第2話 投げた箸とドアの音(脚本)
〇部屋のベッド
次の日、目覚めた時も私は私のままであった。
時間は深夜2時半。どうやら丸一日目を覚まさなかったらしい。
冬花「痛ッ!!」
ベッドから起きあがろうとすると腹部や背中に鋭い痛みが走り、再び倒れ込んでしまう。
身体の異変に気付き、手足をゆっくりと動かすと錘を付けられたように動きが鈍かった。
冬花「なに、これ・・・」
四苦八苦しながら布団を這い出るとベッドの端に座り、慎重にフローリングに足を下ろす。
冬花「ギャッッ!!!」
触れた瞬間つま先から頭の上まで鈍い電流が走り、つった足を叩かれたようであった。
冬花「これは・・・困った・・・」
当然といえば当然だが、昨日の飛び降り未遂の反動が全身に出ているようだった。
立ち上がる事すら躊躇する状態だったが、長時間睡眠のせいで生理的な欲求の限界が差し迫っていた。
腰が曲がった老婆のようにようやく立ちあがると、震える足で歩を進める。
机や壁に支えられながら目的地に到達すると花を摘んで、台所で砂漠状態の喉に水を流し込んだ。
冬花「ゴクッ、ゴクッ、ゴクッ」
一気にグラスを傾けると仮死状態から一息つくことができた。
とはいえ、起きてるだけで辛い状態には変わらず、再びベッドへの道のりを往くことにする。
足の負担を減らそうと重い腕で支えを探しながら歩いていると、脱衣所へ続くドアに手がかかった。
すると、何かの違和感を身体が訴える。
ギシギシと軋む頭をなだめながら思考を手繰ると、昨晩の出来事を思い出した。
冬花「そうだ、歌っ!」
〇白いバスルーム
風呂場の扉を開けて急いで頭を突っ込むが、聴こえてくるのは換気口の音だけだった。
冬花「だめかぁ・・・」
その姿勢のままでしばらく耳を澄ませていたが変化は訪れなかった。
しかし、あの歌に魅入られた私は簡単には諦めなかった。
再び老婆となって、電子タバコを取ってくると風呂桶の淵に腰をかける。
長期戦を覚悟の上での準備だった。
冬花「いたたたた・・・」
日々味わっているであろうお年寄りの痛みに同情しながら、私は電子タバコのスイッチを入れる。
冬花「すぅぅぅー・・・ふぅ───っ」
深呼吸をするようにゆっくりと息を吐くと、白い煙が目の前へと現れる。
しかし煙はすぐに勢いを失い、行き場をなくすと排気口へと吸い寄せられていった。
冬花「なんだか・・・私みたい・・・」
独り自己を投影した煙は空気と溶けていくのであった。
寂しくなった私はまた息を細く吐く。
目の前の光景はまるで録画のように繰り返され、しかし浮遊する煙の形だけが時間の流れを示している。
私はくすぶった焚き火のように煙を吐き続け、やがて夜は去っていった。
〇部屋のベッド
あれから3日が経った。
私は毎晩お風呂場で煙を吐き続けたが、あの歌と再会することはなかった。
冬花「空耳だったのかなぁ・・・」
あの日の行動を思い起こすと「錯乱して幻聴を聴いた」という筋書きの方がよっぽど納得できるような気がしたが、
一方で、私を包み込んだ歌声の感動も紛れもない事実であったはずだと信じてもいた。
冬花「もう一度聴ければ幻聴じゃないって確信できるのに・・・」
相反する二つの想いがまた、歌い手への想像を掻き立てていく。
いつの間にか私の生活の大半はあの歌に占拠されているのであった。
冬花「そもそもどこから聴こえてきてんだろ。やっぱり可能性が高そうなのは隣の部屋の人だよね」
冬花「でも、確認しようがないし・・・」
深夜までまだ時間がある。私は思考の渦に巻き込まれていった。
夕日が窓に差し込む頃、夜に向けてストックのスープ春雨でお腹を満たす。
冬花「ズズズゥー、ズゥー・・・」
汁まで飲み干して箸を投げるのと同時に、どこかの部屋の玄関が勢いよく閉まった。
驚いた私は手元が狂い、箸がテーブルに転がっていってしまった。
冬花「・・・もっと静かに閉められないのかな」
そう小言を呟いた瞬間、”パンッ”と何かが私の中に降ってきた。
冬花「・・・あっ!!」
冬花「思いついちゃった・・・」
そう。私は思いついた。
隣の住人があの歌の主なのか、確認する方法を。
冬花さんの感情が、自己否定感から”歌”への関心へと緩やかにシフトする様子が、とてもナチュラルで共感できます。それと、冒頭の全身の様子がとてもリアルですね、気持ちだけ先走って行動した翌日は私もそんな感じですw