死神珍奇譚

射貫 心蔵

部屋の隅に佇む死神(脚本)

死神珍奇譚

射貫 心蔵

今すぐ読む

死神珍奇譚
この作品をTapNovel形式で読もう!
この作品をTapNovel形式で読もう!

今すぐ読む

〇森の中のオフィス(看板無し)
  ここは
  薬物依存症患者を立ち直らせる更正施設

〇空っぽの部屋
  普段は
  泥沼にハマッた者たちが、経験談や失敗談
  そこから得た教訓などを語るのだが──
  今夜は少々毛色が違った
インストラクター「やぁこんばんは」
「こんばんは先生!」
「こんばんは!」
インストラクター「早速だが、悲しいお知らせがある」
インストラクター「ミディアムが死んだ」

〇流れる血
  ミディアムの名を聞き、場内は騒然となった
  というのも、彼はまだ十七歳だったから
  作詩が趣味で、数々の珍みょ――
  独創的な作品を、仲間の前で披露していた
  意味を理解できる者はいなかったが
  皆彼を好いていた
  真面目で、お茶目で、先輩方に敬意を払う
  かわいい弟分といったポジション
  ミディアムの死は
  ショッキングであると同時に
  全員の未来を暗示しているようにも見えた

〇空っぽの部屋
インストラクター「遺体は自室で、お姉さんに発見された コカインの過剰摂取が原因だそうだ」
インストラクター「残念ながら、彼はドラッグに 打ち勝つことができなかった」
インストラクター「ドラッグは魔性だ 何度振り払っても、誘惑がまとわりつく 諸君にも覚えがあるだろう」
インストラクター「ここに彼の日記がある 死の直前までつけていたものだ お姉さんに無理を言って、お借りしてきた」
インストラクター「彼の追憶を兼ね コレを朗読しようと思う」
インストラクター「艱難辛苦の日々が 諸君への訓戒となることを願って──」

〇不気味
  三月二十日(土)
  長い間クスリをやってると
  自分が二人いるような錯覚をおぼえる
  ハイな俺と、ローな俺
  ハイの時は万能感に見舞われ
  ローの時は・・・・・・カスだ
  一体どっちが本物だろう?
  三月二十一日(日)
  コカをやった
  悪いのはわかるが、それがどうした?
  昨日
  ハイとローのどちらが本物かと問うたが
  答えを教えてやるぜ!
  ハイだ!!
  ハイハイハイハイハイハイハイハイハイハイハイハイハイハイハイハイハイハイハイハイハイハイハイハイハイハイ──
  人間の脳は全体の十パーセントしか使わぬが
  ハイの俺は、軽く六~七十は使う
  ハイこそが本領なのだ
  人生の輝き! ザ・青春!!
  三月二十二日(月)
  はしゃいだツケがきたぜ
  今朝から頭がムズムズしゃーがる
  脳がさ、はいずるんだ
  寝てる間にすり変わったらしい
  頭ン中で、ピンク色のヘビがうごめいている
  メッタ刺しにしてやりたいが
  落ち着け、これは思いこみだ
  ヘビなどいない
  ヘビなどいない
  ハイの時が本物だって?
  ラリッてる間だけが本物だとしたら
  あとは全部ニセ物か!?
  全部本物さ
  嵐も、静寂も
  三月二十三日(火)
  コカをやった
  人生はバラ色だ
  気の持ちようで、どうとでも変われる
  絶望に震える哀れな子羊よ
  なにをおそれる?
  高揚感がなくなり、不安になるのか?
  筆舌に尽くしがたい不安に
  安心しろ、人生には波がある
  永遠に不調が続く訳じゃない
  耐え難い苦痛がやってきても
  今を百二十パーセント楽しめば怖くない
  苦痛なんか笑い飛ばしたれ!
  あ~っひゃっひゃっひゃっひゃっひゃ!!
  三月二十四日(水)
  助けてくれ!
  コカインと縁を切らせてくれ!!
  アレなしじゃ俺は生きられない!
  元気の源、ポジティブの泉
  ヤクがないと普通ですらいられない
  ハイになる際、エネルギーを使っちまうんだ
  人間には、生まれ持った覇気がある
  ヤクの使用は、その前借りに他ならない
  取り返しは利かない
  俺はなんてバカなんだ
  今更こんなことに気づくなんて
  はじめてクスリに手を出した
  あの時の俺に言ってやりたい
  「やめておけ、廃人になるだけだ」と
  しかしもう遅い
  人は過去に戻ることができない
  過ちを悔いて、生きるしかないのだ
  三月二十五日(木)
  コカをやった
  全財産を使って入手した最後のコカだ
  明日から、苦痛にのたうち回る毎日か
  ハイの俺でも、ちょいとブルーになるぜ
  なーんちゃって!
  金・カネ・かね・・・・・・
  金さえあれば、コカインが手に入る
  もう廃人には戻りたくねぇ
  幸せよ、逃げるな
  体内でジッとしてろ
  気分転換にラジオをかけたが
  オモロイ番組は一つもない
  大統領暗殺とか、大学爆破とか
  気の利いた放送の一つでも
  してみろってんだ!
  さもなきゃ俺がやってやる!
  盗っ人、強盗、殺人、放火!!
  とっておきのショーを見せてやるよ!!!
  視聴者のブタ共、出演料にコカインよこせ
  コカコカコカコカコカコカコカコカコカコカコカコカコカコカコカコカコカコカコカ──
  ・・・・・・
  退屈なラジオだ
  聴けども聴けども
  小難しい政治討論と
  古臭いクラシック音楽ばかり
  おい、今俺をバカにしたか?
  ミディアムは低能って言ったろう?
  聞こえたぞコラ!
  口しかねぇ癖に、偉そうな口を叩くな!!
  お前なんか殺してやる!
  ハハハ、どーだ!
  バラバラにしてやったぞ!!
  これでもう口を利けまい!!!
  どうした? 俺の悪口を言ってみろ!
  このおしゃべり野郎!!
  おりょ?
  ラジオを殺したのに、音楽が鳴り続けている
  これは・・・・・・口笛の音だ
  いよいよ幻聴が聴こえるようになったらしい
  いいぞ! もっとやれ!!
  一人じゃ寂しかろうから、俺も歌ってやるぜ
  最後の夜は賑やかに過ごしてぇからよ!
  HA! HA! HA! HA! HA!
  三月二十六日(金)
  俺は自由だ
  コカインはもういらない
  さるお嬢さんと友達になった
  ホラ、昨日口笛を吹いてた女の子さ
  恥ずかしがり屋だから
  昨日は姿を隠していたんだ
  彼女は部屋の隅に立ち、俺に笑いかけている
  なんて可愛らしいんだろう
  長い黒髪の、白と紫の服を着た女の子
  キレイだなァ
  ウチの学校じゃちょっと見ないぜ?
  名前を聞いたが、教えてくれない
  名前がないという
  だったら俺がつけてやろう
  サリーはどうだ?
  前にウチで飼ってたネコの名前だ
  気に入ったかい?
  彼女の手をにぎりたいが
  汚ぇ手で触っても喜ばねぇよな
  サリーはこう、独特の神々しさがある
  気安く触れちゃならねぇよな、ウン
  彼女は俺を
  楽しい所へ連れていってくれるという
  どこだろう?
  あぁそうか
  ネコのサリーは天国にいるんだもんな
  俺もきっと同じ所へ・・・・・・
  違うのか?
  ヤク中の俺が天国に行ける訳ないよな、ハハ
  あぁ、ついていくよ、どこへでも
  汚い世の中には、もういたくないんだ
  その口笛、いい曲だね?
  なんていう曲か教えてくれよ
  あぁサリー、サリー、サリー・・・・・・

〇空っぽの部屋
「・・・・・・」
「・・・・・・」
インストラクター「――以上で日記は終わりだ」
インストラクター「なかなか鮮烈な体験をしたなぁ ミディアム」
患者「先生 サリーとは一体何者だったのでしょう?」
インストラクター「コカイン患者の特徴として 幻覚、幻聴のほか 性欲の肥大化が挙げられる」
インストラクター「ミディアムは思春期の真っ只中にあった 異性への強い興味が、サリーなる 架空のガールフレンドを作り上げたのだろう」
インストラクター「サリーは彼にとって、理想の──」
患者「ちがう!」
患者「あの女は、ガールフレンドなんて 生易しいものじゃないわ」
患者「アイツ・・・・・・アイツは・・・・・・」
インストラクター「なにか知ってるのかい?」
患者「知ってるなんてものじゃないわ!」
患者「あの女、昨日から私にまとわりついて 一日中ずっと──」
患者「今日もここに来てるわ」
患者「ホラあそこ!!」
  彼女は部屋の隅を指さしたが
  そこには誰もいなかった
インストラクター「ま、まさか、君もクスリの服用を──」
患者「や、やめてよ、口笛吹くの いい加減耳障りだわ!」
患者「お願い、やめて やめてやめて──」
患者「やめてぇぇええええ!!」
インストラクター「いかん! 皆で取り押さえるんだ!!」

〇森の中のオフィス(看板無し)
  女は取り押さえられ
  緊急病院に連れていかれた
  完全なる精神錯乱で
  やめろ! 来るな! と大暴れしたのち
  激しく痙攣し、意識を失う
  二日後に死亡を確認
  更生施設から二人の死亡者を出した責任で
  インストラクターは職を追われてしまった
  ミディアムや女が見たという少女の正体は
  未だ不明である
  薬物が見せた幻か、それとも──

次のエピソード:子供を取り上げる死神

コメント

  • コカインの幻覚症状と、死に際して見える死神さんとの融和、面白いですね!それにしても、姿は現さなくともわかってしまう死神さんの存在感たるや!

成分キーワード

ページTOPへ