太「あーもう!」
五郎太「・・・・・・〜〜っ!!クソッ!!」
〇睡蓮の花園
新月湖
五郎太「おい!おーい!ユウガオ!いねぇのか!!」
目を開けているのも厳しいような雨の中では、口を開けるだけでも息が苦しい。
五郎太「いねぇ・・・やっぱり、もうここから離れたってことか」
五郎太「無事なら、それでいい。溺れてさえ、死んでさえいなきゃあ・・・さ、俺も村に・・・」
帰ろうと踵を返した途端、五郎太の背後に雷が落ちた。
五郎太「────!」
驚いた五郎太ははずみで握っていた木の蔦を離してしまう
雷鳴が鳴り終わる頃には、ただ水の泡が雨と共に湖面を揺らしていた。
〇水中
とにかく息をしようと必死にもがこうとするが、雨で勢いが増した水の中では全くの無意味だった。
五郎太(足に水草が絡まりやがる・・・!)
五郎太(それにこの湖、こんなに深かったのかよ・・・!)
五郎太(やべぇ・・・もう・・・)
もがく手も顔も、もはや湖面に届きさえしない。
クソ・・・
〇水中
薄れゆく意識の中、
ユウガオが飛び込んできたのが見えた。
〇寂れた村
「・・・た!・・・ろうた!ほら、」
〇睡蓮の花園
ユウガオ「五郎太!ほら、しっかりしな!」
五郎太「ガッ、ゲッゲォッ、ゲホッゲホッゲホッ」
五郎太「ハーッ、ハーッ、ハーッ、ハーッ」
ユウガオ「よかった!息を吹き返したんだね!」
五郎太「俺・・・生きて・・・」
ユウガオ「ああ、生きてるよ!このアホタレが!どうして戻ってきたんだい!?」
ユウガオの尋常ではない剣幕と未だ苦しい呼吸に"生きている"ということを再度実感する。
五郎太「うっ・・・ゲホッ、あんた、が・・・死ぬのかと・・・危ない、と、思って・・・」
ユウガオ「そう言われたら、もう怒れないじゃないのさ・・・」
ホラ、と差し出された手を取ると、ユウガオは五郎太の肩を支えて湖と逆方向に歩き出す。
五郎太「コホ・・・ッ、ユ、ウガオ、なんで無事だったんだ?」
ユウガオ「あそこに避難していたからね。 アンタが来た時は、どうしたものかと思ったが・・・まったく、心臓が止まるかと思ったよ」
ユウガオが指差す方向には、岸からすぐ近くに、崖のようにせり上がった場所が見えた。
五郎太「今まで何度か来ていたが、あんな場所があるたぁ知らなかったな・・・」
五郎太の言葉に、ユウガオはさぞおかしそうにクスクス笑った。
ユウガオ「そりゃあまあ、知らないだろうねぇ。 さ、アンタもおいで。もう雨も止むだろう」
ユウガオ「そろそろ、星占の湖が現れる頃さ」
〇睡蓮の花園
雨が止み終え、騒いでいた木々は落ち着きを取り戻す。
次第に雲が消えて月が姿を現した。湖の靄もどこかへと影を潜め、月は辺りを照らし、星々は湖面に反射する。
五郎太「これは・・・、!」
ユウガオ「まるで星空を閉じ込めたようだろう」
ユウガオ「アタシの大(おお)じいさまの故郷には星座盤なるものがあってね。 ・・・ほら、これさね」
ユウガオ「満天の星を散りばめた盤で、星がどう動いているのか見るんだ」
ユウガオ「そして、星座盤は星占いに使われる・・・だから大雨の後に現れるこの湖は、星占の湖と呼ばれたのさ」
五郎太「なんでこの村に住んだこともねぇユウガオがこの湖の、この景色のことを知ってんだ?」
ユウガオ「アンタ、アタシの顔を初めて見た時、何か変わったことに気が付かなかったかい?」
〇睡蓮の花園
静かな水面のような──深い蒼の瞳をした女だ。
〇睡蓮の花園
五郎太「瞳が・・・綺麗な色をしている、と」
ユウガオ「なるほどねぇ・・・アンタは、そう思ってくれんのかい」
ユウガオ「・・・アタシにはね、異人さんの血が流れてるのさ」
五郎太「異人・・・というと、あの、」
ユウガオ「ああ、この国に遠い異国からやってきたひとたちさね」
〇海辺
アタシの遠い遠いじいさまとばあさまは、この国のとある港町で出会ってね。お互い一目惚れだったらしい。
しかし、その時ばあさまには他の家柄のよい男から縁談の話が来ていてね。一船員で富も名もふるわない大じいさまには娘はやらんと
2人は引き離されてしまったそうだ。
そこからはまぁ、ありがちな話さね。
2人は駆け落ちして、
〇寂れた村
そして逃げに逃げて、アンタの住むこの村へと逃げてきたのさ。
〇寂れた村
だが大雨の降る夜、とうとう大(おお)ばあさまの家の使者が村へやってきたんだ。
〇睡蓮の花園
2人はまた逃げて、けれどたどり着いたところはこの新月湖だった。もう逃げられないと観念したんだねぇ。
いっそ離れるくらいならばと、2人、意を決してこの崖から飛び込んだ!
〇睡蓮の花園
んだが、飛び込んだと思ったら雨はぴたりと止んでいて、2人は無傷。
その後、追いかけてきたものから話を聞くと
大じいさまの脇荷・・・ゴホン!・・・あー、・・・まあ、へそくりみたいなもんがよく売れたらしく・・・
2人ははれて結婚を許されたって話さ。
〇睡蓮の花園
ユウガオ「その時に2人が見たのが、この星占の湖って訳さね」
五郎太「待てよ・・・じゃあ、ユウガオのじっちゃんとばっちゃんは結ばれたんだろ? なのになんであんな伝説が生まれんだよ」
ユウガオ「覚えているかい?アンタの村に伝わる新月湖の伝説」
五郎太「村の外れを1時へ進み 新月湖にゃ女神が出るよ。 子供も大人も飲み込んで 水の底へと手招き足引き土左衛門。 あな恐ろしや」
五郎太「・・・だろ」
ユウガオ「ああ、よく覚えているじゃあないか」
五郎太「そりゃあ、小せぇころから耳が痛くなるほど聞かされてきたんだ、覚えてるさ」
ユウガオ「その元々の話はねぇ」
ユウガオ「村の外れを1時へ進み 新月湖にゃ星が降る 大雨の夜は行ってごらん 靄晴れ月出て恋実る。 げに美しや」
ユウガオ「アタシの、大じいさまと大ばあさまのことさね」
ユウガオ「2人の出来事が、人に伝わって、広まって、新月湖の”星占の湖”伝説になってしまったのさ」
五郎太「待てよ・・・今の新月湖伝説と、全然違ぇじゃねぇか。 なんでこんなに変わっちまったんだよ!?」
五郎太の問いかけにユウガオは悲しげに目を伏せる。
ユウガオ「あまりにも・・・素敵な話すぎたのさ」
五郎太「は・・・?何言って────」
ユウガオ「そのあと、星占の湖伝説が広まったあと、どうなったと思う?」
〇寂れた村
死んだのさ。話を信じて、湖を見たがった子供たちが。
話を信じて、恋を実らせようとした男女が。
1人。
また1人。
それに続いて、何人も。
〇睡蓮の花園
五郎太「な・・・!」
ユウガオ「だからアタシの大じいさまとこの村の人たちは新しい新月湖伝説を作って広めたんだ」
ユウガオ「もう誰も死なないように。 大人も子供も近づこうとしない、そんな恐ろしい話にね」
ユウガオ「それもまた、少しずつ変わっていったみたいだけど。なんだい女神って」
ユウガオの話を聞いた五郎太は膝から崩れ落ちる。呆けたように体からは力が抜けていた。
五郎太「なんだってんだ・・・そんな、話のために・・・本当かもわからない話のために死ぬたぁ・・・」
五郎太「やっぱり、伝説なんてもんは、ろくなもんじゃねぇ・・・だから嫌いなんだ・・・御伽噺も!それを信じる人間も!」
五郎太「あり得ないのに、そうわかってるはずなのに。 希望を持たせて、それに縋って!最後には、俺を、誰かを置いて行く!」
五郎太「うっ、う、あぁぁぁぁぁああ!!」
御伽噺を信じて死んだ自らの父母や人々への行き場のない感情に五郎太は呑まれてしまう。
死にかけた時にさえ出なかった涙が、彼の頬を伝っていた。
ユウガオ「ああ。御伽噺を信じて死ぬ奴は、アタシだって快く思わない」
ユウガオ「そんなのは、ただ、現実からの逃げさね」
ユウガオ「死ぬことはないけれど、縁談前に怖気付いてこの湖に来たアタシも・・・そう」
ユウガオ「けどね、誰かの役に立つ物語だってあるもんさ」
五郎太「そんな訳ねぇ! 絵空事しかねぇ話なんて、何の役にも立ちゃしねぇんだ!」
ユウガオ「そうかい? 新しい伝説を口酸っぱく言われたから、アンタの村の人は新月湖に近づかなくなったろう?」
五郎太「それは・・・」
ユウガオ「それに、そんな絵空事を信じているからこそ降りかかった幸せも、確かにあるんじゃあないかい?」
五郎太「幸せ・・・?そんなもの、あるわけ──」
〇寂れた村
五郎太の母「・・・ろうた!」
五郎太の母「五郎太!ほら、立派なネギでしょう!源次さんが取ってきてくれたのよ」
五郎太の母「首には、巻けないし、尻は・・・よくわからないから、お母さん特性おじやにしちゃおうかしら」
五郎太の母「ネギは天からの贈り物って言われていてね、薬膳としてもいいんですって! きっと、あなたの病もすぐに治るわ」
五郎太の父「五郎太、帰ったぞ!」
五郎太の母「あなた、その包丁は一体・・・?」
五郎太の父「す、すまん! いいもんが出来上がったんでつい・・・」
五郎太の父「ほら、五郎太!父ちゃんが今まで打ってきた中で、1番出来がいい包丁だ。 危ないからこっちに飾っておこうな」
五郎太の父「薬はちゃんと飲んだか? 飲んだ?偉いぞ!」
五郎太の父「俺の鍛冶の神、金山彦尊様もきっとお前のことを見守っていてくれる すぐに、お前も外を駆け回れるよ」
〇睡蓮の花園
五郎太「・・・あ」
五郎太「父ちゃん、母ちゃん・・・」
五郎太「俺は・・・」
五郎太「・・・父ちゃんと母ちゃんが物語を信じて死んでからずっと、そんなもの無くなればいいって思ってた」
五郎太「でも、御伽噺を通じて父ちゃんと母ちゃんは、俺の幸せを願ってたんだ・・・早く病気が良くなるようにって」
ユウガオ「・・・語り継がれ、信じられるものってのはやっかいだね。人を救ったかと思えば、死の神にもなっちまう」
ユウガオ「ねぇ、五郎太。 今のアンタは御伽噺が嫌いかい?」
五郎太「今は、もう・・・わからねぇ」
ユウガオ「そうかい」
五郎太「けど・・・もう、これからは、ただ憎むってのはしたくねぇ」
ユウガオ「・・・そうかい」
ユウガオ「アンタがこれからどう向き合ってどう進むのかはあんた次第だ」
五郎太「わかってる」
ユウガオ「物語自体は、そりゃあ絵空事を並べたものかもしれない。ありえない、くだらないものかもしれないけれど」
ユウガオ「人の願いに、生に添う物語の在り方」
ユウガオ「──それはとても、尊いもんだとアタシは思うよ」
〇朝日
矢よりも速く月日は過ぎ、ある浜辺にて────・・・
俺だ。新月湖の、五郎太だ。・・・と言っても、今は幼名の五郎太じゃなくて、"徳誠(とくなり)"だけどな。
ユウガオ、お前に届くこたぁきっとねぇだろうけどよ。
この海で、あの日お前と見た星占の湖を思い出した。
そんな海なら、不思議な巡り合わせもあるんだろうさ。
〇村の広場
五郎太「おっと、旅守りのヒモが緩んじまいやがった」
五郎太「そろそろじいさんのお守りも、ヒモの替え時かねぇ」
村の子供「あ!怪談おじさんだ〜!」
村の女の子「ねぇ、今日も怖いお話聞かせて!」
村の子供「あんまり怖すぎないのがいいなぁ・・・」
お前と分かれてから、俺はもう一度御伽噺と向き合おうと思った。
そのためにあらゆる噂や伝承を集めに集めて、研究してたんだ。
そんでまあ、その行いが実を結んだというか長じたというか・・・
俺は今、怪談や伝説を集め、それを文書として書き記す旅に出ている。
お前に言ったら鼻で笑われるだろうけど、
一応俺なりに考えたんだぜ?
人に信じられる伝説や物語の、その起源を、種類を、動機を知りたい。それには自分の足で収集するのが一番だ。
たまに人が死にそうな物語があったら、注意がけすることも忘れずにな。
村の子供「げーっ、新月湖ってところは怖い女神がいるのか・・・」
村の女の子「湖、こわい・・・」
五郎太「ああ、だから雨の降る夜やモヤのある湖には近寄っちゃダメだぞ? 女神に気に入られて引き摺り込まれちまう」
村の子供「(首を激しく縦に頷く)」
村の女の子「ねぇ、良い女神さまはいないの?」
五郎太「そうだなぁ・・・どこにあるかわからない、もしかしたら無いかもしれない星占の湖には」
五郎太「きっと女神がいるんだろうよ」
真実を伝えろ?
伝承と伝説を扱うものが嘆かわしい?勘弁してくれよ。
俺はあの時──、
あの湖で溺れて死にかけた時
〇水中
冷たくて、苦しくて、喉をかきむしるほど息ができなくて、
俺はこの暗い水の中で死ぬのかって思ってた。
そんな時、湖上の月の光を引き連れて俺の手を取った
五郎太「あんたを、湖の女神だと思ったんだ」
〇朝日
手紙を読んだ女「・・・ふん」
手紙を読み終え、女は唇の端を微かに上げた。
嘲るような笑いとは反対に、頬はほんのり紅く染まっている。
そのまま手紙を丁寧に畳んで懐へしまうと、紙の切れ端に木炭の欠片でなにやらサラサラと書き始める。
書き上がった紙と、落ちている貝殻とを流れてきた瓶に詰める。
手紙を読んだ女「神さん、海の神さん、もう一度。どうか届けておくれな」
夕陽の反射を受け輝く瓶をゆりかえす波が優しく運んでいく。
女はその光景をいつまでも見送っていた。
昔話や伝記物のお話は大好きです。今の時代はインターネットの普及で瞬時に噂や真実が分かります。昔は人の伝記が様々な妄想を掻き立てるでしょう。
すごく濃いお話でした。
密度もさながら読みやすくてすごいと思います。
伝説って、たしかに都合良く解釈されていくものですが、彼の中で彼女はたしかに女神だったのでしょう。
確かに伝承ってそうですよね。真実や神秘(心霊)体験、そして大人たちの訓示や意図が入り乱れて成り立っていたりしますよね。そんな伝承と村社会の間での1つの出会い、素敵ですね。