優しい人から潰れていく街

玄野しろ

①自業自得(脚本)

優しい人から潰れていく街

玄野しろ

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〇無機質な扉
僕「・・・・・・よし。 準備はできたかな?」
サンカ「うん!行こう!行こう!」
  そして、僕はサンカの手を引き、扉を開ける。
  どんな世界が、待っているのだろう。
  どんな人と、出会うのだろう。

〇イルミネーションのある通り
僕「おぉ~!きれいな公園にたどり着いたね!」
サンカ「そうだね!とってもひろーい。夜になったらイルミネーションが光るのかな?」
僕「そうだろうね。とっても素敵な公園だ」
  僕たちが扉を開け、最初にたどり着いたのは、この公園だった。公園の近くには会社や商業施設があり、賑やかな町だ。
僕「さてさて・・・・・・。ま、とりあえず散歩するか」
サンカ「お散歩しよー!」
  公園を散歩していると、2人と同じように散歩している人や、ベンチで弁当を食べている人がいる。
  それ自体は特に珍しいわけではないが、すれ違う人の半分ぐらいが、リードを持っている。
サンカ「ねえねえ。あの人たちが手に持っているのって、ペットが逃げないようにつけてるアレだよね?」
僕「そうだねぇ。でも、ペットじゃない。何だろう。人によって形や大きさが違う」
サンカ「色も違うね。でも、なんかモヤモヤしているね。雲みたいに」
僕「うん・・・・・・。何だろう。公園を出て、市場の方に行ってみるかな」

〇西洋の市場
サンカ「こっちにもいる・・・。あ、あの女の人・・・」
女性「はぁぁ・・・」
僕「疲れているみたいだね。リード持ってるけど、それが関係しているのかな。様子見て話しかけてみるか」
  必要な買い物が終わったらしい女性が、ベンチに腰掛ける。それを狙い、2人は女性に声をかける。
僕「こんにちは。急にごめんなさい。少し、よろしいですか?」
女性「は、はい・・・・・・」
僕「僕たち、ここに引っ越してきたばっかりで、まだこの街のことわからないんですよ」
僕「お姉さんのリードの先にある、ふわふわしているものについて、教えていただけませんか?」
女性「あ、これですね。これは他所から来た方には奇妙に見えますよね・・・」
女性「このふわふわしたものは人によって違うのですが、私のは「感情」という名前です」
女性「独り歩きしないように、リードを付けているんです」

〇西洋の市場
サンカ「感情?独り歩き?」
僕「「感情」が、一人であっち行ったり、こっち行ったりしないようにしている、ってことですか?」
女性「そう、です。ちょっと説明が難しいのですが、」
女性「自分でコントロールできるように、リードを付けているんです。付けていないと、私が暴走してしまうから」
僕「あなたが、ですか??」
女性「はい。このふわふわしたものは、私の「弱さ」です」
女性「私は2才の娘がいるんですけど、なかなか私の言うこと聞いてくれなくて、夫は育児に興味がありません」
女性「お互いの両親は遠い街に住んでいます」
サンカ「それは、大変だね?」
女性「はい・・・。そして、ついに娘を叱ってしまったんです。一度叱ったら、それだけで止まれなくて、叩いてしまって・・・」
女性「娘の泣き声で我に返って、それで後悔する、ということがここ半年以上続いて・・・」
僕「それは、お母さんもお辛いですね。病院とか、公的機関とかに相談はしましたか?」
女性「精神科、というんですかね。そこに電話したんですが、3か月は予約一杯だって言われて。それで役所に行きました」
女性「虐待の疑いがある場合は警察か、役所に、ってよく言われているから行ってみたんですが・・・」
僕「どうでしたか?」
女性「そこで渡されたのが、このリードでした。悪いのは、夫や娘や環境ではなく、あなただと」
女性「感情をコントロールできない、あなたが悪いと。それで、わたしの「感情」を外に出して、監視しなくてはいけないんです」
サンカ「コントロールするために??」
女性「そうです」
僕「人によってふわふわしたものの大きさや形が違うのは、人によって「弱さ」が違うからですか??」
女性「そうです。私の場合は「感情」ですが、弟は「マイナス思考」ですし、「飲酒欲」「喫煙欲」の人もいると聞きます」
女性「体の中にあるからコントロールできないのなら、見えるようにしておいた方がいいだろう、というのが、この街の方針だそうです」
サンカ「お姉さんは、違う街から来たの?」
女性「はい。結婚してから、この街に引っ越しました。だからまだ慣れなくて」
僕「そうですか。今、あなたの「感情」が外に出ていますが、感情自体はあるのですか?」
女性「もちろん、あります。喜びや楽しみは大丈夫ですが、不安や苛立ちを感じるたびに、ふわふわが動き出します」
女性「最初は小型犬くらいの力だったのが、今は大型犬くらいの力、と言えばいいのでしょうか」
女性「まだ今は何とかなってますが、たまに抑えが失敗すると、私に攻撃してきます」
サンカ「攻撃されたことある?」
女性「一度だけ。腕をナイフで刺されたような痛みがありました」
僕「そうですか・・・」
女性「あの、ごめんなさい。そろそろ帰らないといけなくて」
僕「引き止めてしまってごめんなさい。ありがとうございました。とても勉強になりました」
サンカ「お姉さんありがとう!元気でね!!」
女性「はい、失礼します」

〇役所のオフィス
  あの女性からは聞けなかったことを聞くため、僕たちは役所に向かった。
僕「あのー、すいません」
役所の人「はい、何でしょう」
僕「僕たち、この街に来てばっかりで、リードを持っている人たちが気になったのですが・・・」
役所の人「ああ、あれですね。あれ、素晴らしいでしょ?」
僕「素晴らしい?」
役所の人「ええ。だって、自己管理する力が付くじゃないですか」
僕「暴走してしまう「弱さ」をリードで繋げているようですが、」
僕「そもそも「暴走する何か」を抱えた方を、周りは支援しないのですか?」
役所の人「支援?とんでもない。そんなの、その人の自己管理力をつける機会を奪うことになりますよ」
役所の人「支援は、例えば親が虐待などして、子どもの持つ「承認欲求」や」
役所の人「不慮の事故や、悲惨な事件に遭った本人や家族の「感情」など」
役所の人「暴走する原因が本人にないもの、本人では選ぶことのできないもの、になります」
僕「育児に疲れて、感情が暴走してしまう。これも、本人のせいですか?」
役所の人「いやいや、そうでしょう。だって、育児が大変だってわかってて、子ども産んだはずでしょう?」
役所の人「それに、育児に疲れるのは、その人が努力してないからかもしれません」
僕「・・・そうですか。リードを付けて「弱さ」をコントロールしてますが、それができなくなったらどうなるんですか?」
役所の人「その人が「弱さ」に飲み込まれて、」
役所の人「亡くなりますね」
僕「死へと繋がるのに、支援はしないのですか?」
役所の人「死ぬのは、その人が弱いからです。コントロールできなかったり、しようとしなかったからです」
役所の人「自己管理ができなかったんですよ。間違っても、その方針を取ってる我々は悪くないですよ。これは本人の問題です」
僕「なるほど。では、失礼します」
  ぼくはサンカの手を少し強く握って、役所を出た。
  サンカが僕と役所の人の会話を、どんな顔で聞いていたかはわからない。

〇イルミネーションのある通り
僕「疲れたかい?」
サンカ「ううん、そんなに」
僕「僕は疲れちゃったなぁ・・・」
サンカ「ひどい人だったね」
僕「そうだねぇ。でも、この街では当然の考え方だからね」
サンカ「この街に生まれてくる、ってことも選べないことだと思うけどね?」
僕「うん、本当にその通りだと思うよ」
僕「この街はコントロールできないことを「弱さ」「弱い人」と言うようだけど、」
僕「それは「弱い」というより、「真面目」だったり「繊細」だったりするんだと思う」
サンカ「確かに、あのお母さんも真面目そうだった・・・」
サンカ「真面目で、やさしい人が、「弱い」と言われて、苦しんでるってこと??」
僕「そうなるね。ここは、「優しい人から潰れていく街」だね」
僕「鈍感で、他責な人ほど生きやすい街だ」
サンカ「なるほどねー」
僕「その人が苦しいのは、その人だけに理由があるわけではないからさ」
僕「じゃ、帰るか」
サンカ「うん!あの扉だよね?私先に扉のとこ行く!」
  そうして扉のもとへ走っていき、扉を開けて僕を待っている。
  手をぶんぶん振りながら、「早く~」と言ってくる。
  その姿を見ると自然に顔が緩んでしまう。僕は小走りで扉へと向かった。
  さてさて。記録をまとめて、また次の街へと行きますか。

次のエピソード:②堕ちた人

コメント

  • なんだかいろいろと考えさせられました。
    たしかに自分の感情は自己責任ですが、それを起こした事柄を放置するのはダメかと。
    で、辛い感情が育ちすぎたら潰れるというのは、とんでもない町になってしまうのでは。

  • 奥が深くて、考えさせられることが多い作品でした。こういう風刺的な内容を含めたお話、大好きです。子どもの頃にはまっていた銀河鉄○の夜のアニメの世界観を思い出しました。もっと読んでいたい気分です。さて次はどんな街にいくのでしょうか。続編、楽しみにしています。

  • とても深く考えさせられる面白い物語ですね。自己責任論が強くなってきている昨今の社会、感情の暴走により生じるものへの対応はどうあるべきか、難しいですよね。

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