エピソード10(脚本)
中学校になるとみんな少し、
大人になった。
男の子は相変わらず、
『菌回し』をするけど、
それを「やめなよ!」と
怒ってくれる女の子の友達もできた。
──でも長くは続かなかった。
女の子の友達は優しいから、
初めは笑顔で筆談してくれた。
なかにはちょっとした絵を
描いたりする子もいた。
でも、やっぱり筆談はめんどうだ。
LIMEアプリの方はまだマシだけど、
学校でスマホの所持は禁止されてる。
だから、教室じゃスマホを出せない。
それに手話ができる子もいない。
ひとり、またひとりと
話す子が減っていき、
2年生なるころには独りぼっちだった。
特別支援の先生は手話で話せるが、
先生にだって仕事はある。
つまり、私が誰かとコミュニケーションを
取ろうとすれば迷惑かけてしまう。
──もう誰とも話したくない。
でも部活に入らないと
母は小学校の時みたいに
いじめられるんじゃないかって心配した。
だから仕方なくチェス部に入った。
もともとチェスが
できたってのもあるけど、
一番は話さなくていいから。
私は一人でいい。
それなら誰にも迷惑をかけない。
いつも一番奥の椅子に、
お気に入りのガラスのチェスを
動かしていれば気が楽だった。
──あの日、日笠くんが現れるまでは──
〇生徒会室
初めて会った日のことを
昨日のことのように思い出せる。
日笠くんは
初めて私に話しかけたとき
噛んだのだ。
第一印象は
きちんと耳が聞こえているのに、
ちゃんと発音できない人。
雨宮 ゆりか(この人もどうせ私を からかうに決まっている)
だから無視をしてやった──
でも、次の日も
日笠くんはあきらめなかった。
なぜかはわからないけど、
私の耳が聞こえないのを悟ったらしい。
『僕と友達になってくれませんか?』
スマホに文字を入力して私に見せてきた。
正直、めんどうだと思った。
ここで友達になったところで、
そのうちアプリでの会話を
めんどくさくなるはず。
だんだん会話が減っていき、
いずれは話さなくなる。
日笠くんはいい。
他に友達を作ればいいのだから。
でも私はどうなる?
もう友達を失う経験なんてしたくない。
だから日笠くんに意地悪をしてやった。
──私にチェスで勝てたらいいよと──
〇生徒会室
私は5歳からチェスをやっている。
耳の聞こえない私でもできるゲームだ。
これまでほとんどの時間を
チェスに費やしてきた。
だから絶対に負けるはずなんてない。
案の定、日笠くんはボロ負けをした。
日笠君のレベルは
ちょっと定石をかじった程度。
コンピューターのレベル1なら
勝てるくらいだった。
雨宮 ゆりか「ほら、わかったらもうどっか行って! 私にかまわないで!」
諦めるかと思った。
でも日笠君はもう1局、
勝負を持ち掛けてきた。
何度やったって結果は同じ。
それでも日笠君は
何度も何度も私に勝負を
申し込んできた。
雨宮 ゆりか(ボードゲームなんて 1回やれば実力差が わかりそうなものなのに)
日笠 さとる「また負けた~」
雨宮 ゆりか「ぷっ──」
雨宮 ゆりか「クスクス──」
雨宮 ゆりか(この人、バカなの? そんなに私としゃべりたいの?)
〇幻想空間
いつしか、私は日笠君に心を開いていた。
この人だったら、
友達でいつづけてくれるかもしれない。
予感は的中した。
日笠君はなんと手話を覚えてくれたのだ。
たった3ヶ月で。
それだけじゃない。
私を映画に誘ってくれたのだ。
耳の聞こえない私をみんなと同じように。
〇山中の川
水しぶきを見て我に返った。
雨宮 ゆりか「『日笠君!!』」
雨宮 ゆりか「『助けを呼んでくるから待っててね』」
〇山中の川
はあ・・・はあ・・・
〇川沿いの公園
はあ・・・はあ・・・
いた! やっと見つけた。
私より少し年上の女性。
あのお姉さんなら──
私はお姉さんの前に立ち、顔を見た。
が、話しかけようとすると唇が震える。
あの日、
国語の教科書を朗読させられた日の
屈辱が蘇ってきた。