第6話 ハル、家を出る(脚本)
〇一軒家の玄関扉
雪山装備の詰まったバックパック。
そこに刺さった傷だらけのアイゼン。
使い古された登山靴。
私にとって見慣れた、パパの後ろ姿。
ハルの父「ハル。留守番頼んだぞ」
晴菜ハル「これ、珈琲。忘れてる」
ハルの父「ああ、そうだった。 山頂で飲む一杯は格別なんだよ。 いつか、ハルといっしょに飲みたいな」
晴菜ハル「うん、楽しみ・・・ ねえ、今回はどこの山に登るの?」
ハルの父「ネパールのローツェだ」
晴菜ハル「難しい山?」
ハルの父「難しい。標高差3,300メートルの 岩壁があって、落石と落氷の嵐だ。 多くのクライマーがそこに眠ってる。でも」
晴菜ハル「でも、パパなら大丈夫、だよね?」
ハルの父「はは、もちろんだ。じゃあ、行ってくる」
晴菜ハル「うん。行ってらっしゃい」
パパは私の頭をポンと撫でて、
外の光の中に消えていった。
そのとき、ふと胸騒ぎがした。
晴菜ハル「・・・パパ!」
なぜだか、もう会えない気がして、
慌ててパパを追いかけた。
〇雪山
晴菜ハル「・・・・・・!」
玄関の外は吹雪の吹き荒れる雪山だった。
・・・知ってる、これは夢だ。
パパがいなくなってから、
何度も繰り返し見る夢。
晴菜ハル「パパ! パパ!」
パパはもう戻ってこない。
そんなことわかってるのに・・・
私は何も見えない白い世界の中で、
パパを探し続けた・・・
〇テントの中
晴菜ハル「・・・パパ!?」
晴菜ハル「・・・また、あの夢・・・」
晴菜ハル「いけない、もう夕方・・・ ご飯の支度しなくっちゃ」
晴菜ハル「・・・亜樹、大丈夫かな」
〇雪山
増田大樹「ひゃっほー!」
岡崎洋介「ひゃっはー!」
穂高亜樹「元気だな、お前ら・・・」
増田大樹「ばっかお前、せっかくの北海道だぞ? 雪山だぞ!」
岡崎洋介「おい、上級者コース行こうぜ!」
穂高亜樹「お前らバリバリの初心者だろ」
〇雪山
増田大樹「おー! さすが上級者コース。 すげー傾斜だな。やばくね?」
岡崎洋介「楽勝だ。転がってりゃ下に着く」
増田大樹「天才か」
穂高亜樹「だいぶ吹雪いてきたなぁ・・・ 予報じゃそんなこと言ってなかったのに」
穂高亜樹「そう言えば、前に ハルの親父さんに言われたな」
穂高亜樹「雪山の天気は簡単に変わるから 気をつけろって」
穂高亜樹「雪崩が起きやすいかどうかチェックする方法も教わったな。弱層テストだったっけ。 ハルと試した記憶が・・・」
穂高亜樹「・・・・・・」
穂高亜樹「やっぱり、ハルといっしょに来たかったな。今ごろどうしてるだろ・・・」
増田大樹「おい! この先に エクストリームコースあるってよ!」
岡崎洋介「まじかよ。男ならトライだな! せっかくの北海道、堪能しなきゃ!」
増田大樹「ひゃっほー!」
岡崎洋介「ひゃっはー!」
穂高亜樹「あっ! おい! 待てって!」
〇雪山の森の中
増田大樹「エクストリームコースやばいな・・・ ほとんど森じゃね?」
岡崎洋介「・・・ていうかここ、 コースじゃなくなってない?」
穂高亜樹「・・・たぶんコースから外れたな」
増田大樹「まじ? 全然気づかなかった・・・」
岡崎洋介「どこ見ても雪ばっかりだし・・・」
増田大樹「来たのってこっちだよな?」
岡崎洋介「え? こっちだろ?」
穂高亜樹「動かないほうがいいよ。ちょっと登って、 周りが見える場所に行こう」
穂高亜樹「リフトなかったから自力で 登ったり降りたりしてただろ?」
穂高亜樹「そうしてるうちに違う峰に 登ったんじゃないかな」
岡崎洋介「・・・マジか」
増田大樹「と、とりあえず降りればいいよな? 降りれば街に着くだろ?」
岡崎洋介「そうだよ! 暗くなってきたし、 今のうちに降りようぜ!」
穂高亜樹「いや、峰と峰の間に降りたら やばいし・・・ 下に降りると余計に場所を見失うかも」
穂高亜樹「こういうときは周囲が見渡せる場所まで 戻って、救助を待つのがいいって」
増田大樹「救助? もしかして俺たち・・・ やばい状況なの?」
穂高亜樹「・・・かなりやばい」
岡崎洋介「救助隊の人が見つけてくれるよな・・・?」
穂高亜樹「探してくれるだろうけど、吹雪に なりかけてるし・・・時間かかるかも」
穂高亜樹「ただでさえ、雪山での遭難は救助に 時間がかかるって言ってたし・・・」
増田大樹「言ってたって誰が?」
穂高亜樹「・・・クラスメイト」
増田大樹「やばい、遭難したって思ったら、 急に怖くなってきた・・・」
岡崎洋介「俺も。それに急に寒くなってきた・・・」
穂高亜樹「こんなときは、ええと・・・ どうすりゃいいんだ」
穂高亜樹「・・・落ち着け、俺。落ち着いて考えろ」
穂高亜樹「ハルなら・・・こんなときどうする?」
〇テントのある居間
晴菜ハル「・・・・・・」
晴菜ハル「まだ滑ってるかな・・・それとも、 もう宿でご飯食べてるかな・・・」
晴菜ハル「・・・集中できない。ラジオでも聞こう」
「・・・次のニュースです」
「北海道の九龍岳スキー場に修学旅行に 来ていた高校生が行方不明になって、 地元の警察が捜索を続けています」
晴菜ハル「北海道・・・修学旅行・・・」
「行方がわからなくなっているのは、 県立燕高校の2年生、 増田大樹くん、岡崎洋介くん・・・」
「穂高亜樹くんの3名です」
晴菜ハル「!?」
「3人は本日15時頃にロッジで 目撃されたのを最後に・・・」
晴菜ハル「嘘・・・そんな・・・」
――トントン
穂高小鳥「・・・ハル姉ちゃん?」
晴菜ハル「小鳥ちゃん?」
穂高小鳥「しばらく留守にするから言っておこうと 思って・・・あのね、兄貴が」
晴菜ハル「知ってる、ニュース聞いた」
穂高小鳥「・・・うん。学校から連絡が来て、 今から家族で北海道に向かうところ」
穂高小鳥「・・・大丈夫だよね? 兄貴、大丈夫だよね?」
晴菜ハル「・・・大丈夫だよ」
晴菜ハル「亜樹はしっかりしてるし、今だって無事に 帰るために最善を尽くしてると思う。 だから、きっと大丈夫」
穂高小鳥「でも、天候が悪いみたいで、見つけるのに時間がかかるだろうって・・・」
晴菜ハル「天候、悪いんだ・・・」
穂高小鳥「・・・ハル姉ちゃん、 雪山とか詳しいよね? サバイバルとか得意だよね?」
晴菜ハル「・・・う、うん」
穂高小鳥「ねえ、お願い、いっしょに来て! 兄貴を探して!」
晴菜ハル「そ、それは・・・ 救助隊に任せたほうが・・・ いいと思う・・・」
穂高小鳥「・・・そうだよね。 ごめん、変なこと言っちゃった」
穂高小鳥「なんとなく、ハル姉ちゃんだったら、兄貴のいる場所がわかるような気がして・・・」
晴菜ハル「・・・・・・」
穂高小鳥「・・・じゃあ、行ってくる。 何かわかったら連絡するから!」
晴菜ハル「・・・うん」
晴菜ハル「・・・・・・」
晴菜ハル「・・・大丈夫」
晴菜ハル「・・・亜樹は、大丈夫」
晴菜ハル「待ってればきっと・・・帰ってくる」
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