第四話(脚本)
〇病室
病室にひとり残される。
ぐるりと室内を見渡して、
カレンダーが目に入った。
・・・世界が終わるまで、あと一ヶ月。
例年なら梅雨入りだなんだと
言われている時期のはずだ。
そういえば、雨が降っていない。
世界が終わるとわかってから、
一度も降っていないんじゃないか?
湿気が多いのは好きじゃない。だから
雨が降らなくても個人的には困らないけど。
・・・結局、空がなぜ茜色なのかは
わからないままだ。
それにあの日、茜の様子が
おかしかったのも───体調が悪かった
だけ、じゃないような気がしている。
でもそれも、わからない。
何もわからない、ままだ。
けれど、残された時間を茜と過ごしたい。
その気持ちだけは、本当だ。
〇病室
茜「呉、ただいま」
しばらくして、二人が病室へと帰ってきた。
医師「行きましょう」
〇近未来施設の廊下
医師に連れられ、病院の廊下を歩く。
茜には親族がいない。だから、
茜たっての希望で、彼女の病状について
俺が話を聞くことになっていた。
〇小さい会議室
会議室のような部屋に案内され、
勧められた椅子に座る。
ドラマとかでよく見るシーンだ、なんて、
他人事みたいに感じた。
医師「では、尾張さんの病状について」
唾を飲み込む。緊張している。
茜はどうだろう。
医師「端的に申し上げますと、芳しくありません」
心臓が跳ねた。
隣に座る茜の顔を確認しようとする。
けれど、髪に隠れて、その表情は見えない。
医師「何かしらの複合病だと考えられますが、 原因は特定できておらず」
医師「こちらとしても手は尽くしているのですが、 このままですと、病状は徐々に 悪化していき、一ヶ月程度で・・・」
机に視線を落とす。
木目調のプラスチックの天板だ。
そういうどうでもいい事に意識を
集中させて、両こぶしにぐっと力を入れる。
意識が遠のいていくのを、
なんとか抑えようとした。
医師「・・・ちょうど、世界が終わる頃ですね」
・・・けれどその言葉で、
簡単に引き戻された。
ぱっと顔を上げると、医師と目が合う。
医師「・・・すみません。その話は、 今は関係ありませんでしたね」
呉「いえ。世界の終わりが 関係ない人なんていませんから」
医師が、ふっとひとつ息を吐く。
自分とは遠い存在に感じる医者が、急に
同じ人間に思えた。同じ人間。ただの人間。
医師「世界が終わるのを、 止める方法はないのでしょうかね」
茜「ありませんよ」
ずっと黙っていた茜が口を開いた。
低く、はっきりとした声だった。
俺と医師が少し驚いていると、
茜は一瞬はっとして、
茜「・・・って、テレビで言ってました」
そう付け加えたあと、また黙ってしまった。
その様子に、少し違和感を覚える。
医師「でも、世界が終わるとしても・・・ 尾張さんのことは助けたいと思っています。 本当に」
強い瞳だった。
それに、そう思ってるのは・・・
俺だって同じだ。
だから、答えるように、力強く頭を下げた。
呉「よろしくお願いします」
・・・茜は、黙ったままだった。
〇病室
それから、茜の元へ通うのが日課になった。
学校もないし、他にやりたいこともない。
それに、俺が行けば茜が嬉しそうに
してくれるから、こっちも嬉しかった。
ただ、茜がときどき・・・
泣きそうな顔をしているときがあった。
・・・あの日のような。
そういうときは、どうしても
話しかけられなくて、
部屋の入り口で立ち尽くすしかなかった。
・・・今日もそうだ。
扉を開けても、茜は気づかない。
その表情で、ずっと窓の外を眺めている。
どうしようかとそのままでいると、
不意にこちらを向いた。
茜「あ・・・呉」
呉「・・・よう」
茜「来てたなら言ってよ」
呉「そっちが気づかなかったんだ」
茜「・・・そっか。ごめん・・・」
必要以上にしゅんとされた。茜らしくない。
呉「なんかあったの」
茜「え?」
呉「ヘコみすぎ」
茜がまた、窓の外に視線を移した。
茜「いや、あのね・・・ 世界が終わったら、って、ちょっとね」
もごもごと言葉を濁す。
やっぱり、茜らしくない。
茜「・・・ねえ呉、屋上行かない?」
・・・唐突な提案だった。
茜「そこで話すよ」
茜ちゃん切ない……。
世界と茜ちゃんがどうなってしまうのか気になります